第4話 ギズモ①

 がたんごとんと揺られている通り、会社を完全無視した俺はいま電車に乗っている。俗に言うサボりであり、今週は月曜しか出社していないという「人としてどうなの?」という領域にまで足を踏み込んだらしい。


 窓はとっぷりと暗く、遅い時間なので人もまばらだ。リュックを腹に抱え、ちょっとドキドキしながら俺は座っている。

 というのもぴょこんと飛び出ている棒は、実は斧という武器なのだ。これはただのキャンプ用品で薪割りに使う道具なんだけど、ネットで見たら職務質問されるケースもあるらしい。なので会社云々よりもちょっとだけ怖い。


《 ストレス耐性LV1を獲得しました 》

《 ストレス耐性がLV2に上昇しました 》


 うん、うるさいね君は。どきっとするから黙ってて。

 無事に目的の駅にたどり着き、改札を出たときの開放感よ。ほーっと安堵の息を漏らしたね。これならエロ本を抱えてたほうがまだマシだ。

 まあ路上の方が職質されやすいけどさ。


 さて、夜なので当然のこと外は真っ暗だ。しばらく歩くとすぐに目的の公園にたどり着く。


 人もいないしリュックから出しちゃおうかなぁ。

 こんな物騒な獲物を持ち、誰もいない公園にやって来たのには訳がある。あと10分ほどで魔物とやらが出現すると、俺のパートナーであるガイド君が教えてくれているのだ。

 だから、それってガセじゃないの? ほんと? なんて疑念はもうすぐ解消すると思うよ。


 んー、魔物ねぇ。最初は小さな個体から出現するらしいから、たぶん弱くてちょっと可愛い感じじゃないかな。メルヘンチックなやつ。スライムとかコボルトとかそーいうやつ。


 んで、その護身用として選んだのは、米国製のゴツい奴、アウトドアの薪割りで大活躍をするアックスだ。

 こいつは鋼の一体成形なので過酷な扱いにも耐える作りをしている。だけどまさかモンスター相手に働くことになるとは思っていなかっただろうよ、へっへっ。


 柄の長さは66センチとまずまずあって、重さもズシッと迫力満点だ。

 んー、はやくこいつを活躍させたいぜ! おっと物騒なことを口走ってしまった。薪割りだ、薪割り。これから楽しい薪割りをしなきゃ。げへへ。

 なんてな、浮かれている場合じゃなかったよ。


 夜の案内者ガイダンスから導かれるまま、林に入った時だ。公園の明かりもあんまり届かないけど、足元を何かが通り過ぎるのを感じた。最初はネズミかなーと思ったけど、もっとずっと小さくて、栗みたいに棘だらけだった。


 そいつらがさ、ぞろぞろと木の幹を駆け上がってんだよね。

 んで、目線とちょうど同じくらいの高さの枝に、でっかいスズメバチの巣みたいなのが出来上がりつつあった。あれが真っ黒くなって、小さいのがウジャウジャと数えられないほど這いずり回ってる感じ。夜の10時に。


 はい、テンションダウンです。

 ぞっとしたし気持ち悪いよ、これ。

 最初に出てくるのは弱い魔物だって聞いてたのに、こんなにウゾウゾしてたら鳥肌が立つって。

 まだ結婚もしてない俺がですよ、何を考えて斧を片手に公園ウロついてるんだって話だ。うーんこの。


 これじゃないよね、魔物って?


《 ギズモと呼ばれる集合体の魔物です。周囲の生命力を捕食して成長をしますが、今はまだレベル2です 》


 あー、はいはい、そうですかー……。

 分かりましたよ、やってみますよ。せっかく買った斧なんだし、使わないともったいないもんな。他に使い道なんて無いし……え、薪でも作れって? 正しい使い方ですね!


 自分でも分かるくらい腰が引けてるし、帰りたいという気持ちで一杯だ。そろりそろりと近づいてゆく姿も、俺の雑魚臭が半端無い。


 えーとね、弱点は?


