第4話 本当にあんたたちのルールって面倒くさいよね
「めぐみちゃん、もう暗くなっちゃったけど大丈夫?」
まさくんの家のおばさんがリビングで勉強している私に向かって声をかけてきた。私とまさくんは同時に窓の外を見る。うわっ、本当だ。ついこの間までまだ明るい時間だったのに。夏至を過ぎたら途端に日が落ちるのが早くなるのね。
「こいつに送らせるから、よかったらご飯食べていきなさい」
おばさんが、まさくんを指さして言ってくれる。
私とまさくんは、互いに顔を合わせて心をかよわす。
まずいよね。そんなことしたら、人気のない場所で二人きりになっちゃう。
「大丈夫です。……あの、すみません、電話お借りします」
「お姉ちゃん今どこ?家?ちょうど良かった私、まさくんの家にいるんだけど迎えに来てほしいの。え?まさくんに送らせろって?ダメだよ!そんなことしたら二人っきりになっちゃうじゃない。とにかくそれだけは避けたいの。じゃあ、お願いね」
私は携帯電話はまだ持たせてもらえないが、高校生のお姉ちゃんは持っている。電話番号は知っているので、まさくんの家の電話を借りて、お姉ちゃんに迎えに来てもらった。
だけど、女の子二人だけで暗い道を歩かせるわけにはいかないと、結局まさくんが送ってくれた。お姉ちゃんは「だったらあたしを呼ぶんじゃない!」って怒ってた。お姉ちゃんは受験だから勉強の時間を取られたくないよね。だけど、私は少しでもまさくんといられて嬉しい。
家に帰り着いて、お姉ちゃんにまさくんは進学せずに、まさくんのおじさんの紹介で就職するつもりだと言うことを伝えた。そして、私も高校へ進まないことも。
お姉ちゃんも驚いた。以前にお姉ちゃんがいない時に、お父さんとお母さんに話したら同じように驚かれた。説得もされたけど、婚約した時から私が頑固なのだということはわかっているから、最終的には好きにさせてくれた。
案の定、お姉ちゃんも翻意させようとしてきたけど、お父さんたちと同じように納得してくれたみたい。私たちを応援したいとも言ってくれた。その言葉に甘えることにした。
お姉ちゃんが友だちと遊んでいる時にも悪いなと思いつつ呼びつける。応援すると言った手前、笑顔でかけつけてくれるが、内心は「冗談じゃないよ」と思っているに違いない。
いつものように、まさくんも含めて三人で帰る途中で、お姉ちゃんの携帯が鳴った。お姉ちゃんが出るとすぐに私に電話を向けてきた。
「あんたに替わってくれって」
……なんで?お姉ちゃんと同い年のまさくんじゃないんだから、お姉ちゃんの友だちなんて私には、ほとんど接点ないよ。
「あ、めぐみちゃん?あたし、恵子の部活仲間の
……!? ダブルデート?そっか、それだったら二人きりにならないから、まさくんとデートできるんだ。私は送話口を手で抑えて
「まさくん!“ダブルデート”しないかって言ってくれてるの」
まさくんに必要以上の大声で伝えた。
「ええっ!……本当なの?」
混みあってる電車の中で衝撃の事実を聞かされた。
私が電車の扉と座席の間の隅に立ち、まさくんが、チョーカー風のリボンのついた白のロンティーにベージュのレースアップフレアスカートをはいてる私の正面に立ってガードする格好になってる。これなら変な痴漢なんかに遭遇することはない。だけど、まさくんだって私にふれられないから、私の周囲のスペースをかなり確保しないといけないから大変だ。
それはそれとして……。私たちはお姉ちゃんの友だちの佐々木
「どうして佐々木さんの顔を覚えてないのよ?」
再度、まさくんから聞かされた言葉を聞き返す。
「いや、だって興味ないし……」
バツが悪いのか私に視線を合わせようとはしない。
「クラスが一緒だったことだってあるんでしょう?」
それはお姉ちゃんから聞いた。中三の時はまさくんと佐々木さんが。高一と二年の時はお姉ちゃんも一緒のクラスだったらしい。
「めぐみと、つきあいだしてからは他の女子に興味もたないようにしてたから」
「それだって高一からじゃん。中三の時だって一緒だったんでしょう」
「もう三年も前の記憶なんて残ってねえよ」
あ、開き直った。
こんなことなら、何か目印を用意しとけば良かったかな。
