第75話 ファントムside



念動力強化薬物による副作用に苦しむ異能力者達へと、再び攻撃を行おうとした泪は、決してこの場所にいない筈である少女の名前を聞き攻撃の手を止める。だが泪の身体は攻撃体勢を保ちながら、頭だけを薫の方へゆっくりと振り向く。薫へ向けられたその表情は、機械のように冷たく無機質だ。


「そ、そうよ。あなたもその娘の事は知ってるでしょ、真宮瑠奈よっ! 彼女は私達ファントムの人質になっているわっ! だから、私達の仲間を殺すようなバカな真似はやめなさいっ!!」

「ま、待てっ! その事は···!?」


我に返った能力者の一人が、尚も泪へ話を続ける薫を止めようとしたが、先程まで前方の異能力者達へと、向けられていた筈だった泪の冷たく無機質な敵意は、徐々に薫の方へと向けられ始める。


「······」


泪は何も答えず右手首のハイロゥの周囲へ、再び炎を展開し始めた瞬間―。


「お待ちなさい。彼女の言う事は全て真実ですよ。貴方の大切な真宮瑠奈は、現在我がファントムに居ます」


突如声を張り上げたのは、訓練場で行われる仲間同士の殺戮を楽しむべく、二階観覧席で悠々と座っていた充。充の声を聞いた泪は、薫へ向けようとしていた炎を一瞬にして消し去った。炎が消えると同時に、両手首に展開していたハイロゥも、光の粉が飛び散るように消滅する。


「貴方が我々の為に大人しくしていれば、ファントムの人質となっている、彼女の身の安全は保障致しますよ。貴方は『忌むべき異端者』として、我らファントムに黙って従っていれば良いのです」

「······」


充が泪を止めなければ、最悪この場に居た全員が、目の前のサイキッカーによって皆殺しにされていただろう。しかし自分達と同じ異能力者である泪を、『異端者』と呼び続ける玖苑充に、生き残った異能力者達は薄ら寒さを感じ始めていた。



―···バンッ!!



突然訓練エリア奥の扉が、勢いよく開かれる。扉を開けたと思われるのは、一人の茶髪の少年。少年は悶々とした表情で、真っ黒に焦げた床や複数の亡骸。その近くで茫然自失になっている同志達などの惨状を見つめている。


「充。お前何を···」

「おやおや、もう気づいてしまいましたか。万が一幹部クラスの異能力者に気付かれぬよう、対念動力穏和障壁は張って置いたのですがね」


目の前で起こった出来事が、隣に居る男―。玖苑充の仕業だと気付いた少年はすぐに充へ顔を向け、童顔だがつり目気味の瞳で睨み付ける。


「これはルシオの命令か?」

「これは参りましたね、この試験は私の独断なのですよ。クリストフ君」


クリストフと呼ばれた少年は、泪の異能力によって息絶え無惨な姿と成り果てた同志達の亡骸や、既に仰向けに倒れ白目を向き口から泡を吹きながら、今も全身を痙攣させ苦しみ続けている同志。

その亡骸や同志達を何の感情も持たず、ただただ無表情で見つめる泪。そして薫を含め茫然と立ち尽くしている生き残った同志達を一瞥し。再度充の方へ顔を向ける。


「待機命令の出されている新しい同志を、独断で暴走させた結果がこれ?」


クリストフの声を聞き、一足先に我に返った薫が、クリストフの方へ顔を上げ戸惑いながら口を開く。


「ルっ、ルシオラ様は? ルシオラ様は···。ルシオラ総帥は···こっ、この事を何ておっしゃったの?」


これは厄介な事態になりかねないと判断したクリストフは、再度周囲を一瞥し軽くため息を吐く。そして手に持っていた袋を見つめ、数秒した後薫へ向かって持っていた袋を投げる。


突然自分に向かって袋を投げられ薫は目を見開くが、何かあると察したのかすぐに走りだし、袋を落とさないようにキャッチした。薫は袋の中身を確認すると、中には財布と財布には数枚のメモ用紙が挟まっている。


「何なのこれ?」

「ルシオラ総帥から直々に任務。薫はすぐにここから出て、総帥の所に行って。残りの君達は生き残った仲間を医務室へ運んだ後、この件を他の上級の者達に報告。それから水流

ハイドロ

一人と、補助型の能力者を数人程招集して、急いでここの後始末を」


ルシオラ直々に任務を任された事で、目の前の惨状を目撃したショックで、沈み気味だった薫の表情が僅かながら明るくなる。だが浮かれるのはルシオラに会ってからの方が良いと思い、すぐに表情を引き締めると訓練場を去って行った。薫の後に続くよう残りの者達もお互い頷きあい、それぞれ泪の殺意から逃れ既に力尽き倒れている、残りの仲間を背負い訓練場を後にする。


