第69話 ルシオラ&鋼太朗side



「げ、『ゲーム』って?」

「宇都宮一族を始めとした、財界の裏で主催している地下遊戯。政府国内でもごく一部の者にしか知らされていない非合法のギャンブルだ」

「まさか···」


ここまで来れば、もう話せるだけ話すしかない。宇都宮一族の異能力者に関する事情を、ある程度知っていた鋼太朗も、宇都宮一族が裏社会そのものに深く関わっている一件の情報自体、ほとんど知らなかったようだ。


「···君達には荷が重くなる話になる。それでも良いのなら」

「は···はい」


ルシオラは伊遠を通じ、集めて貰った『ゲーム』の情報を脳内で整理する。最も、『ゲーム』に関しては、ルシオラ自身も話せる範囲はかなり限られているが。


「······裏社会で、行われていたゲームの名は【ジョーカー】。裏の人間の者なら知らない者はまずいない、非合法の殺人ゲームだ。ゲームの参加者は国内外から無作為に選抜され、その中には異能力者だけでなく、裏社会とは完全無関係の人間すらも含まれる。

異能力者も非異能力者も関係なく無作為に参加者を選抜するのは、その殺人ゲームの裏では更に運営による非合法の賭けが行われている。全ての参加者達はその莫大な賭けの対象になっているからだ。

賭けに参加している人間は当然、裏社会の人間や闇ルートによって、莫大な資金が動く賭けの存在を知った、ごく一部の財界の人間だけ。ゲームの勝者が誰だろうと構わない。奴らは人間同士による裏切りや醜い感情を伴った遊戯を、笑って楽しめれば良かったからだ」


宇都宮家の事情をある程度把握していた鋼太朗も、宇都宮が行っているゲームの内容を聞き絶句している。一族にそこまでの深い暗部があるとは思わなかったのだ。


「そのジョーカーってゲーム···。泪も、参加······してたのか?」

「あぁ······。研究所の実験の一部として、宇都宮一族の命令で何度も参加させられているようだった。

だが彼はゲーム常連者の間では『殲滅者』と呼ばれ、彼と当たってゲームに参加したプレイヤーは·········決して生きては帰れない」


泪が一体どの様な形で、非合法のゲームに参加したのか二人は明らかに戸惑っている。彼は常連の参加者達すら恐れる『殲滅者』なのだ。


「頼む、話してくれ」

「······」


ルシオラの形の良い眉が歪む。しかし意を決したかのようにルシオラは再び口を開く。


「······彼は己の目的の障害となる参加者を、異能力者も非異能力も問わず全て殺していた。もちろん運営···宇都宮一族の指示もあったのかもしれんが、彼は運営の刺客すらも、躊躇いなく殺していたからな」

「ぇ······殺して、いた···って?」


泪がゲームの中で何をしていたのかを問う瑠奈だが、ルシオラは何も答えずに机へ向かい、机の引き出しから一枚のディスクを取り出す。


「それは?」

「知り合いを通じて入手したゲームの映像だ。正直、君は見ない方が良い」

「でも」

「行きましょう。ルシオだって見せたくない物もあるの」


瑠奈はルシオラの意図を察したルミナに連れられ、不安げに二人の顔を見ながらもルミナと共に部屋を退室した。二人が退室したのを確認したルシオラは、今もソファーへ座ったまま、何とも言えない表情で沈黙している鋼太朗を見た後、プレーヤーへ映像ディスク挿し込み、挿し込み口横にある再生ボタンを押しディスクを再生する。



―···。



モニターに映し出された映像は、ひどくあどけなさを残す瑠奈に酷似した少女が映っている。しかし異質なのは少女が立っている場所。明らかに年端のいかない少女がいるような場所ではない。その周囲にはおびただしい量の赤黒い血が、窓も壁も広い範囲に渡ってこびり付いている。


異常な光景にも関わらず瑠奈と瓜二つの少女は無邪気に笑っている。通常の感覚を持つ人間なら確実に発狂してしまいそうな場所に対し、少女は踊りながら笑っているのだ。

この異常な映像には鑑賞していた鋼太朗だけでなく、壁際で見ていた玄也も釘付けになる。


「ど、どういう事だ? 何で瑠奈が···」

「···彼女は『赤石泪を追い詰める為』だけに、宇都宮一族の異能力研究所によって、遺伝子操作の末に作り出されたクローンだ。彼らは悪趣味な事をする」


泪を追い詰める為に作り出された人間と聞き、鋼太朗の表情はますます険しいものになる。それほどまでに泪や親しい者達を弄んだ宇都宮への怒りが強いのだろう。

直後、映像が切り替わる。映し出されたのは血まみれの調理場と二人の人間。一人は宝條学園の制服を身に纏った薄紅色の髪の男子生徒・赤石泪だった。もう一人は―。


『ねぇ! お兄ちゃんは強いんでしょ!? 強いんならわたしにお兄ちゃんのとっておき見せてよぉ!! お兄ちゃんならわたしを満足させてくれるよねぇ? くれるよねぇぇ!? だってぇわたしのだぁぁい嫌いなお兄ちゃんなんだものぉ!! あはははははははっ!!

