再会


 第二十五区――スラム街を抜けた先にある小さなカフェ。

 向かい合ってテーブルにつく涼月とガブリエル/大柄なゴリラ男と年端も行かない少女の組み合わせ=まるで美女と野獣。

 現実味のない取り合わせに店員や客が遠巻きに何事かと覗きに来る/ひそひそ囁く/互いにレギュラーコーヒーを啜りながら無言の時間を過ごす。

 気まずい雰囲気――何でこいつがあの店に?/単なる偶然?/それとも副長あたりが自分の事を知ってこの男を寄越した?/というかいつまで黙ってるつもりなんだ?/頭の中に沸き立つ幾つもの思考。

 だがどの予想も違う気がした――だとしたらこの男の目的は一体何だ?

 沈黙に耐えきれなくなった涼月がついに尋ねた。「……どうして何も聞かないんだ?」

「聞いて欲しいのか?」下手な質問よりもよほど響く問いかけ。「『あんな場所で一人で何をしていたんだ? あの男を締め上げて一体何を知るつもりだったのか?』と俺に尋ねて欲しいのか?」

「それは……」

 ますます言葉に詰まる=『親友からこっそりくすねた情報を元手に一人で犯人を追ってました』などとバカ正直に答えられるわけもない。

 仕方なく黙りこくっていると、ゴリラ男が小さな含み笑いとともに言った。「正直な所を言うと、遅かれ早かれここに来れば君に会えるような気がしていた」黒い思惑や悪巧みなど微塵も感じられぬ誠実な声音。「勇敢な君の事だ。吹雪隊員が目の前で攫われたとなれば、たとえ止められたとしても動くだろう。そう思って心当たりのある場所を何か所か回っていたら、見事的中したという訳だ」

 全て見透かされていた――分かりやす過ぎる自分の行動パターンに内心呆れる「あーそうかい……」

「差し障りなければ一つ聞いてもいいか?」ゴリラ男の真っ直ぐな視線。「君は既に戦いから離れた身だ。彼を助けたいと思う気持ちは分かるが、我々に任せようとは思わなかったのか?」

 率直な質問――『自分から戦いを離れたおまえが、今更ここに戻ってきてどうなるっていうんだ?』

 確かにその通りだった=まるで意味を持たない行動/自己満足に過ぎない捜査/徒労に終わるどころかMPBの邪魔にもなりかねない偽善行為。

 だがそれでもやるしか無かった――そうしなければならない気がした。

「……あたしも最初は迷ったよ。何もしなくたって、待ってればそのうち副長や陽炎たちが助けてくれるだろうってね。だけど、何もせずに待ってるなんてあたしには出来なかった。誰かに任せて自分だけ今までの生活に戻るなんて耐えられなかった。目の前で吹雪がさらわれた時に初めて後悔したよ。自分にまだ戦う力が残っていればって」

 考えるまでも無く言葉が溢れる――思っていた思いの丈が止めどなく溢れる出す。

 静かに耳を傾けるガブリエル――無言で次の言葉を待っている。

「正直言って今のあたしが足手纏いになる事は分かってる。だけどそれを承知で頼む。吹雪を助けるのをどうか手伝わせてくれ」

 気が付いたら目の前の男に頭を下げていた。一縷の望みを託すように。

「……頼むから顔を上げてくれ。娘よりも年下の少女に人前で頭を下げられるのは忍びない」困り顔のガブリエル/気が付けば店内の全員が自分たちを注視していた。

 慌てて顔を上げる涼月――恥ずかしさと申し訳なさで顔が赤くなる。

 再び訪れる気まずい沈黙――それを今度はガブリエルの方が破った。

「……もし君と出会った時、そう言われる事も十分予想できた。だからこそ俺も一人でここに来た」

「……え?」

 咄嗟に言葉の意味を掴み損ねる/目の前のゴリラ男が何を言い出したのか理解出来ずにいる。

 呆然とする涼月を尻目にガブリエルは立ち上がると力強い笑みを浮かべ、己の右手を彼女へと差し出した。「またしばらくコンビを組むことになりそうだな。涼月隊員」


 ◇


 ゴリラ男と特甲児童――かつて悪党たちを震え上がらせたコンビの復活。

 一方が暴力をちらつかせて脅しをかける/もう一方が巧みな話術と尋問術で揺さぶる――かつて慣れ親しんだ者同士のパートナーシップ。

 街の中を練り歩く二人=怪しいと思う場所やかつて摘発した店を再び回る/有益な情報を手に入れるべく人々に様々な方法で尋ね回る。

 再び現れた悪夢のコンビに街の住人たちが震え上がる/恐れ慄く/自分が助かるために敵対している人間たちを叩き売る。

 活動二日目にして得られた収穫――非合法な武器や精密機械の電子部品をいくつも買い漁っている人間の存在/何者かが下水道の復旧工事にかこつけて何かしらの施設を作っているという噂/事件には直接関係ないその他もろもろの悪事。

