第9話 事情聴取

 仕事もしていないニートだというのに、どうして悪いことって向こうからやって来るんだろうな。


 それはバイクの納車を待ちきれず、うんこ座りで自転車を掃除している時だった。元がボロかっただけに、ホースで水をぶっかけると汚れがみるみる落ちていくのがちょっと楽しい。

 なんかこういうの懐かしいなー、学生の頃みたいだなーとか思っていた時に、ぽんと肩を叩かれた。


「君、後藤さんだね。話を聞きたいだけだから、ちょっと署まで来てくれないかな」

「…………」


 すごくすごく面倒くさいイベントが始まった。怠惰で傲慢なポリ公が来やがった。紺色の制服と、肥満に片足を突っ込んだデブい奴。俺にとって最悪な相手だ。


 面倒くさいってのはつまり、任意同行というシステムのことね。任意だから断って良いよね!……とは、残念なことにならない。

 あっ、断った。こいつうさんくさいな。やましい事があるはずだ。よーし、法的に問題ないようにしてしょっぴくぞ!……っていう風になる。

 当然、最初のときよりも俺の印象は悪い。つまり、めんどくさいんだ。


「それは参考人として、って事ですか?」

「ああ、最近の事件についてちょっとね」


 ちょっとね、じゃねーよ。税金をもらっている奴がふわっとしたことを言うなや!

 などと叫びたいが俺は大人だ。冷静でクールでイケメンだ。なのでこう言い返してやる。


「1ヶ月後、またここに来てください。俺が本当の事情聴取ってやつを見せてあげますよ」


 俺はしょっぴかれた。



 さて、自転車の試運転がてら警察署にやってきた。あいつらは帰りに送ってくれるなんて気の利いた事はしない、本当にどうしようもない奴らなのだ。

 自転車もボロい見た目によらず軽快に走ってくれたのは、俺のレベルアップも影響しているかもしれない。まるで疲れないし、本気を出せばそこいらの原付きよりも速い気がする。

 仮眠快便……は関係ねーな。いつものことだ。


 キキーッと自転車を停め、署内に入って行く。

 待っていたのは微妙な空調をした受付と、カウンターの向こうでは半分寝てそうなおっさん達が机に座ってる。ねえねえ、今どこのサイト見てるの?って覗き込みたくなる誘惑が凄い。


