第74話 泪side



―同時刻・ファントム支部三階戦闘訓練エリア。



「一体どういう事ですか。これが総帥ルシオラの命令と言う事ですか?」

「いえいえ。これは我々ファントム側の意向です。貴方にはルシオラ様の···いえ、貴方が我らファントムの忠実なる配下として相応しいのか。これから試験を受けて頂きます」


これから赤石泪の、異能力者としての能力を試す為の戦闘訓練を行うと言われ。数名の構成員により支部内に存在する、戦闘訓練エリアへと案内された泪を待ち構えていたのは、先日泪の携帯に電話を寄越してきたファントム上級幹部・玖苑充。彼は泪を政府の裏取り引きにも応じさせた張本人でもある。


実際に泪を直々に出迎えたのは、ファントム総帥ルシオラだ。ルシオラより泪に当てがわれた専用の個室で泪はしばらくの間、ルシオラから待機を命じられていたが、現在彼はファントム構成員の証を付けた、複数の異能力者達に周りを囲まれている。


「この試験にファントム総帥の意志は関係ないと?」

「これは我々ファントムの意志なのですよ。貴方が本当に我らがファントムの構成員として、相応しいのかどうか見極める為の訓練なのです」


この訓練場にいる異能力者達は、泪を呼び出した充を含め十四名。周囲へ悟られないように能力者達の思念を探り、全員の持っている能力が何なのかを調べる。念による探りを入れて分かったのは攻撃型が十名、防御型の異能力者が三名のようだ。


泪が攻撃偏重型の異能力者である事なのは既に知れ渡っているらしく、自分を試す為の試験者達もまた、攻撃系の異能力を持っている者達を中心に編成している。能力の発覚した十三名は把握したが、この悪趣味な試験を立案したと考えられる、最後の一人でもある充の能力系統だけが全く分からない。


「ねぇ。本当にこの試験がルシオラ様の為になるの? あの人。一度はルシオラ様に刃向かったけど、今はもう私達の味方なのだし···」


取り囲んでいる異能力者達の中には、以前泪や瑠奈にちょっかいを掛けて来た風使いの娘までいる。流石に今回の試験に関しては、ルシオラが直接関わっていない事で懸念を抱いているようだ。


「この私の判断に間違いはありません。彼は我らが同志であると同時に、いずれは我々の脅威ともなりうる異端者なのです」

「し、しかし···。総帥は彼を丁重に扱えと」


ファントム総帥ルシオラ直々に勧誘され、更に実力を兼ね備えた同志を攻撃しろと戸惑う異能力者の一人に、充は躊躇いなく泪の存在を異端だと告げる。正確には充と裏で取り引きを行い、彼に仲介をして貰う形で泪はファントムに入ったも同然であり、ルシオラも充の取り引きに対しては薄々感付いているらしい。


「私はルシオラ様の幹部でありルシオラ様の忠実なる片腕。裏切り者の陸道伊遠なき今、私の存在はなくてはならない頭脳なのですよ。貴方がたが目の前にいるあの異端者ごときに、気を使う必要などありません」

「そうですか。僕の存在など、貴方がたにとっては『必要ない』と」


『必要ない』と告げると同時に、泪の表情は瞬時に機械じみた無表情へ変わる。彼らのやり取りを見る以上、やはりあの男は腹に二物以上は何かを抱えている。ルシオラは異能力者に仇なす者に対し、異能力相手でも慈悲を持たないが、無益な殺生自体は嫌う事を知っている。

逆にこの玖苑充は異能力者同士の殺し合いを、楽しみにしていたかのように、底の見えない不敵な笑みを讃えている。今回の試験はやはり目の前の男による独断のようだ。


何よりも組織の離反者を、最初から存在しなかったように切り捨てる言動。当のルシオラ本人も組織の中で比較的高い能力を持つこの男を自身の傍に置かず、意にそぐわない行動をさせ隅で躍らせている当たり、彼を全く信用していないと判断した。