 しかし肝心要である吹雪についての情報は未だに入って来ず――引き続き捜査を続行。

 もぐりの病院/違法な電子部品を売る雑貨屋/盗品を仕入れている古売屋/裏の品物を扱う銃砲店などなど――犯人たちが好んで使いそうな場所に目星をつけて徹底的に調べ上げる。

 同時に二十五番街だけでなく周辺の地区や彼らの関係者が集う場所を含めて徹底的に捜査/調査/踏査――まさに現役の捜査官顔負けの執念。

 活動三日目――集積される幾多の情報/ガブリエルが乗ってくる車の中や街から離れたカフェなどで逐一整理/必要な情報を纏めていく。

 曰く『〈電脳解放軍〉は腕利きの連中を雇ってデカい事を始めようとしている』

曰く『〈電脳解放軍〉はとてつもないものを手に入れたらしい』

曰く『〈電脳解放軍〉は街のどこかに秘密の拠点を持っている』

曰く『〈電脳解放軍〉は何か大型の兵器を隠し持っている』

本当かどうかも分からない噂話レベルの情報ばかり。

 しかしそのうちの幾つかは真実=奴らは特甲児童である吹雪を手に入れた/荒事向けの男達を雇い入れて街の何処かへと消えた/おそらくは今もその拠点に潜んでいる。

 彼らの目的/理由――未だ不明。そもそも意識の無い特甲児童を手に入れて一体どうするつもりなのかすら分からず。

 まだまだ情報が足りない――犯人の目的も居場所も依然として不明のまま/もっと詳細な調査をする必要がある。

 活動四日目――更に広がる捜査範囲/ゴリラと少女が街中を駆け回る。

 未成年娼婦を斡旋する売春宿/生体部品も扱うポルノショップなど――未成年が関係しそうな場所も捜査候補に加えていく。

 さらに情報が集まっていく/おぼろげだった犯人たちの陰が徐々に纏まりつつある。

 そして活動開始から五日目――ついに大きな手がかりを見つけた。

 高性能の電子部品をメーカーから横流ししていた男――そいつがついに証言した。「何週間か前に〈電脳解放軍〉に特甲にも使われている電子部品の一部を融通してやった。奴らはそいつを使ってこの都市まち革命を起こしてやるって自慢げに語ってたぜ」

 今にも掴みかからん勢いの涼月をどうにか抑えながらガブリエルが男に尋ねる。「奴らの居場所を知っているか?」

 男はかぶりを振った。「部品の受取り場所はあいつらが指定してきた場所だった。あいつらがねぐらが何処かなんて知る訳がない。ただ……」

「ただ? 何か他にあるのか」

「少し気になる事があった。受け取りに来た連中から妙に臭いがしたんだ。まるで下水道を歩いてきたような……」 

「下水道」ピンと来る涼月――何日か前に手に入れた情報=誰かが下水道の中で何かの施設を作っているという噂。「ようやく繋がってきたって感じだ」

 頷くガブリエル。「本部に情報を送ったら早速向かってみるとしよう」

 その提案に涼月も合意すると、彼の運転する装甲車の扉を開き、そそくさと助手席へと乗り込んだ。


 ◇


 第二十五区/地下下水道へと繋がる道――実に半年ぶりの再訪。

 かつての爆発の影響で変質した化学廃棄物の溜まり場――修復工事と共に除染作業はされている筈だが、かつての名残りのように未だ奇妙な臭いを放っている。

 念のために用意した防毒マスクと防弾ベストを装着した二人=慎重な面持ちで地下道の暗闇を見つめる。

「涼月隊員」不意にガブリエルが近づいてきたかと思うと、九ミリ拳銃と予備弾倉の入ったショルダーホルスターを手渡した。「持っておけ。流石に丸腰のままという訳にはいかないだろう」

 無言で受け取る涼月――MPBの刻印が入った拳銃/特甲に比べれば心許ない装備だが、今は贅沢を言っている場合ではない。

 軽く点検してからホルスターをベストの上に身に着ける/いつでも撃てるよう安全装置を外した状態で銃を納める。

 改めて下水道へと踏み入る――まるで地獄に繋がる深淵へと足を踏み入れたような感覚/漂っている薬品の臭いもさながら瘴気のよう。

「気を付けろ。また新しい化学物質が捨てられていないとも限らない。廃水は出来る限り浴びないようにしておけ」見取り図と実際の道を見比べながらどんどん進んでいくガブリエル/まさに密林の代わりに地下道を歩むゴリラのよう。