 こういうのを見ると島国で銃規制も厳しい日本ってのは平和だな、って思うよ。

 あっと、今はモンスターが襲来してるんだっけ。ごめんごめん、市民のために己を犠牲にする戦いが待ってるんだったな。お互い血反吐まみれになって頑張ろうぜ。


 すぐに俺は別室に通されて、パイプ椅子に座らされた。正面には強面の人、左手には若めの男。びしっと決めたスーツ姿とか、どう見ても警察じゃないやん。刑事やん。

 そのでかい年配の奴が、ぎしりと椅子を鳴らして前のめりになる。柔道でもやっていそうな迫力があり、息が詰まりそうだ。


「後藤……真人間になるんじゃ無かったのか。またここで会うとは……!」

「俺だって願ったさ。平穏って奴をな。だけど駄目なんだ……人ってのは変われないんだよ」


 へっとやるせない笑みを見せると、間にいる若者がオロオロと俺たちを交互に見始めた。

 そら、輪っかをかけてくれよ。所詮俺は縄につながれていないと駄目な狂犬なんだ。


「……いや、ただの事情聴取、ですよね?」


 何度も瞬きをして、ようやくそんな声を若手の奴は絞り出した。

 どわはは!と取調室は爆笑に包まれて、たまたま近くを通りがかった奴がビクッとした。



 急須から茶を注ぎ、美味しくいただく。片足をあぐらにしている通り俺はリラックスモード全開だ。

 正面に座るおっさんが、若手の人に事情を説明するのを俺は眺めている。


「悪い悪い。後藤の顔を見ると、ついな。昔っからふざけた奴で、最初は腹が立って仕方なかったが、いつの間にか大丈夫になっていた」

「そ、そうだったんですか。西岡さんのジョークなんて初めて聞きましたよ」

「マジで? この人は面白いぞ。休みの日、飲みに行ったりしたけどさ、俺がまだ未成年だってのに……モガッ!」


 でっかい手が俺の口を押さえつけていた。

 分かったな? 分かったよ、仕方ねえな。

 そういう風にコクコク頷きあって、俺は解放された。まったく大人ってのは面倒で仕方ねえな。

 茶をチビチビ飲みながら、西岡のおっさんに聞いてみる。


「で、今日は何の用?」

「ああ、少し前に通り魔事件があっただろ。お前が現場にいたというのと、刺されたのに歩いて帰ったという情報がある。それを教えてくれ」


 だよねぇ。実際、歩いて帰ったし。

 そう思っていると、隣の若者も口を挟む。


「それと二日前の夜、駅前の防犯カメラに君の姿が映っていた。そこで何をしていたんです?」


 ああー、だよねぇ。

 近くの公園で警察が2人も死んだし。かなり本腰入れて調査してると思ったよ。だから任意同行に頷いたんだ。後ろめたい奴だと思われたら、たぶん後々ヤバかったし。

 まあ、とりあえず弁明はしておこうか。


「んー、説明しづらいな。まず通り魔事件だけど、俺は確かに刺された。ほら、首に傷痕が残ってるだろ?」


 襟をグイッとすると、2人とも覗き込んでくる。こらこら若造。なんでいま、ちょっと下を見た? ちょっとシャツをめくっただけでそれかよ。気持ち悪いな。


「俺も死んだと思ったし、何で死ななかったのか分からない。こっちが教えて欲しいくらいだ。ここからここまで首を切られて、すぐにふさがったんだからな。その手の情報、何かある?」


 ミステリーな事件だったぜー、宇宙人は確かにいる!みたいに意味の分からないことを俺は答えたわけだ。すると相手は2つのパターンに別れざるを得ない。

 ひとつは「ふざけんな」だ。何の事情も知らなければ間違いなくそんな顔をする。しなければ人としておかしい。

 そしてもうひとつのパターンはというと……。


 しばし2人は動きを止めて、ちらりと目配せしあう。おっと、こいつら何か知ってんな。適当にカマをかけてみるかぁー。


「へえー、俺と同じような奴がいた、とか? 血だらけなのに平然と帰るような奴が」

「なぜそれを……」


 とか若造が呻いちゃったよ。大丈夫かな、このゆとりポリスメンは。あらら、おっさんから睨まれて可哀想ね。うふふ、じゃあ追撃しちゃうね。


「なるほど。そいつを調べるために俺を呼んだ。つまり相手は協力的ではない。あるいは厄介な状況になっている。例えば事情聴取を求めた警官を殺し……」

「こら、こら、やめろ。分かったから口に出すな」


 あれま、勘が当たってたか。

 もしもそれが本当なら、俺と同じような奴がいるってことだ。ただし温厚で真面目な俺とは正反対の奴であり、警察たちはおかしな事件に頭を抱えている最中、と。

 おまけに公園で二名の不審死が出てきたら、さすがに本腰を入れるわな。

 ガリガリと頭を掻いてから、西岡のおっさんが俺を見た。


「お前も十分に厄介だよ。事情聴取に呼んだというのに、こちらの方が情報を引き出されているとか意味がわからん」

「えー、勝手にバラしたのはそっちですぅー」


 しまったーと落ち込む若者に、西岡さんはため息を吐いた。


「だが、こちらもあまり状況を分かっていない。今日のところは挨拶くらいのつもりだったんだ。何かの時には協力をしてくれ」

「西岡さん、まだ彼女の疑いは……!」

「こいつは殺しなんてせんよ。ふざけているくせに驚くほど合理的な奴だからな。意味のないことはしない」


 などと急に褒められて俺は慌てる。

 してるしてる、意味ないことばっかりしてるよ!? プラモ作りとかさあ!

