【アルディスの日記】 珊瑚の月 5日目(6)
「これで、一件落着ですわね!」
連行されるリーダーを見送りながら、フェナ様は満足そうに頷きました。
ヴェンデル様率いる騎士団の登場により、不法投棄の一味は全て捕え、広場の
過去に不法投棄された
これで、山からモンスターが麓の村へ降りてくることも無くなるはず。
麓の村から受けた依頼は無事終了出来ました。
――――と、物語の締めの様な気持ちでいた私を引き戻すように、大きな咳払いが聞こえてきました。
咳払いの主はヴェンデル様でした。
「話を纏めているところ失礼しますが、まだ終わりではありませんぞ」
「――――?どういう意味ですのヴェンデル?」
フェナ様はヴェンデル様の言葉に不思議そうに首を傾げます。
「
「あら、他に何かあったかしら……?」
ヴェンデル様のヒントにもフェナ様は本気で思いつかないようで、首を傾げるだけでした。結局、待ちきれずに、ヴェンデル様が先に答えを言ってしまいます。
「勝手に城を抜け出した件ですよ!」
「ああ!その事!」
フェナ様はやっと気が付いたと、すっきりした表情を浮かべます。
この時、
そもそもフェナ様を連れ戻すためここまで来たのですから、ヴェンデル様達からすればこちらが本題でした。
「クラウディア様がお怒りです。早急に城に戻りましょう」
「ヴェンデル……ちなみに、貴方から見て母上はどれくらい怒ってました?」
フェナ様の質問に、ヴェンデル様は少し虚空に目を彷徨わせてから答えます。フェナ様を連れ戻す命を受けた時のクラウディア様は一体どれほどの怒りに満ちていたでしょう。
想像するだけで、震えあがりそうです。例え自分に向けられないにせよ、そんな場にはあまり居合わせたくないものです。
「そうですね……私の見た限り、謹慎7日くらいでしょうか」
「そう、7日……――――」
ヴェンデル様の答えに、気の強いフェナ様にしては珍しく顔を伏せて落ち込みました。
やはり、フェナ様といえど母の怒りというものは堪える様です。
とはいえ――――。
「まあ、――――それくらいでしたら覚悟の上ですわ!」
落ち込んでいたのはたった数秒。
顔を上げると、いつも通りの不敵なフェナ様に元通りです。
そんな、フェナ様の姿にヴェンデル様はこめかみを押さえると、そのまま小さく息を吐きました。
「相変わらず、懲りませんなあ……」
「ほほほ!これくらいで、打ちひしがれるようでは理想の王道を目指せませんもの!」
胸を張って言い切るフェナ様に、ヴェンデル様は一層こめかみを強く押え、襲い来る頭痛に耐えていました。
やはり、何度怒られても挫けず突っ走って来たフェナ様。これくらいで折れる心なら、勝手に城を抜け出しませんよね。でも、できればもう数秒は落ち込む方であって欲しかった!
「少しは反省してくださいよ、姫様……」
「“姫様”……?」
ヴェンデル様から零れた言葉に、横で会話の内容が分からず、ただ話を聞いていたリエトさんが眉を顰めました。
――――ああ、これはまずい。
そう私が思う間も無く、何も知らないヴェンデル様はリエトさんに近づくと、相好を崩して手を差し出しました。
「おお!君が勇者候補のリエト君かい?挨拶が遅れたが、赤騎士のヴェンデルだ。先程の戦い見せてもらったが、君の持っている魔剣は凄いな色々と」
「え!?あ、はい。こちらこそよろしくお願いします!……ところでさっきの姫様って言うのは、どういう意味ですか?」
差し出された手を握り返しながら、リエトさんは敬語で疑問を口にします。
しかし、リエトさんの質問に、ヴェンデル様は意味が解らずきょとんとしていました。
微妙な空気が周囲に漂い始めると、ヴェンデル様の戸惑いの混じった瞳がフェナ様に向けられます。
「あの、これは……?」
「うーん。残念ですが隠すのはもう無理ですね、フェナ様!」
ヴェンデル様の戸惑いの声を聞いたカロラさんは、苦笑交じりでフェナ様にそう言い切りました。
それから、演技じみた動作でリエトさんの真正面に立つと、右腕を広げ、朗々と歌う様に語ります。
