【アルディスの日記】 珊瑚の月 5日目(3)

 弾け飛ぶ光。

 光が消えた後、彼の手に収まるは一本の剣。

 それが、私の初めて見た魔剣の姿でした。



 えー……。

 まず、何から書きましょうか。



 ……よし!まず、魔剣の見た目から書きましょう。

 なんといっても、これは観察日記です。

 観察対象であるリエトさんの魔剣。この詳細は重要です。

 宿に戻った時にもう一度見せてもらいましたし、忘れない内に書いてしまいましょう。



 では、詳細ですが……なんと魔剣は木製でした!

 大魔女オルカ様が作った魔剣ですからさぞや珍しい素材、オリハルコン等の稀有な金属で作られているに違いない!

 と、私は期待に胸を膨らませていたのですが……。


 予想に反して、魔剣を形作るのは金属の鋭い光彩ではなく、木材の柔らかで暖かな木目の色合いでした。

 さらに、切っ先は角の取れた机の様に綺麗に研磨されており、"斬る"という行為は困難に見えます。

 叩けば多少ダメージは与えられるでしょう。ですが、そんな物木の棒と大差ありません。


 次は、刃の横……腹といいますか、とにかく剣を掲げる時に前を向く平面の部分についてです。

 平面の部分には切っ先から鍔と刃の繋ぎの部分にかけて、真っ直ぐ等間隔に小さな星形の石が埋め込まれていました。

 石の数は全部で7個。空に掛かる虹の様にそれぞれ違う色を宿しています。


 次は、刃に繋がる鍔の部分について。

 鍔は簡略化された片翼を模してあり、そこから緩い曲線を描いて柄の部分に繋がっていました。

 ちなみに、鍔も刃と同じく木製です。

 曲線を描く部分にはパステルカラーを基調とした色とりどりの小さな花が簡略化されて描かれています。

 それは、リエトさんの腕輪から零れ落ちた小さく可憐な花に似ていました。


 鍔と刃を繋ぐ部分には大きな薄紅色のリボンが巻かれ、結び目には魔石で出来たブローチが飾り付けてあります。

 澄んだ赤色の魔石を覗いてみれば、中に紋章が浮かび上がっていることに気が付きました。

 それは、大魔女オルカ様専用の紋章でした。オルカ様が作られた物である何よりの証です。


 最後に柄の部分。

 鍔に描かれた花は柄の先まで続き、連なる花の先、柄の先には長い蔓が生えています。

 蔓を辿った先にはリエトさんの腕輪があり、魔剣と腕輪は蔓の両端に繋がれた状態です。

 

 ちなみに、私を庇った時には光っていた腕輪は、魔剣が出現したと同時に収まっていました。リエトさんの話ですと、魔剣を出現させる直前しか腕輪が光らないそうです。

 何か意味はあるのでしょうか?



