【日記の外の話2】 詩人と勇者候補と召喚獣の名前

 村を後にしたアルディス一行は、ネドネアから城への帰路を順調に進み、現在途中に設けられた補給用の砦で移動の疲れを癒していた。


 人数が多いため一人一部屋とはいかず、部屋は数人に分かれて使う事になったが、満足な休憩を取れずにいた騎士達にとっては、ゆっくりと食事と睡眠が取れるだけでも十分。

 それは、勇者候補として同行していたリエトも同じだ。


「やっと落ち着ける……」

 疲労の滲んだ声と共にベットに倒れこむ。

 リエトは晩の食事を済ませて自室に向かうと、真っ先にベットに横になった。


「お疲れ様です」

「本当だよ……」

 同室になったアルディスへ返す声は弱弱しく、リエトは体をベットに沈めたまま微動だにしない。


「何でフェナ様と一緒の馬車なんだよ……」

「残念ながら、馬車は一台だけでしたからね」

 砦までの道中、リエトはフェナ達と一緒に馬車の中にいた。


 正体を隠していたとはいえ、王女に失礼な態度を謝った後の同席。罪悪感とか高貴な身分への畏怖とかその他もろもろ相まって、リエトの精神は今日一日で酷く疲れ切っていた。

 これなら、一人歩いて城へ行けと言われた方がまし。と、リエトは何度思ったか分からない。


「そういえば、馬車の中では助かったよ」

「何かしましたっけ?」

 リエトの言葉に、特にお礼を言われる覚えのないアルディスは首を傾げる。

 リエトは倒れこんでいた身体を起こし、アルディスの方に向かい合う形でベットに座り直した。


「ほら、なんか参考にしたいって色々俺に質問してきただろ?」

「ああ、その事ですか。確かにたくさん質問させていただきましたが……」

 確かに、アルディスは馬車で移動する間、英雄譚の参考のために様々な質問をしていた。


 出身地は?家族構成は?魔剣をどうして大魔女オルカから贈られたのか?魔剣と繋がっていた腕輪について、等々――。

 曖昧な返答もあったが、リエトはアルディスからの質問になるべく答えを返していた。

 だからこそ、アルディスは聞いた側の自分ではなく、丁寧に答えてくれたリエトからお礼を言われる理由が分からない。


「俺、あれが無かったらフェナ様と同じ空間でどうすればいいか凄い困ったと思うんだよ」

「ああ、通りで……」

 苦笑交じりのリエトの言葉に、アルディスは納得した表情で頷きながら、馬車に乗っていた時の光景を思い出してた。

 今思い返すと、あの時のリエトは質問に答え過ぎていた。

 

 一つの問いを凄い詳細に説明したり。

 質問された内容以外の事を補足し始めたり。

 質問が終わると自分から「他に質問あるか?」と聞いてきた時もある。


 結果、リエトは質問に答え続けたお陰で、その長い移動時間をやり過ごせたという訳だ。

 フェナからも当然質問が飛んできたが、リエトとしては無言の空間に一緒にいるより、聞かれたら答えるだけの質問大会の方が遥かに気が楽だった。


「そういえば、馬車での質問で思い出しました」

 ぽん。と、突如アルディスは手を叩きベットの横に置かれた荷物の中身を空け始めた。

 取り出したのは羽ペンとインク壺、そして観察日記。


 ペラペラと日記を捲り、目当てのページを見つけて栞を挟みこむ。

 そのページには、今日リエトへの質疑応答の内容が書き記してあった。


「リエトさんに、聞きたい事があるのですが、よろしいですか?」

「おー、いいよいいよ。話せる範囲なら何でも話すから」 

「では、お言葉に甘えて……」

 リエトの気軽な了承を確認してから、アルディスは質問を口にしつつ、その内容を日記に記していく。


「お聞きしたいのはですね、召喚獣の名前なんですよ」

 日記の開かれたページを見ると、先ほど書き足された”召喚獣の名前”の文字。その隣に”兎似の召喚獣”、”猫似の召喚獣”が書き加えられ、さらにその隣には(仮)という文字が付く。


 アルディスとしては、いいかげん“兎似の召喚獣”と“猫似の召喚獣”なんて仮に付けた名前ではなく、本当の名前を観察日記に記したかった。

 しかし、馬車の中で取り交わされた質問大会で召喚獣の話は少ししかできず、名前も聞き損ねてしまう。

 リエト個人と魔剣についての話を中心に聞いてる内に、召喚獣の質問の時間が無くなってしまったのだ。


「そうか、召喚獣の名前、か――――」

 アルディスの質問に、一言呟いてリエトは口を閉ざしてしまう。


「もしかして、何か名前を言えない事情があるのでしょうか?名前事態が召喚の呪文になっているとか」

「!……い、いやそういう訳じゃない。名前を口にしても、別に問題ない」

 では、この言い辛そうな反応は何なのだろうか?

