第15話 奴隷令嬢の心理
目の前にいる奴隷女性が、元貴族だと…?
突然の出来事にうまく言葉を発することができない。
たしかにゴールドは以前、両親から貴族について教わっていた。
彼らはこの国を形作った英雄の末裔だと
王族は王家、貴族は英雄の末裔。
逆を言えばこの事しか教えられていなかったのである。
しかし、ゴールドが『セイレーン家』に詳しくなくとも無理はない。
実際に貴族は王家に比べて数が少なく、もはや一大勢力として見なされない程、弱体化していた。
故郷の村にとってはどうでもよい知らせだったのである。
驚きを隠せないゴールドに対して、フォーレンが笑っている。
「あんた、セイレーン家の事知らなかったの?ぷぷ」
「しょうがないじゃないですか。おれの故郷は深い森の奥ですよ」
「本当に知らないのね~。まぁいいわ、セイレーン家については母親を救った後に説明するわね」
「そうですゴールドさん、常識を知らなくても後から学べば良いんですよ!頑張りましょう」
こちらを励まそうとするローリエの作り笑顔は、逆に小馬鹿にしているように見えた。
(ローリエさん… 人をナチュラルに傷つける人だな)
遠い目で、横たわっているローリエを見ながらゴールドはある事を考えている。
貴族…か。
もしかしたら力を借りれるかもしれない
「ローリエさん。貴族の方を紹介して貰えませんか?」
「それはやめろ。さっきの話聞いてなかったのか?セイレーン家は取り潰されたんだ」
ゴールドの言葉にいち早く反応したのはフォーレンであった。
この言葉の意味はどういう事だろうか?
確かに、今ではセイレーン家は取り潰されているようだ、でも元貴族なら…
いや、取り潰されたという事は他の貴族から見捨てられたという事なのだろうか。
ゴールドは一度顔を下に向けたが、すぐにローリエの顔を見つめた。
―――時間がないのだ
ローリエを介抱する事に時間を掛け過ぎてしまった。
隣では女児が疲れ果てて寝ている。
そう。まだ垂れ幕内にいるが、外は恐らく真っ暗な夜だ。
既に依頼人の母親が辱めを受けていたとしてもおかしくない
ゴールドの焦りを感じ取ったのか。
ローリエは、その美しい口元を震わせながら答えた。
「い、いい… ですよ」
歯切れの悪い言葉だ。
苦い顔をしながら泣きそうになっている。
なぜだ?
何をそんなに怯える必要がある
「怖いんでしょ、無理しなくていいわよローリエ」
優しく声をかけるフォーレンを目の前にして、ローリエは自身の心情を少しずつ語った。
「また貴族の方と会うなんて、本当は嫌です。私達が王家に粛清されている時も、あの方達は何もしてくれなかった…私がバッカスに奴隷として買われる時も、ゔぅ…」
嫌な記憶を呼び起こしてしまったようだ。
端正な顔が崩れるくらいに顔をこわばらせて泣き始める。
両手を必死に使い、両目から溢れる涙を擦る。
目だけではない。
悔しい気持ちは他にも表れている。
自身の唇を強く噛み締めて、フォーレンが治療したにも関わらず血が滲み出した。
怖い…憎い…
私が奴隷として、バッカスのおもちゃとなっている事は貴族全員が知っていた。
助けてくれなかった事を憎む
いや、それだけではない。
バッカスのおもちゃとなっていた事自体、彼女にとって最大の屈辱なのだ。
貴族の令嬢が、一商会の代表に性奴隷として飼われていたなど
本来なら恥ずかしくて、悔しくて外にすら出たくない。
ましてや貴族時代と奴隷として飼われていた事の両方を知っている貴族達になど会いたくないのだ。
そんな泣きじゃくるローリエを見ていたゴールドはある事に気付いた。
悔しさと怖さで、涙を拭っていた手が痙攣を起こし始めていたのだ。
軽はずみな事を言ってしまったようだな
自力で何とか『あれ』を進めよう
ゴールドの表情が険しいものから柔和な顔つきに変わる。
そして、痙攣しているローリエの片方の手をゴールドが優しく握った。
「すみませんでした。あなたはまだ、ゆっくり休んだ方がいいですね」
「ごめん、な、さ…い」
ローリエはその暖かく大きな手を強く握り返した。
『金』だけでは救えない 〜金持ちスキルvs奴隷商人〜 山口 りんか @h_h_h_
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