【アルディスの日記】 珊瑚の月 5日目(4)

 召喚獣の完全勝利。

 戦いの結果を前に、私はただ立ち尽くすだけでした。


「凄い凄い〜!可愛いのに強いとか最高過ぎます、あの兎さん!」

「なんですのあの召喚獣……図鑑でも見た事ありませんわ!」

「マジかよ……あんなぬいぐるみが……」

 驚いているのは皆同じ。

 私達は倒れた合成獣キメラの背に乗り、くるくる踊る召喚獣を呆然、あるいは好奇の目で見ていました。


「……ところでお前は逃げろよ」

 ぼんやり召喚獣を眺めていた私はリエトさんの呆れた声に、はっと我に返りました。


 いやー、恥ずかしながら魔剣と召喚獣の衝撃が強すぎて、私は逃げることをすっかり忘れていたのです。リエトさん達が合成獣キメラを倒す光景を目の当たりにして、残りの奴らがすぐ動かずにいたのが幸いでした。

「す、すみません!魔剣と召喚獣にびっくりしまして……」

 などと、リエトさんに言い訳しつつも、私は広場から近くの茂みへと難なく逃げ込むことができたのですから。


 茂みの中は草木が密集して生い茂り、屈んで頭を下げれば色濃い植物の影に私の姿はすっぽり隠れてしまいます。


 ――――助かった。


 合成獣キメラの大きさからいって、木々が密集する場所は狭くて入れません。

 とりあえず合成獣キメラの脅威から逃れた私は、命の危機を脱した事に大きく息をつきました。

 とはいえ、広場の戦いはまだ続いています。

 私はまず状況をしっかり確認しようと、草木の隙間から広場の戦闘を観察しました。

 

 広場に残る合成獣キメラは後5体。

 対してこちらは3人と召喚獣が2匹。ちょうど合成獣キメラと同じ数です。

 数としては互角と言えました。


 くるくる踊る兎似の召喚獣へ目を向けると、踊るのに飽きたのか既に合成獣キメラの背から降りた後でした。

 ぽてぽてリエトさんの元へ走る小さな姿は、合成獣キメラを無傷で倒した召喚獣にはどうしても見えません。


「お前ら、檻の近くの奴狙うぞ!」

「きゅい!」

「うにゃん!」

 兎似の召喚獣と合流すると、リエトさんは2匹の召喚獣と共に広場の中央に向かいました。

 中央には合成獣キメラ達が入っていた黒い檻。その檻の傍にいた、全身に大小様々な翼が生えた合成獣キメラへと狙いを定めたようでした。


 フェナ様とカロラさんの方はというと、ちょうど茂みを背に移動中でした。

 進む先には、甲殻類を思わせる合成獣キメラが1体。さらにその先にはリーダーが隠れる茂みが見えました。

 察するに、少しずつリーダーが隠れる場所に進みつつ、近くの合成獣キメラを倒して行く予定だったのではと思います。


 リエトさん達が狙う翼合成獣キメラは自分に向かってきた敵へ、体のいたる所に生えた大小様々な翼を広げて威嚇してきました。

 

 兎似の召喚獣が走りながら風の塊を翼合成獣キメラへ飛ばします。

 狼合成獣キメラを空へ吹き飛ばした攻撃を、しかし翼合成獣キメラは避けずに迎え撃ちました。

 翼合成獣キメラは体中に生えた全ての翼を一斉に羽ばき、激しい烈風を巻き起こしたのです。

 真っ直ぐ飛んできた風の塊は、翼合成獣キメラが起こした烈風と激しくぶつかり合います。

 激突した2つの風は互いに威力を削りあい、やがて相殺されてしまいました。


「次、攻撃頼む!」

 それを見たリエトさんは足元についてきた猫似の召喚獣へ一声かけると、自身は合成獣キメラの真正面に向かって疾走して行きました。


「うにゃー!」

 猫似の召喚獣が元気よく答えると、召喚獣の周囲に白銀に輝く光が集りました。集合した光は冷気を放つ氷の塊となって空中に浮遊します。

 風を操る兎似の召喚獣に対し、猫似の召喚獣は氷を操れるようでした。


 翼合成獣キメラは近づいて来るリエトさんに、再度翼を羽ばたかせ烈風を巻き起こします。

 しかし、リエトさんが魔剣を一閃すると刃先に触れた風から7色の花弁となり、軽やかに風に混じってそのまま消えていきました。


 烈風が魔剣によって無力化すると、直後命令を受けていた猫似の召喚獣が氷の塊で攻撃しました。

 猫似の召喚獣が操った氷の塊は、狙いたがわず翼合成獣キメラの翼のいくつかを氷漬けにします。


 そこに、兎似の召喚獣が風の塊を出現させて追加攻撃です。

 翼合成獣キメラも応戦しますが、凍った翼のせいでうまく羽ばたけず、烈風とは程遠い弱い風しか起こりません。

 風の塊は弱風の攻撃を吹き飛ばし、翼合成獣キメラの顔面へと一直線です。

 ばしぃっ!と、凄い音を出して風の塊は翼合成獣キメラの顔面に直撃しました。


 風の塊を思いっきり顔面に叩き付けられた翼合成獣キメラは、ふらふらと足元がおぼつきません。 その隙をついてリエトさんが一気に翼合成獣キメラの懐に飛び込みます。

 リエトさんは魔剣を振りかぶると、翼合成獣キメラの腹へと勢いよく斬りつけました。


 ――それ、斬れるんですか!?