「分かってるよ」生身の部分に水が当たらないよう気を付けながら通路を進む涼月/ガブリエルの背後を警戒しながらゆっくりと追従。

 大出力のハンドライト――まばゆい光と共に照らし出される不自然な横穴/奇妙な分岐/歪な通路/修理が完了してからそれほど経っていないというのに相変わらずの魔改造っぷり。

「やはり誰かが手を加えているようだな」眉を顰めるガブリエル=うんざりするような声音。「どこから何が出てくるか分からない。注意しろ」

 その言葉に自然と闘志が沸き立つ=拳を強く握り締める。

 通路の更に奥へと進む/二度と戻れなくなるような感覚に襲われそうになるが、気力でそれを無視――この先に吹雪が待っているのだと信じて真っ直ぐ前へ進み続ける。

 長い長い暗闇の通路――本当に地獄まで続いているではないかと思わず考えていた矢先、不意にガブリエルが通路の一点を見つめながら止まった。

「待て」何もない壁を食い入るように見つめる/地図と見比べながら何やら訝しむ。「地図上ではここに通路がある筈だが、今はそれがない」

 手元の地図を確認する涼月=確かに地図上では通路のマークが描かれているが、実際には壁があるばかり――代わりに二メートルほど先に同じような通路があるのを見つける。

「少し先に通路があるぜ? 単に書く場所を間違えたんじゃねえのか?」口から出た率直な感想/それ以外に特に思いつかず。

「やれやれ、MPBを離れている間に勘が鈍ったか? 涼月隊員」軽く肩を竦めるガブリエル/少しからかうように尋ねる。「魔女の教えを思い出せ。嘘が嘘だと悟られないための効果的な方法とは何だった?」

 その言葉にかつての記憶が蘇る――背筋が凍るような雰囲気の女の顔が脳裏をよぎる/叩きこまれた教訓の一つを口にする。「……相手が納得する正解をあえて与えてやる事」

 誘導効果――正しい答えを得たと思いこませる事で本当の意図を隠す技/本来は敵の尋問をかわすためのテクニック。

「その通りだ」教科書通りの回答に満足げな声を上げるガブリエル/同時に壁に向かって思いっきり蹴りを叩き込んだ。 

 コンクリートの鈍い音がすると思いきや、ドンという音と共に壁に亀裂が入る――白い粉をまき散らしながら壁の一部が砕け、中から新しい通路が現れた。

 涼月――驚きの表情/まさかそんな所に道が隠されているとは思いもよらず。

「建築でよく使われる石膏ボードだ。その上に同じ色の塗料を吹き付けて偽装していたんだろう。悪くない方法だが、詰めが甘かったな」にやりと唇を歪めるガブリエル/まさに野生の勘を頼りに戦うゴリラそのものと言った感じで先を進んでいく。「行くぞ。偽装された入口があると言うことは目的地は近い筈だ。くれぐれも周辺の警戒を怠るなよ。涼月隊員」


 ◇


 どこまでも続く暗黒の道/隠し通路を通過してから既に十五分ほどが経過/今まで何もなかった通路の隅にいつしかゴミやガラクタが目につくようになる=何人もの人間が出入りしている証拠。