 アルディスは他の原因を考えてみるが、それ以上理由も思いつかない。

 こうなると、アルディスが出来る事はリエトが名前を口にするのを待つだけだった。


 少しの間、リエトは名前を口にするのを躊躇っていたが、ついに覚悟を決めたのか大きく深呼吸をすると、それから少し上ずった声で喋り出した。


「じゃ、じゃあまず白い召喚獣の名前な!」

「兎に似ている方ですね」

 アルディスの頭の中に、白いふわふわとした毛並みをなびかせ駆ける、兎似の召喚獣の可愛らしい姿が思い浮かんだ。


「そうそう。こいつは風を操るから……」

 ふんふん、と言いながらアルディスは風の精霊や、風にまつわる名称を予想しつつ次の言葉を待つ。


「"碧玉の花より呼ばれし召喚獣白き疾走風使いのラーゼンヴァイス"だ!」

「………………」

 名前を聞いたアルディスの手がペンを構えたまま停止する。


「そして、黒い召喚獣。猫みたいなやつな。あれは"氷晶の花よりより呼ばれし召喚獣凍える黒、氷術のフリーレンシュバルツ"って名前だ!」

「………………………」

 2体目の召喚獣の名前を聞いてもアルディスの手は動かない。


 メモも取らずに完全に動きを止めたアルディス。

 リエトは全く気が付いていないのか、何かに期待する様に赤茶の瞳を輝かせながら、アルディスに向けて早口で話続けている。


「ど、どうだ?詩人って、こういう名付けとか得意なイメージ有るんだが、感想とか……どこが良いとか聞ければ……」

「魔剣のデザインでショックを受けたと思ったら、次は召喚獣の名前ですか……!」

「えーと、どうしたんだいアルディスさん?」

 どんな感想になるか、ハラハラドキドキしていたリエトはアルディスの低い声に驚いた。

 よく見ると、アルディスは羽ペンを強く握りしめながら、何かに耐える様に肩を振るわせている。


「どうしたんだ?ではありませんよ。ツッコミどころが多過ぎて言葉にできません!召喚獣の名前はオルカ様からお聞きになったんですか!?」

 アルディスの問いにリエトは首を横に振る。


「いや、俺が魔女オルカから聞いたのは魔剣の名前の“七色七夜”と、魔剣を発動させる呪文だけだ。馬車の中でも話しただろ」

 確かに、アルディスの日記にはリエトが今言った事と同じ内容の文が記されている。


「つまり、召喚獣の名前は俺が考えた!」

「何故こんな単語盛り合わせみたいな名前を付けたんですか!?」

「理由なんてかっこいい以外ないだろ!」

「そういう理由!?」

 自信満々な顔で言い切ったリエトに、思わずアルディスのツッコミから敬語が吹き飛ぶ。


「魔剣といい召喚獣といい、可愛かったりファンシーなのばっかだったら、せめて名前はかっこいいのにしたいと思うだろ!」

 リエトの主張に、それは分からないでもない。と、ついアルディスは思ってしまう。

 名前がかっこいいかどうかは置いておくとして。


「まあ、見栄えの良い名前をつけたいという考えは理解できます」

「だろだろ!やっぱり男としてはかっこいいのがいいよな!」

「しかし、それはそれ。これはこれです!」

 ぴしり。と、言い切ったアルディスはリエトの名前について長々と感想を口にする。


「まず、名前が長すぎます。召喚獣の名前はあまり長過ぎると召喚の呪文も伸びるから、あまり長くならないよう名付けるのが常識。……だというのに、なんですかこれ、ちょっとした貴族の名前より長いじゃないですか!

