第3話 スキルの習得
――お前にしておこう。我が軍門に下るか、そのまま死ぬかを選べ。
ぼんやりと、あの日に聞いた言葉を思い出す。
首を押さえても血はまるで止まらず、シャツや腕がどんどん真っ赤に染まってゆく光景まで一緒に。
相手は殺人鬼であり、そして俺は殺されかけた。だからたぶん、ずっと忘れられない言葉になると思う。
我が軍門、ねえ。ふわっとした事を言われても困るんだよ。もっとこう「腐敗した政治を打開するために立ち上がろう」とか言われた方がピンと来るってもんだ。
ただの痛い奴なのかと思いきや【
フスーと息を吐きながらネズミ色の空を見上げる。透明のビニール傘には水滴がいくつも落ちており、ぼつぼつと音を立てている。この雨は夕方まで止むことは無いらしい。
いつかまたあいつと会う日があるのかな。そのとき俺は何と言うのだろう。
そう考えながら、俺はまた小さなため息を吐いた。
さて、平日のホームセンターは平和なものだ。
人が少ないのも気にせずに、ビニール傘を閉じて入店をする。
とはいえ手に入れたいものは魔物用の護身用武器だったりするので、ちょっと他の人とは目的が違うかもな。
専用売り場でも欲しいけど、今はそうもいかない。現代兵器でも勝てない相手が来るのはあと半年らしいので、その頃は……うん、閉店してるか。話が本当ならだけど。
えーっと、と呟きながら棚を見る。
庭用の道具を順番に見ていくと、なかなかそれっぽい物がある。斧とかは近いんだけどなー、ちょっと短いかなー。
などと思いつつ、スマホをポチポチする。
すぐに適した獲物、キャンプ用の斧が見つかったし値段も安い。さすがはアメリカ人様だ、破壊に関する道具作りで右に出る者はいない。あいつら馬鹿だからなー。爆発したらヒャッハー!って叫んでいそうだし。
あ、そういや海外にも魔物は出るのか?
《 当初はこの地域を中心に発生します。しかし、やがてこの星の全てが影響範囲となります 》
あっ、そうー。
たぶんアメリカやロシアなんかはバリバリ抗戦するだろうし、もしも本当なら映画にでもなりそうね。むしろすごいレベルの兵器が生まれそうな予感。
さて、護身用の獲物はオンラインでポチったので、他の道具を見て回ろうか。
ここではキャンプ用品も扱っていたので、寝袋やナイフ、川の水を飲めるストローみたいなのを物珍しく眺める。
「へー、ろ過能力200リットルって、凄いのかどうか分からんな。おっと、こっちはスマホサイズで1500リットルかー。やるなあ、人類」
これで3千円しないからね。うーん、普通に感心できるレベル。
ちょっと面白いと思ったのは火打石、あるいはメタルマッチと呼ばれる物かな。これはマグネシウム性のロッドという黒い棒を削る代物で、1万回以上も火をおこせる道具らしい。こちらも3千円と、かなりお安く感じられる。
これ、滅茶苦茶欲しい。濡れても平気とか絶対に便利だし、なんとなくプロっぽくて恰好良い。
あとサバイバル道具として定番なのは、高い場所を降りれる紐とか懐中電灯とか、ソーラー充電できる照明、それに体温維持のブランケットか。
こうして見ると知らないものばっかりでワクワクするな。玩具屋さんの大人版、といった所か。
買いたいなー、欲しいなー、でもまだ必要かどうか分からないから……また今度にしよう。
というかネット注文したほうが早いし安いし質も高い。だからネット社会に負けるんだよ、などと思いながら俺は店を出た。
壮大な冷やかしである。
さて、俺の家に帰ったけど相変わらず電話の呼び出しがうるさい。ブーブー鳴りっぱなしで電池の消耗も激しい。
まあ会社を2日もサボっているし、最後の日なんて血まみれだったから心配されているんだろうけどな。多い日も安心なんだよ、俺は。
面倒だから無視しても良いけど、あまりにうるさいから出た。
「あい、後藤です」
「……おお、いたか、良かった。体調は大丈夫か? この間の騒ぎがあって、警察からお前のことを聞かれて困っていたんだが……」
「絶対に住所は教えないでくださいよ。これ以上辛い目にあったら、心労で死んでしまいます」
ぶちっと人事からの電話を切った。
これでさらに警察の事情聴衆とか、面倒くさすぎて冗談じゃないですぅー。
つってもあいつらには報告義務もあるので、嫌でも警察は来るだろうけど。
まあ、今は会社なんてどうでもいい。
それよりもだぞ。この世界が魔物から襲われて、文明が崩壊をしたとする。そのときに家庭用サバイバルグッズだけで生き残れるのだろうか、と俺は悩む。食料や水、生活用品の確保だけでやっていけるのか?
案内くん、このあいだの青い表? 見せてくれる?
