第54話 ルシオラside



ルシオラは自室でPCを立ち上げると、伊遠から受け取ったカードのデータを開きブルーレイの映像を再生する。



―···。



『全ての数値が既定値を遥かに超えている···。間違いない。この念動力の高さは······この異能力者は、紛れもない【サイキッカー】だ』


宇都宮一族は類い稀なる念動力と異能力を持つ赤石泪を、兵器として使う予定だった。自分達に都合の良い兵器を作る為、当時暁特殊異能学研究所に研究員として所属していた泪の家族でもある親族から、ただ単純に異能力者と言う理由だけで泪を引き離した。


異能力者非異能力者問わず、外部の住民を『よそ者』と称し迫害し、外の関わりすら極端に嫌い一族管理下も同然に置いていた、暁村の住民と共に宇都宮一族と暁異能力研究所。暁村の住民が団結し総出となり、より精密かつより従順な兵器を作り出すべく、徹底的に赤石泪を追い詰めた。


研究所内や村総出で行われた非人道的な扱いに、泪個人の意志は何処にもない。『人間』としては勿論扱われず『実験台』や『研究材料』としてでもなく、泪は生まれた時から徹底して『塵』として扱われ、ただ単純に其処に存在するのは、息をしているだけの『生塵』。赤石泪は生まれた時から宇都宮一族の『生塵』として育った。


『生塵』として扱われ続け育った結果、赤石泪の精神の奥底に植え付けられたのは、極限までの『自己否定』と『存在否定』。そして『自身の破滅』。『生塵』として育った赤石泪は、己の自我と人間性を保つのに『自殺』を目的とするようになった。『生塵』の泪は目的を周りに悟られぬように、『赤石泪』と言う『周りにとって都合の良い人間』を演じ続けるようになった。


都合のいい道具を欲しがる宇都宮は、泪の意思による自殺を当然許す訳がなく、あくまでも泪を『生塵』として扱い、心身共に泪を極限まで追い詰めるが、彼らは決して泪を『殺す』ことはない。都合の良い道具を作るのに『自我』も『自由』も必要ないからだ。


赤石泪は自分の目的を果たす為なら、食べられるものはどんなものでも口にしたし、どんな屈辱的な事だってした。ありとあらゆる肉体や精神の痛みにも耐え続けた。

これが『自分が死ぬ』と言う目的だと思えば、何もかも恐くなくなった。『自分を死なせてくれる』為なら赤石泪は宇都宮一族の非人道な迫害行為に対し、屈する事はあれど決して堕ちる事はなかった。



『ねぇ。そんな暗いへやで何してるの?』



自ら命を絶つことも許されず、かといって『人間』として生かされる事もない生き地獄の日々が続く中。いつものように薄暗い部屋で、一人踞っている泪に誰かが声を掛けて来た。



『そんなとこで寝てると、風邪ひいちゃうよ』



薄紫色の髪の少女は、暗く汚れた場所にそぐわない澄んだ瞳で泪を見ている。泪はなぜ薄汚れた自分に話しかけるのかと、理解出来ないと言った表情で少女を見つめている。


『いらない。僕はなにもいらない。だからさっさと帰れ』


少女は泪の言ってる事が全く理解出来ないのか、次の日もそのまた次の日も少女は泪の元を訪れ話しかけた。ある時少女は泪に語りかける。家族は欲しくないかと。



『僕は家族なんかいらない』

『じ、じゃあ···。『いもうと』はほしくない?』



既に泪に家族と呼べる人間はいなかった。生まれた頃からずっと一人だった泪は、家族の顔すら覚えていない。『死ぬ事』を目的にしている泪に、最初から家族など必要ないから。泪の思案している間にも、少女は人差し指で頭をかきながら照れ臭そうに笑う。


