第6話
牛丼チェーンで買い物を済ませて家に上がり、仕事の資料で埋め尽くされたリビングの前を通り過ぎて二階へ向かい、大量の本と通販の段ボール箱と紙パックのお茶とゴミ袋が散乱した廊下の奥の仕事部屋に入った。
開いたままの扉をノックすると、でかい作業デスクの液晶タブレットを前にボサボサ頭を掻きむしる少女が、アーロンチェアに座ったままこちらに振り向き、「ん」と軽く喉を鳴らすだけの挨拶をした。
上下を中学のジャージで揃えたあさりは、ごつい高級ヘッドホンを頭に乗せ、目元には度の強い眼鏡越しに濃いくまを浮かせている。
「教室でも見かけなかったし、またさぼって描いてたのか」
「相談って何? 今わりと忙しいんだよね。あとご飯」
ビニールに入った牛丼と親子丼とビーフストロガノフ丼を差し出すと、あさりはビーフストロガノフ丼を選んだ。
「残りのふたつは?」
「自分の家で食べるぶん」
「ついに抱き枕と食事するようになったんだ、嫁の誕生日にケーキ買う感覚? 余らせるぐらいなら夜食用にもひとつ欲しいんだけど」
「まあ、枕なんだけど、枕じゃないというか」
「お母さんがこっち来てるとか? 一昨年あんたのお父さんが転勤するのについていってから会ってないし、来るなら挨拶にでも……」
「いや、こむこむにそっくりの女子高生というか。木叢ちゃんが、家で待ってるはずで……」
「うわっ、出会い系かコスプレ系のアレにでも手出したの? よりにもメンヘラ感高めのチョイス。分かってたけど、二次オタの信念って脆いもんだなー」
誤解を解こうと今朝の出来事について説明した。やはり理解してもらえず、完全に正気を疑われたのち、「まあどうでもいいけど」と嘆息される。
「それにしても、あんたって幻覚に襲われるほど一人暮らしに参ってたの? あんなに抱き枕があったら、家族と暮らすほうが居た堪れない気がするけど」
「参っているから抱き枕にぬくもりを求めるのだと言われれば反論できないが、幸せには暮らせているよ。お前の抱き枕は中でも気に入ってる」
おれはすでに両手の指できかないくらい、あさりが描いた抱き枕カバーを買っていた。
「お前の抱き枕って表現、誤解を招いてイヤだからやめてくれない?」
そう言われて、あさりが抱き枕になったら……と想像してみた。まず意外と身長が高いので、160cmの構図に収めながら等身大感を維持するためには、トリミング時に足先を切らないようポーズに工夫が必要だろう。無精で乱した
「だまれ」
空のお茶パックを投げつけられた。
「それよかお前、新作抱き枕作ってるってマジかよ。早く抱かせろよ」
「ああ、それなんだけど。構図のラフ引いただけで今止まっちゃっててさ」
言うと、プリントアウトしたラフ絵を手渡される。
「この裏面、左に顔を向けた添い寝柄か? お前こういう面倒なポーズ手癖で書けるのはすごいけど、抱く際のポジションが身体の右側に限定されるので、抱き方の激しいおれ的には好ましくない。あと、裏が添い寝なら表は実用性重視でもっと露出させろ。分かってると思うけど頭の上に余白一〇センチ程度空けるのも必須な? ああ、前回の抱いて気付いたけど最近目のハイライトの入れ方に癖あるな、正面で向き合ってても目線が微妙に合わなかった。見つめ合えないのは大減点だからそこは丁寧に」
「こっまか。そういう意見の前に、まだキャラデザ段階で迷っててさ」
「告知出してる場合じゃないだろ……」
「自分にプレッシャーかけていくタイプなんで。最近エロゲでも数本描いたから、スパン早すぎてちょいネタ切れでマンネリ感があって。プロとして同じような構図、同じようなキャラじゃ自分でも納得いかないし。だから、今回はお得意様特権? 特別にあんたの好きなデザインのキャラ描いたげる、ってこと」
「おほ!?」
思わず興奮したら蹴られた。
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