 大体、こんな大層な名前をつけても、召喚獣の小動物さ加減は変わらないんですよ。想像してみてください、この名前であんな可愛らしい召喚獣だと誰が思いますか!?」

「それは……思わない、だろうけど……」

 リエトは魔剣を見た時の他人の反応を思い出して言葉を濁す。


 大体の人は、魔剣抱くイメージと実際のおもちゃの様な実物とのギャップの差に驚いたり、魔剣というのが嘘っぱちじゃないかと信じてもらえなかったり、リエトはあまりいい印象が持たれた記憶が無い。

 反論も無く黙るリエトに、アルディスは表情を暗くして感想を続けていく。


「どうするのですか、名のある王侯貴族のいる場所で私が英雄譚を歌った後、じゃあ召喚獣を見せてもらえないかと言われたら。詐欺だと思われるに違いありません。

 そもそもこんな長い名前、歌い辛さ半端ないです。息継ぎもできません。一発で聴き手に覚えてもらうには字数が多すぎます。

 そもそも、主であるリエトさんや、魔剣の“七色七夜”よりインパクトあるっていうのも、ダメな要素の一つですね。勇者であるリエトさんの名前が一番印象に残ってもらわなきゃいけないのに……」

「待て、英雄譚って何の話だ!?」

「それは、城に行ってから説明が入りますので、私からは覚悟していてくださいとしか言えません」

「何それ、すごく気になる」

 最後の方は名前の批評というより、ほぼアルディスの個人的問題なのだが、容赦なく名前を批判されたリエトはしょんぼりと肩を落とした。


「そうか、結構自信あったんだけどな……」

「自信があったにしては、名前言い辛そうでしたが」

「小さい時に村の友達に教えたら微妙な反応されたんだよ」

「まあ、それはそうでしょうねえ」

 アルディスは会ったことも無いリエトの友人に、親近感すら抱いて頷いた。

 その反応に、リエトはむっとした表情になる。


「言っとくけど、これでも友達に微妙な反応されたから直したんだぞ。それでも他の人に言うと微妙な反応されるから、さらに改良を重ねた結果が今の名前なんだ!だから、自信があっても他人に言うのちょっと勇気がいるんだよ!」

「最初の名前どんだけ微妙だったんですか」

 少し気になるが、聞くのは怖い。と、アルディスはそれ以上追及はしない事にする。


「だいたい、あんた呼び出すときに長すぎるーとか言ったけど、実は名前使わないし」

「え、そうなんですか!?」

 アルディスの緑の瞳が驚きで見開かれる。


「俺の召喚獣は念じただけで召喚されるから、名前呼ばないんだ」

 確かに、リエトは森で召喚獣達を召喚した時、名前を呼んではいない。

 召喚獣の召喚には名前が必須。と、習ったアルディスからしたら予想もしない話だった。


 しかし、アルディスは驚きと同時にすんなりリエトの話を受け入れた。

 魔剣の作成者が大魔女オルカが作った物だからだろうか。

 実際に、魔剣での戦いを見ていたのも理由の一つかもしれない。

 ――この、魔剣なら授業で習う常識など軽々超えていくだろう、と。


「な、だから名前が長いから召喚するのが大変って、あんたの指摘は問題無いんだよ」

「成る程、さすが大魔女オルカの作った魔剣と言った所でしょうか。……しかし、そうすると名前を呼ぶ時はあるのですか?」

「え」

 アルディスの問いに、リエトは気の抜けた声を部屋に響かせた。


「召喚獣に召喚者が名前をつけるのは、特定の召喚獣を指名する時必要だからです。その呼び出す時に使わないとなれば、リエトさんが付けた名前はどこで使うのですか?」

「えーと……普通に召喚獣に話しかける時とか」

「この長い名前を話しかける度に!?」

 アルディスの純粋に驚いた声に、気まずそうに視線を明後日の方へ向けて、リエトはぽつりと呟いた。


「……………………略してる」

「やっぱり、長いと思ってるんじゃないですか」

「うるせー!名前なんて大事な時にちゃんと呼べば十分なんだよ!」

 ジト目で見てくるアルディスに、リエトの語気もつい荒くなる。


「で、何と略しているんですか?」

「シロとクロ」

 日記に記そうと、再度羽ペンを握ったアルディスの動きが停止した。これで、三回目の停止だった。


「シロとクロ!?!?貴方は名前を恰好良くしたいのか、そうじゃないのかどっちなんですか!?」

「名前はかっこ良く考えたんだから、あだ名は簡単なのでいいだろ!」

「分かりますけど!貴方の言い分は理解できますが、なんか納得しかねます!!」

 アルディスは名前の凝りように対して略したあだ名が雑すぎるだろう。と、その落差に頭を抱えたい気分だった。

 とはいえ、質問に答えてもらったのだから日記に記録はしておくべきだろうと、なんとか気持ちを切り替える。


「……ま、まあいいでしょう。名前が無いと不便な事には変わりありませんので、とりあえず記録させていただきます。もう一度名前を言ってもらってもいいですか?できればゆっくりと」

 本当の名前があるか、帰ったらオルカ様に教えてもらおう。

 アルディスは心の中でオルカ様に聞く事リストを更新しながら、召喚獣の名前を日記に記していった。

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