第6話 もう少し、お母さんたちを信用してほしいんだけどね
路地裏に私と佐々木さんと斉藤さんの三人だけになった。
途端に今まで張りつめていた感情が涙になって溢れ出てきた。
「……怖かった。……痛かった」
涙をぬぐうことすら忘れて泣きじゃくる私を佐々木さんはギュッと抱きしめてくれる。
「めぐみちゃん。まだやつらがうろついてるかもしれないから、泣き声を勇大に聞かせちゃうけど勘弁ね」
私は何度も頷きながら、その度により大きな泣き声を上げた。
「ねえ、あのルール、もうやめにしない?」
泣き止んだ私を近くの公園に連れて行ってくれる。さすがにこれからカラオケに行く気にはなれないから、斉藤さんがカラオケボックスに電話を入れてくれて、予約をキャンセルしてくれた。その時、連絡のつかない、まさくんが確認しにきたら中止になった旨を伝えてくださいと電話対応してくれた店員さんにお願いしていた。まさくんも携帯電話を持ってくれてたらいいのに。
途中、斉藤さんが自販機で、私たちのためにペットボトルのスポーツドリンクを買ってくれる。私と佐々木さんがベンチに腰掛けて、それを一口飲んだ時、佐々木さんがつぶやくように提案してきた。
「なにもエッチをしろって言ってるわけじゃないんだ。だけど、つきあってるのに手も繋がないなんていうのは、やっぱおかしいよ。……今回みたいなことがあったら、きっと後悔すると思うんだよ」
「……それは違うと思います」
私はペットボトルのキャップを閉めて、それを手で弄びながら反論する。
「変なルールだっていうのは、わかってます。お二人……だけじゃないけど……にもご迷惑をかけてるのも申し訳ないって思ってます。……だけど、この『指一本ふれない』ってルールをやってなかったかったとしても今回のことはあったと思います。そうしたら後悔とか、そんなの関係ないっていうか……」
「いや、だけどね……」
「佐々木」
佐々木さんが口をはさもうとするのを斉藤さんが止めに入った。
「宮中さんが正しい。今回の件と彼女たちのルールは全く関係がないから。あいつらは宮中さんたちが『指一本ふれない』関係だから彼女を襲おうとしたわけじゃない。よしんば、あいつらの想像通り二人が性関係をもってたとしても宮中さんを襲っていい理由にはならない」
こちらを見ずに一息に言い切った斉藤さんはペットボトルのダイエットコーラをクイッと一口飲む。佐々木さんは、そんな彼氏を見ながら
「……そうだね。……悪かった。うん、もう二度と言わない。ごめんね」
納得すると私に向き直って謝ってくれた。私はそんな佐々木さんに向かって
「前から思ってましたけど、斉藤くんっていい人ですよね」
彼氏を褒めた。すると、
「ゴホッ!」
という音と共にコーラを飲んでいた斉藤くんがむせだした。
「アハッ。珍しい。照れてやんの。……あいつ、めぐみちゃんみたいな可愛い子から褒められた経験がないから照れてるんだよ。ほら、顔が真っ赤になった」
佐々木さんは彼を指さして笑う。えっ?どういうこと?斉藤くんが背中を向けたから赤くなってるかどうかわからないけど。
「でも、今まで“さん”だった、
佐々木さんはベンチの背もたれに手をかけてニヤニヤしながら、こちらに詰め寄ってくる。
「えっ?だって友だちだもん。斉藤くんって呼んだほうがいいでしょう?……不愉快かな?」
咲恵子が斉藤くんたちとの関係を訊いてきた時に自然と「友だち」だと答えられた。だから、「くん」づけしようと思ったんだけど、年上の人に対して失礼なのかな。
「いいんじゃない。……ねえ、勇大、いいよね」
彼女の言葉に斉藤くんはコクリと頷く。
「多央ちゃんも、ありがとう。心配してくれて」
斉藤くんの方を向いている彼女の背に向かってお礼を言うと、多央ちゃんは驚いたように振り返る。
「へっ!?……“多央ちゃん”って?」
「だって多央ちゃんも友だちなんだから多央ちゃんって呼んでいいでしょう?ずっと私のことを“めぐみちゃん”って呼んでくれてるんだし」
斉藤くんが良いなら多央ちゃんだって良いと思うんだけど。敬語だってよそよそしくなるから使いたくないし。
「……えっ?……えっと。……うっわ、すごい破壊力だ。……勇大、あんたの気持ちが今わかったわ」
多央ちゃんは斉藤くんに負けないくらい顔を真っ赤にして上擦った声で焦ったように喋りまくりだした。
「めぐみちゃん、気がついてる?あんた、かなり可愛いんだから、そんな真正面から見つめられると、すっごい恥ずかしいんだよ。……それに多央ちゃんなんて呼ばれるのなんて何年ぶりだろう」
「じゃあ、呼ばないほうがいいかな?」
私が戸惑っていると、多央ちゃんは
「いえいえ、ぜひ呼んでください。もう、ホント。お願いします」
そう言って頭を下げる。そこまでしなくていいのに。
多央ちゃんと斉藤くんには、今回のことは、まさくんやお姉ちゃんに話さないでとお願いした。話してもどうなるものでもないし、余計な心配をかけるだけだから。
