第73話 瑠奈side



事務所を出た瑠奈の目の前には、今この場所には居ない筈のファントム総帥ルシオラが立っている。


「ル、ルシオラさん。どうして···?」

「君がこの場所に来る事は、薄々感じていた」


これまで何度も会っているし十分に分かりきっているが、ルシオラも異能力者だし、何より自分以上に強い念動力を持ったサイキッカーだ。瑠奈の思念を察知する事自体が安易なのだろう。


「彼が今ファントムに居るのは···」


昨日は結局会えなかったが、泪がファントムに出向しているのは既に知っている。


「知っています。今日は何の為に此処に?」

「赤石泪···彼は死に急いでいる。自らの身柄を差し出す場所の出向先として、ファントムを選んだ。彼は国内政府の異能力実験による研究材料として飼い殺しにされるより、異能力者狩りとの争いが今も盛んに行われる裏世界の戦場の方が、死に場所として手っ取り早いと判断したのだろう」

「······」


泪の部屋に置いてきたままの、自分に宛てた泪からの手紙の内容を思い出す。泪が裏で行った政府議員との取り引きの事も知っているらしく、更にルシオラも当に感づいているのだ。泪が自分の死に場所を求めていると言う事を。


「率直に言おう。これから君にファントムへ来てもらう」


ファントムへ行けば今の日常へ戻れなくなる事を意味している。瑠奈自身が異能力者である事を、自ら公に明かすとも言う行為なのだから。


「今の時点で、彼の死に急ぎを止められるのは君だけだ。私やファントムの者ではどうする事も出来ない。彼の考えを変える事を出来るのは君しかいない」


手紙にも書かれていたが、泪本人は瑠奈が異能力者の暗部に入り込む事を望んでいない。勿論、それには現在出向したファントムの事も含まれているだろう。



「······ファントムには行きません。今のあなた達のやってる事が、異能力者にとって正しいとは思えません」

「昨日、四堂鋼太朗にも同じ事を言われた。彼も君と同様の言葉で拒否されたよ」


ルシオラの話し方から、鋼太朗も同じくファントムの勧誘を受けていたらしい。だがルシオラの反応を見るからに鋼太朗も、ファントムに入る事を拒否したようだ。ファントムの活動は実際に何度も目で見ているし、事実瑠奈はファントム構成員と二度殴り合いもした。


昨日別室で鋼太朗を待っていた時、一緒にいたルミナへファントムの行動理念について訪ねた。彼女の話ではファントムの敵は異能力者に害を与える者全てだと聞いており、更には異能力者による支配を目指している。


ルミナの話だとルシオラ自身はあくまでも、異能力者に敵意を持つ者や、害を与える者だけを排除する事が最大の目的であり、異能力者による世界征服自体は全く考えていないのだと。しかし一部の承認欲求の強い上級幹部や、裏ルートでファントムの名を知り外部から組織へ入った構成員。そして外部構成員達により裏の世界から勧誘された、日の浅い構成員達は違った。


血気盛んな彼らはファントム総帥ルシオラの名を掲げ、異能力者の人間からの迫害脱却を目指し、更に異能力者による支配を目指す事に対し、構成員達は日に日に躍起になっている。現在組織内でもその事で意見が二つに割れている状態だと。

総帥であるルシオラが、異能力者による支配を望んでいなくても、僅か数年で異能力者同士の繋がりを深め続けた結果。ファントムと言う集団は世界規模にまで膨れ上がってしまい、既に世界から合法的に闇組織として認定されてしまった異能力者集団を、今の彼一人の力で安易に止められると思えない。


強大な力を持ったサイキッカーと言え、ルシオラも一人の【人間】なのだ。鋼太朗も異能力者の立場こそ理解しているが、ファントムの行っている破壊行為が、力を使って争う事を望まない異能力者にとっては、決して最適だと言えない事を分かっているから拒否したのだ。


泪もまた、鋼太朗やルシオラ。和真達周囲の者達の立場を全て理解した上で、自分の居場所も何もかも全てを捨ててファントムへの出向を決めた筈に違いない。泪自身はもう後戻りが出来ないから、自ら破滅へ進もうとしている。



『瑠奈には普通の生活を送って欲しい。瑠奈が笑ってくれればそれでいい』



泪を助けたいかと聞かれれば、もちろん『イエス』と答える。だがそれは結果的に、瑠奈の独り善がりのエゴになってしまう。泪の問題は既に瑠奈一人の問題だけでは済まされないのだ。

だからファントムには行かない、何があろうとも決めた。この先へと踏み込んでしまえば、泪の意志を無駄にしてしまう。


「鈴原芽衣子···だったな? 彼女は君と違い異能力者ではない」

「!?」


突然、芽衣子の名を持ち出され思わず狼狽する。ルシオラも何度か彼女と面識はある。ただ芽衣子は瑠奈や鋼太朗と違い異能力者ではなく普通の人だ。


「君は良い友人を持っている。我々異質の者を何のためらいなく受け入れてくれる理解者だ···だが」

「芽衣子はこの問題に何の関係もありません。と、取り引きの材料として私の周りの人を引き合いに出すなら、あ···あなたも他のファントムの人達と同じ···です」


瑠奈が異能力者だと理解していて、芽衣子は自分と接してくれてる。異能力者同士の争いも何の関係もない友達を、脅しの材料に使われるのだけは知り合いであっても許せない。相手がファントム総帥であろうと、泪の意思を掛けて今は脅しに屈する訳にはいかない。


「いくらルシオラさんでも、関係のない人を使って脅迫だなんて···っ?」


思考を張り巡らせながら数回瞬きをする瑠奈のすぐ目の前にいた、ルシオラの姿がいつの間にかなくなっている。瑠奈は瞬きを数回行うと、いきなり背後から男性の声が聞こえた。



「出来れば君をファントムへ連れて行きたくなかった·········許せ」



突然首の辺りから強い衝撃が襲い、後ろを振り返る事すらも出来ず、瑠奈の意識は闇の中へ落ちて行った。


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