「さぁ。時間です」

「!!」



充がパチンと指を鳴らす音と同時に、泪を囲んでいた数名の異能力者達の様子が変わった。突如両手で頭を抱えながら、苦痛の声を上げはじめる。


苦しみだした数名の異能力者達は、うめき声を上げながらヒューヒューと、音を立てながら異常な呼吸を繰り返している。その全身からはおびただしい量の脂汗がじっとりと滲み出しており、周りの目線から見ても明らかに異常が起きている事が分かる。


「な、何!? これはどうなってるの!?」


数人の仲間達の突然の変貌に対し、風使いの少女は明らかに戸惑っている。少女を含め特に変化のなかった残り数名も、お互い顔を見合せながら同じような反応をしている。先程まで無表情だった泪も、目前で苦しむ異能力者達を見て表情が歪む。



「み、充様っ!! これはどういう事ですか!?」



どうやら仲間の状態を察知した一人が、既に訓練エリア二階の観戦場へ上がり試験自体を高みの見物へ決め込んだ充に、抗議せんと言わんばかりに声を張り上げる。


「あぁ。貴方がたは確か別動隊の所属でしたね。そこの彼らは念動力レベルが規定値に満たなかったので、私の方で思念の強化処置をさせて頂いたまでです」

「なんて事を···! 同志にこんな惨い事を行うなど、総帥が許す筈がない!」


今起きている異能力者達の症状を泪は見た事があった。あの症状は異能力研究所が作成した、念動力強化薬物による副作用の症状だ。恐らく彼らに投与されたのは、潜在的に秘められた念動力を強制的に引き出す薬物だろう。だが表の世界の目の届かない、非合法で作られた薬物によって無理矢理力を引き出すが故に、肉体への負担も大きく反作用も非常に強い。


更に依存性が非常に強く、薬物の投与を一定期間以上怠ると、全身に倦怠感と痛みが伴い苦しみ続けるだろう。そして彼らの苦しみ方と投与された量を見る限り、もはや殺す事でしか彼らを救う術はない。



「·········では。彼らはこの場で【排除】しても構いませんね」

「だ、駄目よ! 彼らは私達ルシオラ様の仲間なのよ! 仲間を勝手に排除するなんて、そんな事はルシオラ様が許さないわ!!」



排除と言う言葉に反応した少女が泪に意見するが、泪は少女の言葉には何も答えず、右手首にハイロゥを展開する。ハイロゥ展開と同時に泪の右手首の周囲からは、凄まじい勢いの炎の渦が発生した。


泪はハイロゥに巻き付いている炎を、まずは両手で頭を抱えながらうずくまっている近くの異能力者二人に狙いを定める。前方に炎が巻きついている右手をかざすと同時に、ハイロゥに巻き付いている炎の渦は螺旋を描くように、苦しむ異能力者に向かって噴射された。



「が···ぐああぁぁぁ!! ぁ···が、ぎ······っ!!」

「ぎ、ぎゃああああぁぁぁっ!!」


「そんな······っ」



薬を投与され我を失い、更には訳も分からず強烈な勢いの炎を浴びせられ、獣を思わせる絶叫を上げ苦しみ燃え盛る仲間達の姿に、充の被害を受けずに済んだ一人は茫然自失となり。もう一人はこれ以上仲間の苦しむ姿は見ていられないと顔を反らす。



「なんとかして止めないと······そ、そうだわ!」



この件にはルシオラ本人が全く関わっていないとはいえ、これ以上ルシオラが居ない所で仲間が倒されるのを見かねた薫は、何も答えず淡々と次の対象へと攻撃へ移ろうとする泪の方へ向き、慌てて声を張り上げた。



「ま、まっ、待ちなさい! あ、あの娘が···瑠奈って娘が、どうなってもいいの!?」



少女の口から瑠奈の名前を聞いた泪は、右手の炎を出しながら動きを止める。



「『瑠奈がどうなってもいい』とは······どういう事ですか?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る