02.宇宙海賊デゼタ・デモニカ、話を聞く。
「どこですか、ここ」
知らない天井だ。それも随分と遠い。魔王城の天井だってもう少し低い。
寝台は固いがどこからか甘い香りがして、心を落ち着かせてくれる。
「目は覚めたカ、あー、ブライダさン」
声をかけられて、女将軍ブライダはそちらを慌てて身を起こす。
そこにいたのは見知らぬ姿の青年だった。
濃紺の大きな外套で顔と体の大半を覆っている。
「ミドモは、メク・デモニカの一員でペアクといウ。
種族はディスガ・メク。貴女方のようナ、有機知性体との交渉役ダ」
「メク、デモニカ……」
それは確か先程まで見ていたおかしな夢の中で聞いた言葉だったはず、と
年齢に見合わぬ可愛らしさで、こてん、と首を傾げる。
「まだ、夢を見ているのでしょうか」
「夢じゃねえって」
がしゃん、と巨大な鎧が動いたような金属音。
次に聞こえてきた声は遠く、しかし聞き覚えがある。
あまりに大きな人影を視界に捉えるブライダ。かけたままだった眼鏡を一度外し、
裾できゅっきゅと磨いてまたかけ直す。
「夢じゃなかった! 夢であってほしかった!」
「アー、ブライダさン、現実逃避をする前に話を聞かせテ」
「なんでえまだ話聞いてなかったのかペアク」
「今スリープモードから戻ったところだヨ!」
よっこいしょ、とおっさんくさい声を出して巨人は床に胡坐をかく。
「えー、改めましテ。コレが宇宙海賊メク・デモニカの船長、デゼタ・デモニカ。
貴女方の長だった魔王とやらをぺしゃんこにしタ、スットコドッコイ」
「いやー、ジーさんの転移装置が最近調子悪くて船外に放り出されちまってなー」
「あ、ええと、つまり事故ですね。ええ、それに関しては私は気にしてません、はい」
正直、ヤァヴァイのことはあまり好きではなかったし、と内心で呟く。
幾ら力があるとはいえそれは個人の戦力。あのまま攻め進めて行って、
超古代文明の兵器でも隠し持たれていたら魔王どころか魔族が共倒れだったかもしれない。
そう考えると並みいる交戦派が『事故死』したのは都合がいいのだ。
「ところで、ここは?」
「グレイデル号の有機知生体用リペアルーム、じゃなかっタ、医務室、ダ。
船長を見た途端に倒れたのデ、とりあえず運ばせてもらっタ」
「……あの船の中……?」
「おう。オンボロだが住めば都の楽しい我が家よ!」
自慢げにドン、と胸を叩く。その姿にブライダは二三度目を瞬かせた。
それから、ふ、と息を吐いて口元に小さく弧を描く。
「……ミドモタチ、グレイデル号の面々はメク――金属知生体の中でも、特に感情が豊かデ」
「そのようですね。体が大きくて頑丈なだけで、我々と変わらぬように見えます」
そう口に出して笑った顔がそのまましばらく硬直したかと思うと、
また見る間に眉が八の字を描いていく。
「体が大きくて頑丈にも限度ってものはあると思いますけど!」
「心中お察しすル。船長はスットコドッコイだかラ」
「どうするんですか! このスットコドッコイが魔王ですよ魔王!」
キィー!とヒステリックに叫びながら、固い寝台をバンバンと叩く。
「マァマァ落ち着いテ。それデ、その魔王というのハ?」
「ルーシアの魔大陸に住む魔族たちの王です」
「王様? そういうのって世襲制じゃないノ?」
「世襲することもありますけど、力が強いものが率いるべきだという世論が強くて。
基本的には魔王を倒した魔族か、魔王に認められた魔族が次代の王ですね」
魔族は力のあるものを認める傾向にある。それは筋力や魔術といった戦闘力に限らない。
弁舌がとてつもなく得意な魔族が先代を言いくるめて魔王になったことも、
歴史上にはあったはずだとブライダは記憶している。
「魔族ってのはブライダさんみたいなオルガニ・インテル・アニム、
えート、陸生動物型有機知性体のこト? さっきまで戦ってた相手とハ違うのカ?」
「ユウキチセイタイとは何かが解りませんけれど、我々が敵対していたのは
人類、または亜人と呼ばれる種族です。魔族と人類の違いについて説明しますか?」
「アー、そこは今はいらなイ。喫緊の問題は、船長が魔王辞められないのかダ」
ペアクの問いかけにブライダの眉間の皺が更に深まる。
