第5話 ギズモ②
真っ暗な雑木林に、俺は身を隠している。全身は汗まみれ泥まみれで、湿気もあって息苦しい。
いつもならシャワーを浴びたいなーとか思うけどさ、目の前に半分くらい体力を削った魔物がいたらそうもいかんでしょ。
ぎゅっと握りしめた薪割り用の斧は心強い。やっぱり破壊用の道具はメイドイン・アメリカだって分かんだね。
そんな俺はどこから見ても不審者だけどさ、ブン、ヴォン!とでっかい蜂みたいな羽音をする魔物ギズモの方が厄介だと思うよ。
まだ正確な位置までは知られていないらしく、奴らは本体である「巣」を守るように等間隔で並んでいる。
もうひとつ、目の前にぼんやりと光る道みたいなのが俺にだけ見えていた。それは木々の間を通り抜け、道が途絶えたと思ったら離れた木の幹、また異なる枝という風に点々と続いてゆく。
まあいいや、やってみて駄目なら違う手を考えよう。女はさ、度胸が無いと社会でやってけないんだよねぇ。
思い出せ。社長への直談判に「たのもーう!」とドアを開けた日を思い出せ!
ドッ!
転がり出た俺は、
地面を蹴り、飛ぶように進む。頭をかすめて「ブオン」と通り過ぎる影があるのは、なかなかに恐ろしいもんだ。
ダメだ、思い出すな。さっくりと頭を刺された警官のことは忘れろ。ありったけの勇気、出て来いや!
気がついたら俺は叫んでた。
「ファイトーー!!」
がつんと木の幹を蹴る。
跳躍をして暗闇を飛ぶのは初体験で、思わずテンションがアガる! かっけえ!
うん、ちょっとだけターザンの気持ちが分かったわ。露出趣味があって無職の男を、まさか理解する日が来るとはなぁ。
「いっぱああーーーーつ!!」
もう一度、木の枝を蹴って飛ぶ。もちろん
どうやら俺は成功したらしい。真上から「巣」へ辿り着くというルートを辿れたのだ。
「どっせい!!」
思っくそ斧を真上から叩きつけた。
ブシャッ!と弾ける「巣」に喜んでいられる余裕はない。背後から迫っているらしき複数の羽音、それは奴らの殺傷力を知っている身として、一斉に毛が逆立つほどの圧迫感だ。とはいえ俺の足は着地の衝撃で痺れていて、すぐに移動するのは難しい。
だったらもう、やることは決まっている。
「フンッ! フンッ! フンフンフンッ!」
がむしゃら攻撃だ。
雄々しく馬鹿っぽく、1.5キロのロングアックスを振り回す。
何となくヤバいと感じて、上半身だけを左右に振る。やはりこのイガ栗どもは頭部を狙う習性があったらしく、ボヒヒッと嫌な音を立てて数匹ほど通り過ぎていった。さっきの警察官も同じところを集中攻撃されていたからなー。
《 称号を得ました。
そういえば「犬みたいだなお前は」と言われたことがあったっけ。そう言った奴に噛みついたら「狂犬」なんて称号をいただいたという、ほんと下らない記憶まで出てきた。
などと思いながら、腰のヒネりを効かせたフルスイングを叩き込む。
「おおおっらあアッ!」
一撃はそのまま反対側まで通りすぎ、ドッ!と真横に黒煙を吹き出す。それは下半分を輪切りにする一撃で、やがて重力に引かれて落ちてゆく。
とたんに、ビシリと「巣」は震え、あらゆる角度からひび割れ始めた。崩壊と言うべきなのか、宙を飛んでいたイガ栗たちも同じで、一斉にぶわっと強い突風を放つ。
「うぶっ……!」
腕で顔をかばって耐える。
呼吸が出来ないほどの突風と、周囲に飛び散る魔物の破片。
オンオンと空気を震わせて、やがて元通りの静寂の世界が戻るまで数秒を要した。いま聞こえるのは、ぜっぜっという俺の激しい呼吸と心臓音だけだ。
いや、それに加わる声がある。
《 格上に 勝利し、チャレンジが成功しました。ポイントと経験値にボーナスが与えられます 》
《 後藤のレベルが2に上昇しました! 》
《 後藤のレベルが3に上昇しました! 》
《 新たなジョブとして「戦士」が加わりました 》
斧術LV1、
《
早い呼吸を繰り返し、袖で汗をぬぐう。
ボーナス……とっても良い響きだね。最近は不況だから給料アップも雀の涙だし。ってその事じゃないか。
尻の汚れを払いながら立ち上がると、先程の「巣」は残骸と化していた。溶けたクズ鉄みたいにガサガサで、想像していたよりもずっと硬い。
問題は、これだ。
どう見たってモンスターだった。
案内くんの言っていた魔物とやらは本物だ。指定通りの場所と時刻に生まれ、これから続々と新手が来るらしい。
