第6話 お金

 さて、魔物とやらと戦って、家に帰ってきたぞ。

 膝なんてビリビリのずるんずるんで、かなりテンションが落ちてるけどな! 一体どこの小学生だっつー話だよ。


 おっと、そういえば治療できるんだっけ。どれどれ。

 膝に触れてみると、すぐに「しゅわー」と煙が出てきた。もうほとんどカサブタになってたけど、それがポロポロ落ちてゆく。ピンク色の綺麗な肌が現れるのはすぐだった。

 うん、破れたズボンは直らないか。ま、しゃーない。傷が癒えただけでも良しとしよう。


 んで、ポッケに入れていた素材や魔石を机に置く。

 ごとりと重い音をたて、そいつらは蛍光灯の明かりを反射して輝いた。


 角砂糖みたいな奴が6つ。指で摘まんでみたらズシッと鉛みたいに重い。それと卵くらいの宝石みたいな奴がひとつ。これだけで宝石として売れそうな感じ。

 まだ使い道も分からないけど、これが今夜の数少ない戦利品だ。


 それを眺めながら、ぎっと椅子にもたれかかる。思っていたよりも疲れていたらしく、身体が重いったらない。しばらく起き上がれなさそうだ。

 目の前には安物のパソコンと小さな本棚。どちらにも手をかける気にはなれない。


「あーー、魔物が嘘情報だったら良かったな。ん、案内くん、次の魔物はいつ出る?」


《 明日の21:20です。場所は…… 》


 出現するまで前は3日あったのに、今回は1日か。んー、ペース早いなー。

 まあ、それは良いよ。半年で人類側が負け始めるって聞いてたし。それよりも今後の身の振り方だ。

 前にも悩んでいたけど、会社で働いて普通の生活をするか、あるいは自衛手段を整えておいて、俺だけ楽しい生活を送るか。そのどちらかを決めないといけない。


 じゃ、会社やめまぁーーす。

 え、ノリが軽い? だって、あんなトコに通いたい奴なんていないでしょ。こうしてちょっと背を押されただけで、俺なんかコロリよ。

 もしいるのなら洗脳されてるだけだぞ。もちろん俺の主観だけどさ。大震災が起きても出社させるような会社だったし、奴隷としか見てなかったんじゃねーかな。


 頑張って働け。俺が何もしなくても裕福な暮らしが出来るように、有休を使わないで休まず働け。ミスをするな。利益を出せ。あ、可能な限り給料下げるね……って上の奴らは考えてるよ。だってみんな勝ち組になりたいでしょ?


 退職届けを書きながら、他の選択肢についても考える。


 ふーむ、この危険な状況を通報すべきかなあ。

 まず信じてもらえないだろうけど、俺のスキルを見せればちょっとだけ上は考えるかもしんない。

 でもそれだって「確かに足が早くて傷を治せるみたいだけど、それが証拠にはならないよね。どうしてそう思ったの? 何で?」って言われちゃう。

 そのとき「頭の中から声がしてー」なんて言ったら確実にアウト。鼻で笑われちゃうレベル。

 流石にね、人体実験をするようなアホはいないと思うけどさ。


 偉い人から偉い人に紹介されるたび、ちょっと早いスキップをしたり傷を治すのを披露するも何だかダルい。ある程度、世間的な騒ぎになってから伝えたほうがまだ楽だ。

 でもその頃になると「なんで早く言わなかった! お前のせいで……」って怒られるんだよね。だって大人は誰かの責任にしたいから。

 ああん、非常ぉーーにダルい。


 なので、俺としては変に動き回らず「自衛のための活動」に専念したい。

 キャンプ用品や拠点づくり、移動手段なども整えておかないと、たぶん後々ヤバい。考えてもみろ、そのうちスーパーなんて空っぽになるんだぞ。石油だって電気だって同じことだ。


 真っ暗な大都会。

 膝を抱えて想像すると少し怖いし、なぜかちょっとだけワクワクする。知らない世界が待っているように感じているけど、実際そういうのに直面したら平和が一番だと思うんだろうな。震災とか本当にそんな感じだったしさ。あのときはちょっとだけ世界が灰色になった気がしたんだ。


 んーー、とりあえず俺の貯金500万は躊躇せず使っていくか。たぶんもうすぐ金の価値なんて無くなるだろうしさ。足りなくなったら無人がどーのって場所で借りればいいや。

 などと思ったところで、今の考えこそ現実味が足りていない気がした。


 金の価値は本当に無くなるだろうか。その疑問が浮かぶと、退職願を書く手はぴたりと止まった。

 この疑問は何気に興味深い。考えてもみろ、お金という文化が始まって、もう一万年くらい経ってんだぞ。アホかよってくらい長い。

 それくらい人類という群れにとって、生きていくために必須な文化なんだろう。


 もしもこれが無ければ、物々交換、ないしは暴力的な解決が増えてゆくんじゃないかな。

 力関係によって片方が得をすることもある気がする。どこにでも牛耳ろうとする連中はいるしさ。


 でだ、人間は――というより日本人はそう馬鹿じゃない。なのでどうにかして「お金」という文化を取り戻そうとするはずだ。たぶんな。

 そのとき、紙よりも価値があるものって何があると思う?