「俺は覚えてないけど、向こうはきっと俺の顔を覚えてると思うよ。何せ、三年間も一緒のクラスだったんだから」
取り繕うように言い訳をしてくる。
それ佐々木さんに言ったら、きっと怒られると思うよ。
遊園地前の駅について、すぐに待ち合わせ場所の遊園地の受付に向かった。
案の定、受付周辺もたくさんの人だかりだ。まさくんの言うとおり佐々木さんが覚えてたって、この人混みの中でどうやって、見つけてもらうのか。私だけじゃなく、まさくんも携帯電話を持っていないんだから連絡のつけようがない。
私は薄いグレーのパーカーと黒のパンツの、まさくんの後を一生懸命追いかける。私の背だと、この人混みの中に埋没してしまいそうだ。まさくんも私の方を振り返って、ちゃんと付いてきているか確認してる。
「おーい、西嶋!こっちだよ」
どこかから、まさくんの名字を呼ぶ声が聞こえる。私には声の主が見えない。でも、まさくんはわかったらしく、そっちに向かって人混みをかきわけて歩き出した。
「ちょ……、待って。……まさくん」
まさくんがどんどん先へ進むけど私は思うように歩けない。距離が離れていく。あっという間にまさくんの姿が人波に消えていく。
「……嘘、やだ、待ってよ」
一生懸命、先へ進もうとかきわけるけれど、全然先に進めている感じがしない。たくさんの人の真ん中でひとりぼっちになってしまった。
突然の孤独。もう人混みをかきわける力も出ない。
「……まさくん、どこ?」
人波に流される……。
「……宮中さん?」
背後から私を呼ぶ声が聞こえた気がした。振り返ると紺の開襟シャツを着て、ジーンズを穿いてる耳にサイドの髪がかかるくらいのロン毛で小太りの男性がこちらを見ていた。
「こっちです。……すいません、通してください」
手招きして周囲の人に向かって、謝りながらかきわける。こちらを振り返って、また手招きする。付いていっていいものか迷う。なかなか動かない私を見て、やっと気がついたらしく、小太りのニキビ顔を近づけて
「ごめんなさい。挨拶が先でしたね。はじめまして、今日のダブルデートを提案した
無表情のまま、ペコリと頭を垂れた。
「ひどいよ!さっさと行っちゃうなんて」
私が非難すると、まさくんは黙って天然パーマの頭を私の背丈よりも低く下げた。
「それにしても
謝っている、まさくんを見ながら全身をデニム地のジャケットとパンツ、そして、白に英語のロゴが入ったシャツをまとった佐々木さんが、私を助け出してくれた斉藤勇大さんに問いかける。
私とあまり背が変わらない、斉藤さんも私たちを見ながら
「背の高い佐々木は目印のために目立つところにいてもらわないといけないから僕だけで二人を探した方が効率的だからね。たしかに、僕は二人の顔を知らなかったけど、佐々木のでかい声が西嶋さんを見つけたのはわかったから、後はその声に反応した人を見つければ良かっただけだよ」
ボソボソと佐々木さんに話しかける。
「だから、どうしてめぐみちゃんがわかったのさ。西嶋はめぐみちゃんを置いて先に行っちゃったんだから」
質問に答えてくれない斉藤さんに向かってイラついたのか少し声が大きくなった。
「……だって、この二人が恋人同士なのはすぐにわかるじゃないか。西嶋さんは
私は思わず斉藤さんの方に目をやる。
……私とまさくんが恋人同士だって説明される前に気がついてくれたのは斉藤さんがはじめてだった。それがここまで嬉しく感じるなんて思ってなかった。……斉藤さん、私とそんなに背が変わらないのに。ものすごく野暮ったいのに。……いい人だ。
「それでも、こんなにたくさんカップルがいるのに」
なおも佐々木さんは疑問を投げかける。
「混雑していても手を繋いでいないカップルだけを探せばいいんだから、そんなに難しくはないよ」
斉藤さんの答えに受付に並んでいる人たちを見ると、ほとんどのカップルと思しき人たちは手を繋いでいる。私たちは本当に例外なんだ。
「それにしても、こんなに混むなんて思わなかったよ。ごめんね。……これ、二人の分のチケット。先に買っておいたから、このまま入れるから」
佐々木さんが私たち二人にチケットを渡してくれる。私たちはそれぞれ財布からお金を取り出して佐々木さんに支払う。
めちゃくちゃ楽しい!