《 闇属性以外が有効です。集合体ですが、本体は巣の部分であり物理的に破壊可能です 》


 闇ってなんだよー。消費者金融とかの世界かよー。

 よし、やろう。さっさと終わらせて帰ろう。

 イメージとしては、えいやーサクッと斜めに振り下ろす感じ。どかーっと破裂してハッピーエンド。これね、これで行こう。


「お、おーし、やるぞー。みてろよー……」


 ぴたっと奴らが一斉に静止した。

 こちらを見ている気がするけれど構うものか。俺のロングアックスは1.5キロもあるんだぞ!



 ――ぶうん、どふっ!



 埃みたいに真っ黒い煙が出て、「やったか!」と俺はフラグっぽい言葉を漏らす。

 しかしすぐさま奴らは無数に飛び立ち、ブオオン、ブオオン、と威嚇してきやがった。

 ひゃあ飛んだ、おっかねえ! 怖過ぎるって、マジで!


「へへへ、俊足ヘイストおおお!」


 ドッ!と加速をし、すぐさま木の根っこに足をひっかけ、俺は転んだ!

 膝を思い切りぶつけてしまい、痛い痛いとさすれもしない。俺の尻をめがけてギズモなるゴミ虫どもがやってきた。

 刺す気か! 俺の尻をブスッと刺す気かお前らはよお!


「じょ、冗談じゃねえぞお!」


 急いで立ち上がり、転がっていた斧をパッと掴んでから俊足ヘイストを発動した。



 俺としたことが舐めていたらしい。

 奴らは本物の魔物とやらで、林に身を隠している俺を探し、ブンブンと夜の公園を飛び回っている。とっても怒ってる感がすごい。

 反響しまくっており数は不明だけど、たぶんかなりいる。たまたま一体が飛んでいるのを見かけたけど、栗みたいに棘だらけで、どうやってあれが飛んでいるかさえ理解できない。


俊足ヘイストがLV3に上昇しました 》

《 恐怖耐性LV1を獲得しました 》

《 恐怖耐性がLV2に上昇しました 》


 などという案内を聞きながら、俺はなるべく冷静になろうと努めた。

 想像とかなり違ったけどあれは本物のモンスターだ。あんなの見たことないし、突然変異なんてわけがない。

 とはいえ逃げるのはどうも性に合わないんだよなぁ。お金をかけて獲物を用意し、緊張しながらここまで来たってのにさ、なんの成果も得られないわけにはいかんでしょ。


 さっきの一発、どれくらい体力を削ってる?


《 21%です 》


 うーん、あと4発で倒せるか?