「少なくとも一月は魔王をやっていただかないと困ります」
「どうしテ? 魔王が認めれば次の魔王を指名できるのでハ?」
「……魔王が生きている場合、魔王紋は一月経たねば誰にも委譲できないのです」
「ふム。でハ、魔王を倒したのが人類や亜人だった場合はどうなるのカ?」
「魔族の中から相応しいものが選ばれる、とされていますが……
何しろ魔王制度が取られ始めて二千年ほどになりますが、人類に倒されたのは
本当に初期だけで詳しい記録もなく……国内で椅子の取り合いですよ」
魔族はある事情から魔大陸を離れることは滅多にない。故に、争いと言うと国内に偏りがちだ。
だというのに人類や亜人は魔族を目の仇にして時々遠征してくる。
それに反撃するくらいの争いしかしてこなかった。攻め込んだヤァヴァイがおかしいのだ。
「ジャ、ミドモタチが魔王紋のついた船長ごト、ここを去ったラ?」
その質問に女将軍はぎょっとして、ペアクとデゼタを交互に見た。
「なんか困るみてえだな。ん? 話してみなって」
金属製にしては随分と柔らかくデゼタの口元が歪んだ。
その口ぶりの軽さに、ブライダは自らの失敗に思いいたる。
『弱きを脅かし強きから奪う』ような相手の前で自らの弱みを見せてしまったのだから。
「ま、魔王だけが、魔大陸の大地に魔気を行き渡らせることができるのです」
「魔気?」
「魔族にとって必要なエネルギーです。成人ともなればルーシア中にあるマナから
生成することもできますが、幼い魔族や老いた魔族は、その生成の効率が悪く……」
「……老人はともかク、幼子が死んでは絶滅してしまうナ」
魔王がいなければ魔族は滅ぶ。ある程度以上の貴族にのみ伝えられる事実である。
当代の水の四魔人の姪にして火の四魔人の係累でもあるブライダはそれを知っていた。
「……あら?」
その事実を伝えて、違和感に首を傾げる。その真実は確か、みだりに口外してはならないはず。
「な、何か仕込みましたね?!」
「おヤ」
表情は見えないがペアクが愉快そうに声を出した。
「ただのヒステリックなご令嬢かと思えバ、なかなか聡イ」
「大当たり! ちょいと有機知性体に効く素直になるお香をな!」
中毒性はないやつだから安心しろ、とカラカラ笑うデゼタ。
まんまと掌の上に乗せられていたことに気付いて、ブライダは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「なあ、ブライダよぉ」
やおら手を伸ばしてきたデゼタに身を強張らせる。この巨体だ、少し力を込めるだけで。
自らがミンチになり果てるのを想像してぎゅっと目を閉じた。
浮遊感。
ほの暖かな温度。
「ウチの奴らは好奇心旺盛だが、何しろお尋ね者なもんで、オカに長居したことはねえんだ」
柔らかな声をかけられて恐る恐る目を開ける。ブライダの眼前に大きな鋼の顔があった。
青く輝くレンズに彼女の姿が映りこんでいる。
それで自らの居場所が判る。比喩ではなく、掌の上に。
「俺ら流に好き勝手にさせてもらえるっつー条件なら、魔王、やってやるぜ!」
ガハハ、と笑うその姿は図体がデカいだけの賊である。
――デカくて固いし、多分、想像するより強いような気がする彼は、
それでもやっぱり生きてる自分たちとそんな変わらないんじゃないか。
だったら、
「……よろしくお願いしますね、魔王様」
任せたっていいんじゃないか。そんな気持ちになってにっこり微笑んだ。
この後幾度となく、『やめときゃよかった』と胃痛を抱えるはめになることを、
今の彼女はまだ知らない。
とりあえず次の『やめときゃよかった』は、船長の魔王就任祝いだとはしゃいだ部下たちが
お祝いにブッ放した船のビーム砲で、近づいてきていた隕石が消し飛んだのを見たときに。
***
『新たなる魔王、星渡る船にて賢者と対して曰く
新しき知恵を以てことに当たらんとすが、如何に。
賢者、笑みて曰く、君のなさりたいようになされよと。
天もまた魔王を寿ぎて空に眩き光の道ぞできる』
***
宇宙海賊デゼタ・デモニカ、魔王になる。 @miki_omutan
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