第2話 本当の目覚め
その日、122名の犠牲者と84名の怪我人が出たらしい。
俺はその数に含まれておらず、普通だったら犠牲者側に名を連ねていた、と思う。
「普通だったら、ねえ。俺が異常みたいじゃん。あ、異常だったか」
などと俺はひとり言を漏らす。
通り魔と未確認生物の事件はテレビで大々的に報じられ、特に昼間はどこのチャンネルでも同じ話題でもちきりだった。アニメの再放送番組を除いては。
――犯人は武器を所持しており、逮捕の直前に行方をくらまし、現在も必死に捜索…
――幼い子を残し、鈴木さんは帰らぬ身に…
――上空からの映像です。第三の被害地でも警察官による検証が開始され、封鎖エリアへの立ち入りが…
薄暗い部屋で毛布をかぶり、チャンネルを次々と変えてゆく。欲しい情報はなかなか見つからず、イライラとさせられる。
と、俺はリモコン操作を止めた。
そこには誰かがスマホで撮影していたのか、やや不鮮明ながらも商店街を歩く男がいた。
手の震えが伝わっていて俺まで怖くなるけど、よく撮影したなこいつ。そんなに「いいね」が欲しかったのかよ。すげーな。
さて、右手に持ったナイフは、やはりどこか変だ。ピンクの蛍光色だなんて、あまり目にするものではない。
それとあの巨大な狼はどこいった。目撃者は山ほどいるだろうに、誰もそれを口にしない。まさか俺にしか見えないってことは無いだろ。
「んーー? なんだこれ」
モニターに顔を近づけ、その男をじっと見る。足元の影がちょっとおかしくて、狼みたいな形をしてるんだが……。
ぱっと画面が切り替わり、油でテカテカしたおっさんがアップになって、俺は「のわっ!」と仰け反った。くっそ! 無駄にハイビジョン高解像度にしやがって。
専門家などの意見も出てきたが、あのナイフの入手場所や素材については不明らしい。懸命な捜索は続いているが、あいつは警察に捕まらないのではと俺は根拠もなく思う。
うーーん、分からん。意味が分からん。
視界の端っこにあるアイコンは相変わらずで、空っぽだった砂時計は一晩眠ると元に戻っていた。首を切られて死にかけた俺は、このなんかよく分からんやつのお陰で生きている。
そうだ。あのとき変な声が聞こえたな。何の感情も無さそうな男か女かも判別できない声。
よく分からないが、あれは誰だったんだ?
《
あ、何か聞こえたー。
たっぷり10秒ほど頭をかかえ、幻聴では無いと分かってから顔をあげる。
んで、そのガイドくんは、いつまでここにいるの?
《 既に案内役として認定されております。よって、あなたが死ぬまでです 》
あっそうー。でも死にかけたし、一応とこいつから救われたから文句は言えないや。
そう思いながら部屋の隅を見ると、乾いた血のついたスーツが掛けてある。一張羅だし精神的ストレスもあるのでしばらく出勤はパスだな。
というかあれってクリーニング出せんの? 俺が店員さんなら、洗って真っ赤な血が出てきたら大パニックだよ?……いいや、捨てよう。
さっきからスマホがブルブル震えてうるさくって腹がたつ。それを布団に思い切り投げつけてからシャワーを浴びに行くことにした。
そういえば、もう2日も風呂に入っていなかったか。俺みたいに能天気な奴でもストレスってあるんだな。
仕事? 知らん知らん。あんなおっかない場所に行って、「おはようございまーす」なんて笑顔で言える奴なんていねえよ。
ジャッ!と熱いシャワーを頭から浴びながら自問自答をする。あ、ちがうか。俺の中にいるよく分からない奴に相談をする、だ。
あのさ、俺みたいな奴って他にいるの?
《 能力者という意味でしょうか。この世界では極めて稀と言えます。しかし次元が断たれたままの為、じきに変化が訪れます 》
えー、日本どうなっちゃうのー?
それとさ、あの通り魔は何者?
《 魔物と呼ばれる者が一定期間で目覚めます。小さな固体ほど早く目覚める傾向があります。また、通り魔と呼ばれた者は【
あっそうー。世界線の移動って、つまりは異世界? それとも並行世界? 昔っからSFは苦手なんだよねー。
魔物ってのはつまりモンスターって事だよな。ゴブリンとかオークとか、そういう奴らが日本に出て来るのかね。現実感がまるでねーな。
などと思いながら鏡ごしに首のあたりを見る。うっすらと白い線が走っているけど、もうほとんど見えないくらいだ。
うげ、かなり切られていたんだなぁ。血を吐いたくらいだし、頸動脈なんてスッパリ行ってるわな。お陀仏コースまっしぐら……のはずなんだがなぁ。
きゅ、とコックを捻り、シャワーを止める。
もうもうと湿気の溢れるなか、曇ったガラスを手で拭く。
そこは谷間をつくる胸と、趣味で鍛えていた身体が写っている。普通の女性よりも肩幅があり、くっきりとした鎖骨を見せていた。
はあ、と息を吐き、短かめの黒髪をばさりと振ってからバスタオルを手に掴んだ。
わしわしと頭をタオルで拭きながら部屋へと戻る。
一人暮らしだからもちろん素っ裸だ。家族がいたときも似たようなもんだったけど。
と、窓の向こうに広がる雨雲を見て、俺は足を止めた。気のせいかもしれないけれど、昨日までの光景と違って見えた気がしたんだ。
ぶるりと身体が震えるほどの寒気を覚え、それをごまかすように問いかける。
……さっき言っていた魔物って、強いのか?
《 シミュレーションを開始します。成功しました。この世界線の武器で、当初は対応可能です。半年を過ぎたころ、対応しきれない魔物が台頭します 》
そうは言われてもどうにも現実味が湧かない。だけど俺は実際にこの目で見た。あまり思い出したくないが、たぶんあの巨大狼は魔物とやらだろう。動物園でも見たことないし。
ああいうのがたくさん出る?
この東京に?
それって会社に行っている場合なのか?
んーー、困った。困ったぞ。俺の前には2つの道がある。今までどおり生活をしてゆくか、こいつの言うことを信じて何かしらの行動をするか。あるいはずっと何もしないかだ。あ、3つも言っちゃった。
タンスにある通帳をのぞき込むと、今の貯金は500万らしい。
一人身だし仕事は真面目にやるほうだったから、まあ普通程度に稼いではいる。貯金趣味ってわけじゃないけど、いつか金を溜めて広い家に住みたかったしな。
「これだけあれば一年は生きていけるかな」
だが仕事をやめるっていうのは、さすがにちょっとドキドキする。もしもこれが嘘情報だったら路頭に迷ったアホな奴になるし。
でもたったの半年で対処しきれない状況になるのなら、かなり猶予は無い、と思う。それに俺がくたばりかけて、常識はずれの力で生き残れたのは事実だ。
だからまず俺としては「今後そうなる」という証拠が欲しい。
案内くん、その弱い魔物が出てくる場所とか分かる?
《 周辺情報をシミュレーションします。完了しました。場所と時刻は…… 》
うーん、3日後とは思っていたよりも早い。
すぐさま俺は家を出て、ホームセンターへ向かうことにした。
会社についてはとりあえず放置でいいや。記念すべき有休消化の1日目、ということで。
あ、もう2日消化してたか。気にすんな気にすんな、細けえことはいいんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます