第25話
あさりのかすか着せ替え遊びが一段落ついて、昼食を取ることになった。
「料理には自信があるので、お任せください」
「えー、かすかが颯太くんに手作り料理食べさせてあげるの!」
「そうですか。ではかすかさん、勝負といきましょう」
「いいよ、しずむちゃんみたいなゲテモノ趣味の人に負けたりしないもん」
「ゲテモノ趣味ではないです」
しずむさんとかすかは何やら意気込んだ様子で、ふたりして近場のスーパーへ買い物に出かけていった。
「なんかさ、夜来さんと仲良くなってない?」
「ああ、ありがたいよ。抱き枕の身体でも、普通に友達と騒いだりしてほしいからさ」
「朝見草さんじゃなくて、あんたのこと」
「え……おれとしずむさんがどうしたって?」
そこら中に散らかった抱き枕カバーを集めて畳んでいる最中、おれはあさりの言葉に虚を衝かれた。あさりは真っピンクの寝間着姿で、長い前髪をくしゃくしゃ掻いている。
「魔術研究部、入ったんでしょ。アニ研と掛け持ちとかはどうでもいいけど、ふたりきりの部活なんだって? 話してるときも、ずいぶん親密っぽく見えるけど」
「……気のせいだろ。かすかの霊魂をなんとかする方法を探してくれてるみたいだから、手伝わせてもらってるだけだよ」
「そうなんだ、あの人なら何かやってくれそうだもんね。朝見草さんとはどうなの?」
「人ののろけ話なんか、聞いてどうするんだよ」
「ん、仕事の参考。オタがアニメキャラそのまんまな子と上手くいくのかなって」
「……上手くいってるよ、毎日いちゃついてる、幸せな限りだよ」
「あ、そう。それじゃあたし、二日ぶりにシャワー浴びてくるから、覗かないでよ」
抱き枕カバーに付着したほこりを丁寧に払いながら、おれはリビングから風呂場に向かうあさりを見送る。リビングの扉を閉じかけたところで、あさりと目が合った。
「見栄張ってる場合でもないでしょうに」
皮のめくれかけた唇で小さくつぶやいて、あさりは扉の先に姿を消した。
「……そりゃ、そうだけど」
あさりなんぞに心配されまいとごまかしてしまったが、見透かされているのだろうか。
あいつぐらいになると、おれのような萌えオタごときが抱える苦悩などお見通しということか、かすかの様子から感じ取るものがあったのか、何にしても気に食わなかった。
おれの周囲の女の子はどいつもこいつもしたたかで、おれだけがみっともないばかりだ。
気が付くとおれは立ち上がって、リビングの扉を開けて廊下に出ていた。
「あさり。お前、どこまで分かってて言ってるんだよ」
言いながら、リビングから玄関を挟んだ向かいにある洗面所への戸を開けると、下着姿のあさりがブラのホックに手を当てた姿勢で突っ立っていた。
「ひゃっ!? あああんた何のつもりよ、ふたりが出かけてるからって……」
「上手くいってないよ、かすかとは。昨日迫られて、逃げてしまった。その夜にしずむさんと会って、その、金粉とか塗って話し込んでて、気が付いたら告白してた」
慌てて肩を抱き身体を引いたあさりが、おれの様子を見てすぐに落ち着きを取り戻した。
「……だと思ったよ。どっちもあんたのすごく好みの子だって、見てて分かる。子供のままでアホっぽかったり、ミステリアスで無表情だったりさ。で、それが問題なんでしょ」
「ああ……そうだ。アニメキャラとかすかの間でうじうじしてたと思ったら、こんなことになってた。おかしいよな、現実の子とか、言わずもがなに興味なかったはずなのに」
「抱き枕なんて二.五次元的な趣味あるなら、言わずもがなに未練あると思ってたけど」
「……そうだよ。あさり、これ以上誰かに頼ったり甘えたりしたくないんだ。これを最後の助言と思って、答えてくれないか。なあ、アニメキャラにすら理想のひとりを見出せないおれが、現実でひとりの女の子を選ぶなんてできるのか?」
あさりは無言で顔を背けた。おれはあさりの肩を掴むと、空いた手でその長い前髪をかき上げて、戸惑ったように泳いでいるくま付きの両眼を正面からじっと見つめた。
「……知るかよ、そんなこと。このスケベ」
「お前なら、解決の糸口を教えてくれるって、最後に頼らせてくれないのか?」
「じゃあ、あたしと付き合ってみる?」
あさりが右手をブラの上に当てた。そのまま指先でなぞるように、不健康に生白い肌を這っていく。幼児体型で少しぽっこりと膨らんだお腹を、恥じらうように撫でる。
「ま、無理か。興奮しないよね、こんな身体じゃ。あたしも、いやだし」
「あさり……?」
「うっさい。迷うぐらいなら一生アニオタだけやってろ、馬鹿」
そのとき、玄関のほうからがちゃりと音がした。
「颯太くん、お買い物いってきたよー! しずむちゃんたら、変な食材ばっかり買って」
玄関から向かって左側を覗くと、戸の開いた状態ならばすぐに洗面所の様子が分かる。
「颯太さん、下着姿のあさりさんの肩を掴んで何を……」
「あ、違うんだこれは」
「颯太くんのばかー!」
弁解しようと開いた口にかすかの投げたじゃが芋が詰まって、おれは床にぶっ倒れた。
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