第14話 没落貴族

 


 身体中が痛い。


 先程までバッカス目掛けて、腕の力だけで動いてきたから身体中が地面に擦れて血が滲み出ている。


 ただでさえ身体中が痛いのに…



 でもいいか。

 バッカスから解放されたんだ。


 ―――地獄は終わった。


 そう思うと力が抜けて地面にうつ伏せのままぐったりとしていた。



 だが、そのままぐったりとさせてはくれないようだ。




「大丈夫ですか?」


 男の人が私に近づいてくる。

 さっき、私を3000万Gで買った人。



 でも3000万Gで買うなんて私に何をさせる気だろうか、いや、知り合いの母親を差し置いてまで私を救ってくれた人だ。



 根は真面目な人なんだろう。



 そう信じたい



 どのみちバッカスよりはマシな仕打ちだと思う。

 あの人は、常軌を逸し過ぎている。


 1週間ほど飲食を禁じられたと思ったら、1日中腐った魚や肉を食べさせられたり、裸にされてから……

 いや、もう思い出したくもない。



 今もこうして床に這いつくばっているのは彼女のせいなのだから



 あっ…男がすぐ近くまで寄ってきた。


「返事をしてくれ。生きてるか!」



 大丈夫だよ、私はまだ生きている。


 でも… あれ?

 顔が動かない。言葉が出ない。



 多分疲れてるんだ私、少し寝よう。

 ゆっくりと目を閉じると徐々に意識がなくなっていくようで気持ちいい。



 ―――このまま暗闇の世界へ



 心地良い。

 まるで、水中で眠っているかのようだ。



 私は死んだのだろうか?

 一度、目を開けてみようか。

 ゆっくりと、そう、ゆっくりと目を開けて



 「あれ?…ここは、垂れ幕の中? 何で仰向きで寝ているの…」



「目が覚めましたか?」



 さっきの男の人が、上から覗くように顔を出してきた。


 いや、それだけではない。

 隣に魔道士の姿をした若い女がいる。


「全く… 死んだかと思ったわよ。さっき私のウォーター・リバイヴっていう治癒魔法で、ある程度は治療しといたから」



 治癒魔法?… あっ、ほんとだ。

 体が異常なほど軽い。

 自然と笑顔になる。



「ありがとうございます。ん…?」



 なんと、私の歯が元に戻っていたのだ。

 思わず口元に手を当てて確認してしまう。



「歯の部分はね。造形魔法でカルシウムを整えて揃えてみたわ。最初は喋りづらいけど元々の歯と遜色ないはずよ」

 笑顔で微笑む魔道士の顔は、天使のようである。



 私、勘違いしてた。

 この人達、すごい良い人だよ。



「あっ、自己紹介まだでしたね。おれはゴールド・バールゲルトと言います。ゴールドと呼んでください」

「私は、フォーレン・ヴァルキリー。フォーレンでいいわよ」


 2人とも笑顔が眩しいな。



 私も自己紹介しなきゃ。



「私は、ローリエ・セイレーンです。ローリエで大丈夫です」



「セイレーン?… もしかしてセイレーン家の」

 やっぱり、隣にいる魔道士の人は私の出自を知っていた。



「セイレーン家って何ですか?」

「……… なかなか説明しづらいな」



 男の方は知らないみたいだ。

 魔道士は気を使っているのだろうか、そんな事はしなくて良いのに。



いいや、私から説明しよう。



「没落貴族ですよ。現王家に逆らっていたら、お家を取り潰されてしまった。そんな貴族の娘です」



「え?…」

「………」



 この男の人は頭があまりよろしくないのだろうか。

 私の家の事は、この国中で知れ渡っているはずなのに…




 そう。私は没落貴族の生き残り、ローリエ・セイレーンだ。









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