 気持ちが逸る/気が付かないうちに歩調が早くなる――落ち着け、本番はこれからだ。まだ焦る段階じゃない。

 もはやいくつ目とも知れぬ角を曲がって水路を渡ったその時、不意に前を歩いていたガブリエルがライトを消し、肩に掛けていた突撃銃を構えた。

 続いて感じる人の気配/いくつかの話し声=合わせて涼月も拳銃を取り出す。

 足音を殺してゆっくりと進む――通路の曲がり角から揺らめく明かりが見える。

 角から半分だけ顔を出して覗き見る――十メートルほど先から目出し帽をかぶった黒ずくめの二人組が近づいてくる/両者とも銃器で武装/おそらく病院で見たのと同じ連中。

 思わず飛び出しそうになる所をガブリエルに肩を掴まれて引き留められる/かぶりを振るゴリラの表情=〝落ち着け〟。

 頭に昇っていた血液が一旦落ちていく/いくらか冷静さを取り戻す/その間にも男たちは距離を詰めて来る。

 どうするか考えた末のアイコンタクト=『曲がってきた所を待ち伏せて倒そう』。

 ゴリラの了承――構えていた銃を肩に掛ける/無手での制圧に切り替える。

 涼月も拳銃をしまって拳を握りしめる/己の最も信頼できる武器を構える。

 敵の明かりが曲がり角へとさしかかる――対決の時が刻々と近づく。

 三秒前=連携の呼吸を合わせる/いつでも飛び出せるように準備を整える。

 二秒前=男たちの足音が大きくなる/握り締めた拳に力が入る。

 一秒前=ハンドライトの光が曲がり角を越える/男たちの姿がすぐ目の前に現れる。

 ゼロ秒=衝突の時間/二人の戦士が憎むべき敵に向かって猛然と襲い掛かった。

 ガブリエルの先制――男たちのうちの片方を力任せのショルダータックルで通路の壁まで弾き飛ばす/丸太のような二の腕で締め落としにかかる。

 すかさずその背後から涼月が飛び出す/残ったもう一人の男へと殺到する。

 繰り出されるワンツー――磨き抜かれた鋭い拳が相手の顔面を捉える=長年続けてきた訓練の賜物。

 男の顔が拳にぶつかって左右に弾ける/鼻っ柱と歯の何本かが折れる/それでも何とかその場に踏み止まる。

 片手で顔を抑えながら右手に持った自動小銃を差し向ける男――悪罵と共に放たれる殺意/怒りを含んだ指がトリガーを引こうとする。

 そこへ止めのアッパーカット――突き上げるように振り抜かれた一撃が敵の顎を粉砕する/脳を揺らす/今度こそ完全な無力化を果たす。

 もんどりうって倒れる男――見ればガブリエルが締め上げていた男の方も意識を失い、その場にくずおれていた。

「怪我はないか? 涼月隊員」顔色一つ変えずに立ち上がるガブリエル=戦い慣れた人間特有の落ち着き。

「ああ、こっちは何ともないぜ」ぷらぷらと手を振って見せる涼月=手に残った肉の感触を少しでも振り払おうとする。

 そんな涼月の様子を見たガブリエルが揶揄するように言った。「流石の戦いぶりだな。〝対甲鉄拳パンツァーファスウト〟の名は伊達ではないと言うことか」

 いつの話だよそれ――懐かしい名前に思わず苦笑いが浮かぶ/ロケットパンツァーファウストのように真っ直ぐ突っ込んでいく自分を見た隊員たちが面白がって付けたあだ名/勇敢さと無鉄砲さ力強さを皮肉った称号。

 もう二度と聞かないと思っていた名前に思わず肩をすくめたその時、不意に倒した男の近くから声が聞こえた。

《――ベイツ。ベイツどうした? 妙な音が聞こえたが、何かあったのか?》インカムから響く男の声/恐らくは別の場所を警備している誰か。

 どうする――突然の事態にどうしたものかと悩む涼月/しかしそれを尻目に横から落ち着き払った表情でガブリエルがインカムを男から引っぺがした。

「……何でもない。誰か居るかと思ったが、気のせいだったようだ」特徴を読ませぬ棒読み口調で応答/咄嗟の機転とは思えぬ手馴れた行為。

《そうか。だが気を付けろ。情報によると憲兵隊の連中がどうも下水道の中を嗅ぎまわっているらしい。今そっちにダニーとクラウスを向かわせた。二人と協力して――》

「誰だ!」背後から叫び――敵意の声。「銃を下ろしてゆっくり両手を挙げろ!」

 銃を構えた二人組の男=今しがた通信相手が言っていた増援。

「見つかったか」倒れた男を盾にしながら素早く自動小銃を構えるガブリエル/涼月と共に倒した男たちが来た曲がり角へと後退する。「涼月隊員! ここは俺が引き受ける!お前は先に行け!」

「え!? だけど……」

 会話を銃声が切り裂く――暗闇に瞬く閃光マズルフラッシュ/跳ね返った銃弾が通路のあちこちに飛び散る/飛び込んで来た一発が涼月の頬を浅く切り裂く。

「早く行け!」ガブリエルの牽制――敵に向かって銃弾を連射/少しでも敵の前進を遅らせようと躍起になる。「俺は大丈夫だ! だから行け!」

「ああくそ!」半ばやけくそになる涼月/倒れた敵の自動小銃を肩に担ぎながら目の前に向かって走り出す。「吹雪を助けたらすぐに戻ってくる! だからそれまで絶対に死なないでくれよ!」

 返答替わりの銃声が背後で響く――背後で必死に戦う相棒の無事を祈りながら、涼月は目の前の暗闇に向かってひたすら進み続けた。


 ◇


 ロクに明かりもない下水道をたった一人で走り抜ける=まるで迷路の中に作られたマラソンコースを走るランナーの気分。

 地図はとうの昔に役立たずに=敵によって増設され尽くした部分のデータなどあるはずもなく/結果として闇雲に進路を取らざるを得ず。

 行く先々で出くわす武装した男たち=荒くれ者たちの周到な待ち伏せ/奪った武装と持ち前の経験で何とか追い払うものの、味方がいないせいで完全な無力化にまでは至らず/常にどこから襲われるか分からない状況のまま進み続ける羽目に。

