第71話 瑠奈side



―真宮家・瑠奈の部屋。


ルシオラやファントム穏健派達の計らいで、瑠奈と鋼太朗は無事に各々の自宅へ帰宅出来た。

二人共、異能力者に害を為す勢力と戦う意思もない。かと言ってファントムと対立する意思すらもない瑠奈達が、現在の組織の方針に心酔し尚且つ血気盛んな、他の構成員に鉢合わせすると何かと問題になりかねないとの事。他のファントム構成員達が二人の念を感付き始める前に、帰した方が良いと判断したのはルシオラだ。途中ルシオラは何かを呟いていたが、足音が響いていたので聞き取れなかった。


ルミナに急かされ裏口から出る際、鋼太朗がぐったりした状態で玄也に担がれて来た時は驚いたが、乗った車の中でも完全に口を閉ざし更に顔色も酷く青くなっていた為、結局あの後何があったのか聞く事が出来なかった。


自室のベッドに潜り込んだのは午後十時。幸い明日の授業は午前中までだが、泪の事で勇羅辺りになにか聞かれるのは覚悟した方が良いかもしれない。今日の一件で疲れていたのか、瑠奈の意識はあっという間に蒸し暑くなった布団の中で深く沈んでいった。



―···。



「わ、私が居る···」


暗い闇の中、瑠奈の目の前に『瑠奈』が居る。瑠奈の目の前にいるもう一人の瑠奈は、普段の自分なら考えられないような醜く歪んだ笑みを浮かべていた。もう一人の瑠奈は普段の瑠奈と、まるで考えられない言葉を吐く。



『私、本当はお兄ちゃん以外の人なんてどうでもいいの。お兄ちゃんの気持ちなんて、みんなわからないよね。うふふふ···本当、人間ってバカらしいわ』

「ち、違う!! あんた何言って」


『うふふっ、お兄ちゃんの願いが私の願いなんだよ。鋼太朗もルシオラもあんなくだらない事でヤケになって、本当。人間ってみっともないわ』

「なっ···」



泪の望みが自分の望み? もう一人の自分は醜く歪んだ笑みをさらに歪ませる。



『だって私は本当の事を言ってるんだもの。私だけが大好きなお兄ちゃんの事を理解していいの。私だけの大好きなお兄ちゃんは、いつも私の事だけを見ててくれればいいの。お兄ちゃん以外の奴なんてこの世界にいらない、いらないのよ。


そうよ。私とお兄ちゃん以外の奴はこの世界からみんな死ねばいいの。お兄ちゃん以外誰もいらない。パパもママも!! 琳も茉莉も!! ルシオラなんかいらないの!!』

「······」



瑠奈は何も言えない。此処は自分の精神世界だと言うのに、泪が何も告げずに自分達の元を去った事を考えれば、一つも言葉が出なかった。

自分は泪以外の者が全て死ぬ事を望んでいる? 友達も? 家族も死ねば良いと?


―···いや違う。


そもそも自分自身は、こんなに理解不能かつおかしい思考していただろうか? 普段は滅多な事で自分自身の『深層意識』は出てこない筈だ。泪の精神世界に干渉した時さえ、泪が見せたくない深層部分は瑠奈自身が、能力を集中して意識しなければ見つからなかった。


目の前の自分が何者かの干渉を受けていると理解した瑠奈は、急激に頭の中が覚め始めた。



『お兄ちゃんは私の全て! お兄ちゃんだけが私の生きがい! うふふふふふっ、お兄ちゃんっ···お兄ちゃんだけなのっ! お兄ちゃんだけが私を愛してくれる!

私にはお兄ちゃんだけがいればいい!! お兄ちゃん以外の奴なんて、この世界から全部消えていなくなればいいのよ!!』

「あなた······誰?」



恍惚に歪んだ笑顔のまま、狂ったように叫び続ける目の前の『自分』に対し、瑠奈は酷く冷静に問いかける。


『!!?』

「······私。『ルシオラさん』の事、『呼び捨て』にしないんだよ」


徹底的な矛盾を指摘され、目の前の『瑠奈』は一瞬で顔を歪ませる。


『な······』

「あなたが『此処』に来た目的は何? それ以前に私、両親の事パパとママって言わないし、こんなに変な奇声あげたりしない。それに、何かさ···。すっごいマニアな人達が喜びそうな仕草してるし、それからー···」


