【アルディスの日記】 珊瑚の月 5日目(5)
突然背後から口を塞がれ、私は非常に混乱していました。
この時の私は第三者の登場など全く考えていなかったのです。
まさか、こんな山奥に私達以外の誰かがいるなんて!
私は少しでも自分の置かれた状況を把握しなければと、混乱する頭で考えました。
まず、口を覆う手を払い、背後の人物を確認しようと行動に移します。
てっきり、抵抗すれば背後の人物は私を押さえつけると思っていました。
しかし、私の動きは押さえつけられませんでした。口を塞ぐ手はあっさり外れ、なんなく後ろに振り向けます。
おや?と、私は不思議に思いつつ背後の人物を視界に捉え――。
背後の人物と目が合うと、私の混乱した頭は驚きで一瞬硬直してしまいました。
相手の瞳に映りこむ、ぽかんと口を空けた私の姿は酷くまぬけな顔をしていたと思います。
「――あ!あんた、今更逃げる気ですか!?」
私が驚いている内に、広場からカロラさんの大きな声が聞こえてきました。
どうやら、広場の方もリーダーが逃げようとしている事に気付いた様です。
カロラさんの声に、リーダーは一瞬びくりと肩を振るわせ動きを止めました。
それから猛然と草木を掻き分け、どんどん森の奥へ逃げて行きます。
この時、フェナ様達はまだ
そうなると、次はリーダーを捕まえに行くだろうことは想像に固くありません。
逃げるなら今の内。リーダーはそう判断したのでしょう。
「こらーっ!お待ちなさい!!」
フェナ様が静止の声を上げますが、リーダーは全く無視して逃げるのを止めません。
このままでは、リーダーを逃がしてしまいます。
「後、頼む!」
「きゅい!」
「うにゃー!」
リエトさんの方を見ると、カロラさんの声で逃走には気づいたようでした。召喚獣をその場に置いて、リーダーのいた茂みへと向かって行きます。
ここで、リエトさんが以外な行動に出ました。
何故かリエトさんは魔剣を放り出したのです。
手を離れた魔剣は、地面に落下する直前に光の粒となり、霧の様に形を崩して消えてしまいました。
見た目はおいて置いて、あんな強力な武器を戦闘中にどうして消したのでしょう?
答えはすぐに分かりました。
それは、檻から少し離れた場所にいた
その
しかし、リエトさんへ辿り着く直前。キメラの体がリエトさんとは反対方向に弾き飛びました。
私は既視感を覚え、リエトさんの方へ目を向けますした。
見ると、彼の右手首にある腕輪が淡く輝いています。
白い花びらに、右手首を包む光。先ほど私を庇った時も同じ事が起こりました。
あの時は、リエトさんの背後にいたためよく見えなかったのですが、狼
「自動防御の術か……」
「凄いなー。見た目以外最高じゃないすかアレ」
「魔剣って便利なんですね!でも、欲しいと思えないはどうしてだろう」
背後で囁かれる
自動防御の術といえば、名前の通り自動で敵の攻撃を防御してくれる術の事です。
確か、杖等を作る際に与える術の中で、特に高位の術だったはず。
高位の術も付与されているとは、さすが大魔女の作った魔剣です。
本当、見た目以外は素晴らしいんですよね、魔剣……。
ちなみに、魔剣を観察させてもらった時にリエトさんに聞いたのですが、自動防御の術は魔剣を出現させてない時だけ発動するものらしいです。
後、発動するのは出現前ごとに1回だけという制限もあるとの事。
この時のリエトさんはリーダーを捕まえる事が優先と考えていました。
そのため、自動防御の術を使える魔剣出現前の状態にしたのです。
リエトさんは
実際この時のリエトさんは、弾き飛ばした
弾き飛ばされた
後方を頼まれた召喚獣達が、リエトさんを追わないよう
「待ちやがれ、不法投棄野郎!」
「うるせぇ!玩具の剣持ってる野郎なんか、
「ほっとけ!俺だって好きでこんな物持ってるわけじゃないだ!!」
リエトさんは茂みを掻き分けリーダーを追いかけますが、中々二人の間は縮まりません。
怒鳴りあう声は少しずつ遠のいて行き、ついに私の位置からリーダーの姿は見えなくなりました。
ここまで、離れるとこちらに聞こえてくる声も断片的です。
例えば、「お前らが
しかし、聞き取れた分だけではありますが、何故リーダーが逃げずにいたのかは想像できます。私達目撃者がどうなるかを確認するために残っていたのでしょう。
しかし、私達が全ての
しかも、リーダーを含め何人かの素顔を見たのですから、私達の生死は不法投棄者達の今後を決める重要な要素です。
そんな訳で、リーダーは私達が生き残ると判断し、高飛びをする事に決めたようでした。
逃げ切れる自信があったのでしょう。彼は最後までこちらを馬鹿にした調子で逃げて行きました。
ーーしかし。
世の中悪い奴にうまくいくものではありません!
