第2話 だから婚約した。堂々と結婚するために

 二年前、小学五年生の時に無理を言って五歳年上の幼なじみ、西嶋雅也にしじままさやくんとつきあうことができた。彼とは先日、彼と同い年で私のお姉ちゃんでもある宮中恵子けいこの協力で双方の両親を説得してもらって婚約もした。

 そのことは周囲には黙ってるつもりだった。

 私たちは私の十六歳の誕生日すぎに結婚すると決めている。そんなに早く婚約や結婚なんてする必要ないと親からは言われたが事情がある。

 私と雅也くんこと「まさくん」はつきあいはじめてから、お互い指一本ふれていない。そう約束したからだ。というより一方的に私が提案したんだけど。

 当時の私は小学生。学校からは防犯ブザーを持ち歩くように言われている身だ。

 彼は高校生で年齢は五歳しか差がないけど、もし万が一、まさくんがあらぬ疑いをかけられるようなことがあったらそれこそ悔やんでも悔やみきれない。

 それで自分でもバカみたいだと思いはしたけど、「つきあうけど指一本ふれないでいよう」という約束をした。もし、バレても健全な交際だと主張すればいいと思っていた。

 そんな約束をして二年。幸いにして周囲からはつきあっていると思われはしなかった。年齢差もあるし、身長も二十センチは彼の方が高い。それでいて手を繋いだり腕を組んだりしてイチャついてもいないのだから、恋人同士には見られなかった。

 ……辛かった。

 小学生といっても、私にだって性欲は人並みにある。彼からも好きだと言ってもらっているのに何もない。自分から言い出したことだから、私が我慢するのは仕方がない。だけど、彼は私とつきあわなければ他の人、例えば私のお姉ちゃんとかとつきあって普通の恋人同士のような関係になれたはずなのに。

 ……お姉ちゃんが悪い!まさくんがお姉ちゃんに一生懸命告白したのに、

「バスケ部でレギュラーになるために全力を尽くしたい」

 なんて言って断って。お姉ちゃんだって本当はまさくんのことが好きだったくせに。なにカッコつけてんのよ、バカ!

 だから、私が声をかけた。お姉ちゃんに振られてなかば呆然としているまさくんに向かって

「私とつきあおうよ」って。

 まさくんも最初は冗談だと思ってたけど、最終的には納得してくれた。こんなバカみたいなルールに今も頑張ってつきあってくれている。私のことを好きだって言ってくれて。

 だから、私は彼のことを裏切りたくない。他の男の子から好意をもたれても断るし、二人きりになったり、さわられたり、ふれられたりしないように注意してる。

 でも、こんなことずっと続けていけるわけない。だから、早く結婚したい。私はまだ十二歳だから、どんなに早くても、まだ三年ちょっとかかる。しかも、未成年の婚姻は親の同意が必要だ。

 だから婚約した。堂々と結婚するために。


「……ねえ、めぐちゃん。聞いてる?」

 その言葉にハッと我に返る。話しかけられていたことに気がつかなかった。

「ごめん、さえちん。……なに?」

 クラスメイトの二本木にほんぎ咲恵子さえこちゃん。中学に上がってからできた私の友だち。彼女が心配そうに顔を覗き込んでいた。

「なに……って。廣川くんにいったいなにを言ったの?」

 髪をツインの三つ編みにした丸めがねのさえちんが周囲に聞かれないように小声で話しかけてくる。

 少しキーの高い声がちょっと耳障り。いわゆるアニメ声って言うのかな。本人はその声がチャームポイントだと思ってるみたいで将来の夢は声優だそうだ。

「……なにって。雷坂らいさかさんたちが説明したんじゃないの?」

 雷坂弘恵ひろえさんはさっき私と廣川くんを遠巻きに眺めて、そのままクラスに駆け込んだ女子グループのリーダー的存在だ。放送室の異名を持つ彼女の耳に入ったのだから、私の婚約話はすでにクラス中に広まったと思っていたんだけど。

「雷坂さんたちの話しじゃよくわかんないから。……ここから見てたら廣川くんがめぐちゃんに言い寄ってるように見えたんだけど。めぐちゃんがなんかすごい返事をした……みたいな」

 すごい返事って、なによ。周囲を見回すとクラス中がこちらに聞き耳を立てているのがわかる。私が声を出そうとした時、教室に廣川くんが入ってきた。

 教室内がどよめき、何人かの男子が廣川くんのところに群がる。

「……はあ?……いや関係ないだろ?……バカ、言えるわけねえだろ」

 廣川くんはこちらをチラチラ見ながら集まってきた男子をあしらおうとしている。だけど、あの調子じゃいずれ喋らされそうだな。

 その様子を見ながらため息をつく。バカなことしたな。

「好きな男がいるの?」って聞かれたんだから「いる」だけで良かったはずなのに。その後で万が一、告白されたなら断るだけでよかったのに。なに余計なことを言っちゃったんだろ。

 お姉ちゃんが言ってた「余計な話はしない方がいい」って。本当にその通りだ。

 雷坂さんたちに廣川くん。彼女らから話されるくらいなら自分から話したほうがいいのか?いや、それこそ余計なことかもしれない。

「さえちん、こっちに」

 私はさえちんの手を引いて教室を飛び出した。


「……婚約って、本当なの?」

 一年二組の教室から対角線上にある特別教室棟の西側の女子トイレに入り込んだ。ホームルーム前のこの時間なら特別教室棟に生徒が来ることは殆ど無い。そこで私の話を聞いた、さえちんは一瞬の絶句のあと当然の質問を返してきた。

 小五でまさくんとつきあいはじめた時は、友だちはもちろんのこと家族にすら言わなかった。先日の婚約を許可してもらうために双方の両親と私のお姉ちゃん以外に私の口からキチンと話したのは、さえちんが初めてだ。

 さえちんの反応は、そんな話を聞かされた時の当然の反応だと思う。うちのお姉ちゃんだって似たような反応だったもの。

「それ告白してきた廣川くんに言っちゃったの?」

「……廣川くんは別に告白してないよ。ただ『好きな男はいるのか?』って訊いてきたから答えただけだから」

 たぶん廣川くんのシナリオでは中一で男っ気が無さそうな私だから

「いないよ」

 という返事が返ってくるものだと思っていたんだろう。その上で

「俺とつきあわないか?」

 なんていう流れに持っていきたかったんだと思う。それを全く予想もしてなかった答えが返ってきたんだから、そりゃ驚くよね。

「……それで婚約者って前に図書館で見かけた人だよね?」

 さえちんとは中学に上がってすぐに仲良くなった。一学期のある日、いつものように図書館で待ち合わせていた私とまさくんの前に、学校から帰る途中で図書館に立ち寄った、さえちんに出くわしたことがあった。

 私たちが恋人同士に見えなかったからか、彼女は普通にまさくんと私に挨拶をして、そのまま別れた。

 後日、

「あの人、お兄さん?」

 と訊かれたから

「幼なじみだよ」

 と答えた。嘘は言ってない。だけど、今日は正確に言おう。

「うん、この間、お互いの家族に話して正式に婚約することになった」

「いつからつきあってるの?」

「小五」

「……」

 また絶句された。

「……とりあえずこのことは黙っててほしいの。廣川くんたちが、どんな風に言うかわからないけど」

 できればこのまま波風立たずに収まってほしいんだけど。

 さえちんは

「わかった」

 と言ってくれた。

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