二
第5話
何食わぬ顔で六限から出席する。平生は病欠も遅刻も少ないおかげか、重役出勤も一言注意されただけで済んだ。
放課後、学校の部室棟に向かった。おれが所属するアニメ研究会の部員は総じてダメ人間ばかりだが、オタ系のみならずオカルト系の話題もカバーしている。幽霊に抱き枕が乗っ取られたという今朝の出来事について、何かしらアドバイスをもらえるかもしれない。
オタグッズが雑多に詰まった狭い部室に入ると、部長ほか数人が寄り集まって、普段どおり与太話に興じていた。
「部長、朝起きたら抱き枕がアニメキャラで、それも実体になってたんですけど……」
「開口一番ギャグのセンスが古いな。それよか昨日の回見た? アオ、いいよね……」
「ブ、ブチョ、負け犬ヒロインやっぱ好きすぎくね? んふ? ん?」
「絶望的な状況でも勝利を諦めないからいいんだよ! っていうかお前らちゃんと見てるわけ? あれ実況が捗るタイプのアニメだから後で追いかけるとけっこう辛そうよ?」
「え~、録画はしてるけど本当に見ないとダメ? もう三話ぐらい溜まってるw」
「切りたい?」
「でも、切れないんだ……」
「断裁分離の……」
「聞けよお前ら! おれのエクリプスちゃんに、霊魂が宿って、受肉したんだよ!」
「受肉w なになに、イエス降りちゃった? いつも話題作は徹底批判とかアンチキリスト気取りなのに、転向ッスか?」
「久米、お前軽薄な宗教用語の誤用やめとけ? このあいだも『旧約聖書はラノベ』とかツイッターで荒ぶってたじゃん? 俺らドン引きしてLINEにキャプチャ張りつけて遊んでたわ」
「は? は? はァ? 自慢じゃないですがあの自己トゥギャり二千ビューいきましたから! 部長の零細まとめサイトの月間アクセス数くらい稼いじゃったかなw 気ィ使って言ってませんでしたけど」
「は!? 俺キュレーターだし……アルファツイッタラーからリンクされたこともあるし……架神恭介のパクラーに言われたくないし……」
びっくりするほどどうしようもない会話にくらくらしながらも言い募る。
「だからさ、信じられないだろうけど、たしかにおれの寝床に現前したワケよ、二次元のキャラが! エクリプスが、三次元に!」
「二次元と三次元。そのエクリプス、トータルで何次元なのw」
「まあ、なんか八木ちゃんのそういうノリ懐かしいよね。去年まで部室に抱き枕カバー持ってきて飾ってたような熱さを感じるよ」
「避難訓練のときに一人だけ部室棟に走って行ったと思ったら、校庭で抱き枕を持って整列してた八木ちゃんは最高にカッコ良かったw」
黒歴史まで掘り返されて頭痛がしてきた。
「いいよもう、お前らに相談に乗ってもらおうと思ったおれが馬鹿だったよ……」
もともとアニメ研究会は漫研から締め出されたラノベ作家ワナビを中心に形成された、魑魅魍魎の溜まり場である。作家ワナビでもガチ勢は漫研に残っており、ついていけなくなった口だけの人間がこいつらだ。
おれは女子がいると抱き枕を堂々と広げられないからという理由でアニ研に移り、他に友達もいないので嫌々付き合い続けているが、このようにろくな教養もオタとしての矜持も持たないクズ共ばかりで、あと確か部員はぜんぶで四、五人いるはずだが喋り方が似通っているので今なお個体識別ができず、名前すら覚えなくてもあまり困らなかった。
おれはこんな不可視の濁流に呑まれて日常に埋没しているやつらとは違う。
絶対ちがう。
「それより抱き枕紳士の八木氏におかれましては、ブログで告知されていた
高近あさりは、おれと中学時代から付き合いのある、現役高校生にして売れっ子のイラストレーターだ。仕事が忙しいので滅多に顔は出さないが、部員の人数如何で部費が割り振られるため、頼み込んで幽霊部員になってもらっている。
彼女は同人活動などで人気を得たのち、最近は抱き枕専門メーカーによるオリジナルグッズ企画に対して継続的にイラストを提供し、「人気抱き枕絵師」としても斯界に名を知られていた。
(少なくとも、こいつらよりは相談役に適任だろう……)
「あれだけの速筆でこのハイクオリティを維持し続けるとは、さすが我らがアニ研の鑑。たまには部室にもたまには顔を出して欲しいものですな」
「八木氏、幼馴染の女子が一流神絵師ってどんな気持ち? 抱いてるときに描き手の顔が思い浮かんで複雑な気持ちになったり? 劣等感で死にたくなったり?」
「まあ、自分の性的嗜好を完全に掴まれてると思うと気まずさはあるけども。顔出してくるけど、誰か一緒に来たり……」
「ところで部長~、今日の鑑賞会はコレでいきましょ。昨日押入れから発掘した『終わらない桜木の物語』のBlu-ray第一巻!」
「あっ、春にぴったり! オープニングテーマ超いいよな。ノンクレ《ノンクレジット》Ver.入ってる?」
「特典収録ノンクレOPED余裕でした。とくにオープニングはマジ神曲! アニソン雑誌っぽく言うとアンセムの一言! せーのっ、」
「「「「Yes, Anthem!!」」」」
「もういいよ、お前らずっとそれ見てろよ。まるで終わりのないダ・カーポのように……」
女性声優の合唱曲をオク下で野太くがなり立てはじめた彼らになけなしの合いの手もスルーされ、おれは軽くへこみながら部室をあとにした。
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