第7話 新戦力たち
さーて朝だ。楽しい楽しいバイク選びの日だぞ。
などと俺はガッツポーズと共に目を覚ます。ニートの朝は早いのだ。
穴だらけで血のついたズボンはもう履けないので、適当にその場の服で身を包む。ぴっちりとした長袖シャツなどを着こみながら、欠伸混じりに外へ出た。パンツが見えているけどなかなかの快晴である。
貴重な布ゴミ収集の日とあり、どさりと袋を放り投げる。さらば社会人としての俺よ。などと思いながら血まみれスーツを見下ろす……って、これ回収してくれるのかな。まあ上から別の服で包んでるからきっと平気か。うん平気だ!
それから赤いポストに封筒を放り込み……かけたところで手が止まる。言うまでもなく退職願であり、これを手放すと社会人では無くなる。まさかここに来て躊躇するなんて我ながら思わなかったな。
受理されるのはまだ先だけど、これは後戻りできない道だ。すごく苦労した面接と、奇跡だと喜んでくれた両親の顔も思い出しちまう。
なんか知らんが泣きそうな感じがして、思わず青空を見上げてしまった。
ありがとうございましたと呟いて、俺は指を離す。ことんとポストに落ちる音がし、そっと息を吐く。社会人としての役割を終えた音に聞こえたんだ。
……え、郵送は非常識?
知らんよ、そもそも退職届なんて正式なルールは決まっていないんだし。こういうのは面倒なので、さらっとサクッと終わらせたい。現代のニートは忙しいからな。
手続きもあるだろうから、一度か二度は会社に行かないと駄目か。めんどくせ。はやく文明が滅びればいいのに。
まあいいや。それよりも今日はバイク選びの日だからな。
そう思いなおし、ぶらぶらっと歩き始める。
一度で良いのが見つかればいいけど、こういうのは運だから難しい。ビビッと来るものがあれば、めでたくパートナーとして決まってくれる。
いやー、しかし中型免許を更新しておいて本当に良かった。社会人になったらバイクなんてまず乗らないし、持っているほうが面倒だったからさ。
ちなみに俺としてはスクーターみたいなのはダサくて無理。きびきび走ることと耐久性、そういう機能美に溢れた姿が好きなんだ。
などと思いながら商店街を歩いてゆく。
もう少し進むと店舗はまばらになり、その先のひっそりとした場所へ学生のころに足を運んでいたバイク屋がある。まだ残ってたんだなーと呟きながら、色とりどりのバイクを眺めてゆく。
こういうのはネットで見るよりも、現物を見て厳選したいからな。たまに掘り出し物もあったりするし。まあそれは俺の考えというだけで、今ならネットの方が早いよマジで。
がらっとガラスの戸を開くと、パイプ椅子に座っている中年の男がおり、ばさりと新聞を閉じて見上げてきた。
「お、懐かしい顔が来たな。平日の昼間っからどうした。仕事は休みか?」
「バイクを買おうと思って。会社を辞めた記念にさ」
なんだそりゃと困惑の表情をされたけど、俺のニヤニヤが止まらないので「仕方無えなぁ」とボヤかれた。
ああー、楽しみだよ。楽しみ過ぎるよ。バイクを買ったのなんて何年も前だし、昔はあちこち意味もなく走り回ったからさ。
「なんだ、まだ何を買うのか決めてないのか。どういうのが欲しいんだ?」
ふむ、条件としては幾つかあるぞ。
まず格好良いこと。これだけは外せない。
次に荒れた道でも走れること。パンクなんてするんじゃねーぞ。
燃費の良さとパワフルさ。無駄な騒音を立てないこと。
最後に、圧倒的な格好良さ。
「なるほどな、全然分からん」
「だよね、俺も決めてないし」
「っかー、相変わらずだな後藤は。どっか頭のネジがぶっ飛んでんだろ。社会人になって落ち着くかと思ったらこれだよ」
人を故障品みたいに言わないでくれません?
「修理できる故障品の方がマシだ」
あーー、そうですかーー。
まあ、多少は問題ありだと自分でも分かってるけどさ。協調性ってのはいくら年を重ねても覚えられないし、覚える気もあんまり無い。
見かねたのか競馬新聞をばさっと放り、おっさんはパイプ椅子から立ち上がった。
「仕方ねえな。午前は仕事も無いし、一緒に回ってやるか。状態が良いやつを教えてやる」
「くーー、おじさん渋いね! 憎いよ!」
うっはっは、と笑われた。
さてバイク選びだが、今後のことを考えると――ってまあ、具体的には荒廃した世界というあやふやなイメージだけどさ――荒い道でも走れる頑丈な奴が欲しい。スペアタイヤとかの機材を考えるのは後回しで構わないかな。
そう伝えると幾つかオフロード用を紹介されたけど、ちょっと違うかなぁ。荷物の運搬もあるし、白とか赤とかの軽薄な色があまり好みじゃない。もう少し、どっしりしていて欲しいんだ。男心をくすぐる逸品を見せて欲しい。
そう熱く語っていると、おっさんは何かを思い出した顔をし、「こっちに来い」と指をクイクイして来た。
敷地から少しだけ離れた自宅用のシャッターだろうか。それをガララと開く。目の前に現れた車体に、不覚ながらも俺は惚れた。一目惚れと言って良い。
「こ、こ、これは……!!」
「ふっふ、こいつはな自衛隊の使っている偵察用のバイクだ。深い緑色とパワフルさを感じる車体。どうだ、お前好みだろ」
ぐあああーー、格好良い!
