第53話 ブレイカーside



―午後八時・郊外某所廃ビル。


異能力者集団・ファントム総帥直属幹部との戦闘中、突如『愛姫』による撤退命令を出された響達は、その後運転中の車の中で幹部達によって指示されたアジトへと帰還した。


「くそっ! 奴ら好き勝手しやがって!」

「どうする? このままあいつらに黙って従う」


壁の所々に亀裂が走り建物の老朽化も著しい廃ビルは、ブレイカーの数少ないアジトの一つでもある。普段異能力者狩り同士の会合なら、一般人や通行人の目を誤魔化す為、任務関連などの話し合いは敢えて人混みの多い場所で行い、決してこのような場所を指定しない。

だが『愛姫』の幹部達は、やたら人混みが少なくかつ寂びついた場所を好むらしい。


「響。一つ聞く」


ふいに何かを思い出したかのように時緒が口を開く。


「前回の東皇寺学園廃校問題の一件。アレはお前も関わってたそうだな」


時緒に事実を突かれしまったと言う表情になり、気まずそうに時緒から顔を逸らす響。

あの時たまたま知り合った宝條学園の面々と一緒に敵地へ乗り込み、連中への日頃の恨みと言わんばかりに暴れまくった。


「それは···」


宝條学園は生徒教諭問わず、異能力者への偏見を持っていない者が多い。更に神在市自体が異能力者との共存、と言うくだらない理想に協力している都市として、ブレイカー組織内でも警戒視している区域の一つなのだ。


彼らに協力した言い訳を考えようと、響は自分を見てくる時緒の視線に目を泳がせながら口ごもるが、響の態度を見て思う所があったのか時緒はため息を吐いた。


「······あの事件。やっぱり宇都宮家の連中も関わってたんだろ。ウチにも遠回しに介入して来たから代々察しがつく。奴ら一族の権力介入の被害にあった面子、ウチに結構居るからな」


宇都宮一族は反異能力派ではあるが、そんなブレイカー内には宇都宮一族を嫌っているメンバーも多い。

民間から裏ルートを使い組織に入った者も少なからず存在する為、一般市民を権力で懐柔するやり口が単純に気に入らないのだ。時緒もブレイカーに踏み込む前までは、中流家庭の一般人だと聞いていたから、権力行使主義の宇都宮に対する嫌悪も大きい。


話ながら歩く内に幹部達が待っている広間へ到着し、扉の手前で立ち止まった二人は顔を見合わせて頷くと、再び前を向いて入室する。



「あ、あっ、あっ、あの······ご、ごめんなさいっ。やっぱり···わたし、みんなに······みんなに傷ついてほしくなくて」



大きな瞳に長く艶やかな髪、小柄だが豊満な胸を持ち華奢で細く折れそうな手足。そのアンバランスさの中で酷く儚げな印象を感じさせる少女こそが愛姫。


異能力者狩り組織・ブレイカーで唯一無二の『異能力者』。異能力者による力の被害にあった時緒や響に取って、目の前の女は異端であると同時に、絶対に排除しなければならない忌むべき存在。


「あの時何故俺らを止めた? 俺達が戦っていた奴らはファントム五芒星だった」

「我々の愛姫は戦いを望まない」


組織用の黒いスーツを着用した端正な顔立ちをした茶髪の男性。周りを取り囲んでいる男達も誰もが皆、顔立ちの整った美丈夫揃い。リーダー格の男が『愛姫』の為だけに自ら集め揃えた、『愛姫』だけを守り『愛姫』だけを愛する親衛隊だ。


「あっ、争いは···やっぱりだめ、ですっ。わ、私···みんなが、傷付くのは、やっぱり···見ていられないん、です。た、戦いは、悲しい···です。戦いは······か、悲しみを···呼ぶ···だけなんです」

「ゴタゴタうるせぇ。大体異能力者のガキ臭い小娘が異能力者狩り組織にいる時点でおかしいんだよ」


時緒は戦いになると女性への態度が極端に豹変する。時緒に女性の異能力者を任せてしまえば、ターゲットの原形を留めず仕留めてしまう為、ここ数ヶ月時緒に女性の異能力者の相手をさせないのは、構成員間の間でも暗黙の了解になっている。最も時緒本人も回されない事に感付いているらしいが。

最近まで男とばかり戦っていたのでほとんど気にしていなかったが、時緒が異能力の被害を受けた相手は女性の異能力者なのだ。


そして自分の恋人を植物状態にした異能力者の女を殺す事に、時緒は並外れた執念を持っている。殺し合いのなん足るかを理解しようとしない目の前の女に、狩りを邪魔されたのが気に入らないのか、時緒は完全に戦闘モードに切り替わっている。


「そ、そんな······っ。わ、わ、わっ···わたっ···私っ······」

「姫を汚らわしい呼び方で呼ばないでくれる? やっぱさ~古参ジジイ共の考えって古すぎだね~」

「逢前響。君の考えは? 君は組織に身を置いてまだ日も短い。きっと君なら姫とも仲良くなれる」


古くからブレイカーに身を置いていた時緒よりも、組織に身を置いてまだ年月も浅く、年齢も若い響の方がまだ懐柔出来ると判断したのだろう。愛姫も響に視線を向ける。


「わっ、私···ひ、響君を···し、信じます。響君は···優しいんです。響君なら···こんなに悲しい······悲しい戦いを···止めて、くれます···よね?」


彼女の対人関係は時緒や周りの古参幹部達から聞かされ知っている。

彼女が異能力者であるのは勿論否定しないが、彼女を囲う周りの男達が彼女を溺愛し、徹底して甘やかすのが原因なのか、同性の構成員は当然彼女を敬遠し長年陰口と批難を浴び続け、古参の構成員達からも同じく常に命を狙われていると。



「······僕も時緒と同じ考えだ。あんたらは単純に狩りを長引かせてるだけだ」



響の考えも時緒と同じだ。『愛姫』の独善的な考えの影響を受けなかった、年若い男性構成員は実質響のみ。男達は一人でも多くの若い味方を『愛姫』に付けようと、躍起になっているのだろう。

しかし伊達に長い間時緒と組んで戦っていない。前々から目の前の男共のキャッチセールスのように粘着質な、愛姫親衛隊勧誘に鬱陶しいと感じていた。この際ハッキリ言いきってやった方が都合が良い。

響の答えを聞いた愛姫は両目を潤ませ、涙をポロポロとこぼした瞳で見つめる。


「そ、そんなっ···。わ、私···私、私っ···どうすれば······響君にも、信じて···貰えない、なんて······わ、私は···悲しみを呼ぶ戦いが···嫌、なんです···本当···なんです···っ」

「姫。姫が悲しむ事はない」

「で、でも、でも···っ」


男は両目からポロポロと絶えず溢れ出る愛姫の涙を舌で拭う。場を気にもせず行われる艶かしい光景に、響はあらかさまに不快感を露にする。


「俺らが従っているのはあくまでも『宗主』だ。てめぇらに従う義務なんざこれっぽっちもねぇ」

「わかってないなぁ~オッサン。俺達の言葉も『宗主』の命令なんだよ?」

「響、行くぞ」


響も黙って歩く時緒の背後に続く。

響が先に部屋を出た直後、時緒は立ち止まり、悲しむ愛姫を艶かしく慰め続けるスーツの男達に宣戦布告と言わんばかりに告げる。


「···『宗主』の方はてめぇらをどう思ってるかな?

何せその女はファントムの連中から『同族を殺した抹殺すべき裏切り者』に入ってんだからな」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る