第96話 ブレイカーside



―午後十時・ブレイカー本部。


愛姫親衛隊の命令をも無視し、ブレイカーの本部へ帰還した時緒と響は、異能力者狩りトップが居る宗主の間へと続く廊下を歩いていた。異能力者狩り集団・ブレイカーの全てを纏める『宗主』に謁見する為だ。異能力者狩り結成当時の古参である時緒は、これまで何度か宗主と会った事があるが、響は組織に入って今回が初めて宗主との面会となる。


「今回の任務。あの小娘と言い『箱庭』の連中共と言い、あまりにも内容に矛盾がありすぎる。悪いが宗主に直接会って、ブレイカー上層の方にも問いただしてやる···!」


時緒の上層部に直接問いただす宣言に対し、無言で頷く響。組織内戦闘員による異能力者狩りに対しての、度重なる愛姫による戦闘介入と言う名の戦闘放棄。


ブレイカー唯一の異能力者である、愛姫の介入による数々の戦闘放棄によって、異能力者狩り本来の目的を果たせないまま。手練れの異能力者達を見つけては、ことごとく愛姫に介入されターゲットを無傷で逃がす日々が一ヶ月以上にも続き、徐々に溜まりだす組織上層幹部や内部への構成員達による不満。このままあの娘達に現状を好き勝手させる事は、彼女達に不満を募らせた構成員達により、いずれブレイカーと言う組織そのものが、近い内に内部崩壊を起こしかねない。


宗主の間に続く扉の前に着いた途端、時緒はノックもせず宗主の間の扉を片手で勢いよく開けた。



「お待ちしておりました」

「!?」



宗主の広間に居たのは、宗主ではなく一人の長身の男。長身の男の姿を見た途端、時緒は顔を歪ませる。普段ならこの広間に佇んでいる筈の、宗主の姿が影すら見当たらないのだ。部屋をよく見渡せば、常に宗主に付き従う熟練構成員も誰一人も見当たらない。


「おやおや、珍しい物を見る顔をしていますね。何かおかしな事でもありましたか?」

「宗主は何処にいる? 俺達は宗主に話を聞きに来た」

「玖苑······充」


目の前の胡散臭い雰囲気の男に、響は見覚えがあった。テレビメディアの報道番組やワイドショーでは、すっかり有名人となっている政府議員秘書・玖苑充。何故この男が表でも認識されていない裏の異能力者狩り組織にいる。表で高い地位にいる彼がこのような、裏社会に関わっていると発覚すれば只では済まない筈。


「只今、宗主にはこの席を外して頂いています。この宗主の間には私しかおりません。私が宗主の代行者として、代わりに話をお聞き致しましょう」

「今回の任務。浅枝部隊は宗主直々の命を受けて、ファントムの異能力者排除に向かった。だがあの状況はなんだ? 何故愛姫部隊をファントム支部へ介入させた。それ以前に奴らは今回、何の任務すら受けていない筈だ」


充は不気味な笑みを浮かべたままこの広間に佇んでいる。仮面のように貼り付いた充の笑みに、響はあらかさまな不快感を感じた。


「あなた方が知る必要はありませんよ。あなた方はただ宗主の命に従っていれば良いのです」

「俺達は宗主から直々に答えを聞きたい。大体あの異能力者の女を、いつまで生かしておく気だ。異能力者狩り組織であるこのブレイカーに、異能力者が存在する事がイレギュラーだと」


元々愛姫と言う存在は、間接的にブレイカーへ協力している、宇都宮一族によって連れ込まれた存在。愛姫の護衛を勤める鳴城院と名乗る孤児達も、元々は宇都宮一族管轄下の私設で養成された構成員だと聞く。彼らもまた、他のブレイカー構成員といざこざを起こしたり、愛姫の人として問題のありすぎる性格を使いながら、自分達の派閥に取り込むなどして問題を起こすなど。ブレイカー内の異能力者狩り以上に、人間性に問題がありすぎる。