フェナ様もさすがに諦めたのか、カロラさんを特に止める事はありませんでした。
「控えおろう!この方をどなたと心得る!現クラウディア女王の第一王女にして次代の女王、フェナ=フラム=ラングハイム様であるぞ!……という事です」
一息に言い切ると、カロラさんはにっこり笑って一礼。顔を上げるとまたフェナ様の隣に戻りました。
「…………は?」
リエトさんは突然告げられたフェナ様の正体に、理解が追い付かず数秒動きを止めます。
その後、最初に発せられた声は、やはり理解できないと言わんばかりの一音でした。
「何を言って――――」
「ですから、王女ですよー!もっと詳しく言いますと、ダータリア国次期女王様ですね!」
「じょ、冗談……?」
「嫌ですねー。騎士様がいる所で王女を偽るなんて、恐ろしいことしませんよ!間違いなく本物です!」
カロラさんの説明にリエトさんもだんだんと事態を飲み込めたようでした。理解と反比例する形でリエトさんの顔から血の気は引き、強張った表情が引きつっていきます。
しかし、彼の中でフェナ様の正体をすぐに受け入れなかったようで、答えを求めるように周囲の人へと視線を彷徨わせます。
リエトさんの視線が私の方へ向き、目が合いました。
次の瞬間、私はこちらに物凄いスピードで近づいてきたリエトさんに首根っこを掴まれると、広場の端に思いっきり引っ張られました。
リエトさんは私を広場の端まで引っ張ると、フェナ様達に背を向けて、私にだけ聞こえる小さな声で問いかけます。
「……ア、アルディスさんよー。あ、あいつ、いや、あの方は……」
「今カロラさんが仰られた通りの方です」
どもりながら、問いかけられた言葉に私は頷きました。
ここで、言い繕ってもカロラさんが大声で正体をばらしてしまいましたし、事情を知らないヴェンデル様がフェナ様が王女である事実を否定する訳ありません。
嘘であれと期待に満ちた問いかけに、私はただ真実を伝えることしかできませんでした。
「何で言わなかったんだよ!!」
「えーと……、一応城に戻ってから話すつもりだったんですよ」
「勇者になるって決めた時教えろよ!俺……王女にずっとため口使ってたんだぞ!」
真っ青な顔で言い募るリエトさんに、私はそれ以上何も返せませんでした。
リエトさんの気持ちは分かります。王族に知らずに不敬な態度取ってましたとかその場で気絶ものです。
しかし、こちらにも事情が……!
……あの時事情を説明したら、はたしてリエトさんは納得できたでしょうか?
怒るならまだいい方で、フェナ様が城を抜け出した理由を聞いたら、さらにリエトさんを混乱させていたかもしれません。
非常に申し訳ない事とはいえ、あの時事情を黙っていたのは正解かもしれません。
「内緒話は、もう終わりまして?」
背後からの声にリエトさんの動きが固まりました。固まった顔をぎこちなく動かして後ろへ向けると、2、3歩くらい離れた場所にフェナ様が立っていました。
私達の話が終わるのを待っていた様です。
「城に戻ったら私の正体を告げる気でしたけど、ばれてしまっては仕方ありませんものね。既にカロラが説明したとはいえ、
何と返せばいいかと言葉にならないリエトさんに対し、フェナ様は軽い微笑みで返します。
軽い。とは言っても、先程までの気軽な雰囲気とは違い、凛とした空気を纏う表情は間違いなく上に立つ者の笑みです。
「
フェナ様の挨拶に、リエトさんは口を開けたり閉めたり何か返そうとしますが、声になりません。
そんな、精神的にぎりぎりであろうリエトさんの反応に、フェナ様は頬に手を当て追い打ちをかけました。
「……もしかして、信じてもらえてないのかしら
この言葉にリエトさんの顔から完全に血の気が失せました。
「ち、違っ――――!!」
「これは、
リエトさんは即座に否定しようとしましたが、フェナ様はうんうんと頷きながら御自分の考えに一人で納得してしまいます。
若干皮肉にも聞こえる(フェナ様はそんなつもりは無いでしょうが)言葉は、リエトさんの精神に思いきり突き刺さった様でした。