 既に下水道の入り口から数キロ以上は進み続けている筈――なのに未だどこに行けばいいのかも分からず/敵に察知される恐れがあるため無線通信も迂闊に使えず/ただがむしゃらに真っ暗な通路を突き進む。

 もういい加減にしてくれ――不安と疲労と緊張で心が押し潰されそうになったその時、不意に通路の先から奇妙な明かりが漏れているのを見つけた。

 なんだ? 敵の待ち伏せか? それともあえておびき寄せるための罠? だがそれにしては明かる過ぎる。いったいどういう訳だ?――戦闘疲労で混乱した頭を必死に振り絞って考える。

 ようやく気が付く――天井から延びている光=地上からのもの/連中が降りてきた場所/ようやくゴール地点にたどり着いたのだという確信が脳裏に駆け巡る。

 警戒しながら進んでみると予想通り、梯子が通路から天井に向かって延びている=どこかの建物に繋がっている。

 いつでも応戦できるよう拳銃を片手に持ちながら、慎重に梯子を登っていく。

 到着した場所――いくつも置かれた大型のコンテナ/高い天井に取り付けられた安っぽい照明/まるで寂れた倉庫か工場のよう。

 周囲に人影はなし――全員が地下に出払った後なのか、それとも単にここに居ないだけなのかは分からず。

 とはいえ幸運な事には違いない――無人の室内を歩き回る/すると置かれていたコンテナの中から奇妙な音がするのを感じた。

 咄嗟に身を屈めて様子を窺う涼月=音の正体が何なのかを見極める。

 出てきたもの――車ほどのサイズの巨大な円筒/一つ目のような一眼式探査装置/ずんぐりした六つの車輪付き脚部。

 EI兵器〈タイタノマキア〉――かつて散々手こずらされた自動兵器の再来。

「……マジかよ」茫然と呟く/まさかハッカー集団がこんなものまで用意しているとは思いもよらず。

 茫然としている間に悪魔のような一つ目がこちらを向く/高性能のセンサーが涼月の姿を捉える。

「やべぇ!」戦士としての本能が自身に警告する=今すぐその場を離れろ。

 咄嗟に別のコンテナの影に身を隠す――直後にEI兵器が装備である機関銃を掃射/豪雨のような銃弾が数秒前まで涼月が潜んで場所を穴だらけにする。

 間一髪で危機を脱出/立ち並ぶコンテナ群を盾にしながら素早く移動/何とか自動兵器の背後へと回り込もうと試みる。

 フロアに響く車輪の音――こちらの恐怖感を容赦なく煽ってくる/侵入者である涼月を蜂の巣にしようと倉庫内を駆け回る。

 負けるものか――残り少ない勇気を振り絞る/かつて何度も倒してきた兵器だ。特甲が無くても何のことはない。

 互いに互いの背後を取り合う駆け引き――とはいえ、センサーを持っている相手が圧倒的に有利なのは変わらず/どうにかして機械を出し抜こうと知恵を絞る。

 右前方から機械音が聞こえる=このままだと正面から鉢合わせすることになる。

 しかしここで涼月が一計を講じる――持っていた自分のスマートフォンを反対側のコンテナに向かって放り投げる/陽炎から渡された携帯電話と取り出してその番号に通話をかける。