「そこまでだ!!貴様に逃げ道など無い!!!!」
リーダーが森の奥まで逃げたのを確認すると、背後の人物が待っていましたと広場から森の奥まで響き渡る大音量で叫びました。同時に、一緒にいた2人と茂みを掻き分け広場に出て行きます。
「……!あら、ヴェンデルじゃない」
フェナ様は声のした方――私の隠れている茂みから広場へ飛び出て来た人物を見て、驚きの声を上げました。
しかし、その驚きは正体不明な乱入者に対してでは無く、何故ここに!?という既知の相手へ向けた反応です。
「あ!赤騎士のヴェンデル様じゃないですかー!」
相対する
私の口を塞ぎ、広場に大声と共に現れた正体は、我がダータリア国に仕える赤騎士ヴェンデル=バルツァー様でした。
ヴェンデル様は“赤騎士”という名の通り深紅の甲冑に身を包み、その筋骨隆々の逞しい姿は“赤熊”などと呼ばれることもある、城内きっての剣の実力者です。
「まあ……。もしかして城から派遣されたのは貴方だったのかしら、ヴェンデル?」
「ええ、その通りです。先程の戦いは加勢できず申し訳ありませんでした。残りはこちらでやりますので」
頭を下げるヴェンデル様に、フェナ様はリーダーが逃げた森の奥へ目をやると、ふっと微笑み首を横へ振りました。
森の奥からは誰かが争っている音と、リエトさんとリーダー以外の叫ぶ声が聞こえていました。
「いいですわよ、そんな事。貴方達がいなければ、あの男を取り逃がしていたみたいですし」
「お言葉痛み入ります。いやあ、部下を分散させて山に入ったんですが、まさかこんな事に役立つとは……」
ヴェンデル様とフェナ様が会話する間に、部下の2人は残りの
数が減っていた事もあり、生き残っていた
その間に、私も茂みから広場へと戻りました。
それから少し間を置いて、リエトさんが茂みの中から出てきました。
表情から戸惑っているのが分かります。
さらに少しして、茂みの中から数人の騎士とその騎士に捕ったリーダーが出てきました。
「くそっ、なんでこんな所に騎士なんか……!」
悔しそうに呟くリーダーの声に、何かを思い出した表情でリエトさんが騎士達を見ました。
「――そうか!もしかして、ネドネアに来るって噂の騎士団!」
リエトさんの言う通り、彼らはフェナ様を追いかけてネドネアまで来た騎士団の方達でした。
ちなみに、騎士団の方達から話を聞いたら、私達を見つけるまでかなり大変だった事が伺えました。
リエトさんと食堂で会えた事はすぐ分かったのですが、馬車に乗って帰った様子も無く、足取りが掴めなくて方々探し回ったそうです。
その後、なんとか居場所が分かったものの、今度は辿り着いた村の人に私達が山へ入った事を知らされます。
騎士達は、前日探し回った疲れ、そもそもここまであまり休まずに来た分の疲労も重なっていました。
彼らは何としてもこの山でフェナ様を捕まえよう!と、どのルートを通っても確実に捕まえるため、2、3人のいくつかのグループに別れて山に入りました。中には村からかなり離れた入り口から登ったグループもいたとか。
お疲れ様でしたとしか言いようがありませんでした。
「お前が
「…………」
広場に引っ張り出されたリーダーは、俯いてヴェンデル様を見ようともしませんでした。
ヴェンデル様は、だんまりを決め込むリーダーに腕を組みながらきつく睨みつけます。
「……すでに、反対に逃げて行った者達は全員捕まえている。お前で最後だ」
「――――何ぃ!!」
狼狽した声で顔を上げたリーダーに、ヴェンデル様は睨んだ顔を崩さぬまま話を続けます。
「別ルートで登っていた奴らが偶然逃げていたお前の仲間を捕えてな。もう、
広場から逃げた不法投棄の犯人達は、運が悪いことに山に入った騎士の1組と鉢合わせしてしまいました。
しかも、犯人達は騎士姿の彼らを見るなりその場から逃げ出しました。お陰で、犯人達は不審に思った騎士にあっさり捕まってしまいます。
報告を受けたヴェンデル様は、不法投棄の目撃者は私達と判断して広場へと向かいました。
広場が見えた所まで辿りつくと、丁度リエトさんが魔剣を出現させてリーダーが大爆笑している時でした。
ヴェンデル様は私達が通った入り口付近に身を潜めると、リーダーに気づかれないよう部下に広場の周りを包囲するよう指示しました。
その内フェナ様達の戦いが優勢になると、リーダーが逃げる素振りを見せはじめます。
部下が潜んでいる所までリーダーが逃げ込んだら、ヴェンデル様の合図で一斉に捕まえる算段でしたが、まだこの時は完全に包囲網を作れていませんでした。
そんな時、私がリーダーの逃走に気付いてしまったのです。
私が「リーダーが逃げます!」と、声を上げるか迷っている姿にヴェンデル様が気付き、急いでこちらに移動して口を塞いだため、包囲が完成する前に逃げられる事は避けられました。
そして、部下の方達が完全に広場の周りを囲み、後はリーダーが逃げて来るだけ。そんな状況になっているとは露知らず、リーダーは森の奥へ逃げて行き――。
ヴェンデル様の大声を合図に、待機していた騎士達がリーダーをあっという間に捕まえてしまいました。
「詳しい話は山を降りてから聞かせてもらう。
「ちくしょう……!本当、なんでこんな辺鄙な所に騎士なんかがいるんだよ!!」
ヴェンデル様の最後の言葉に、リーダーはついにがっくりと肩を降ろして悲痛な声を上げました。それから、ヴェンデル様の部下に引きずられる様にどこかへ連れて行かれました。
私はリーダーの最後の言葉を聞きながら、ほんの少し彼に同情していました。
もちろん、彼が犯罪者である事に同情の余地はありません。
しかし、普通王都から離れた山奥に城仕えの者が来るとは思いませんよね。
しかも、騎士まで来るとかなんの冗談だと思ったでしょう。
さらに、城仕えの者は実は王族で、その王族を追いかけて騎士達が来たとか想像できるはずありません。
そんなありえない事が重なった結果、ただの偶然で捕まった不法投棄集団のリーダー。
自業自得とはいえ、運の無い……。と、つい思ってしまったのでした。
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