第97話 響side



「······っ!」


響は移動用にいつも使っている愛用のバイクに跨がり、ポツポツと電灯を照らす夜の道路を走る。本部から出る直前、すぐに姉の携帯の連絡先に掛けたが、当然の如く不在通知の音声が鳴り響くだけ。

いつものあの時間帯なら、姉は勤務先の休憩時間の為、すぐ通話に出てくれる筈なのだ。信号待ちの合間にも何度か姉の番号に掛けてみたが、響の望みも空しく全て不在音声が流れるだけだった。もう姉の身に何かあったのは確実だった。


「姉さん···」


あの男―玖苑充の考えが、自分達を思い通りに動かす事が目的なら、いまだ意識不明状態の時緒の恋人すら利用する。世界中に異能力者同士のネットワークを抱えるファントムと違い、要人の後ろ楯がない異能力者狩り集団にとって、身内を人質に取られるのはほぼ致命傷となる。下手をすれば異能力者狩りの『殺人』行為が、社会に表沙汰となり最悪の場合、自身の行為が表に曝された異能力者狩りは、二度と日に当たる事が叶わなくなるからだ。


事実『殺人』行為が表に晒され、警察へ連行された異能力者狩りも決して少なくない。社会に日を晒された異能力者狩りは、社会の闇に葬られ続けている『異能力者狩り』そのものは否定するだろうが、『殺人』を犯した事自体は決して否定出来ないからだ。


更に宗主の安否も確認出来ない状態では最悪、ブレイカー全体が玖苑充と言う男に、掌握される可能性すらも視野に入れなければ出来ない。今は時緒の言う通り総合病院に行き、奏や時緒の恋人の安否を確かめるしかない。



―午前十時・神在総合病院一階ロビー受付。



幸い何のトラブルもなく、朝一に総合病院へ到着した響は、偶然にもロビーで受付を行っていた、いつもの顔馴染みの婦長とコンタクトを取る。


「奏ちゃん? 実は二日前から連絡が付かないのよ。ウチと提携先の看護学部にも連絡したんだけど、向こうの方も同じ時期に欠席してる見たい」

「···そうですか」

「響君も何かと大変でしょう。通ってる学校があんな大事になっちゃって···」


「い、いえ···。学園の不祥事が前々からネット上で噂になってた以上、ああなるのはわかっていました」


時緒の予想は大筋で当たっていた。響が時緒達と共にファントム支部襲撃の任務に、繰り出した二日前と同時に奏との連絡が途絶えている。


あの宇都宮夕妬の事件以来。東皇寺学園は連日のように、新聞の取材やテレビの報道陣が押し寄せて来ており、生徒の安全を考慮してほぼ休校状態。その中には面白半分に動画実況のネタを求め、動画サイトを生実況している者達まで押し寄せる始末だ。特に迷惑を被ってるのは、警察や報道の対応に追われている教諭達ではなく、聖龍と密接に関わっていた生徒達の方だった。


悪質な実況者達によって、聖龍と関わった生徒達は個人情報や居場所まで特定され、そんな状態で中継された動画の炎上には、まるで歯止めが効かない状態。幸い響は休校直後から身内の事も考え、自ら余計な火種を撒かないよう、学園周辺へ近付いていなかった為、ネット動画実況者達による悪質な押し掛けから奇跡的に逃れていたが、いつネット上で響個人の情報を特定され、自分達に悪意の矛先が向けられるか分からない。


ただ。この状況下の中では、異能力者狩りを行うにはうってつけとも言えたのだが、異能力者狩りと同時に学生としての日常生活も行っている響にとって、奏を心配させてしまうのが最大の不安でもあった。祖父を亡くして以来、姉の奏は響にとって唯一の肉親だ。祖父が自分達姉弟に残してくれた遺産も、生活に困らないとはいえ自分達の働いたお金で何とかしたい。


これから先、どうすればいいのかと頭の中で色々考え込んでいたが、響と話をしていた婦長があっ、と思い出したように口を開く。


「···そういえば響君の知り合いの浅枝さん。自分の検査の後は、いつもの病棟の彼女さんのお見舞い、欠かさず来てたでしょう」


婦長の口から時緒の恋人の話題が出てくる。目の前の相手が時緒の知り合いと言う事で、話しても問題ないと判断したのだろう。だが婦長の表情はかなり深刻なものになり、響の頭の中では嫌な予感がした。


「その彼女さん···。昨日付けで他の病院へ移送されたの」

「!?」


肉体的には回復しているが今も意識だけが戻らず、医師の許可なく移送出来る筈のない時緒の恋人が、何者かの独断で他の病院へ移送された。ここの病院は患者職員問わず、異能力者の受け入れも行っている為、病院の移送だけで医師単独の判断を行うのも、なかなか厳しいと聞いている。


「家族の方も院長も患者さんの移送には、頑として反対したのよ。でも政府議員秘書の方がここに訪れて、移送先の病院ならば今だ意識の戻らない彼女へ、更に高度な治療を受けさせられると仰って···」


やはり玖苑充が自分達が組織―いや、自分達に反抗する事を想定して、こちらにも手を回していたのか。それにしても余りに行動が早すぎる。まるでこちらの動きを、終始監視されているかのようだ。


「家族の方も今だ困惑してるわねぇ。治療費の援助やら色々とお世話になってる、浅枝さんとも連絡が付かないから···」


異能力者の暴走には彼女だけでなく、その場に居合わせた時緒も同時に暴走の被害を受け、彼の脳神経には異常を判断されている。時緒本人曰く命に別状はないらしいが、時折検査を忘れては担当医に叱られていた。それでも自分の検査は忘れていても、恋人の見舞いだけは毎回欠かさず行っていた。


狩りの任務の為に裏社会の殺人ゲームにも参加し、自らの手を汚してまで手にした莫大な資金は、全て彼女の治療費と入院費に充てた。援助しているのが自分だと悟られぬよう、仮の名義を使い彼女の家族にも寄付したとも言っていた。普段寡黙な時緒がここまで響に語ってくれたのは、響がまだ『普通の感性』を持ち合わせていると判断したからだと。


本来なら無関係である筈の姉の奏や時緒の恋人が、裏の世界の争いに巻き込まれてしまった以上、時緒も響もとっくに後戻り出来ない所まで、裏の世界へ進んでしまっている証拠なのだ。


響が再び頭を附せて考え込んでいると、響の背後から聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。



「あのー、すみません。二号病棟○○○号室へ面会に行きたいんですが」

「君は···っ。真宮······琳?」


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