 部屋中に鳴り響く場違いなアラーム音=その音にまんまと釣られた自動兵器がそちらへ向かっていく。

 足音を立てないよう匍匐前進で慎重に近づいて行く涼月――じりじりと距離を詰めていき、ついに無人兵器の背後を取る。

 慌てずじっくりと小銃の狙いを澄ます=弱点である装甲下部の探知機を狙う。

 外せば即座に命取りとなる状況に緊張と不安が走る――それらを持ち前の精神力でねじ伏せる。

 タタン!=正確さを重視したセミオートの単発射撃/限界まで狙い澄ました銃弾が、怪物じみた自動兵器に向かって飛び込んでいく。

 鳴り響く鋭い金属――発射された弾丸が車輪の隙間に取り付けられた探知機を砕く/敵の機体を行動不能に陥らせることに成功する。

「……ふぅ」

 思わず安堵の溜息を吐く涼月=まさか生身で自動兵器の相手をする事になるとは夢にも思わず。

 ひとまず鳴らしっぱなしだった携帯電話のコールを止めて近くの物影に身を隠す――新たな敵や追加の自動兵器が出てこない事を祈りながら周囲の様子を確認する。

 一分ほど待っても他に敵が出てくる気配はなし――どうやら敵の自動兵器はさっきの一機だけだったらしい。

《――涼月隊員、聞こえるか?》胸の通信機から唐突に聞こえてくる声=地下下水道で別れたガブリエル。

「ガブリエル! そっちは大丈夫なのか?」思わず大声を上げる涼月。

《問題ない。こちらは依然として地下の敵の掃討に当たっている最中だ。そちらは今どこに居る?》力ある返答=ちゃんと生きている証拠。

「こっちはどうやら敵の本拠地に着いたみたいだぜ。おかげでクソったれの無人兵器と戦うハメになっちまったけどな」

 ガブリエル=驚愕の声音。《無人兵器だと!? 大丈夫なのか?》

「もう倒したよ。他に敵は今の所はいねぇみたいだ」

《そうか。だが決して油断はするな。何かあったらすぐに撤退するんだ。分かっているな?》

「分かってるよ。じゃあもう切るぜ。何かあったらこっちからも連絡するよ」

 通信終了――相棒の無事が確認できてほっと息をなで下ろす。

 安心しながら改めて倉庫内を確認すると、壁沿いに出入り口らしい扉を見つけた。

「まだまだ先は長いって訳か……」

 うんざりするような声音でぼやきながら涼月は目の前の扉に手をかけると、その中へと飛び込んでいった。


 ◇


 さっきの倉庫とは別物のように綺麗な廊下――依然として敵の姿は無し/一本道の廊下を用心しながら道なりに進んでいく。

 どうやら武装した連中はほとんど地下へと降りたらしい――万が一地下道を抜けられた際の保険=さっきのEI兵器/敵の守りを突破したのだと本能が理解した。

 しばらく進んだ先で『研究室』と書かれた扉を見つける――中から感じるいくつもの人の気配。

 待ち伏せしていた敵に蜂の巣にされるのではないかという不安を根性でねじ伏せる/吹雪を取り戻すという感情が次第に恐怖を上回っていく/今だ。行くぞ。

 ドカン!=思い切り扉を蹴り開く/同時に小銃を構えた涼月が部屋の中へと飛び込む。

「動くな!」その場にいる全ての人影に向けて銃口を突き付けながら言った。「MPBだ! 両手を上げてゆっくりと跪け!」

 咄嗟の機転――自分が一人で乗り込んできたのではないと思わせる為のハッタリ=こちらの不利を覆い隠す嘘。

「う、撃たないでくれ!」怯えながら両手を上げる数人の男たち/全員が白衣姿/まるで病院に居る医師のような出で立ち。

 部屋中を取り囲んでいる様々な機器/その中心――奇妙な装置に接続された状態で寝かされている少年=吹雪。

「吹雪!」喜びで目を見開く涼月=直後に今にも殺しそうな憤怒の目つきで男たちを睨みつける。「テメエら! こいつに何をしやがった!」

「か、彼には何もしていない!」うろたえる白衣の男/今にも撃ち殺されかねない状況に怯えながらの弁解。「接続用の機材と非探知式の特殊回線を用意するまで彼の身柄は厳重に保管していた! 彼はまだ無事だ!」

「信用できねえな。それに接続ってのは何の話だ? お前らはこいつを攫って一体どうするつもりだった?」

「わ……私たちはただ、彼の脳を借りたかっただけだ」さらに狼狽える男/突きつけられた銃口に怯える/下手な回答はすぐさま死につながると考えている/怒りに任せて目の前の男を撃ち殺してもいい権利を涼月が持ってないことには未だ気づいていない。

「脳を借りるだって?」怒りで沸騰しそうになりながらの詰問/このふざけた連中を一体どうしてやろうかと考えながら尋ねる。「そりゃ一体どういう意味だ?」

「我々は鬱屈とした電子の世界に自由を取り戻すのだ!」妙に誇らしげな声音で隣にいた別の男が答える/聞いてもいないのに高らかに喚き立てる。「今のネットは牢獄だ! あらゆる治安組織が個人の動向すらも監視下に置いている。だから我々はその監視から逃れる術を手に入れようと――」

 何言ってんだこいつ――偉そうに高説を語り始める男の態度に腹が立つ/人の恋人を連れ去っておきながら罪悪感の欠片もない連中に怒りがこみ上げてくる。

「変な能書きはいい。あたしはこいつを攫って何がしたかったのかって聞いてんだタコ」長そうな話を強引に遮る=これ以上くだらない話を聞いていたら怒りに任せて全員を撃ってしまいそうになる。