血の気の無い悲痛な表情に倒れてしまうのではと、私は本気で心配しました。
多分、リエトさんの頭の中では最初に会った時に私達が詐欺か何かと疑った時の記憶が蘇っていたのでしょう。
「仕切り直しですわ!今度は証拠もお見せしましょう!」
フェナ様は高らかに宣言すると、変装用に掛けていた眼鏡を右手で外しました。
レンズ越しだったフェナ様の赤い瞳が露わになり、その瞳から炎が溢れ出ます。
目を見開いて驚くリエトさんに、フェナ様は左手で前髪を掻き上げて、さらに瞳が良く見えるようにしました。
瞳の周りに発生した炎は、瞳だけに留まり他に燃え移ることはありません。
何故なら、溢れ出た炎はフェナ様の魔力そのものなのですから。
フェナ様の燃える様な瞳が魔力で作られた陽炎にゆらめくと、その瞳孔に金の紋章が浮かび上がります。
左目の紋章はリエトさんの持つ魔剣に飾られた魔石の中と同じ紋章。つまり、大魔女オルカ様の紋章が。
そして、右目には我が国ダータリア国の紋章が浮かび上がります。
「魔石の目…………!」
瞳孔に浮かぶ紋章を見つめながら、リエトさんは呆然と呟いていました。
魔石の目とは、ダータリア国の女王のみに脈々と受け継がれる、大魔女オルカ様最高傑作の“杖”です。
人体のどこかに魔石を移植して“杖”として使用できるようにする。これは、“杖”を作る中でも最高難易度に分類されます。
しかも、移植先が瞳、女王にのみ遺伝する物など世界広しと言えどオルカ様が作った魔石の目のみ。
つまり、魔石の目があるということは女王の血脈であるという、間違い用のない証なのです。
ちなみに、フェナ様のかけていた眼鏡は、見た目だけでは無く魔石封じも兼ねている特注品で、私は直接見てはいませんが、眼鏡のツルの部分には魔力封じの文字が模様の様に描かれているそうです。
「どうかしら?この上ない絶対の証拠でしてよ。さて、魔石の目と共にもう一度挨拶させてもらいますわ!――――
「すみませんでしたあああああっ!!」
フェナ様の二度目の挨拶は、リエトさんの謝罪の声で遮られてしまいました。謝りながらその場で勢いよく土下座をすると、そのまま動かなくなります。
フェナ様はリエトさんの突然の行動にびっくりしたようで、ぽかんとリエトさんの背中を見つめていました。
「と、突然どうしましたの!?」
「王女相手に、数々の失礼本当すいませんでした!!」
「何かそこまでされる様なことあったかしら……?」
「王女に敬語も使わずに話したり、怪しい人だと疑ったりとか……っ!本当、本っ当ーに、すみませんでしたああああ!!」
リエトさんの謝罪の理由を聞いて納得はしたものの、そのあまりの謝り方にフェナ様は少々気圧され気味でした。
「分かりましたから、まずお立ちなさい!身分を隠した時の話ですもの。
と、フェナ様はとりあえずリエトさんを立たせようとしましたが、土下座のまま彫刻になってしまったかのように、全く動くことはありませんでした。
いくらフェナ様本人から気にしていないと言われても、リエトさんは謝り続けなければ耐えられなかったのでしょう。
私だって、リエトさんと同じ立場だったらやはり謝り続けたと思います。
正直、フェナ様は王族という存在が与える影響を軽んじているのでは?
「カロラどうしましょう、これ?」
「え!?私に振るんですかそれ!……ヴェンデル様ー」
「と、私に振られても……。何が何やら」
「だそうです、フェナ様。ファイトー!」
「そ、そんな!
そんなこんなで、リエトさんが気の済むまでフェナ様に謝った後、私達はやっと下山しました。
麓の村に着くとちょうど日が落ちたところで、そこからネドネアに戻る頃には深夜なっていました。
ネドネアにある騎士達の宿舎で一夜を過ごし、ようやく今朝帰路へと着いた次第です。
帰りの馬車に揺られ長々と書き連ねてきましたが、そろそろ腕も疲れてきました。
日記もこれにて終了して、次の休憩時間まで眠ろうと思います。
それでは、おやすみなさい。
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