《 スキル一覧とステータスを表示します 》
ぶぶん、と2つの画面が立ち上がった。
ぎっと椅子にもたれかかりながら、それを見る。
残りスキルポイントは5と書いてある。
このあいだ取った
指でスワップすると、表が左右に動くのも前と変わらない。
攻撃、回復、その他、に大きく分かれるようだ。これが本当にゲームみたいで、武器を使った技や、遠い敵に当てる魔法が並んでいる……のだが、魔法っぽいやつはすべて灰色で塗りつぶされてた。
《 この世界線では、魔法を行使するための基礎構築がありません。よって獲得不可です 》
なに言ってるんだか分かりませーん。
魔法かー、覚えてみたかったなー。隠し芸のネタが欲しかったし……って、そりゃ手品ですがな。
スキル表とやらと睨めっこを始めたのは、サバイバル以外のことも考えたかったんだ。どの本を見ても魔物とかモンスターを相手にどうするかなんて書かれてないだろうしさ。
さて、スキルには発動時間、威力、範囲、属性など細かく分かれており種類は豊富だ。
回復系もだいたい似たようなもので、効果によって取得ポイントが変わる。けどまあ、今は
病気治療ってのもあったけど、ガンみたいな不治の病も治るのかな。いっそのこと保険会社を潰してやりたいなと思うけれど、肝心のポイントがまるで足りない。ちぇっ。
最後の「その他」という項目は、武器や己自身、あるいは他者などを強化するらしい。足を早くするという単純なのもあった。
「強化かぁ。RPGの定番っちゃー定番だけど、どれくらいの効果か分からないと困るなぁ」
爪先で床を蹴り、意味も無くリクライニングチェアをぐるりと回す。
んー、どれか一つでも覚えたら、証拠を確認するためにもうすぐ出現する魔物とやらを見なくても済むか? いや首の傷を治した治療術は本物だったし、そこに嘘は無いんだよな。
「やっぱ敵が現れ続けるってのを確かめないと、今後どうするかは決まらないか。ついでに護身用の技を何か持っておきたい。案内くん、スキルの取り直しはできる?」
《 できません 》
ですよねー。分かってましたよ。
低ポイントで取得できるものは高が知れているだろうけど、できれば長く使える物にしたい。そして確実に役立つもの。あと使っても変な人だと思われないもの。
「ん、じゃあこの
《 了解しました。本当に取得をして宜しいですか? 》
イエス、イエース。
そう気軽に俺は頷いた。
だって手詰まりのときに逃げる手段が無いと「詰んだー」ってなるしさ。そういうのはなんかヤダ。
こっちもアイコン化しており、視界の端には足のマークと数字が表示されている。たぶん走り出したら数字が減って、最後には効果が切れるんじゃないかな。
となれば早速、どんな効果か試したいじゃん。
深夜の公園には誰もいなくて、ちょうど良い実験場だった。
学生の頃のジャージ、それとランニングシューズでまずは普通に走ってみる。たったったーっと。
はい、それじゃあ
そう念じたとたん、ぐにゃりと視界が歪む。
おおっとっと、こりゃ変だ。地面を踏む力が強くなり、ぐんっと一歩分の距離が長くなる。足にかける体重が普段の数倍になっている感じかな。軽く走っているのに、全速力より上くらいだ。電動自転車みたいで楽だね、これ。
あっ、さっきの数字は残り秒じゃなくって、歩数だったのか。1歩ごとに減ってゆくので、何となく分かりやすい。
試しに3歩で止まってみると、やはりカウントダウンも止まる。1歩だけでも同様だ。
余裕で自己新を越える勢いに、うーんと俺は唸る。
やっぱりスキルってのは本物だったかー。継続治癒も持ってるけど日常生活で怪我なんてしないから試す機会も無いんだよね。
軽く走っている感覚だし、ジグザグ移動もそう大変じゃない。とはいえ力学はしっかりと働いているらしく、公園にある遊戯具を蹴ってみると、びょんと真上への高いジャンプになった。
おほっ、下腹部がキュッとする高さ! 二階くらいまで飛んだんだけど! なにこれぇ、ちょっと面白いぞ!
《
《 暗視LV1を自動獲得しました 》
残り歩数がだいぶ減ってきたころ、そんな声が響いた。暗視って……忍者にでもなる気か?
どうやら覚えたものは経験で上昇をするらしい。
しかしこの「暗視」みたいに自動で取得するものと、自動で覚えるものの違いはなんだろうか。タダで貰えるものと買わないといけないものの差……まあ、もう少し様子を見て考えるか。
ちょっとだけ走る速度が増したので、レベルアップは効果も上昇するようだ。何レベルまであるかは知らないけどさ。
案内くん、このスキルって減る一方だけどいつ復活するの?
《 12時間の経過が必要です 》
あ、ヤベ。調子に乗って使い過ぎてたか?
つっても魔物とやらが出てくるのはまだ先だし、別にいっか。
スキルは使った分だけ上昇するようなので、なるべく消費しておくようにしよう。
継続治癒は……自分から怪我をするのはちょっとなぁ。普通にパスで。
残りの歩数ぶんを使いきり、俺は家へ戻ることにした。
じゃあ通販の荷物が届いたらモンスターとやらを見に行ってみようか。最初だからきっとスライムとか可愛い奴なんだろうなー。
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