手も繋げないし、二人きりじゃないけど、まさくんと一緒に遊園地デートできていると思ってるとそれだけでも嬉しい。
斉藤さんが持ってきたデジカメでまさくんとツーショット写真を撮ってもらった。そして、一人づつの写真も。
「プリントして送りましょうか?それともメールアドレスを教えてくれたら、そちらに送れますけど」
まさくんは携帯電話は持ってないけど、パソコンは自分専用のを買ってもらってる。プリント代を負担してもらうのも悪いので、まさくんのメールアドレスに送ってもらうことにした。気に入った写真をあとでプリントすることにした。まさくん一人の写真とツーショットをプリントしてもらおう。
「絶叫系で隣同士になっちゃうと西嶋に抱きついちゃうかもしれないね。あたしと乗る?」
佐々木さんの提案に「はい」と答える。まさくんは斉藤さんと一緒に私たちの後ろでスクリューコースターに乗ってくれる。
……酔った。
コースターに乗るのは、はじめてじゃないのになんでこんなに気分悪くなったんだろう。
「ごめんね。絶叫系苦手だったんだね」
一緒にベンチに座って身体をさすってくれながら佐々木さんが謝ってくれる。佐々木さんが悪いわけじゃないのに。
「ねえ、勇大。ちょっと飲み物、買ってきてよ」
佐々木さんがまさくんと一緒に心配そうに見てる斉藤さんに話しかける。
「いいけど、宮中さんの分だけでいいの?」
「そんなわけないじゃん。あたしも飲むし、あんたたちだって必要でしょう。……あ、あたしチュロスも食べたいな」
「なに?チュロスって?……それに、僕だけじゃ四人分の飲み物なんて持てないよ」
「だったら、西嶋を連れていけばいいじゃん。西嶋はチュロス知ってるでしょう。知らない?じゃあ、探してきてよ。いいよね、あんたはめぐみちゃんと二人きりにはさせられないんだから。彼女は、あたしが見てるから」
有無を言わせない勢いでベンチから立ち上がって二人を追いやる。その時、斉藤さんになにか耳打ちをしてたけど、こちらは気持ちが悪いから、それ以上関心を持てない。
二人を送り出した後、吐き気がようやく治まってきた私の隣に再び座って
「……口紅、引いてるんだね」
顔を覗き込むようにして訊いてきた。耳の上に軽くかかるショートカットにシンプルなカーキ色のカチューシャがよく似合ってると思う。
「わかりますか?」
佐々木さんはニッと笑う。
「わかるよ。もっとも最初はリップだと思ったんだけどね。でも、どうやらファンデーションも塗ってるみたいだし、できる限りのメイクをしてるんだなって思った」
私の手を取って
「初めての、ちゃんとしたデートだもんね」
言ってくれた。
「でも、まさくんは気がついてないみたい」
「だろうね。中学生が化粧をしてるなんて普通の男は想像もしてないだろうし」
佐々木さんはケラケラと笑うと、真面目な顔になって
「なんか、あったの?」
と、訊ねてきた。
「……何が、ですか?」
「めぐみちゃん、楽しんでるみたいなんだけど、時々うわの空になることがあるんだ。もしかしたら、本当は楽しくないのかな?って思って……」
私は気持ち悪い頭を横に振って
「そんなことないです。すごく楽しいです!」
否定した。佐々木さんはうなずきながら
「うん、最初は西嶋とケンカでもしたのかなって思った。だから楽しめないのかなっとか考えたんだけど、どうもそんな感じじゃなさそうだから」
心配そうに話しかけてくれる。
「ごめんなさい」
私は謝ることしかできない。
「謝る必要ないよ。……学校で何かあったの?」
