マリーよ銃を取れ

冷門 風之助 

第1話

 え?お前が仕事をしていない時、一体何をしているのかって?

 俺だって人間だよ。

 幾らかでも金があって、少しばかりヒマがあれば、休みだってするさ。

 それが今ってわけさ。

 厄介な仕事を二つ三つ片づけて、それが予想外の収入になったもんだから、

(たまには骨休めとしゃれ込むか)

 とばかり、都心から電車で2時間ほど行った山あいの温泉宿に『湯治』に来たわけだ。

 俺が探偵社に勤めていたころの先輩だった人がここを紹介してくれてね。

(ちょっとしょぼいけど、一種の隠れ宿みたいなもんさ。何だったら紹介してやるぜ)

 俺は有難く、先輩の行為に甘えることにした。

 しかし、今考えてみれば、それがとんでもない事件に巻き込まれるとは思ってもいなかったんだが・・・・


 秋である。一年のうちで、俺が一番好きな季節だ。 

くそ暑い中を汗だくになって尾行や調査をする必要もない。

水っ洟を垂らしてじっと張り込みをする必要もない。

暑くもなく、多少涼しい程度で、外を歩き回っても、これほど快適な季節はあるまい。

ましてや仕事とも無縁な、久しぶりの休暇と来ている。

先輩が紹介してくれた宿は、いささか時代めいた温泉宿といった体で、客も俺の他は老夫婦が二組いるばかりだった。

朝から温泉につかり、朝から酒を呑む。

俺は地獄も極楽も信じちゃいないが、これは正に『極楽』ってもんだろう。

都会からほんの少し離れた場所で、こんな気分が味わえるとはね。



『キャッ!』

 その日も、俺は寝酒をひっかけた後でひとっ風呂浴びようと、露天風呂へと降りていったところ、いきなりそんな悲鳴に出迎えられた。

 俺の目の前には、ちょうど風呂から上がったところだったんだろう。一人の女性が胸をバスタオルで押さえて立っていたのだ。

『失礼・・・・誰もいないと思ったもんで。ここは混浴でしたよね?』

 相手の女性・・・・年齢は30になったかならないかといったところだろう。なかなかのグラマーで、日焼けしていない白い肌が印象的な美人だった。

 俺の言葉に向こうは逆に慌てたような顔になった。

『え、ええ、そうですわね。ごめんなさい。はしたない声を出しちゃって』

 彼女はそう言って頭を下げた。

 その時はそれっきりだった。彼女はそのまま俺の傍らを通り過ぎ、脱衣場の方へと向かった。

 しかし、俺は彼女が、

『ただ者ではない』というのを、瞬時に見抜いた。

 あの時・・・・悲鳴をあげながら彼女の手は、バスタオルの下にさっと動いた。

 その動きは明らかに何かを探ろうと・・・・そう、拳銃を使い慣れたものの動作だった。



 

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