 と、驚いてみたものの、やはり木で作られた魔剣では斬れませんでした。

 確かに翼合成獣キメラの腹に刃は当たったのですが、軽い打楽器の様な音が鳴り響くだけで翼合成獣キメラに全くダメージがありません。


 ところが、ここで魔剣に変化が現れます。

 突如、魔剣のに巻かれたリボンのブローチが光を放ち、翼合成獣キメラの腹――魔剣が当たった箇所に赤い魔法陣が浮かび上がったのです。


 すると、魔法陣の中から赤いリボンが蔓の様に伸びてきました。

 リボンはどんどん絶え間なく伸びていき、くるくると翼合成獣キメラに巻き付いていきました。

 リボンに巻き付かれた翼合成獣キメラは逃れようともがきます。

 けれど、少しずつその抵抗も弱まり、ついに動かなくなった頃には翼合成獣キメラの姿は巻き付かれたリボンで全く見えなくなっていました。

 リボンは翼合成獣キメラの全身に巻き付くと、最後に大きな蝶々結びを作って動きを止めました。翼合成獣キメラまるまる1体、ラッピングの完成です。


 動きを止めたリボンの塊は、突如ぽんっと音をたてて一気に蝶々結びをした所から解けていきました。

 リボンは解けた先から花弁なって散っていき、その花弁も光の粒へ変化するとやがて消えていきました。

 全てのリボンが消えると、巻き付かれていた翼合成獣キメラの姿は影も形もありませんでした。

 まるで、リボンと一緒に解けて散って消えていったようです。


 ……これ合成獣キメラにしてるからいいですけど、人間に対して使ったらかなり怖い攻撃なのでは。

 ま、まあ今はあまり深く考えない方向で行きましょう。原理全く不明ですし!調べるのは城の魔法使い達がしてくれるでしょう。


 ……とまあ、ここまで広場の状況を観察していた私ですが。

 合成獣キメラ達は知性がありますが、仲間意識は無いように思われました。

 奴らは全くばらばらに攻撃しており、連携なんて夢のまた夢です。 

 逆に、こちらはフェナ様とカロルさんの息の合った攻撃、リエトさんのアバウトな指示にもしっかり対応できる召喚獣達。連携に関してはこちらに分がありました。

 そもそも、リエトさん達は既に合成獣キメラを何体か倒した実績があります。


 その時私は確信しました。

 ――勝機はこちらに有り!……と。



 さて、ここまで書きましたし……。

 いい加減書き渋らず、魔剣の感想を書こうかと思います。


 さすが大魔女オルカ様が作った魔剣。

 その能力は製作者の名に恥じない凄いものでした。 

 しかし、魔剣の能力に驚嘆した私ではありましたが、同時にこみ上げる別の感情もあったのです。

 私は勝利を確信した直後、誰にも聞こえない茂みの中でつい本音を零してしまいました。


「…………イメージと違う」

 命を助けていただいた恩人に本当に失礼だと思います。

 しかし、しかしですね。思わずにはいられませんでした。



 "格好良くない"……と。



 だって、魔剣ですよ!

 大魔女が作った魔剣なんて、なんか凄い格好良いイメージになるじゃないですか!


 稀有な金属を元に美しい細工が施された剣とか、色とりどりの魔石が散りばめられた幻想的な剣とか、あるいは魔法の技術を駆使した未知の剣とか――。


 そんな思いを馳せた魔剣が“これ”だったのです!

 何故、オルカ様はこの様なデザインにしたのか。いえ、未知と言えば未知の剣でしたが(悪い意味で)


 せめて普通のデザインなら、戦う姿にどこかしら恰好良いと感じたはずです。

 しかし、手に持つのは木製の剣。彩るのは7色の星、小花、リボンと可愛さを引き立てるものばかり。

 パステルカラーの花弁が舞い、剣を振れば斬れずに鳴るは打楽器の音。

 おまけで、召喚獣は見た目可愛いぬいぐるみ。


 断じて、“恰好悪い”という訳ではありません。

 けれど、成人男性が操る姿のアンバランスさを見ると“格好良い”という感想が出てこないのです。

 故に、凄いけど“格好良くない”が私の率直な感想です。


 ええ、確かに私は王命で強制的に勇者作りに抜擢され、王道展開だからと言って王女に無理やり同行させられたりもしました。

 人為的な英雄譚を歌う事に積極的だった訳ではありません。

 けれど、魔剣の話を聞いて歌うのも悪くないかなと、思うほどには心動かされたのです!

 私だって詩人の端くれ。心躍る題材を前にしてどうして期待に胸を膨らませずにおれましょうか。


 こう……期待を返して欲しい!

 私はまだ拝見したこともない大魔女に、激しい憤りを感じて拳で大地を叩き大いに嘆きました。


 茂みの中で、そんな風に魔剣のイメージと現実の差異に頭を抱えていると、ふと反対側の茂みが目に映りました。

 そこは、先ほどまでリーダーが隠れていた場所です。

 しかし、あんなにフェナ様達に嫌味や嘲笑をして煽っていた不法投棄のリーダーの姿が見えません。

 目を凝らしてよく見ると茂みのさらに奥、木々の影に隠れて動くリーダーの背が見えました。

 リーダーはこちらが有利になってきた所で、こっそり逃げようとしていたのです。


 広場へと目を向ければ、戦いに集中しているフェナ様達はまだ気づいていません。

 このままでは、合成獣キメラを全て倒してもリーダーには逃げられてしまいます。

 今すぐ捕まえに行けないでしょうが、逃げ出そうとしてる事は皆さんに伝えた方がいいでしょう。


 そう考えて私は声を上げようとしました。

 しかし私は、「リ……」と小さな声を上げただけで、伝えることはできませんでした。



 何故なら、声を出した瞬間――。

 いきなり背後から口を押さえつけられたのですから。

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