 以上が魔剣の詳細です。

 この魔剣がリエトさんの掛け声と共に突如出現したのです。私達の視線は一気に魔剣へと集まりました。


「これが、オルカの作った魔剣……!」

 行く手を阻む合成獣キメラを1体倒し終えたフェナ様は、次の合成獣キメラへ向かうのも忘れて驚きの声を漏らしました。

 フェナ様の隣でナイフを構えていたカロラさんも、ぽかんと口を開けて魔剣を凝視しています。

「ほへー、これが魔剣なんですか。うーん、なんと言いますか実戦向きでないというか可愛いデザイン……っていうか模造剣?」

 カロラさんの遠慮ない感想に、私はリエトさんの反応を怖々窺いました。

 これは、何かフォローを入れた方が……などと思っていると、突如大きな笑い声が広場に鳴り響きます。


「ぶわっははははっ!!こ、このタイミングで出てくるのが木の剣とか……!派手なご登場だからどんなもんかと思えば模造剣!?可愛い!?……ひーっ、腹が痛ぇ」

 笑い声の方へと目を彷徨わせれば、山道から少し外れた木々の中に人の影。

 それは、先ほど逃げたと思っていた不法投棄者のリーダーでした。

 どうやら逃げた他の者とは違い、彼だけは木々の影に隠れてこちらの様子を見ていたようです。


「まあああっ!あんな所に隠れて高みの見物とは!!」

 魔剣を指差して大笑いするリーダーに気付いたフェナ様は合成獣キメラも魔剣も一気に意識の外へと吹き飛ばして怒り声を上げました。

「今すぐ成敗――!!」

 もう少しで、フェナ様は怒り任せにリーダーの元へ真っ直ぐ突撃する所でした。

 しかし、間一髪。隣にいたカロラさんがフェナ様の身体を抑え込んだお陰で突撃は阻止されました。


「フェナ様、落ち着いてくださーい!まだ、他のキメラ残っているんですよーっ!?」

「……!そ、そうでしたわね」

「そうですよ~!もう、怒り出すとすぐ周りが見えなくなるんですから!」 

 カロラさんが言う通り、周りには合成獣キメラが何匹も残っているのです。

 魔剣の出現で合成獣キメラ達の意識がリエトさんに向いていたとはいえ、奴らを無視して突撃なんて無茶以外の何物でもありませんでした。


 リーダーも自分の場所まで私達が来るのは難しいと理解していたのでしょう。フェナ様とカロラさんのやり取りを見ながらにやにやと余裕の表情です。

 フェナ様の言う通り高みの見物というやつでした。


 合成獣キメラ達、木々の奥で爆笑してる奴も狙ってくれないでしょうか?

 なんて思ったりもしましたが、どの合成獣キメラも自分達を攻撃してきた敵。つまり、私達しか眼中に無いようでした。

 それをいい事に、リーダーは安全圏から私達を煽る言葉をぽんぽん投げつけてきます。


「言っとくが、そいつらは命令を無視して暴れる凶暴な合成獣キメラ達なんだよ。だから俺達に廃棄の依頼が来た。そんな模造剣1本出したからって勝てっこねぇってーの!無理無理、絶対無理!!

 つーか、魔剣とかなんとか言ってたが、こんなのが魔剣だってんならそこら辺で売ってるお土産の模造剣だって魔剣だぜ!」

「…………だから人前で使うの嫌なんだよ」


 ぽつり、と漏れた言葉は近くにいた私だから聞き取れたのだと思います。

 リエトさんの誰に聞かせるでもない、独り言のような呟き。ため息の混じるその声は自嘲とも深い諦観とも取れました。

 とはいえ、リエトさんはこういった反応は慣れているのか、リーダーの挑発に怒ることはありませんでした。

 きっと今までこの様な反応を沢山されてきたんだろうな。と、私はリエトさんに言葉に同情の気持ちを抱きました。

 そして、次に漏らしたリエトさんの言葉に私は驚きと戸惑いを同時に抱くことになりました。

 

「本当、ただの模造剣なら俺だってこんな必死に捨てたい・・・・・・・なんて思わなかったろうな……」

 魔剣を捨てたい……?

 思わずリエトさんを見ましたが、私の位置からはリエトさんの表情を見ることは叶いませんでした。



 何故、リエトさんは魔剣を捨てたいのか。

 いえ、先程の独り言を聞く限り、魔剣をあまり気に入っていないのでは?というのは想像がつきます。

 しかし、リエトさんの魔剣は腕輪に収納できますし、嫌なら使わなければいいだけ。

 “必死”に捨てたい理由が私には解りませんでした。


 残念ながらこの発言の真意はまだ聞けていません。

 隣に座るリエトさんはまだ眠りの中。尋ねるのは起きてからですね。



 では、話を戻します。

 捨てたい発言を聞いた私が戸惑っているのも露知らず。リエトさんは構えていた魔剣の持ち手をくるりと回すと、刃を大地に突き刺しました。


「敵の数が多いって言うなら……味方を増やせばいいだろ!」

 そう言うと、リエトさんは刃を突き刺した所を起点に、人一人立てるくらいの円を2つ地面に描きました。

 大地に描かれた緩やかな線は、光を走らせ円の内側へと蔓の様に伸びていきます。やがてそれは、幾何学的な文様や文字となり、2つの魔法陣へと変貌しました。


「――――出てこい!」


 リエトさんの声に魔法陣は七色の光を発すると、ポンッと軽い音を立てて煙に変化しました。

 煙と一緒に魔剣の刃にあった星と同じものが四方に飛び散り、弾け舞い、そうして煙が落ち着いてくると、魔法陣のあった場所には2つの小さな影が現れました。


 それは、子供がよく両手で抱えてそうな可愛いぬいぐるみでした。

 ……いえ、丸くて柔らくて、子供がよく両手で抱えてそうな可愛いぬいぐるみの様な召喚獣でした。

 何に似てるかと言いますと、一匹は兎でもう一匹は猫に近いです。


 この時、フェナ様とカロラさんの反応は大変対称的でした。

 まず、カロラさんは瞳を輝かせ、歓声を上げました。

「可愛いーっ!!何ですかあれ、すっごく可愛いですよ!わあ、ぬいぐるみみたい。柔らかそう!撫でたい~!」

 そんなカロラさんに対し、フェナ様は厳しい目つきで召喚獣の観察を始めました。

「円を描いただけで魔法陣に変化ですって……!?どういうことですのこれは……。発動の呪文もたった一言ですし、構造が不可思議すぎますわ!

