第20話 ルシオラside



「あ···あ、あ、あ、あの」

「別に緊張しなくていい」


ルシオラが座っているテーブル席に向かい合う様に座っているお下げの少女は、ガチガチに固まっていた。


先日自分の組織身分証明用IDカードを無くしたのに気が付いたのは、仮住まいにしているマンションに戻ってから。いつも着ているコートのポケットを、隈無く探しても入っていなかった。


ルシオラが今住んでいるマンションは、ルシオラ自身が最も信頼している同志にしか教えていない。頻繁に構成員に出入りされると組織としても厄介だからだ。だがIDカードの再発行の手続きは本部に行かないと出来ないし、何より戻っても末端の同志達が絶えず自分へ話しかけてくるので鬱陶しい事この上ない。

常時マナーモードに設定してある携帯を確認すると、一通のメールが届いていた。


メールを送って来た相手は元ファントム同志・陸道伊遠。

真宮の娘の情報を個人目的だけに集めていたが、なかなか集まらない為に苦労していた。

駄目元で別れ際に受け取った伊遠の個人アドレスにメールを送ってみたが、意外な事に条件付きならば協力してくれる事になり、密かに彼と連絡を取り合っている。


真宮の一族は精神干渉の異能力を得意とする一族だが、現在のファントムにとって最も厄介な、サンクチュアリと繋がりを持っている。特に本家の娘は高度な精神干渉の異能力を使えると聞き、ルシオラは組織本部から離れ独自に調査を行っていた。


内容は本家の娘がルシオラのIDカードを拾った。だが娘はカードを返却したくて困っているらしい。


伊遠が待ち合わせ場所に指定して来たのは、娘が知人から教えて貰った訳ありの異能力者達が集う喫茶店。その店は経営者も異能力者である為、異能力関係の話をするには最適の場所だとか。

本家の娘と会わせる条件は娘の血縁者と知人を同伴させる事。条件を呑まなければカード自体は返すが、娘とは会わせる事は出来ないとの事だった。


そして伊遠の条件を呑んだ上で今の状況に至るのだが、ルシオラは娘の姿を見て少し驚いた。特徴のある薄紫の長い髪を持った娘は、以前会った事がある少女だったからだ。


「まさか君が拾っていたなんてな」

「いいえ···落したのが目に入ったので拾っただけです」


少女の背後の席には、彼女の身内と思われる薄桃色の髪の女性と、薄紅の髪の青年が緊張した表情で、自分達の様子を窺っている。

相手側に感付かれぬよう思念を探ると二人共異能力者、しかも男の方はサイキッカーだ。察知が良ければ既にこちらに気付いている、余計な事は言わない方が良さそうだ。


「これを···直接返そうと」


少女が恐る恐るテーブルに出したのは、顔写真の貼られたそれは間違いなく自分のIDカード。


「ああ。これは私のだ」

「そうですか···」


少女は緊張しながらテーブルに出された飲み物を啜る。

無理もない、カードを確認して自分の素性をある程度把握しているのだ。


「質問していいか?」

「何か?」

「今の生活は楽しいか?」


一体自分は何を聞いているのだろうか?

組織間の勢力争いや裏の世界とは無縁の場所に居るこの少女を、悪霊の居る陰の世界に連れ込む気だとでも言うのか。



「えっ?! あ、それは···」



―···!!



【···ー···ーネルー······ーっ!!!】



「っっつ!!!」


一瞬殺意とも思われる思念を感じた。

頭の隅から隅まで伝わる凄まじい激痛に、テーブルへ正面から顔をぶつけそうになる。


「ど、どうかしましたか!? 何か顔だけ凄い汗ですよっ?」


自分の異様な状態を間近で見て驚く少女や、その周りの者達には全く影響がない。

明らかに自分だけを狙って敵意ある思念を叩き込まれた。


「い···いや、大丈夫だ」


ピンポイントで対象の脳神経に思念を送り込む、と言った高度な念の使い方を出来るのは、熟練の異能力者かサイキッカーだけ。

相手は言うまでもなく少女の背後の席に座っている薄紅の男。だが彼は表情一つ変えないまま、更に自分の方も向かず涼しい顔でカップの飲み物を啜っている。


何とも恐ろしい芸当をする能力者だ。そこまでしてまで、この少女を陰の世界に引きずり込みたくないと言うのか。

すると少女から思っていた通りの返答が返ってきた。



「さっきの質問何ですけど···私は今の生活を送れれば一番です」



少女が言い終えた直後。

ドアを乱暴に開ける音と同時に、聞き覚えのある誰かの声が響いた。


「こ、困りますお客さん!!」

「貴方は黙ってていればいいの。ルシオラ様に従えば危害は加えないわ」


「聞け同志よ! 我々は異能力者集団ファントム!!

我ら崇高なる理想の世界を築き上げる為、この場全ての異能力者達はファントム総帥ルシオラ様の命に従うのだ!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る