雑魚なんて思えないほど強かったし、俺だって死にかけた。向こうでは実際に2人が死んでいる。
これ、一般人が勝てると思う? たぶんかなりの犠牲者が出るし、それを考えるだけでゾッとする。
市役所か害虫駆除業者かは知らないが、調査をし、駆除を始めるまで日数はかなりあるだろう。その間にきっと別の新手がやって来る。
確かにね、拳銃とか持ち出せれば勝てるだろうさ。現代兵器は強いからな。でも市街地でドンパチするのは手続きが面倒だと思うよ。
フスーと息を吐く。
勝利に喜ぶような余裕なんて無い。
最初はレベルの低い奴らから出現するらしいが、今のギズモでもかなりの強さがあった。
俺は負けず嫌いだし、何事からも逃げなかったのは数少ない取り柄だ。もし許せるとしたら一時撤退までだろう。
だから無理だと分かっていても、勝てる方法をじっくりと考える。ほんと気持ち悪い女だよ。魔物の残骸を見下ろして、ずっと攻略法を練ってるんだもん。産んでくれたお母さん、ごめんなさいね。
ふと見ると薪割り用の斧は、刃が欠けていた。かなり荒い使い方をしたせいだ。しばらくしたら使い物にならなくなるだろう。
多分これは長期戦として考えたほうが良いと思う。
食料や水の確保はまず当たり前として、それ以外にも得るものが欲しい。この斧のように消費する一方なら、遅かれ早かれ俺はアウトなんだ。
ガイド君、倒した敵の有効活用って何かある?
もしもモンスターを活用できるなら、今後の糧になると思うんだ。
《 素材、魔石の獲得があります。どちらも武器や防具、アイテムへの加工が可能です。魔石は稀にドロップするもので、魔物の特性が記録されております。今回はチャレンジ成功のボーナスにより確率が向上し、ドロップしました 》
え、マジで?
言われた通りに巣の残骸をほじくってみると、黒く輝く宝石みたいな物が見つかった。卵くらいの大きさで、鋭角なカットが刻まれている。
「ふーん……価値がありそうな感じ。素材ってのは、このまま残骸を持ち帰るのか?」
《 収集した素材には加工が要ります。そのまま持ち帰ることもできますが、加工した場合は不純物を取り除くため大きさが1%ほどに減ります 》
あ、そう。良かったー。
これを抱えて電車になんて乗れないしな。
じゃあ早速、加工スキルを貰っておこうか。すぐ取得できる?
《 可能です。
もちろんイエスで。
本当は戦いに関するスキルで埋めたいけどさ、そうもいかんでしょ。
どうやら2レベルアップで得たポイント数は15ほどあったらしく、これで残り10ポイントとなった。
教えられるまま闇夜に手をかざすと、巣やイガ栗の残骸は光りだす。
青白い光となって、ひゅんひゅんと俺の手に集まってくる。それを握ると角砂糖みたいな形をした物が、ころんと転がった。
こういう所が、やっぱり現実離れをしているなと俺は思うよ。ファンタジーとでも呼べば良いのか、どうも現実感が足りない。
結果、得たものは魔石1つと素材が幾つか。まだ使い道も分からないけど。
ん、帰るか。そう考えた俺は、静まり返った公園に背を向ける。
駅の公衆電話で「なんかぁー、公園がぁー、チョー騒がしいんですけどぉー」とアホっぽい通報をし、そのまま家へ帰ることにした。
【リザルト】
◆後藤
・レベル:1→3
・職業 :空白
・HP :15→24
・MP :2→5
・攻撃力:12《3》→16《7》
・AC :3《2》→4《3》
・MC :0→0
※カッコ内は武器防具を無視した数値
※AC=アーマークラス。対物理耐性。
※MC=マジッククラス。対魔術耐性。
――技能――
【
手で触れた傷を継続的に癒す。他者への治癒効果は半減する。HP数値分を上限に回復をする。12時間で
【
50歩分、通常時よりも早く移動できる。レベル上昇により速度、歩数の向上が可能。
【
倒した魔物から素材を得る場合がある。レベル上昇に伴い、高レベルの魔物からの素材獲得も可能。
――補正技能――
暗視LV1
恐怖耐性LV3
ストレス耐性LV2
――称号――
【
格上を相手に勝利した場合、ポイント、経験値、ドロップ品を多く獲得出来る。
【
ここぞという時に実力を発揮する。
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