ドキリとする。
「どうして、そう思うんですか?」
私の問いかけに佐々木さんは、ニヤリと笑う。
「カマかけただけだよ。もし違ったら恵子が原因?って訊こうと思ってた。……西嶋とつきあってることで、何か言われたりしたの?」
私は、ここ数日のクラスでの出来事をかいつまんで話した。佐々木さんは顔をしかめて
「うわあ、それは嫌だな。……その落書き以降は何もないの?」
共感してくれた。
「表立ってはないけど逆に陰で噂してる感じで……」
「シカトされてるわけか。キツいね。西嶋は知らないんだよね」
私は黙って首を縦に振る。
「相談するほど頼りにはならないか」
「そういうわけじゃないけど、学校も違うし、心配させたくもないし」
学校でのことなんだから私がなんとかしないといけないと思う。
「それにしても二人とも遅いですね。飲み物を買いに行ったにしてもずいぶん長いんじゃないですかね」
佐々木さんとベンチでずいぶん長く喋ったと思うけど、まさくんも斉藤さんも戻ってくる気配がない。……なにやってんだろう?
「ああ、ちょっと勇大に頼んで時間かけてもらってるんだよ。西嶋たちがいると話しづらいでしょう」
あの時、斉藤さんに耳打ちしたのはそのことだったんだ。
「でも、そろそろ戻ってくるんじゃないかな。そんなに時間稼ぎもできないだろうから。……あ、噂をすれば」
佐々木さんの視線の先に両手に飲み物と口にチュロスを加えた二人の男がこちらに向かってトボトボといった感じで歩いてきていた。
「じゃあ、めぐみちゃんはオレンジジュースでいいのかな。はい。って本当にあんたたちのルールって面倒くさいよね。普通の恋人同士だったら直接、彼氏が渡せば済むのに」
斉藤さんとまさくんが持ってきたドリンクをベンチに置いて、佐々木さんが私のためにオレンジジュースのカップを取ってくれる。
本当に面倒だし、それに他人を巻き込んでしまっているのが申し訳ないです。
私は半分に折ったチョコチュロスとオレンジジュースを両手にまだベンチに座らせてもらってる。まさくんはコーラともう半分のチョコチュロスを取る。佐々木さんは斉藤さんから直接、スポーツドリンクとメロンチュロスを丸々一本受け取ってる。斉藤さんはカロリーゼロのコーラだけ。
「大丈夫か?」
まさくんが私の前でしゃがみこんで聞いてくれる。私は
「うん、大丈夫。心配かけてごめんね」
笑顔をつくって答えながらチュロスを一口かじる。その様子を佐々木さんが神妙な面持ちで眺めているのが目に入った。
チュロスを食べてジュースを飲み終わる頃には、だいぶ元気になった。
「さて、じゃあ次はどうしようかな」
佐々木さんは遊園地のガイドマップを見ながらアトラクションを物色し始めた。その様子をあとの三人は半ば呆れながら見てる。
「よし、この『ホラーマンション』ってやつにしよう!」
げっ!そんな名前ってことは、お化け屋敷みたいなやつだよね。
「あ、私はもう少しここで休んでいこうかな……」
私の言葉を最後まで聞かずに、佐々木さんは手をとって立ち上がらせた。
「いいから、いいから。今度は絶叫系じゃないから自分のペースで進めるでしょう」
いや、別の意味で絶叫するから。私の困惑をよそに佐々木さんは悠然と私の手を引いてズンズンと歩いて、その「ホラーなんちゃら」に向かっていく。男性二人はその様子をただ後ろからついてきながら眺めてるだけ。助けなさいよ!
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