さわんなっ!
塚内 想
第1話 ふれられて、たまるかっ。
「……
下駄箱からつま先の赤い、学校指定のルームシューズを取り出して、その下駄箱に脱いだばかりの白地に細い赤と青のラインが入ったコンバースを入れた瞬間、声をかけられた。
声のした方を振り向くとクラスメイトの
普段の彼からしたら、かなり近い距離に立っている。手を伸ばせば軽くつかまれそうなくらい。
「なに?」
私は視線をチラリとだけ向けて、シューズを履きながら無愛想に返す。
「……いや、ここじゃ……。どっか人のいないところで」
私よりも十センチは違う身長差の彼が私の方を見ずに、うつむいたまま切り出す。少しため息をついて
「ここじゃ話せないことなの?」
と、いじわるく訊き返す。だいたい要件はわかってる。だけど、男の子と二人きりになるわけにはいかないし、その気もない。
「……そういうわけじゃないけど」
会話のやり取りが続いたせいか、彼の緊張がほぐれて、やっとこちらを見る余裕が出てきたみたい。目をつむって軽く深呼吸してる。サイドを刈り上げたベリーショート。浅黒い肌に甘いマスク。顔に浮かんでいる汗は暑いからなのか、緊張しているからなのか。バスケットボールをやっているせいか高い身長に厚い胸板。ついこの間まで小学生だったとは思えない。
女子人気は結構高いと思う。今も、夏のセーラー服の女の子たちが遠巻きにこちらをチラチラと見ている。面倒くさいことになりそうだ。
「あのさ……お前、好きな……男とかいるの?」
……やっぱり。
二年前を思い出す。どうして男子って肝心なことから話しはじめないのかな?お姉ちゃんもよく辛抱して最後まで聞いてたよ。
「いるよ。つきあってるし……婚約もしてる」
結果はわかっているんだから、こんな人目につくところで彼に最後まで話をさせるつもりはない。
息を飲む音が聞こえた気がした。眼の前の廣川くんからも周囲の女子からも。
玄関奥の廊下に群がってこちらを観察していた女の子たちがいっせいに走り出した。きっとクラスにこのことを広めに行ったのだろう。いつもは、かしましい子たちも今回ばかりは騒ぎ出しもせずに、ご注進するつもりらしい。本当に面倒くさい。
「婚約って……いったい誰だよ?俺の知ってるやつか?」
彼が手を伸ばして私の肩をつかもうとする。
「さわんなっ!」
私の声に彼の手が止まる。ふれられて、たまるかっ。
「……なんだよ。……そうか。俺が嫌いだから、そんな嘘をついてんのか?……さわられたくないくらい、嫌いだから」
はあっ?なんで、そんな話になるの?むやみにデカい図体して拗ねてるんじゃないよ。やっぱり子どもだ。
登校してくる生徒たちが、私たちを迂回するように次々と校舎の中に入ってくる。やっぱり、みんなも私たちにチラチラと視線を向けてくる。
「嘘はついてない。……それに女の子の体に気安くさわるもんじゃないんじゃない?」
下駄箱の扉をパタンと閉めてから彼に向きなおる。
「用は終わったんでしょう?……もう行っていいかな?」
私の有無を言わせぬ態度に怯んだのか、彼は一つうなずいた。
私もうなずいて、彼に向かって笑顔で挨拶を返す。
「おはよう」
廣川くんを置いて一年二組のクラスに向かう。私たちのクラスは玄関に一番近い場所にある。教室棟と、職員室と特別教室がある棟を二本の渡り廊下が繋いでいる。校舎を上から見ると口の字になってる。
玄関は一階の東側渡り廊下に付いていて右に折れると教室棟に向かう。教室棟の一年二組の中庭に面してる窓に何人かの男女が群がって渡り廊下を覗き込んでる。窓が夏の制服の白いに染まってる。ゴシップが好きそうな女子や、揉め事を面白がりそうな男子が興味本位で見ている。そちらに目をやると途端に窓から離れ出す。
教室棟を入って左に曲がるとすぐに私のクラスにつく。開け放たれてる教室の後ろの扉から入る。途端に教室内の空気がガラリと変わる。
私をジロジロ見る奴。素知らぬ顔をしてる奴。いろいろいるけど、みんなさっきの私と廣川くんのことが気になって仕方がないってわかる。いや、こちらに向かっている廣川くんには目もくれてないところをみると関心があるのは私だけか。
クラスメイトたちの興味の視線を無視して教室後方ど真ん中にある私の席に着く。カバンを机のサイドのフックにかけて椅子に腰掛ける。
さて、これからどうしよう。
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