第95話 瑠奈side



宇都宮一族の中に異能力者がいる? 異能力の存在そのものを忌み嫌う宇都宮一族に、異能力者がいるとのルシオラの発言に対し、瑠奈はおかしいと思ったのか少し首を傾げる。鋼太朗の家族が関わっていたと言う、暁村の異能力研究所にも宇都宮一族は、何らかの研究に深く関わっていると聞いていたので、宇都宮一族にも何か関わりがあると思っていた。



「まさか…」

「赤石泪のジョーカー参加停止処分には、泪自身の能力と精神面への危険性も入っているが、宇都宮一族の内情も半分以上ウェイトを占めている。奴ら一族の中のある異能力者の存在を、自分達の管轄下における暁村の村民が一丸となり、その者が異能力者である事が、公にならないように徹底して隠蔽している。本来一族から出すべきではない、異能力者の存在を隠蔽している宇都宮本家当主は、政府上層からその異能力者の引き渡しを、直々に求められているそうだ。


宇都宮は自分達の財力と権力で一貫して、一族にいる能力者の存在そのものを抑え込んでいたようだ。だが半年前。何者かが村総出で厳重に管理し、表だってでは決して漏れる事のない、宇都宮一族の情報を横流ししたのか、赤石泪の一件で政府上層に対し、宇都宮一族が秘密裏に隠蔽している異能力者の存在が発覚した。宇都宮の能力者は、念動力こそ並みの異能力者に遠く及ばないらしい。

だが紛れもない異能力者である以上、宇都宮がその異能力者の引き渡しに応じなければ、宇都宮一族の異能力者の存在を世間一般に公表する。と」



自分達一族が異能力者を嫌っているのに、身内に異能力者が出てしまえばどんな手段を使おうが、思念の制御が完全でない限りは完璧に隠し通す事など出来ない。宇都宮一族直属ならば、何としてでもその人物の存在を隠し通したい以上、上からの要求を受け入れざるを得ない。ここに来て前に勇羅達と調べていた、暁村の名前が上がるとは思わなかったが。だが泪の過去に関係している、暁村や宇都宮の話題が同時に出たと言う事は、宇都宮一族の胡散臭さ、もといキナ臭さが一段と増してきた。


「その宇都宮一族が引き渡しを求められている異能力者とは、療養中の本家当主に代わり、十代の若さで当主代行を務めている孫娘。本家当主が彼女を『女神』として溺愛し、暁村の人間からは『白百合の女神』と呼ばれ、村中の人間に支持されている」


本家当主の孫娘とは大層な肩書き。当主も当主で孫娘への溺愛っぷりが、何とも痛々しい。しかも村の人間もまた彼女を、白百合の女神とはなんとも大袈裟な呼び名で称えている。宇都宮夕妬と言い、宇都宮の一族は理不尽な人間揃いだ。


「宇都宮本家当主の孫娘……あっ!」


本家の孫娘と呟き、瑠奈は少し沈黙した後。前に鋼太朗が語っていた、彼の腹違いの妹を思い浮かべた。鋼太朗や彼の父親が決して血族だと認めないと断言した人物。


「確か鋼太朗が前に言ってた、宇都宮の…」

「そうだ。宇都宮一族当主の孫娘の名は宇都宮小夜。彼女は現在当主に代わり宇都宮一族当主代行を務め、更に若干十六歳で暁学園の生徒会長を務めている。白百合の女神とは暁学園における彼女の二つ名だ」


自分達と同じ学年同い年でありながら、一学園の生徒会会長までも務めると言うのは、宇都宮夕妬と共通している。京香や麗二の話を合わせると、彼女は暁学園で生徒達から『白百合の君』と呼ばれていた筈だ。暁村の詳しい事情は知らないが、彼女もまた学園を我が物顔で牛耳っているに間違いない。暁村が宇都宮の管轄下なら、恐らくは暁学園自体が宇都宮一族の私物なのだろう。更に彼女は一族当主代行まで行っている。