コンパクトながらも機能美に満ち溢れており、ぺかぺかに明るい色をしたオフロード車とは比べ物にならないってマジで!
「250CCながらもキビキビ動いて、どっしり安定をしている。ここまで直すのは苦労したぞ、レプリカじゃなくて本物だからな。俺くらいのコネが無いと仕入れられん代物だ」
「先生、ぜひ、ぜひともこれを私めにお売りください!」
躊躇なく土下座をすると、おっさんは「こらこら!」と慌てた。
「参ったな、売り物じゃないんだが……他の奴なら断ってたが、お前が相手だとなぁ」
「それは私が美人だから、でしょうか!?」
「いや、何週間も説得に来るからだ。本当に執念深くて諦めない面倒臭い奴だよ、お前は」
そう呆れられた。
馬鹿だなぁ、説得には金がかからないんだから、年単位に決まってんだろ? 迷惑そうな顔を見せてからが本当の勝負だ。
まあ俺に見せた時点で、買われるのは決定事項だよね。わざわざ見せびらかす為に呼んだのかって話だ。
にらみ合うことしばし、諦めたような息をおっさんは吐いた。
「まあ、美人の言うことには逆らえんさ。こいつは俺からの退職祝いって奴だぜ」
きっ、来たあああーーっ! がばっと俺は起き上がった。
やったぜ! 最高のお買い物です! ほらな、町をブラついたほうが面白いのが見つかるんだって、絶対。
あとは手続きとかもあるので、それまでの繋ぎとしてボロいサイクリング車を購入した。
ぐああーーっ、納車が楽しみで眠れないよぉぉーーっ! 地面をゴロゴロしそうだよーーっ!
んで、だ。
会社から再三かかってくる電話は無視をするとして、ぼちぼち真面目にスキルとやらを考えないとアカン。などと公園のベンチに座りながら考える。
幸いなことに、この青いスクリーンは周囲の奴らには見えらしいので、サンドイッチをパクつきながら気兼ねなく眺めるとするかね。
スキルってのはいまだに良く分からない代物だ。でも一応とこれに命を救われている。覚えておいて損はしないし、たぶんこれからもずっと世話になるだろう。
スキル獲得の残りポイントは10。
これはレベルアップによって増えたもので、格上を倒したボーナスも含まれている。
案内くん、このあいだ拾った魔石とか素材は、どのスキルがあると武器とかに変えられる?
《
おっけ! じゃあそれを覚えるわ。
あれっ、職業ってなんだ? そんな項目なんてあった? 俺がニートだから?
目の前に映しだされたスクリーンをよく見ると、端っこに小さく「
なるほどね、こっちをタッチしないと表示されないのか。確かに見る機会は少なそうだしな。
んでんで、だ。
表示された職業欄には、他にも幾つかの選択候補がある。
それとたぶん職ごとに派生してゆくのだと思う。それっぽい余白があるし、うっすらと分岐が見えているから。
いま俺が選べるのは「戦士」「探索者」「治癒士」それと「鍛冶士」がある。どうやら取得しているスキルや行動によって増えてゆくようだが、細かい条件は分からない。
ちなみにこちらは複数取得できるらしい。治療の出来る戦士、みたいに。ただしジョブポイントというのが別に決まっていて、これの上限内でしかジョブレベルを上げられない。
「んー、
うーん、と俺は悩む。
たぶんこれから職業は増えてゆくだろう。しかし鍛冶士を取るのは決定事項だし、まずはこれだけ上げておいて、職業が増えてきたらまた考えるか。
ジョブポイントは今のところ30。まったく手をつけていない状態だ。
とりあえずタップをすると、
「へえ、こっちは自動取得のスキルか。
《 レベル2で魔石加工をした場合、4割ほどです。これは魔石レベルにより難度が変わります 》
んー、そっか。案外と厳しいな。
命がけで取った素材なので、半分以下の確率でチャレンジはしたくない。なのでもうひとつレベルをあげて、ポイントを使い切った。しぶっておきながら結局は全振りしちゃったけど気にしない。
新たな生産リストには槍、兜、手甲が加わった。
5、10、15と必要数が増えて行ったな。となると次に上げられるのはだいぶ先になりそうだ。
で、次に今ある素材から作れるものを探す。
角砂糖みたいな黒い奴が6つと、魔石がひとつ――って、なんだ。名前が表示されてら。きっと鍛冶士になったからだな。
どれどれ、「闇礫の弾丸」と「闇礫の魔核」か。へぇー、としか言えないな。
ま、いいや。剣しか作れないみたいだし、加工っと。
なんて真っ昼間の公園ベンチで気軽にやった俺も俺だけどさ、じょぼバーーッ!と青白い煙が出てきてギョッとした。
ほおっ、ほおおっ! なんだコレ、あちっ、あちちっ! あっつういっ!
鳩たちもババッと一斉に逃げていくし、小学生のガキが呆然と見ているしで、心臓のバクバクが止まりません!
《 成功率62%の魔石加工に成功しました。具現化します 》
しゅおっ……と最後に小さな煙を残して、そこに剣があった。
ガキどもから拍手を受けながら、黒光りをする
ゴミ箱にあったダンボールを慌てて巻いて、ようやく一息つけたぜ。しっしっ、ガキどもはしみったれた家に帰んな!
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