「貴方がたは何も理解していませんね。我らの愛姫はこの世界に選ばれた『清らかなる聖女』なのですよ」

「何が清らかなる聖女だ、馬鹿馬鹿しい。既にあの女の介入が原因で、内部構成員の不満は爆発寸前だ。いつ内部で暴動が起きてもおかしくない」


実際宗主個人は、裏社会でも悪名高い宇都宮一族と手を組む事に、一貫して反対していた。しかし異能力者集団ファントムが数年と言う短期間の間で、表舞台へと頭角を表してきた以上、自分達の力だけでは無理があると一部の年配古参幹部達に説得され、やむを得ず宇都宮の者と組んだと聞く。


しかし現状は愛姫達の意味のない介入で、目的の異能力者達の始末を手惑うなどご覧の有り様だ。そもそも聖女とは何なのだ。あの愛姫と言う綺麗事しか言わない女が、世界に選ばれた聖女と言うだけで、直接の排除すらも叶わない事実が、時緒を含めた構成員達を更に苛立たせている。


「もう一度聞く。宗主はどこだ?」

「余計な考えない事です。あなた方は上に従うだけの駒ですよ。ゲームの駒はゲームの駒らしく、飼い主に尻尾を振って我々に従っていれば良いのです」

「くだらない事をぬけぬけと。第一お前がこの裏社会と繋がってる現状を、マスコミに横流ししたらどうなるかな?」


借りにも玖苑充は政府議員のお抱え秘書だ。このような前代未聞の大スキャンダルを、マスコミ全般が見逃す筈がない。


「やれやれ。貴方は何も分かっていませんね。この私に何をしようと無駄な足掻きですよ」


時緒は殺気を篭った目で充を睨み付けるが、充は時緒の威圧にすら全く動じもせず、入室時より二人の言い争いを黙って聞いていた、響の方へゆっくり視線を向ける。


「おや。君は確か、逢前響君でしたねぇ···。本部の構成員情報を閲覧させて頂きましたが、貴方は愛姫を大層嫌っているご様子で、愛姫はお嘆きになられておりました。『響君と仲良くなりたい』と」

「あんな女と仲良くなるなんて、端からお断りだよ。毎日取っ替え引っ替え、男を侍らせて連れて歩いてるような奴と誰が仲良くするか」


愛姫達は前々から異能力者狩りの中で、数少ない若手の響を取り込むべく動いていたが、響は面と向かってノーを突き付けていた。今回ばかりは宗主が居ない事を良い事に、愛姫親衛隊が怒り狂いそうな罵詈雑言を容赦なく言い放つ。


「そうそう、貴方のお姉さん···。奏さんとおっしゃいましたか。貴方が『殺人』を犯した事に、大層ショックを受けていましたよ」

「!!?」


姉が自分の行為にショックを受けたと告げられた響は、膝をつきその場へ崩れる。響の反応で状況を察した時緒も、更に殺気を放ち充を睨み付ける。



「てめェ······」

「私はこの異能力者狩り組織において、最善の方法を取ったまでですよ。最も、彼が周りに隠し事をしていたので、何も知らないままの彼女に全てを教えただけの事。貴方は私に感謝して頂かねば困りますよ」


「ね······姉さん」



自分が一学生として暮らしている傍ら、その裏では異能力者狩りとして血で汚している。即ち響が殺人を犯していると姉に発覚した事。最早一線を越えてしまっている響は、日常の世界へ。異能力者狩りの存在が、公に発覚すれば二度と元の生活に戻れなくなる。


「あれは響の問題だ。身内との揉め事は、響自身がケリを付けるべき問題だ」

「そうそう。貴方の方も大変大きな隠し事をしているご様子でしたので、私の方で時早(ときはや)に手を打って置きました」

「!!」


殺気全開で充を睨み付けていた時緒の目が見開かれる。


「周りの方も貴方の犯している『犯罪』行為には、さぞやお困りでしょうねぇ」


くつくつと笑う充に。床へしゃがみこみ茫然自失の状態になっている響へ語りかける。



「······響、すぐに病院へ行け。行って姉さんの安否を確かめてこい」



時緒の声色に何かを察したのか、我を取り戻した響はふらつきながらも無言で立ち上がり、すぐに時緒達から背を向け歩き出す。そして今も時緒と充が殺気立った、にらみ合いを続ける宗主の間を後にした。


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