第70話 ファントムside



―···。



「ぅ······ぶ、っ」

「···っ!」



あまりもの壮絶かつ、凄惨極まりない映像に耐えきれず、鋼太朗は口を手で抑えてはいたものの、胃の中のものは全て床にぶちまけていた。ルシオラや玄也も鋼太朗のように吐きはしなかったが、今も残虐な映像が流され続けられているモニターを、これ以上静観する事が出来ず、残虐な光景が流れ続ける映像に顔を逸らしながら不快感を顕にする。


「お、おいあんた。大丈夫か? 顔が真っ青だぞ···」


先程の映像で完全に顔が青いどころか、ほとんど真っ白になってしまい、今も吐き気をこらえている鋼太朗を玄也が傍に近寄って気遣う。過去に外国で傭兵家業も行っていただけあり、荒事にはこの場にいる人間の中でも一番馴れている。しかし異能力者特有の陰を纏ってはいるが、物腰穏やかな青年がやったとは思えないような残虐かつ凄惨な殺人の光景は、玄也でもこれ以上見る気になれなかった。



「だ······大···丈、夫···。じ、ゃ···な、い······っぷ」



吐瀉物に濡れた口元を腕で拭い、懸命に吐き気をこらえながら答えるが、鋼太朗の表情はすっかり生気がなくなっている。


「玄也。彼を医務室へ」


玄也は無言で頷くと、すっかり顔色が悪くなっている鋼太朗を腕に担ぎ、今も吐き気を催している鋼太朗を極力刺激しないようにしながら二人で部屋を退室する。少しして鋼太朗を医務室へと連れていった玄也と入れ替わるように、ルミナが部屋へ訪れる。幸い瑠奈は連れてきていないようだ。さっきの映像はもう見る必要はないと判断し、とっくにプレーヤーの電源を切ってある。もしルミナだけでなく瑠奈までこの場に居たら、更に酷いことになっていたに間違いない。


「ルシオ······」


ここに来る途中、通路ですれ違った玄也達やこの部屋の悲惨な状況を見て、ここで何があったのかある程度悟ったらしい。更に念も使って二人の状態の確認もしたらしく、ルミナの顔色もあまり良くない。


「瑠奈ちゃんは別室で待ってもらってるわ。さっきの彼の様子だと······」

「お前達に見せなくて正解だった」


自分や玄也。クリストフと異なり、同じ異能力研究所に捕らわれていたとは言え、日常での暮らしの方が比較的長かったルミナも、例の残酷な映像にはきっと耐えられなかっただろう。


「陸道教授が送って来たものって···?」

「【聖域】が秘密裏に撮影していた、異能力者も犠牲になっている殺人ゲームの映像。赤石泪は運営者の一員である宇都宮によって、過去に何度もこのゲームに参加していたそうだ。

参加自体は宇都宮に強制させられていたのかもしれないが、彼は自身の目的の為に敵も味方も関係なく全てを殺めた。ゲームを管理している運営や、その周辺が認識している数多くの参加者の中でも、泪は類い稀なる知識・技量・戦闘能力を兼ね備えている事から、このゲームを知っている人間の間では、相当有名なプレイヤーだったそうだ。

ただ一つ·········『彼と当たった者は決して生きて帰れない』事を除いて」


裏社会が秘密裏に行っている殺人ゲームの内容を聞き、ルミナは表情を曇らせる。かつて捕らえられていた異能力研究所で実験の一貫として、一度だけゲームに参加していたとルシオラから聞かされていた。


研究所の被験者の中でも異能力者としての能力が、飛び抜けて高かったルシオラの扱いは極めて酷かった。同じ研究所に捕らえらえていたルミナや玄也、クリストフも研究所で『実験材料』として扱われていたもののルシオラのように、非異能力者や異能力者も関係ない裏社会のゲームへと、強制的に参加させられるには至らなかった。


だが研究所はあくまでも異能力者達を『研究材料』として扱う。研究所によって『実験材料』として扱われていた異能力者達は、研究所による非人道な扱いに耐える事が出来ずに次々と力尽きていった。もしあの時、ルシオラが救出してくれなかったら、ルミナやクリストフもきっと研究所で力尽きていただろう。


ルシオラは自分に対する扱いは酷かったにも関わらず、仲間を解放する為に先ほど語った殺人ゲームを含めた、過酷な実験に耐え続けていた。例のゲームでは仲間を解放する為に研究実験の一環として、同じ研究所に捕らえられた同志をも手に掛けさせられ、ルシオラは既に自らの手をも汚している。

そのゲームでの出来事を含め、研究所時代における異能力者への扱いは、ルシオラが異能力者に害を成すもの全てに対し、憎悪を抱くのには充分すぎた。


「二人は?」

「彼の状態が落ち着き次第、市内へ送り届けてくれ。くれぐれも他の同志に悟られるな」


ファントムと言う組織の規模は日に日に勢力を拡大している。結成当時。数々の異能力者達を纏めあげリーダーとなったルシオラは、ただ純粋に異能力者達の安息だけを求めていた筈だった。ルシオラ自身も積極的に研究所を襲撃し、捕らわれていた異能力者達を救出した。今や裏世界の異能力者達の間でルシオラの名は知らぬ者は居ない。


裏社会の殺人ゲームに関わってからは、異能力者同士で自分達の生存を掛けて殺しあいをしている事もはっきり知っている。ジョーカーゲームに参加していた彼らは、日々を生きるのに必死だと言う事も理解していた。


研究所時代。仲間を人質に捕られたも同然でゲームに参加したルシオラは、当時同じくゲームに参加していた別の異能力者に対し説得を試みた。差別と迫害の末に猜疑心の塊と化した異能力者は、同じ異能力者のルシオラを自分の敵だと認識し、ルシオラに対しても本気の殺意を向けてきた。説得以前に対話すら不可能と判断したルシオラは、やむを得ず錯乱状態に陥った異能力者を殺害した。


醜悪な殺人ゲームを勝ち抜き生き残ったルシオラは、玄也を含めた研究所の仲間達と共謀し、研究所からの脱走を図った。研究所脱出の際、過酷な実験によりルシオラの能力を把握していた研究員達の対応も早く、ルシオラの手で救出出来た者は決して多くなかった。



「私はただ······安息の地が欲しかっただけなのだ」



そして現在。ルシオラの知らぬ所では、異能力者による世界支配などと言う所まで膨れ上がった、ファントムと言う【組織】そのものに悩まされている。


現にファントムを離反した伊遠も、異能力者による支配など全く望んでおらず、組織の腐敗に失望して去ったのだから。既にルシオラ一人の力では抑え切れない所まで異能力者達による、異能力による世界支配と言う名の浸食は止まる事なく広がっている。


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