『わたし『一人っ子』だから『きょうだい』がいないの。だからわたし、『お兄ちゃん』の『いもうと』になる』

『いもうと···?』


『えっと、わたし【瑠奈】! 【真宮瑠奈】だよ! よろしくねお兄ちゃん!』


曇りもない笑顔で自分の名を告げる少女、彼女こそが【真宮瑠奈】だ。【瑠奈】は『生塵』の世界を知らなかった。唯一赤石泪を『人間』として見てくれた『人間』だった。

【瑠奈】は研究者達の目を盗んでは、度々泪に会いに来た。そして毎日自分と話をした。話をする内に知ったのは【瑠奈】は宇都宮一族はおろか、異能力の研究所そのものを知らなかった。


泪は【瑠奈】にも何度か質問した。研究所と別の場所【瑠奈】の家族が働いていて、家族の都合で一緒に連れられて遊びに来たらしく、探検の途中偶然泪を見つけたのだと。ある日【瑠奈】は泪に疑問を持ちかけた。


『お兄ちゃんは外に出ないの?』

『僕は······出られない』

『そっかー···じゃあ。わたしが知ってるものいっぱいもってきてあげる! お兄ちゃん』


ある日を境に突然【瑠奈】は訪れなくなった。理由は簡単だった。宇都宮一族の手が入る前に真宮一族が暁の地を離れたからだ。彼女との出会いと別れが泪にとっては、ある切っ掛けとなったと同時に更なる地獄の始まりともなった。


日を経つに連れてどんな事をしても、虚無の表情で耐え続ける泪は宇都宮家には面白くなかった。一族の計らいで社会性と教養を身に付けるべく、暁学園へ入学した泪。学園へ進学しても泪の地獄は何一つ変わらなかった。入学した学園でも生徒や教師を含め、学園の人間総出で泪の迫害は昼夜問わず堂々と行われたのだから、泪に取って学園など何一つ意味のないものだった。


皮肉にも泪はどんな知識をも短期間で吸収していった。自分にとってどんなに劣悪な環境すらも、僅かな期間で適応していった。しかし泪のどんな悪意も水を流す様な態度が気に入らない、周囲の泪に対する迫害は日に日に激しさを増していった。


更に宇都宮は『真宮瑠奈』を学園に送り込み、徹底的に泪を痛めつけた。『瑠奈』になじられ虐げられ追い詰められてもそれでも泪は眉一つ動かさない。『死ぬために生きている』限り泪の心は堕ちることはない。


赤石泪が三年進級直前の一ヶ月前。泪は遂に能力の暴走を起こした。暴走原因は、一部の研究員が泪の力を無理矢理引き出そうとした為。泪の爆発的な念動力と異能力の暴走はある一つの研究所を消滅させ、その場に立ち合わせていた職員すら跡形もなく消し飛ばした。更地となった場所に赤石泪の姿はなかった。


数年をかけ異能力者迫害の比較的少ない神在で、管轄下の研究所を消し飛ばした張本人である、サイキッカー・赤石泪を発見した。神在は【聖域】の息が掛かっている地域の一つであり、これまでどのような権力を使ってでも、自らの敵対者を潰して来た宇都宮一族も、【聖域】が関わっている地域では安易に行動が取れなかった。


更に泪を保護した人物が国内を含め数ヵ国に支部を持つ、外国企業会長の孫となると、下手に彼らに手を出せば逆に宇都宮一族の立場が危ぶまれる事になる。

【聖域】の包囲網を掻い潜り秘密裏に泪との接触に成功した宇都宮一族は、泪が現在持っている神在の情報と、彼の周りの者達の身の保障と引き換えに、彼を自分達の裏社会のルートで開催する『ゲーム』に参加させた。


しかし泪に対してどのような不利な条件を与えても、泪はゲームの参加者達を何の躊躇いもなく一人残らず殺害した。


何より自分達の『真宮瑠奈』すらも躊躇せず殺した泪に、自分達を除く他の運営メンバー達が赤石泪と言う【サイキッカー】を恐れるようになり、運営メンバーから赤石泪参加の停止を求められた宇都宮一族は、遂に政府からある人物の引き渡し決断を迫られる。


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