第21話 泪side



―···数時間前。


ファントム総帥ルシオラとの話し合いは決裂した。

正確には一連の流れの顛末を知らないファントムの異能力者達が、喫茶店に殴り込みに来た方が正しい。茉莉曰く『総帥単独なら問題ない、問題は組織内で絶大なカリスマを持つ総帥を神格化している連中が大勢いる』。


ルシオラのIDカードは無事に返却出来たものの、その後何処からか嗅ぎ付けたのか、なんとファントムの構成員数名が乗り込んで来たのだ。彼らはファントム総帥である筈のルシオラの話すらも聞かず勧誘行為を始めた。


真に戦慄したのは、店内でファントムの異能力者の少女と瑠奈の平手打ち合戦が繰り広げられた事。


『貴方って可哀想な娘ね。好きな人の事を全然わかってないんだもの』

『な、ん···ですって?』

『ルシオラ様の考えこそが私の考えなんだよ。私はルシオラ様がやる事ならなんでも出来る。それに比べて貴方は何も出来なくて当然な『ケダモノの仲間』なんだから仕方ないねっ』


『こ、この······っっ!!』


店内に見事なまでの心地よい音が二発響き渡った。


『···あっ······あなたなんかファントムにいらない! あなたみたいな『ケダモノ』なんかルシオラ様のファントムに要らないわ!!』

『言ったわね! 其処まで言うならやってやろうじゃないの!!』


その直後が凄惨だったのは言うまでもない、少女達のヒステリックかつ獣じみた甲高い叫び声が店中に響き渡る。


『きゃあっ! 私の力っ···私の力と想いはルシオラ様の為にあるのっ!

ルシオラ様っ、私の事見てて···私に力を貸してくださいっ!』


少女の掌から見えない風が瑠奈へと放たれる。瑠奈の頬に一つの線が入ったと同時に、線から赤い液体が滲み出し液体が一筋垂れ始めた。


『つっ···! こ、攻撃系の異能力使えるのが何なのさ!? あんまり私の事舐めないでよ!』


瑠奈は風の刃を繰り出す少女にまるで怯まず、全身に切り傷を作りながらも飛び込むように少女の懐へ潜り込み、渾身の往復ビンタを食らわせる。


『きゃあっ! いやっ!』

『そのルシオラって人が大事なんだったら、異能力じゃなくて素手で来なさいよ!!

あなたには異能力使う事しか芸がないの!?』

『負けない···あなたなんかに私、負けないわよっ!

私の邪魔をしないでっ! ルシオラ様っ、私に力を!』


あまりの壮絶な女の戦いに茉莉の方は止める事すら出来ず、ただただ呆然と絶句して立ち尽くしている。


『ちょ、ちょっと瑠奈! やめなさい!!』

『何故···何故お前達が此処にいるのだ···?

私は無関係の無関係の場所で争えと······無関係の異能力者を勧誘しろなどとは一言も言っていない!!!』


泪とルシオラが止めなければ、途中から念動力と異能力メインで戦っていた少女はともかく、薫の風の刃を受け服もボロボロかつ傷だらけになり、それでも徹底した平手打ちで応戦していた瑠奈の方は、確実に病院行きとなっていただろう。

最も瑠奈自身は赤の他人にあそこまで言われて、止まる気など毛頭なかった。



―···。



「盛大にやらかしたわね···」


茉莉は深くため息を吐きながら、瑠奈の頬に消毒液を湿らせた綿をピンセットを使ってポンポンと緩くたたく。


「······」


複雑な表情で沈黙する瑠奈の顔と身体は、見事に痣と絆創膏だらけだ。あの店へはしばらく行けないだろうな、と思っているだろう。


「彼が話の分かる方で本当に助かりました···」


あの後ルシオラは今回は完全に自分達に非があると言い、不平を溢す配下を一喝。

店への迷惑料を含め自分達や店内客全ての代金を一括で払い、自分達の行為に対しクレーマーの如く不満を溢す配下達と共に去っていった。


「あの女は···本当にファントムの構成員?」


全身絆創膏だらけの瑠奈が口に出した一声がこれ。

相手の言動に対し相当堪えた事から、泪達にも十分に憤りが伝わって来る。


「同じ女としてあり得ないわ~···ファントムの女共って皆ああなのかしら~?」


瑠奈の愚痴に茉莉も同意する。

毎回行き付けのバーで男漁りしてる自分の事なんて、とても棚にあげられないのだが、あれは女に嫌われる女の典型的なんじゃない?と茉莉は思っていた。


「これからどうなるんでしょうね···」

「赤石君。一方的で申し訳ないんだけど、しばらく瑠奈の護衛頼まれてくれない?

あんなギスギスした状況じゃあ、まだ知り合いと話す必要あるわ···」


茉莉の話だとファントムに詳しい知人が居る、それまでは瑠奈の護衛を続けて欲しいとの事だった。


「···分かりました」

「正直、今回だけでファントムが手を引いてくれるかどうか不確定なの。総帥の方がやけに瑠奈に興味持ってたしね」


ファントム総帥ルシオラが自分に興味を示していると聞き、瑠奈が不安げな顔で茉莉を見る。


「わ、私が···」

「正確には貴方の持ってる異能力。ウチの家系、精神干渉の異能力持ちでしょ」


真宮一族が精神干渉系の異能力を使いこなすとは、言うものの精神干渉系にも複数の系統がある。

思えば瑠奈は普段から念動力の殆どを異能力の制御に回していると聞いてる為、彼女が念動力以外で力を使っている所を全く見たことがない。


「まさか······」

「察しが良いわ、瑠奈はね『瑠奈自身が直接他者の精神領域に干渉する』異能力の使い手なの」


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