 再び最初の男が返答に回る/涼月の怒りをなんとか抑えようと丁寧に解説する。「こ、この少年は特甲児童だ。彼の脳にはまだマスターサーバーへのアクセス権限が残ってる。だから我々は彼の脳を鍵に治安組織からの監視を逃れようと考えたのだ」

 ようやく納得する=つまりこいつらが欲しかったのは吹雪の身柄そのものではなく、脳内チップが持っている〈レイ〉へのアクセス権だった/そのために元接続官だった吹雪を誘拐し、その脳を使ってマスターサーバーに侵入しようとした。

 あまりにもふざけた発想に怒りが膨れ上がる=静かに眠る吹雪を無理矢理使おうとする連中にドス黒い感情が積もっていく。

 爆発しそうになる怒りをどうにか抑えながら涼月が言った。「とりあえず全員拘束させてもらうぜ。能書きの残りは留置場の中でたっぷり喋りな」事前にガブリエルから借り受けていた手錠を男たちに嵌めていく/周りの機械へと適当に繋ぐ/本物のMPBを来るまでの一時的な拘束措置。

 順番に男たちを拘束していく中、高説を垂れていた男が身じろぎする/両手をこすり合わせて何かを動かしている。

 涼月がそれを見咎めようとしたその時、部屋中にけたたましいアラーム音が鳴り響いた。

「てめぇ! いま何しやがった!」

 涼月=すかさず男を殴り飛ばす/強引に床に引きずり倒して組み伏せる/銃口を男のこめかみへと突き付ける。

 わめき散らす男=鼻血と打撲で奇妙な色合いになった顔でなおも声高に叫ぶ。「お前たち治安組織は電子の自由を阻む邪悪な存在だ! お前たちのせいで我々は満足な活動すら出来なくなった! これは正当な報復であり、この少年は我々にとっての救世主だ! それをお前のような小娘が邪魔をしたせいで全てが台無しになった!」

「やっかましい! テメェらの都合なんざ知ったことか!」喚き散らす男の顔を再びぶん殴る/渾身の右ストレート/鼻っ柱を完全に砕かれた男が意識を失ってその場で気を失った。

 物言わなくなった男に変わって怯えていた男に涼月が尋ねた。「答えろ! こいつが今触ったのは何の装置だ!」

「……万が一の為に用意していた保険だ」白くなった男の顔=取り返しの付かないことが起こってしまったと言わんばかり。「できればあんなものは使いたくなかったのだが……」

「格納庫にある自動兵器のことなら、さっきあたしがぶっ壊したぜ。残念だったな」

「違う。自動兵器など所詮は時間稼ぎの道具に過ぎない。あれらは……」

 そこまで言うと同時に表からすさまじい音が聞こえてくる。

「始まった」男=絶望交じりの暗い声音。「あれらは目に付くもの全てを破壊し尽くすまで止まらないだろう。たとえ君が憲兵隊の特甲児童だとしても、一人ではあれに敵うまい」

《涼月隊員。聞こえているか?》割り込んでくるガブリエルの通信/切迫した声音。《地上から強い振動と衝撃を感じる。そちらで何かあったのか?》

「ああ。バカ野郎どもが何かとんでもないモノを動かしちまったみてえだ」淡々とした涼月の報告。「あたしは今からそれを何とかしに行く。下の方は任せたぜ」

《なんだと!? 無茶だ。もうすぐMPBの応援が来る。それを待ってからでも……》

「このままだとその前に建物が無くなっちまいそうなんだよ。それじゃ、後は頼んだぜ」一方的に通信を電源ごと切る。

「本当に行く気なのか?」諦観の声を上げる男。「命が惜しいなら、今すぐ一人でここから逃げることだ」

「御託はもういい。そいつをぶっ飛ばせば全部解決すんだろ」涼月=闘志に溢れた笑み/半ばやけくそ。「死にたくなけりゃここで大人しくしてな。そいつをぶっ壊したらすぐに留置場に連れてってやるからよ」