 褒められ慣れていないせいで、尻が痒くて仕方ない。勘弁してくれよと思いながら、俺は大した取調べも受けずに部屋を後にした。



「後藤」


 その帰りがけ、警察署から外に出たあたりで声をかけられた。振り返ると西岡のおっさんが神妙な顔をしている。


「駅前で通報したのはお前だろう。その理由を教えてくれ」


 あ、こっちが本番だったのか。もう帰れるやーと油断した所をパクッといただく気らしい。

 確かに俺は通報をした。2人がモンスターから刺し殺されて、流石に放置もできなかったからな。

 警察官が殺されたなら捜査は本格的になるだろう。通報の声と防犯カメラの映像から俺が割り出された、という流れだ。付き合いのあった西岡さんなら声だけでピンと来ただろうね。

 日が差し込み、逆光になりながら俺は口を開く。


「先に質問をしても良いかな?」


 どうぞ、と身振りで示される。

 警察署の敷地内は平日ということで人は少なく、2メートルほどの距離で向かい合う。意志の強そうな彼の顔を眺め、そして再び口を開いた。


「日本がおかしなことになっているのは気づいてる?」

「? どういう意味だ? 治安という意味か?」


 やっぱりモンスターの事は知らないらしい。

 彼が知らないだけの可能性もあるけど、それより俺が全ての魔物を狩っている方が大きいか。

 この人になら全てを打ち明けても平気だろうか。魔物は数を増しており、近いうち脅威が訪れるという事を。俺の手だけでは物理的に足りなくなるのも確実だ。


 しかし今の状況では何も信じてもらえない。スキルを見せれば話は別だが、根掘り葉掘り聞かれて面倒になる。もしも魔物が明るみに出たら、貴重な情報源として恐らくずっと拘束をされてしまう。

 そして俺はサバイバルの準備もレベルアップも生産も出来なくなり、いつの日か終末に飲み込まれてしまう。だからこれしか言えなった。


「もうすぐここは変わる。いや、ここだけじゃ無いのかな……。不思議そうな顔をしているけどさ、言葉の意味が分かるようになったら個人的に連絡して。もちろん俺は警察官を殺していないけど、その時じゃないとうまく説明できないや」


 嘘をつくのはちょっと苦手だ。すぐに忘れるような馬鹿な頭をしているけど、相手だけじゃなくて自分自身まで騙している気がする。うまく言い表せないんだけどな。

 だから本音しか伝えられなかったし、事情を知らないおっちゃんは変なものを見るような顔しか返せない。


「さっきは庇ってくれて助かったし、ちょっと嬉しかったよ」


 ばいばいと手を振って、俺は歩き出した。

 謎に満ちた言葉を囁いてから背を向けるとかさ。うーん、この展開を自分でやる日が来るとはなぁ。困惑させちゃってごめんなさいね。

 だけど駐車場へ歩いていたときに、背後から西岡さんが走ってきた。どうしたんだろうと振り返ると、彼は懐から名刺を取り出す。


「これは俺の携帯番号だ。さっきの言葉はよく分からないが、何かがおかしいと感じているのは後藤、お前だけじゃない」


 あ、はい、ありがとうございます。

 ぱちくりと瞬きをしてから名刺を受け取った。

 もうすぐ納税も止めちゃうけどさ、それでも市民として扱ってくれるのかね。守ってやりたいという男の気概ってやつをさ、感じたんだ。


 少なくともこちらとしては、守られるなんて絶対に嫌だと思っている。もしそうなったら、ずっと守られないと生きていけなくなっちゃうし。

 などと名刺を空にかざし、一人で考えながら歩く。


「あと半年ねぇ。それが俺の寿命にならなきゃいいけど」


 などと呟きながら、ボロい自転車の鍵をガシャンと外した。

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