わたしお兄ちゃんの事、世界で一番大嫌いなんだもん! 大嫌い大嫌い大嫌いなんだからぁぁ!!』


映像に映し出された【真宮瑠奈と瓜二つの少女】は、鋼太朗達の知る【真宮瑠奈】とは、微塵も感じない無邪気さと残忍さ。狂気をも感じ取れる。

何よりも映像の少女は泪を『大嫌い』と言った。狂ったように目の前の泪を大嫌いと答える【真宮瑠奈と瓜二つの少女】は、今もまだ純粋に泪を慕う【真宮瑠奈】の面影など存在しない。



『でもわたしは完璧な女の子なんだよぉ? わたしは小夜ちゃんに愛される、可愛くて完璧な女の子なんだからぁ、お兄ちゃんも完璧じゃなきゃいけないよねぇ~? だから、わたしは小夜ちゃんが大嫌いなお兄ちゃんが大ぁぁぁぁぁい嫌いなの!! お・に・い・ち・ゃ・ん!!』


『死ね』



泪から無機質な一言だけが言葉として放たれると同時に、あどけない少女の太股から鮮血が噴き出し、脳神経全体へと強烈な殺意の思念が注ぎ込まれた。



【死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね―】


『―っっ!!!

い"ぎゃあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!!!』


【死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね―】



何の躊躇いもなく、無邪気な少女の太股へと振り下ろされる肉斬り包丁。壮絶な激痛に悶絶している少女の隙を逃さない筈がなく、泪は一気に距離を詰め少女へ馬乗りとなり、反撃の隙すらも与えず淡々とその華奢な身体へ、力の限り持っている包丁を突き刺し切り刻んでいく。正確に対象を切り刻む様はまさに機械だった。



【死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね】


『ぎゃあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!!! ぐぎい"い"い"い"い"い"い"っっ!!! い"だい"っ!! い"だい"っ!! い"だい"い"ぃ"ぃ"っっ!!』



少女の凄絶な悲鳴に対しても、泪はまばたき一つせず何も答えない。ただただ少女の脳へ殺意の思念を注ぎ込み、淡々と目の前の少女を突き刺していく。



『あ"ぎい"ぃ"っ! ぎゃあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"っ!! ごぎゃあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!!』


【殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!! 殺す!! 殺す!! 殺す!! 殺す!! 殺す!! 殺す!!】



泪が少女を切り刻む毎、泪が少女へと流し込む思念から殺意だけますます増していく。赤く染まって行く包丁で切り刻まれていく少女は、この世の人間とは思えぬ叫び声を上げ、少しづつ少しづつ『人としての形』を失っていく。


『いだい"い"い"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"!!!! いだい"い"い"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"!! い"だい"よ"お"お"ぉ"!! ごろ"ざな"い"で!! ごろ"ざな"い"でごろ"ざな"い"でごろ"ざな"い"でぇ"ぇ"ぇ"ぇ"!!』


強欲な一族により完全なる生物を作り出す為に、実験と研究を繰り返され強化された少女の肉体は、慈悲無き斬撃で血と肉と骨を飛び散らせる少女へ、安易に死を与えることすら許されない。


泪は切り刻むことを止めない。この世に生まれ落ちて数十年にも渡り、身をもって有り余る憎悪と殺意の思念を注ぎ込む。機械の如く無機質な表情と正確さで少女を『肉』へと変え、泪が少女を切り刻めば切り刻むほど、泪が纏う【白】の制服は鮮やかな【赤】に染めていく。




『い"だい"よい"だい"よい"だい"よい"だい"よい"だい"よい"だい"よいだい"い"い"ぃ"ぃ"!!!!! ごろ"ざな"い"でごろ"ざな"い"でごろ"ざな"い"でごろ"ざな"い"でごろ"ざな"い"で···ごろ"ざな"い"で···ごろ"ざな"い"で、ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"···ぇ"······ぇ"·········っ············』



【殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!!! 殺してやる!!! 殺してやる!!! 殺してやる!!! 殺してやる!!! 殺してやる!!! 殺してやる!!! 殺してやる!!!】


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