「泪は君が日常に戻る事を望んでいる。君の周りから異能力者迫害の脅威がなくなるのならば、彼は喜んで己の命を投げ捨てる」


ここに残って泪を救うか。それとも全てを忘れて、元の日常生活に戻るか。だが―…。


「既に異能力者狩りの者達も、君の存在を異能力者として認知してしまっている。君が普段通りに生活をするのは困難を極めるだろう。日常の一般市民に紛れて活動するのは、奴ら異能力者狩りの十八番だ」


お互いに面識がある響はともかく、他の異能力者狩りの存在が瑠奈自身の脅威になってしまっている。ルシオラと話し込んでいる内に、頭から抜けかけていたが、瑠奈の存在は既に異能力者狩り集団に、認識されてしまっているのだ。


「厄介な事に宇都宮一族の方も君をマークし始めている。原因は至って簡単だ。君が赤石泪にとって、『最大の弱点』となってしまっている。宇都宮一族の支配下にある『都合の良い兵器』が、『人間』として生きる事を認める訳がない。奴らが『兵器』を『人間』に戻していく、君の存在を見過ごすはずがない」


宇都宮一族が自分を泪の弱点として認識している。宇都宮は強大な力を持つ泪を、自分達の思いのままに操れる兵器としてしか見ていない。泪の真実に近付いていく瑠奈の存在を、最大の脅威として見始めている。東皇寺の事件で聖龍に連れ去られた友江姉妹が、再度連れ去られたのも、宇都宮夕妬が何の裁きも受けず解放されたのも、当主代行の彼女が一枚噛んでいる可能性が高い。


「じゃあ万が一元の生活に戻ったとしても、結局は私は宇都宮一族に狙われる。あいつらの権力を考えると、私だけじゃなく周りの人達も宇都宮に追い込まれてしまう」

「……そうなるな」


瑠奈の弾き出した答えに、ルシオラもまた苦々しい口調で瑠奈の言葉に答える。学生生活に戻ったとしても、自らの莫大な権力で強引にねじ伏せる、宇都宮一族が既に暴走を始めている泪を、思いのままに制御出来る瑠奈を見逃す筈がない。宇都宮夕妬の一件で嫌と言う程思い知っているが、一族は欲しいものを手に入れるなら、いかなる手段をも問わないし、周りにどんな被害が起きようとも欠片も気に留めない。


異能力者狩りに殺害対象として認知され、宇都宮一族には泪の抑止力としてマークされる。だが宇都宮一族を潰さねば、泪を本当の意味で解放出来ない。


「君個人が元の日常へ戻るならば、どのみちブレイカーと宇都宮を潰すしか方法がないだろう。だが完全に君の逃げ道を塞がれた訳ではない。私の知り合いに頼んで、君を保護して貰う手がある。ただ、その場合も君の行動の全てが制限され、結局はその組織の監視下に置かれてしまう事になるが…」

「……」


いくら考えた所で、現状だと瑠奈の逃げ道自体は塞がれている。異能力者狩りには狙われるし、宇都宮に周りへの被害を与えられることも免れない。ルシオラの知り合いと言う人物も瑠奈にとって信用出来るかどうか。


「お兄ちゃんに会わせて下さい。……精神侵入(サイコダイブ)の能力を使います。どうせ何処へ行っても逃げ道がないのなら、自分のやりたい事全部済まして……その後で、じっくり考えます」

「救いだした所で彼はもう戻れない。なら、覚悟は出来ているな」


ルシオラを見つめる瑠奈の表情は真剣だった。幸いルシオラは瑠奈個人に力を貸してくれるのだ。ならば全てが終わるまで、先へ進むしか今の瑠奈に方法はない。



「……私は赤石泪の『笑顔』が見たい。作り物でもなんでもない、私はお兄ちゃんの『本当の笑顔』が見たいんです」


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