自分自身の矛盾を指摘しまくる瑠奈。こんなのが自分の『深層意識』と言う自体あり得ない。『深層意識』の矛盾を指摘された、目の前の『侵入者』は既に冷や汗を掻いている。

が。すぐにまた少女は歪んだ笑みを浮かべ始める。


『うふふふっ、うふふふふふっ。あなたって本当臆病!臆病な人! 私の愛してる人はお兄ちゃんだけなの!! お兄ちゃんっ!! お兄ちゃんだけなのっ!! お兄ちゃんだけがいれば私は何もいらないのっ!!』

「···自分の姿でそんなにはっちゃけながら、訳のわかんない事叫ばれると何か恥ずかしいから。早く元の姿に戻ってよー」


ここまでヒステリックに開き直られると逆に清々しい。相手の目的が何なのか知らないが、これ以上自分の姿で醜態を曝されるのは恥ずかしいし、こうなれば早々に自分の精神世界から帰って貰いたい。


『う···うるさいっ! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!! 私は『優しい』お兄ちゃんだけが全てなの!! 『優しい』お兄ちゃんだけが私の全て! お兄ちゃんだけが···っ!!』


瑠奈自身が知っている事を何も知らず、明らかな矛盾を指摘された事で相手の念は酷く乱れている。幸いこの精神世界は自分の領域(テリトリー)だ。自分の念を徹底集中させれば追い返せる。瑠奈は念を集める為ゆっくり目を閉じる。



「あんたはお兄ちゃんの事、何も理解してない······『泪の闇』を知らないなら出ていって!! ここにいる私こそが『真宮瑠奈』! あなたは『泪の本当の願い』を知らない侵入者!」



瑠奈は言い終えると同時に閉じていた目を開き、同じ姿をした少女へありったけの思念を送り込んだ。



『違うのっ!! 違うのっ!! い、嫌よ!! 嫌っ!! 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!

お、お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん私のお兄ちゃん私だけのお兄ちゃんんんんぎぃぃいっおおぉぉぁぁぁっ!!!』



目の前の『真宮瑠奈』は狂気で歪ませていた表情を、更に醜く歪ませながら、獣の咆哮を上げながら砂がさらさらと崩れる様に瑠奈の目の前で消滅していった。


「·········お兄ちゃん」



―···。



「―···―······―っっ!!!」



異能力者の少女は全身から大量の汗を吹き出し、白目を剥きながら涙と鼻水と涎を垂らし、獣の咆哮を上げた直後、口から血の混じった泡をブクブクと吹きながら全身を激しく痙攣し、やがてピクリとも動かなくなった。


「···やれやれ。やはり真宮一族能力者の精神干渉能力には敵いませんか」

「み······充様。これは···この事を、ルシオラ様に知れたら···っ」


ファントム幹部の異能力者の男は、充と床に倒れたまま微動だにしない少女を不安げな表情で二人を交互に見つめている。


「構いません。『私の目的』の為には、多少の犠牲も仕方のない事です。彼ら同志も『ルシオラ様』の為なら喜んで命を捧げるでしょう」


男は返答を言いあぐねていた。今の充の行為は組織ファントムの為に行っている。しかし総帥ルシオラは同志を犠牲にする行為を一切望んでいない。充達の側に倒れている少女は微かにだが息はある。元々異能力研究所から同志によって救い出されたが、研究所時代の実験のトラウマが大きく残っているのか、精神的に不安定な部分も大きく、他者への依存が異常に強かった少女だった。


しかし精神干渉系の異能力を使用出来る事に目を付けた充により、少女は何度もカウンセリングと言う名の精神安定の実験と称され、ルシオラではなく充の方に依存してしまった。更には充の言葉巧みによって、ファントム組織への研究としても利用され、元々脆弱な精神は更に不安定になっていった。


「彼女はもう使い物になりません。早急に『処分』してください」

「は、はい······」

「但しルシオラ様には気付かれぬ様に。この件に関わった以上貴方も共犯ですからね」


充は最早この実験に興味を無くしたかのように、部屋を後にする。その場には無言で立ち尽くしている男と動かない少女だけが残されていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る