第14話

 翌朝、自転車を引きながら徒歩で登校するおれの隣には、春の息吹にさらさらと豊かな銀髪をなびかせながら歩を進める美少女がぴったりと付き添っていた。

 金色の瞳の彼女は、慌ただしい朝の街を照らすうららかな陽光に心を踊らせている。

「颯太くんとまた一緒に学校へ行けるなんて、夢みたい」

 おれは昨日しずむさんに言われた通り、かすかを連れて学校へ向かっていた。

「その先輩の人が、術を使って学校に入れてくれるの?」

「そうらしい。眉唾に聞こえるけど、あの人ならどこか信用できる気がするな」

「その、しずむさん? って、颯太くんとどんな関係なの?」

「悩み相談に乗ってくれてる……のかな」

「なにそれ怪しい。アニメの女の子はいいけど、現実で他の子に浮気したら、怒るよ?」

「そういうのじゃない」

「でゅくし!」

「脇腹突くなよ、なにすんだよ!」

「ハンドソニックだもん……」

 しばらく話しているうちに学校に着き、校門の桜並木を眺めながら校舎に入ると、昇降口のところで担任教師と出くわした。

「八木、そちらが留学生の朝見草さんか?」

「え? あ、ああ、そうです」

「そうか。じゃ、ちょっと一旦職員室まで」

「あ……」

 銀髪キャラ姿のかすかは名残惜しそうな視線をおれにちらりと送ってから、担任に向かってこくんと無言で頷くと、その後ろに付いていった。

「手を回すって……学校の教員に術でもかけて、留学生ってことになってるのか?」

「ちょうどうちの高校には交換留学制度があったので、利用しました」

「うおっ」

 声に振り向くと、すぐ後ろにしずむさんが立っていた。

「おはようございます、八木さん」

「お、おはよう……それ、ナバリの術?」

「隠りの術は気配を消す術です、今日は使っていません」

「そ、そう。使わなくても十分気配消してない?」

「……そんなことないです。さっきの人が、かすかさん?」

 おれが首肯すると、しずむさんは腰まで落ちる濡れたような黒髪を指で弄り始めた。

「あの姿が、八木さんのいつも抱いてるアニメの女の人」

「う……まあ、そうですけど、なんですか?」

「いえ……教室、行きましょう」

 こっちのほうがよっぽど幽霊じみておれの背中に引っ付いて歩くしずむさんと一緒に、同じクラスの三年D組へ向かう。しずむさん何か怒ってるのかなあと背後を気にしながら教室に入ると同時に何者かに脛を思いきり蹴られた。

「おうっふ……」

「おい八木。あんたなんのつもりよ」

 蹴りの飛び出てきたほうを向くと、伸び散らかったぼさぼさの頭髪を乱暴にふたつにまとめてツーサイドアップにした高近あさりが、充血した目玉をかっと見開いておれの額に額をごつんとぶつけてゼロ距離の真正面からぎろりと睨み上げてきた。

 外出時には必須だというまん丸い瓶底眼鏡をかけて、引きこもりにしては珍しく、一応身だしなみもそこそこ整えた風体で、朝からちゃんと登校してきている。

「いや怖いから離れろよ、朝から元気な……」

「昨日の朝の電話、一体何が不満であたしの抱き枕絵にケチつけてくれたわけ? あれから連絡つかないし、何が悪いのか分からなくて、サンプル画像上げたブログ記事もプライドにかけて削除するわけにいかないし……結局昨晩までずっとブラッシュアップして、これ以上直しようがないぐらいに」

「ああ、別に悪くなかったけど。ブログに上がってたのでも及第点以上だろ」

「はあ? じゃあなんで入稿するなって」

「それは事情があって……おれの嗜好を汲みすぎというか……」

「そりゃ、あんたの好みなんて分かりきってるって言ったでしょ」

「こちらが抱き枕絵と抱き枕購入資金を八木さんに提供している高近さんです?」

「あ……夜来さん? あたしとご同類で低エンカウント率のレアキャラって噂の」

「いつもいますよ」

「そうなんだ。って八木、何でそんなに夜来さんとぴったりくっついてるわけ?」

「あーいやこれはしずむさんが」

「名前で呼んでるんだ?」

「そういえば、私からは八木さんでした。颯太さん、のほうがいいです?」

「八木、あんた二次オタのくせして彼女作ってんじゃないわよ、抱き枕に金落とすやつだからバイトも振ってやってるのに。そんで無限回収してるのに」

「颯太さんとは幼い頃からお金だけの関係と聞き及んでます」

「この場合、金でシモの世話もしてやってるってことだから」

「……颯太さん、爛れてます。かすかさんもいるのに」

「なんか好き勝手言われてるなあ」

「かすかさんって、どこのかすかさん?」

 だらだらと言い合っているうち、担任がかすかを連れて教室にやってきた。

「HR始めるから席に着け……突然だが、留学生の紹介もしておく」

 おれがいつも通り右から三列目の一番後ろの席に座ると、あさりはそのすぐ前の席に横座りになりながら、教室前方の教卓横に担任と立つかすかを指した。

「なにあれプラチナブロンド? アルビノなのかな」

「どういう設定のキャラです、颯太さん?」

「なんだったかな……ってしずむさん、同じクラスどころかすぐ後ろの席だったんだ」

「はい。隠りの術は強力なので」

 いつもなら前の席はほぼ毎日空席で、後ろの席には人の気配を感じることがないのだが、今日に限ってはどちらも座席の主が賑やかで、新鮮な気分である。

「では朝見草さん、自己紹介を」

 突然の留学生登場にあちこちでがやがやと賑わっていた同級生達がしんと静まり、その視線が担任の声とともに一点へ集中した。

 好奇の視線を一身に浴びて緊張しているのか、それともキャラに入り込んでいるのか、かすかはしずむさん以上に感情の見えない仏頂面で口を小さく開いた。

「……朝見草かすか。えと、ロシア出身です。八木君の家にホームステイ中です」

「「どういうことだテメェ!」」

 多くの男子生徒達の怒声が重なり合う中にあさりの声が一段と高く、瞬間振り向いた瓶底眼鏡が光輝を発したように感じられるや否や顔面に強烈な右ストレートを食らった。

「レアキャラ捕まえて彼女にしただけじゃ飽き足らず、美少女留学生と同居って何……?もう抱いたの? 抱いたわけ? あたしの抱き枕よりも抱き心地はよかった?」

「何言ってんのこの人、鼻痛い……」

「乱暴しないで」

 なんや仕方のない人ですなあと眉根を寄せたかすかが教室後方まで歩いてきてあさりを止めに入ったので、クラスメイトの全員がますます余計な勘繰りに湧きはじめた。

「……朝見草さんだっけ。放課後顔出しなさい」

 瓶底眼鏡の下から鋭くガン付けるあさりを前に物怖じせず、かすかはこくんと頷いた。

「かすか、お前、何であんな誤解招くこと言っちゃうんだよ」

「いけなかった、颯太くん……?」

「名前で呼んでるんだ? シュンとしてすがる目付きで名前呼び合っちゃう仲なんだ?」

「あの、厄介事でしたら、魔術研究部にどうぞ。私も、放課後、顔出してほしいので」

 しずむさんまで口を挟みはじめたとなると、これは収拾がつきそうにもない。

「おれ今日はアニ研で鑑賞会あるから、皆さんご自由に……」

「颯太さんも……」「颯太くんも来て」「あんたも来なさい」

 かすかとアニメキャラとの間で揺れるおれの内的葛藤がとりあえず収まったばかりだというのに、また何か面倒なことが起こりそうな予感がした。

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