 これは帰ったらすぐ城の魔法使い達に調べてもらわないと……いいえそれより、作成者のオルカを呼んで説明を……!」

 カロラさんとは全く違う反応でしたがテンションの上がり具合は同じくらい高かったと思います。


 そして、リーダーは大爆笑です。

「模造剣の次はぬいぐるみかよ!てめーは玩具屋かなんかか!」

 等という声が笑い声を挟みながら聞こえてきました。


 しかし、あれだけ大声で笑っていたのに合成獣キメラは何故無視するんでしょうか?

 ちょっとは反応してあげてほしいものでした。


「よし、お前ら合成獣キメラ達を倒すぞ!」

「きゅい!」


 リエトさんの命令に、兎似の召喚獣が見た目通りの可愛い声を上げて、狼の合成獣キメラの元へと走っていきます。

 その姿にカロラさんの瞳が一層輝きました。

「フェナ様!可愛い!!走ってますよ。ぽてぽて走ってますよ!!可愛い過ぎますよあれ!!ねえ!」

「カロラ。貴方はちょっと落ち着きなさい」

 王女に対して大丈夫かと思うくらい肩を掴んで揺さ振るカロラさんに、フェナ様もちょっと引き気味です。

 フェナ様は召喚獣の出現でリーダーへの怒りは飛んでしまったようでした。

 他の合成獣キメラ達を警戒しつつ、召喚獣の成り行きを見守る姿は落ち着いていて、先ほど怒り任せに突撃しようとしたのが嘘の様です。


 兎似の召喚獣は小さな足でぽてぽてと狼の"合成獣キメラの数歩前へと辿り着きました。

 この時の相対はまさしく肉食獣に向かう草食獣にしか見えませんでした。

 獰猛な合成獣キメラと虫も殺せるか怪しいぬいぐるみの様な召喚獣。

 この状況でどちらが勝つか?と、聞けば誰しも合成獣キメラと答えるでしょう。

 私も召喚獣が勝つ姿を想像できませんでしたし、この場に居た方は同じ考えであったと思います。


 ――召喚者であるリエトさんを除いて。


 合成獣キメラ"の方も脅威では無いと判断したのでしょう。

 召喚獣を食いちぎるため、特に警戒をする事無く一気に襲い掛かりました。


 次の瞬間、目の前に倒れる兎似の召喚獣!

 というイメージが走馬灯の様に頭を駆け巡りましたが、現実は全く違う結果でした。


 召喚獣の目が強く光ると彼の真後ろに風の塊が現れました。その風を自身に当てることによって召喚獣は一気に前に吹き飛びます。

 風で吹き飛んだ召喚獣は、矢の様なスピードで牙の生えた口を避け、その体を合成獣キメラの腹の下まで移動させました。


 そこから、召喚獣は後ろ足で合成獣キメラの腹を蹴り上げました。

 蹴り上げた足と共に巻き上がる風が合成獣キメラを地面から上空へと一直線に吹き飛ばします。

 合成獣キメラは抵抗する間も無く空中へ、その四肢をさらけ出しました。

 空へ空へと飛んでいった合成獣キメラですが、木のてっぺんを超えた所で風の力は弱まり、今度は合成獣キメラ自身の重さによって緩やかに落下していきました。


 落下していく合成獣キメラを目で追いかけていると、少し上に小さな影。

 それは、地面にいたはずの召喚獣でした。

 慌てて合成獣キメラを吹き飛ばした場所に目を移すと、兎似の召喚獣の姿はどこにも居ません。

 どうも合成獣キメラを吹き飛ばした後、召喚獣自身の身体も空へ吹き飛ばしたようでした。


「きゅきゅ~い!」


 一声鳴くと召喚獣は瞳をきらりと輝かせ、落下する合成獣キメラの背へ風の塊を叩き付けました。

 先程、地面から上空へと吹き飛ばした時とは逆に、今度は上空から地面に向けて合成獣キメラの体が吹き飛びます。


 落下するスピードを風の攻撃によって加速された合成獣キメラは、勢いよく地面に激突しました。

 さらに、遅れて落ちてきた召喚獣が風の塊をもう一度合成獣キメラの背に叩き付けます。

 再度の攻撃によって、合成獣キメラは身体を地面にめり込ませてピクリとも動かなくなりました。


 そして、動かなくなった合成獣キメラの背に召喚獣が落り立ちます。

 何故か落ちた瞬間、打楽器の軽やかな音が鳴り響いたのが謎です。これも魔剣の力でしょうか?

 そのまま、召喚獣は合成獣キメラの上でビシッとポーズを決めると「きゅい!」と誇らしそうに一声鳴きます。


 私はただぽかん、と口を開けてこの戦いの結果を見ているだけでした。

 戦いが終わった後、静かになった広場の中で唯一カロラさんの歓声と拍手が鳴り響いたのが、ひどく印象に残りました。

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