 木の陰から、そーっと眺めてみると傷ついた巣らしきものが見える。

 俊足ヘイストを使ってヒット&アウェイでどうにかならんかな。うーーん。


「君、何をしている!」

「うひ゛ゃあっ!」


 ぽんと肩を叩かれて、ビビクン!と全身が痙攣をした。

 あまりに大きな痙攣で、腰がちょっと痛くなるレベル。ほうほうと変な息を吐きながら、俺は振り返った。


 そこには紺色の制服を着た中年男性がおり、背後にはライトを持った奴もいる。独特の帽子を見るまでもなく――最悪すぎる、恐れていた警察官との遭遇エンカウントだ。

 対する俺はというと、腰を抜かしかけてプルプルしており、膝から下が血だらけの泥だらけ。手にした獲物、ロングアックスが悪い方向へのアクセントになってしまっている。


 数秒ほど相手は「俺が何者か」を観察していたようだが、理解不能らしく眉間に皺を寄せた。


「何をしているんだね、君は?」

「別に怪しい者では……そこに蜂の巣みたいなのがあって、どうにか駆除できないかなと」


 そうなの?ともう一人の男性が、ライトを暗がりに向けた。

 3人が黙ると、すぐにブン、ブオンと嫌な音が聞こえてくる。ただしそのライトを巣に向けたのは、俺なんかが思うまでもなく最悪な行動だった。


「本当に蜂? 羽音が大きいよ」

「あれ、田所さん。頭になにかついてる?」

「んっ?」


 さくっという音と共に、黒いイガ栗が即頭部に張りついた。

 俺も目を疑ったよ。反対側から五寸釘みたいなのが飛び出してるんだもん。もう2体が首と顔面に張りつくと、警察官はライトを持ったまま「あっあっ」とだけ声をあげた。


《 ギズモのレベルが3に上昇しました 》


 ぶわりと汗が浮かぶ。

 こいつら、見た目によらず攻撃力がある。いてっ、刺されちゃったよー、最悪ー……なんて言えるレベルじゃない。


《 闇属性の貫通攻撃スピアーを有しています。対応スキルが無ければダメージは甚大です 》

《 恐怖耐性がLV3に上昇しました 》


 おいおいおい、ちょっとした拳銃くらいの殺傷力があるぞ、これ!

 逃げる? 殺る? どうする?

 いやもう今しかない。意図せずあいつが囮になってくれているし、もしもここで逃げたら俺は二度とモンスターとやらに立ち向かえない。部屋でぶるぶる震えて過ごすだけの、どのみちアウトな人間になっちまう。


 もう一人が地面のライトを拾い上げたのを見て、すかさず俺は駆け出した。


「そのライトを捨てろッ! 俊足ヘイストッ!!」


 背後から響く「わっ、わあああああ゛ッ! いづツ! いッだあッ!」という嫌で嫌で耳を塞ぎたくなるような声を聞きながら、俺はスキルを行使した。

 地面を思い切り踏み、たったの三歩で「巣」に辿り着く。バットのようにロングアックスを振りぬくと、狙い外さず真横へのダメージを与えた。


 囲まれる前に、このまま通り過ぎる!


 さっきと同じ歩数ぶんを走り、ざざあ!と砂埃をたてて木陰に身を滑り込ませる。

 そーっと眺めてみると……ああ、駄目だ。さっきの警察官の頭が倍くらいに膨れ上がってる。違う、栗みたいなのがワサワサたかってるんだ。ぐうっ、あんなの怖すぎるっての!

 気にすんな、気にすんな。忘れろ。あんなの当たらなければどうってこと無いんだ。


 今の攻撃で、どれくらい減った?


《 ギズモのHPが38%消失しました 》


 なぬっ、減り具合がそうでも無いぞ。ああそっか、警官を倒してレベルアップしてやがった。ステータスとやらによると、俺のレベルはまだ1だ。相手が3か4なので、確実にこちらが格下になる。


 さらに最悪なことに、こちらのヒット&アウェイ戦法を見破ったのか、壁のように数体の魔物で「巣」への道を覆っている。くっそ、虫のくせに知能もあるのかよ。


 俊足ヘイストの残り歩数は22。最初びっくりして逃げ回ったせいでだいぶ減ってしまった。

 どうする。今ならたぶん逃げきれる。だけどあと10も消費したら、もうどうなるか俺には分からない。


 フスーと息を吐く。

 まあ、殺ろう。それだけは決めよう。俺はあいつを倒す。

 怖いしおっかないけど、俺は負けるのが大嫌いなんだ。周りの奴らにバカだと思われながら、裏ではじっくりと準備をしてテスト勉強でも運動でも負けなかった。お前がバカですよ、って言うためだけに。

 だから、ここでも俺は勝つ。


《 称号を得ました。「挑戦する者チャレンジャー」がステータスに追加されます 》


 はいはい、うるさいですよ。

 それよりも案内くん、あいつらを避けて「巣」に辿り着くルートとかって分かる?


《 思念だけでなく視覚とのリンクも必要です。リンクをしますか? 》


 ほんと? やるじゃん君ぃ。ぜひともお願いします。

 打てる手はいくらでも打っておかんとね。


《 リンク拡張を開始します。成功しました。移動可能なルートを表示します 》


 暗闇のなか、ぼんやりと明かりが灯る。

 これがそのルートなんだろうけど……本気?

 俺はたらりと汗をかいた。

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