第2話
翌日、俺はいささか寝坊をした。
仲居に起こされて目を覚ました時、10時半をすっかり回っていた。
(呑みすぎたかな?)俺は思ったが、まあいい。
運んできてくれた膳を前にして、俺はあの女性について訊ねてみた。
『ああ、その人なら、真理さんですよ。お客さんじゃありません。ここのご主人の遠縁にあたる方だとかで、4~5日前から滞在してるんです。事情はよく知らないんですが、骨休めに来てるとかでね』
仲居は俺が渡したチップのせいか、割と気楽に喋ってくれた。
しかし、どうも気になる。
ま、どうだっていいさ。
俺は今仕事とは何の関係もない。ただの骨休めなんだから。
朝食を済ませると、温泉に浸かり、身体の中から酒を追い出して、さっぱりした。
温泉地だからって、山あいの静かな町だ。
何か特別にみるものがあるわけじゃない。
部屋にいたってやることはないので、浴衣をひっかけて散歩に出ることにした。長閑なもんだ。
山からは鳥の声が聞こえる。
川のせせらぎも心地よい。
都会の喧騒の中で暮らしていると、こんなものさえも珍しく、有難いように感じられてくるものだ。
(『安穏無事という、ぼってりとした腕(かいな)が、締め付けてくる』あれはイギリスの諜報部員氏の活躍を綴った小説だったっけな)
なんの訳もなく、そんな言葉がふいに脳裏に浮かんだ。
1時間もしないで、町の中を一周出来てしまった。
と、ふと気が付くと、駐在所の前に人だかりができている。
制服姿の巡査が一人、前に出て何やら喋っていた。
町民たち(大半が男だ)は、それぞれ手に手に何やら物騒な武器を持っている。
棒切れや鍬、中には日本刀や古めかしい猟銃迄携えている者さえいた。
何があったのか?と俺はその中の一人に訊ねてみた。
彼の話によると、隣町の銀行の支店が、三人組の武装強盗に襲われ、現金7千万円が奪われたという。
すぐに警察が非常線を張り、警戒体制がとられたが、一味は警官隊と銃撃戦の末、車を乗り捨て山を越えて、どうやらここに入り込んでいる疑いが濃いというのだ。
おっつけ本署から応援もくるだろうが、それまで町の人間で組織した自警団で守ろうということで集まって貰ったというわけだ。
『とにかく、それまで町の衆は滅多に外に出ないように、直ぐに通知してくだ
さい!!』
巡査が重々しい声で怒鳴り、自警団氏達はそれぞれの持ち場に散っていった。
(やれやれ・・・・物騒な世の中になったもんだな。ま、俺には関係ないか)
時計を見ると、もうそろそろ12時だ。
宿に戻ったって、どうせ昼飯なんか出しちゃくれないだろう。
しかしまあ、一食くらい抜いたって大丈夫だ。
カタがつくまで大人しくふて寝ときめこもうか。
そう思って、宿まで歩き、入り口の戸を開けた。
妙に静まり返っている。
正面に見える帳場に、いつもちょこんと座っている禿げ頭の番頭の姿が見えない。
悪い予感がした。
その時、俺の脇に何か堅いものが突き付けられるのを感じた。
『手をあげて大人しく言うとおりにしな。さもないと・・・・』かすれたような低い声が聞こえた。
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