第13話 一縷の望み
「え… ど、うし、て?」
ゴールドの雄叫びにいち早く反応したのは、ボロボロの女性奴隷だった。
必死に前へ進もうとしている両腕の動きを止めて振り向く。
その表情は、嬉しさと申し訳なさを織り交ぜたような複雑なものである。
勿論、驚いているのは彼女1人だけではない。
女児は訳が分からずに泣き続けているが、フォーレンは体の動きを止めてゴールドを睨みつけているし、垂れ幕の外にいるはずのバッカスからは応答がない。
長い沈黙であった。
まさか目的でない奴隷に大金を出すなど思っていなかったのであろう。
バッカスも言葉を詰まらせているのだ。
そんな静閑な世界で、痺れを切らしたゴールドが先に動く。
一刻も早く彼女を助けたい。
その一心で
「ほら、3000万Gだ!」
彼女は昔のおれに似ている。
上司の為、部下の為に尽くした前世の社会人時代。
結局はクビになってサヨナラだった人生。
部下にも上司にも裏切られて…
だから、他人を庇って死のうとしている彼女は見捨てられないんだ。
勢いよく両手をあげると大量の金貨がザクザクと垂れ幕内に現れた。
だが、これでは垂れ幕の外に位置するバッカスに届かない。
しかし、姿は見えなくとも金貨の音は聞こえたのだろうか。
外にいるバッカスから要求が出される。
「こちらへ全て持ってきな。じゃないと取引は取り消しだ。奴隷はあんたにあげないよ」
「そんな…」
無茶な要求だ。
3000万G分の金貨など、何kgあると思っているんだ?
くそ!これは恐らく、払えないようにして奴隷を連れて行くつもりなのだろう。
おれが救おうとしているボロボロの女性奴隷を、さらにいたぶりたいと
そんなにおれが苦しむ姿が見たいのか?…
だが、バッカスは気づいていないようだ。
こちらには大量の金貨を移動させる方法がある。
「フォーレンさん。空間魔法で金貨を外に送ってください」
「…………」
必死の呼びかけにも関わらずフォーレンは黙って地面を見ていた。
早く、早く、金貨を外側に送らないと…
焦るゴールドの表情には、汗の水滴が大量に浮かび上がっている。
「フォーレンさん!」
「本当にいいのか? 依頼人の母親を救えなくなるかもしれないぞ」
フォーレンは勢いよくゴールドの胸ぐらを掴んで顔を近づけてくる。
その距離は互いの息が当たる程、近い。
この距離ならよく見える、フォーレンさんは目を真っ赤にして怒っている。
当たり前か。依頼人を救う事が最優先っていう事なのだろう。
それは、おれも分かっている。
でも…
「…… でも、見殺しは出来ないですよ」
「見殺し、か」
ゴールドの言葉にフォーレンの顔つきは変わっていく。
見殺し…か、
目的の為なら他人の犠牲をいとわないなんて、私らしくない…
歳を取ってからというもの、無難な考えばかりになっているわね…
睨みつけるような表情から柔和な顔つきになり、しまいには少し微笑んだのだ。
「どうしたんですか?、」
「いいや、何でもない。分かったわ移動させる… テレポーテーション」
優しい声であった。
先程まで激怒していた女性とは思えないほどの透き通る声
魔法詠唱が終わるとすぐに、垂れ幕内に存在していたはずの金貨が消える。
と同時に、
〈ガガガガガガ〉
垂れ幕の外から大量の金属音が聞こえた。
空間転移魔法は成功したようだ。
金貨をジャリジャリと手で触る音が聞こえ出すと、氷のような冷たい笑い声が垂れ幕内に響き出す。
まるで、3000万Gを支払った事をバカにするかのような口調である。
「ははは。貴様はお人好しだな!まぁいいだろう。その出来損ないはお前にくれてやる。存分に楽しめ」
「うるさい!さっさとこの場から立ち去れ」
ゴールドは我慢できなかったのである。
一秒でもこの耳障りな声を聞きたくなかった。
「本物の96番も壊れたら返してあげるから、安心しなさい」
だが最後に一番、鋭く冷たい口調で言い残してバッカスは去っていったのだ。
―――必ず依頼人の母親を壊すと
残された4人は、これからの事を考えると一言も言葉が出てこないようである。
しばしの間沈黙が訪れた。
沈黙の中にあって、特に1人の女性が頭を抱えてしゃがんでいる。
(なぜゴールドの言う通りにしてしまったのか)
しゃがんでいた女性とは、この時一番後悔していたフォーレンだ。
もし自分が魔法を用いなければ、気の短いバッカスは取引を取り消して女性奴隷を連れて行っただろう。
そうすれば、依頼人の母親がいたぶられる時期を遅らせることが出来た。
暗い表情のままフォーレンは沈黙を破る。
何か、自分に出来る事はないか探しているのだ。
「ゴールド、これからどうするの?」
「あちらはルールを守らなかった。なら、おれらも…」
「分かったわ。空間魔法で救出するのね、他人の所有物を盗むなんて… 法に反する事になるけどしょうがないか」
大きな溜息をついたフォーレンに対して、ゴールドは目を開けてびっくりしている。
まるで、何を言っているのか?
というような表情である。
驚きを隠さないままゴールドは説明した。
「違うよ。合法的に救出するんだ」
「そんな方法、あるの?…」
フォーレンが驚くのも無理はない。
通常なら合法的な方法で依頼人の母親を救う事は、すでに不可能だ。
通常の、この世界の人間なら
しかし、ゴールドは違う。
奥の手を持っていたのだ。
おれは気づいている。
―――この世界には、あれがない事を
上手く利用すればバッカスを社会的に殺せるかもしれない
そう思うと笑いを抑えるのが大変だ。
しかし、
動き出す前に女性奴隷を介抱しなければならないか
ゴールドが視線を女性奴隷に向けると、彼女は顔を地面につけてぐったりとしている。
先程までの動きは、痛む身体を無理矢理動かしていたのだろう。
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