 印刷をせずとも数を揃えられて、それなりに価値があるもの。


 そう思いながら、俺は魔物から得たばかりの素材に触れる。多面サイコロみたいな形をしており、見た目よりずっと重い。

 ガイド君はこの素材を武器や防具、アイテムへ加工できると言っていた。倒した魔物から得ることが出来るとも。


「なるほど……たぶんこれだ。価値があり、持ち運びができて、ある程度は市場に流通するほど量があるもの」


 分からないが、これは未来のお金になるかもしれない。

 まだ誰も知らないけれど俺の手の中にだけは存在している物。いつの日か、これが世界に流通し始めるような気がする。

 先ほど俺が言った「金の価値は無くなる」という考えより、よっぽど現実的だ。

 そう思うと、初めて手にした素材は実に感慨深い。


「ふうん、ならちょっとだけ面白そうかな」


 ちょっとね、わくわくした。

 俺の知らない世界が広がりそうで、社会が崩壊する前よりも賑やかになる気がしたんだ。そんなのはアホな女の浪漫であって、現実はとても残酷だろうけど。

 憂いを払うよう、ぎゅっと素材を手に握った。


「なら、いま考えるのは拠点だな。物資が保管できて、雨風をしのげて眠れる場所」


 あらかた書き終えた退職願を机に放ると、また異なる選択肢について考え始める。あぐらをかき、椅子の背もたれに体重を預けながら俺は天井を見あげた。

 そういう場所をガイドくんに教えてもらっても良いけど、たまには頭を回転させて遊びたいんだよね。


 軍事基地のそばなんてどうだろう。

 アメリカとかの国が駆けつけてくれるだろうから、まずまずの治安が約束される。できれば空陸海の輸送路が揃っていると嬉しい。となると北海道とかになるのか?


 ネットで軽く調べてみると、陸海空と軍隊が揃っているのは京都、新潟、青森にもあるらしい。知らなかったなー。

 だけど引っ越しとか物件を漁るだけで面倒臭すぎる。それに安全な場所には人もたくさんやって来るので、実はそれなりに危ない。

 スラム化して俺まで身動き出来ないのは嫌だなぁ。人も魔物も少なくて、物資の補給までできる地域が理想的だ。

 まあ普通に考えれば「海外に行けよ」って話しだけどさ。それはそれで今度は現金が足りないときた。せちがらいねぇ。


 案内くん、ぴったりの物件とか無い?

 あっさりと俺は前言を撤回した。だって面倒臭くなっちゃったんだもん。


《 国内の施設を検索します。成功しました。刑務所、一階部分を破壊したビル、孤島……他にもありますが、数ヶ月後には人類は立てこもり用の拠点作りを開始します。そのときに物色されては如何ですか? 》


 あ、そっか。別に俺が作らなくても構わないんだ。

 となると物資を運べるようにだけしておけば良いのか。頭いいなー、お前。


《 それと軍事基地の外はお勧めしません。多くの市民が詰めかけて、身動きが取れなくなります。内部に入れるのであれば話は別です 》


 あっそうー、俺もそうだと思ってましたぁー。

 じゃあとりあえず貯金を卸して、キャンプ用品とかを購入して行きますかね。

 移動時は身軽にしたいし、長期保存できる水と食料、それに寝袋も……くっそ、金を使うのってメチャクチャ楽しいな!


 なるべく良い物を選んで、あれもこれもとカートに放り込む。

 ちょっと悩むのは発電機だな。あるに越したことは無いけど、そもそも電気がいるのかって話だ。

 俺の家だけ電気で明るいー、わーい快適!とはならんだろうし。そもそも発電用の燃料もいる。買うことが決定しているバイクを電気式にしたら活かせるか? いや、それだってドルドル発電機を動かして、何時間も充電させていられんよ。


 あとたぶん目立つと面倒になって来るのは人間だ。

 少なくとも拠点が決まるまでは、ひっそりと静かに過ごしたい。アメリカみたいに地下室があれば別だけどさ。


「ま、しばらくガソリンは平気か。どちらにしろすぐに世界は変わらないだろうしな」


 というわけでバイクを買うのは決定だ。

 そしてネットショップの方でもとりあえず最低限の道具は選べたので、ちょっとドキドキしながら購入完了のボタンを押す。10万越えの買い物なんて久しぶりだぞ!

 それよりも、明日はバイク選びで忙しいからな! 参ったな! ちょっと遠出して一人でキャンプとかしてみちゃう?

 くっそ、楽しい。なんだこれ。ウキウキが止まらなくて、ちょっと困ったぞ。もうっ、もうもうっ!


 しゅぱっとシャワーを浴びて、素っ裸のまま俺は寝た。

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