 気を失った男を手錠で手近な場所へと拘束する涼月――それが片づくと、装置の中で眠っている少年の元へと歩み寄った。

「後で必ず迎えに来るからな。だからそれまで、もう少しだけ待っててくれよ。吹雪」眠り続ける少年の唇に自分のそれを重ねる。

 もう何回目なのか分からないキス――交わした後に冬月に言われた言葉を思い出す=『もしかしたらそのショックで目覚めるかもしれないよ』

 本当にそうなってくれればいいと心の中で願う/恋人の劇的な復活を待ち望む。

 だが少年の表情に変化はなし――穏やかとも取れる表情で昏々と眠り続けている。

 そんな彼の顔に呆れながら涼月は部屋を後にすると、騒音の元へと急いで駆けていった。


 ◇


 入ってきた廊下をさらに奥へと進む――音がする方向に向かって移動していく。

 鳴り響く地響き/不安が胸の中で雪だるま式に膨らんでいく/逃げるが勝ちだと本能が囁き続ける。

 だが逃げる訳にはいかない――吹雪を無事に連れて帰るまでは。

 少し歩いた所に非常口らしきマークの書かれた扉を見つける=恐らくは外に通じる出入り口。

 警戒しながらそっとドアを開けた。隙間から燃えるような夕日が差し込む。

 第二十五区の外れにある寂れた廃工場=辿り着いた場所の正体。

 満足に舗装もされていない土の敷地/錆と汚れにまみれた外壁/周りには同じようにうらぶれた工場跡や放棄された雑居ビルの類がずらり=犯罪者が潜伏するにはまさにうってつけの場所。

 こんな場所があったのかと半ば感心/半ば驚愕する――続いて響きわたる音の原因を探ろうと視線を巡らせた所で、敷地内に佇む“それ”を見つけた。

 鋼鉄製の馬鹿でかい八本足/機体のあちこちに取り付けられた複眼型のセンサー/正面には前時代的とも言える程に巨大な砲塔――まるで蜘蛛と戦車の合いの子。

 その蜘蛛戦車の砲塔がおもむろに回転する/施設の方へと向けられる――破壊するべき対象を定めたのだと遅れて理解した。

 響き渡る轟音と衝撃=艦砲射撃並に巨大な徹甲弾が建物の一部を吹き飛ばす/木っ端微塵に破壊する。

 マグニチュード九レベルの地震――立っていられずにその場で尻もちをつく/這いつくばりながらどうにか安全な距離を保つ。

 直後に二発目の砲撃が再び工場を直撃――高い天井の部分が爆炎と共に消滅する/おそらくは自分が入ってきた場所/吹雪が居る場所はまだかろうじて無事を保っている。

 このままじゃやばい=どうにか蜘蛛戦車の注意を逸らそうとする/物陰から自動小銃を連射する。

 鳴り響く甲高い金属音=銃弾が装甲に火花を散らせる/だが当然の様に損害を与えることは出来ず/取り付けられた複眼のセンサーが銃弾の源である涼月を見つけ出す。

 全力疾走で工場から離れる涼月――スプリンター並の速度で敷地を移動/戦車の狙いを工場から離れさせる。

 蜘蛛戦車の砲塔が回転する――衝撃波ですら余裕で人を殺せる威力を秘めた弾丸が自分を狙う/危険極まりないが恋人を殺させない為にはこれしかない。

 逃げ込むべき場所――敷地の反対側にある鋼鉄製のコンテナ=おそらく蜘蛛戦車が隠してあったであろう場所。

 間に合え!間に合え!間に合え!=命がけのダッシュ/かつて呼吸なしで地下道を走っていた時の事が頭をよぎる。

 迫り来る爆炎/迫り来る砲弾――どちらも追い付かれれば死は免れないもの。

 だが一度はそれから逃げきって見せた。今回も逃げきって見せる。たとえ特甲を身に纏ってなかろうと。

 鋼鉄の建物が目前にやって来る/もう少し。あと少し。

 そう思った瞬間、目前の全ての光景が爆炎に包まれた。

 第三の砲撃――まさに目の前で起こされたビッグバン。

 凄まじい衝撃が身体を砕きそうになる/数秒の間に元居た場所から十メートル以上も後方に吹き飛ばされた。

「クソ……!」思わず毒づく/地面に頭を叩き付けたせいか上手く立ち上がれない/視界が船酔いの様に揺れ動く。

 同時に手足に焼け付くような痛み――飛んできたコンテナの破片が手足に深々と突き刺さっていた。

「クソ……」手も足も出ない状況に涙が出る/どうしようもない絶望を文字通り叩き付けられる。

 その間にも蜘蛛戦車がどんどんと近づいてくる/自分に止めを刺すべく迫ってくる。

 ごめんな吹雪。どうやら助けに行くのは無理みたいだ。許してくれ。

 心の中で恋人に謝罪の言葉を送る――助けに行けない自分の不甲斐なさを詫びる。

 蜘蛛戦車が目の前までやって来る。副砲のバルカンを自分へと向ける。いよいよ年貢の治め時。

 最後の時から目を逸らそうと瞼と閉じた――その時。

《―――涼――ゃん―――》

 唐突に脳内に流れた声=未だ眠っているはずの少年の声。

 何が起きたのかと驚く涼月を尻目にエメラルド色の輝きが全身を包み込むと、二度と身に纏う筈のない手足が再び姿を現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る