二人に送ってもらって家に帰り着くと、まず着がえる前に机の引き出しをガサゴソと漁りはじめる。中学生になってから恥ずかしいからとしまい込んだ、防犯ブザーを見つける。そして、ベッドに潜り込んで布団を頭から被ってブザーのピンを抜く。
ピロピロピロ!という高らかな音が布団の中で響きわたる。多分、外にはほとんど漏れていないと思う。どうやら、ちゃんと動いてくれるみたいだ。
ピンを差し込むと音が止む。念のために後で電池を買ってきて入れ換えとこう。
ブザーをセーラー服のスカートに結わえつけてポケットに入れる。
そのまま着がえはじめる。
夕飯が終わって珍しく「後片づけは私がやるから」と言って母のピンクのエプロンを奪ってから、両親をリビングで無理やりくつろがせる。
片づけがやっと終わってリビングに行くと親以外にお姉ちゃんまでいて三人仲良くテレビを見ていた。
「お疲れさま。珍しいこともあるもんだね。雪でも降るんじゃない?」
お姉ちゃんが呑気な口調で茶々を入れてくる。お父さんとお母さんだけだったらよかったのに。さっさと部屋に戻って勉強しなさいよ。
いやいや、こんなところで姉妹ゲンカをしても仕方ない。私はテレビに見入ってる両親の背に向かって
「お父さん、お母さん、お願い。私にも携帯電話を買ってください」
と、頭を下げて頼みこんだ。
お父さんはテーブルの上に置いていたリモコンを手に取るとテレビの電源をオフにしてくれた。
「恵子、お前の携帯を買ったのはいつだった?」
お父さんが、お姉ちゃんに訊ねる。
「高校入ってすぐだよ」
テーブルの真ん中に置いてある木皿に盛ってるおせんべいを手にして答えてから、パリンと音を立てて食べる。
「だったら、まだ早いんじゃないか。めぐみ」
お父さんが私に向かって返事をする。おのれ、お姉ちゃんめ。
「でも、あたしと違って婚約してるんだしさ。連絡手段は必要だと思うよ」
……お姉さま、ありがとう。おせんべいをボリボリ食べながら喋るのは行儀が悪いと思うけど今回は大目に見るよ。
「雅也くんは、携帯を持ってるのか?」
「……持ってなかったと思うけど。どうだっけ?」
お姉ちゃんが私に訊いてくる。……痛いところをついてくるなあ。
「雅也くんが持つようになったら考えてやるから」
それで話しが打ち切られた。
部屋の扉をノックする音が聞こえた。
今日は期末試験が終わってすぐだし、なによりあんなことがあって勉強が手につかなかったから、ベッドに寝転んでマンガでも読もうと思ってた。だけど、一人でいるとあの時の怖さが甦ってきて、手につかない。
そう思っていた時にノックが聞こえてきたので、
「はい?」
と、返すと
「お母さん」
と、扉の向こうから声が聞こえた。珍しいな。
ベッドから起き上がって扉を開ける。
「ちょっといい?」
入っていいかって聞いてるのか。中に招いて扉を閉める。
「ねえ、めぐみ。どうして携帯電話が欲しいの?」
部屋の真ん中に座ると早速本題に入った。
「どうしてって……連絡手段がないと不便だから」
お母さんの正面に座りながら、困ったように言うと、お母さんが
「さっき、西島さんのお宅に電話したのよ。そうしたら、雅也くんもちょうど携帯電話を欲しがっていて買ってあげようか迷っていたところだったらしいの」
そう言った。
まさくんも?どうしてだろう?あまり不便そうに感じてなかったけど。
「ねえ……なにかあったんじゃないの?」
考え込んでいた私に不意にお母さんが問いかける。ビックリしてると
「あなた、帰ってきたら防犯ブザーを部屋で鳴らしてたでしょう?」
さらに問い詰めてきた。聞こえてたのか。
「そうしたらその日のうちに携帯電話が欲しいなんて言ってきて。なにかあったんじゃないかって思うじゃない」
私が答えられないでいると
「雅也くんが携帯を欲しがってるのも同じ理由なんじゃないの?」
追い打ちをかけてきた。
「それは偶然だよ。今日は会ってないから」
……いや、まさか……ね。多央ちゃんと斉藤くんには今回のことは黙っててもらってるはずだから。たまたま、まさくんも携帯を欲しがっただけかもしれない。実際、カラオケ中止だって、お店の人に
「恵子は『子ども用の携帯だったら、余計な通話ができないから、そんなにお金かからない』って言って熱心にお父さんに勧めてたけど、あなたそういうのでいいの?」
「うん、それでも全然いいよ。通話先のひとつを、まさくんの番号にしてくれたら」
そうだ、その手があったんだ。元々、防犯のために持ちたかったんだから、キッズケータイで問題ないじゃない。デザインはダサいかもしれないけど。
お母さんは、フーッとため息をつくと
「わかったわ、後はお母さんに任せなさい。お父さんを説得してあげるから」
「お母さん……」
「雅也くんも持つっていうんなら、お父さんも言い訳できないでしょう」
そう言って「よっこいしょ」と勢いをつけて立ち上がる。
扉を開けて部屋を出る時に
「……もう少し、お母さんたちを信用してほしいんだけどね」
と、寂しそうにつぶやいて部屋を出ていった。
ごめんなさい。でも、やっぱり知られたくないから。
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