残されたのは充とクリストフ。そして未だその場で無表情に立ち尽くす泪のみ。



「おやおや、よろしいのですか? 彼女は真宮瑠奈に敵意を抱いているのですよ」

「お前みたいな胡散臭いオッサンに任せるよりずっとマシ」



充に例の少女は決して任せない。予めルシオラから言い聞かされており、薫に渡した任務も実際はクリストフに言い渡されたもの。ぶっちゃけただの買い出しなのだが、今の状態の薫の精神的回復には十分すぎるし、万が一真宮瑠奈と遭遇してもルシオラ第一の彼女なら大して問題ない。


一人訓練エリアに残り無表情で立っていた筈の泪が、クリストフ達の方へ向き口を開く。


「何故、瑠奈がファントムに居るのですか? 彼女は···」

「貴方が気にかける必要はありません―」

「お前は黙ってろ」


泪と話すには充の横槍を入れられる訳には行かないし、こんな場所でなければ、彼からもじっくり話を聞きたい。


「やれやれ。私もすっかり五芒星に嫌われたものですね」


充は降参する形で両手を上げる。だが今だ笑顔のままでいる表情は全く変わっていないので、この状況をまるで反省しているようには見えない。唯一五芒星最年少だけに充に舐められているのは承知している。

ルシオラが高い能力者である充を五芒星に昇格させない所か、傍に置かないのは当然外部からファントムへ入って来た彼を、ルシオラは一片たりとも信用していないからだ。


「······瑠奈は」

「ごめん。僕も彼女がどこにいるのかは知らない」


真宮瑠奈がファントムに居るのは知っている。そもそも彼女の存在はルシオラを含め、ごく一部の構成員にしか知らされていない。最も組織の行動理念が割れかけている現状。彼女の存在を知っている者達もルシオラが信頼している者限定とは言い、組織の方針が内部で割れかけている状態では、ルシオラを出し抜く材料として真宮瑠奈は、彼らに利用される危険性もある。


「あの娘は異能力者同士の争いに関係ない。あの娘だけは」

「彼女もいずれ我々に協力して頂きます。彼女は私にとって貴重な―」

「しつこい。お前がいちゃ、彼とまともに話が出来ないんだけど」


充が居ては赤石泪と面と向かって話すら出来ない。クリストフの個人的な考えしれないが充もまた、泪を自分の元へ取り込もうとしているのだ。


「あんたが望むならこの場で決着つけても構わないよ」

「念動力での戦闘でしか能のない君が、この私に勝てるとお思いですか? 君の能力は既に分析済ですよ」

「あんたこそ、自分の力を過大評価し過ぎじゃない?」


クリストフは敵意全開で充を睨み付け、充は笑顔を讃えたままだが、自身を睨みつけるクリストフへ向け明確な殺気を放つ。睨み合うお互いの身体からはうっすらと光が放たれている。念による衝撃も撒き散らされていて、二人の間には強大な念動力が渦巻いてるのを泪も感付いているらしい。


「······!」


クリストフの服のポケットに突っ込んでいる携帯から数回の振動が響く。予めマナーモードにしている携帯からの着信、時間帯からして恐らくはルシオラからのメールだ。クリストフから放たれていた強大な念が一瞬で消え失せた。

充もクリストフが戦闘の中断を判断したのか、念を放つのを止める。二人の間に渦巻いていた衝撃波も、そよ風のように落ちつきはじめ徐々に消滅していった。


「···やっぱり止めておく。幹部クラスによる同士討ちは、総帥の意に反する」

「おやおや。好戦的な貴方が珍しい」

「······最後に。そこのサイキッカーは丁重に扱えと、総帥から釘を刺されただろう。これ以上お前が単独で好き勝手してると、ルシオも黙ってないだろうな」


一言言い終えるとクリストフは無言で訓練場を後にする。訓練エリアに残っているのは充と泪だけとなった。


数分間の沈黙の後、クリストフが去った方を見ながら充が口を開く。


「もう追求しなくて宜しいのですか?」

「僕はいくら使われようが構いません。僕はただの『生塵』です」


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