【アルディスの日記】 珊瑚の月 5日目(2)

「――貴方達っ! 一体何をしていますの!?」


 まず、第一声。フェナ様の怒声が辺りに響き渡りました。


 森の奥へ進んだ私達は山道を抜け、大きな広場の様な場所に辿り着きました。

 城の会議室(大体30人収容できます)くらいの広さがある、木々に囲まれた空間。その広場には先客がいました。

 先客は、目つきの鋭い明らかに堅気に見えない男や、黒や灰色の目立たないローブを着て顔を隠している魔法使い達でした。そして、一際目を引くのは彼らが持ち込んだのであろう黒い大きな檻でした。


 黒い檻は二人でやっと持ち上がりそうな頑丈なものです。檻の数は3つあり、中はモンスターらしき生き物が一つの檻につき2、3匹入っているのが見えました。

 その生き物達は色々な生物が組み合わさった不可思議な姿をしていました。四足の体に馬やトカゲ等の動物やモンスターの顔が生えているもの。鳥と昆虫の羽を同時に背中から生やしたもの。中には、何と組み合わせたかよく分からないものいます。


 ――異なる生き物を魔術で組み合わせることで、強制的に能力の複合された別の生き物へと作り変えたモンスター。

 檻の中に捕らえられた生き物達は“合成獣キメラ”と呼ばれる類のものでした。


「な、なんだお前たちは!?」

 彼らは突然現れた私達に明らかに動揺しているようで、その中で顔に傷のある強面の男が慌てた様子でこちらにがなり立ててきました。どうやら、彼が広場にいる者達のリーダーのようです。

 しかし警戒感を露骨にしてくる男達に対し、フェナ様は相手の質問や警戒の視線を一切無視。逆に怒気のこもった声で問いただしました。


「その檻の中! ……もしや、合成獣キメラの不法投棄ですわね。法律で決められた方法以外に合成獣キメラの廃棄は禁止されてるのを知りませんの!?」


 合成獣キメラの廃棄は我がダータリア国の法律で細かく規定されています。

 ダータリアは魔法国家というだけあって、魔法を駆使して作る合成獣キメラの研究も盛んにとり行われています。分類すると錬金術の部門でしょうかでしょうか。

 この合成獣キメラ、別の空間から召喚する召喚獣と違い、失敗した際の現物の処理が大変なのです。召喚獣は失敗してもまた元の空間に戻せばいいのですが、合成獣キメラの場合合成の解除もしくは廃棄となります。これがどちらも作成者に中々の負担になるため(この辺りも色々決まり事があってややこしいです)、作るだけ作って合成に失敗した合成獣キメラを適当に捨てる魔法使いが昔は後を絶ちませんでした。

 その後、捨てられた合成獣キメラが野生化して人に危害が及ぶ事案が多発したため、現在は国で作った法律で合成獣キメラの処理は厳しく定められることになりました。山中への不法投棄も、もちろん禁止です。


 しかし、法で定めたにも関わらず、未だに合成獣キメラの不法投棄が完全に無くなることはありません。お金に釣られて組織的に不法投棄をする者達がいるからです。私達が遭遇した彼らがまさにそれでした。


「分かりましたわ! 森のモンスターが麓付近で大量に発生しているのも、森の奥に動物の気配が無いのも貴方達が合成獣キメラを捨てるせいで、他の生物がその場に住めなくなったせいですわね!」

「っるせー! だからお前らは何なんだって聞いてんだよ! 道に迷った冒険者か何かか!?」

 フェナ様の予想は当たっていたようで、リーダー格の男は答えを誤魔化すように再度語気を強めて私達の事を聞いてきました。


「私達はこういう者ですわよ!」

 フェナ様はリーダー格の男の質問に、リエトさんに見せた時のように王家の紋章が刻まれたペンダントを取り出すと、高々と掲げました。


「な、なんで城仕えの奴らがこんな田舎に……!」

「まさか、俺達を捕まえに……!?」

 ペンダントに刻まれた紋章が何かはっきりと理解した不法投棄者達は、私達がわざわざ城から捕まえに来たと推測したようでした。まさか、遠路はるばる自分達を捕まえに城から人が来るなんて予想外の展開に、彼らはざわざわと動揺の色を強めて浮き足立ちました。

 まあ、私達がここに来たのは全くの偶然なので、完全に彼らの勘違いなのですが。


「その通り! さあ、神妙にお縄に付きなさいな!」


 ……偶然だったわけですが、フェナ様は不法投棄者達の勘違いにそのまま乗る形、“杖”である扇を開いて彼らに突きつけました。流れには乗るタイプなのです。

 お陰で彼らの動揺は頂点を極め、激しく狼狽えた者など今にも逃げ出しそうに体を後ずさっています。

 おいおい、何勝手に俺達がこいつら捕まえるために来たって流れにしてるんだ。という表情のリエトさんが目に入りましたが……もう口にしてしまった以上今更訂正など聞いてくれそうにありません。


「――逃げろっ!」

 誰かが上げた声を切っ掛けに、不法投棄者達は次々と弾かれたように近くの木々の中へと逃げ出しました。


「まあ! ……許すまじ不法投棄者。逃げ出すとは往生際の悪い!! 全員捕まえて、然るべき罰を与えて差し上げますわ!」

 逃げ出す不法投棄者達にフェナ様の怒りがさらに爆発します。彼らを捕えようと“杖”である扇を手に呪文を唱え始めました。


 しかし、フェナ様が呪文を唱え終える前に、突然広場に踊り出てきた合成獣キメラが行く手を阻みました。

 檻の方を見ると檻の鍵が全て開けられていました。どうやら、不法投棄者達は逃げる前に鍵を外していったようです。他の合成獣キメラ達も開け放たれた檻から次々と出てきました。


 彼らとフェナ様の間に割り込んできた合成獣キメラは一番初めに檻から出てきたもので、一瞥すると蜘蛛の姿に似ていました。しかし、サイズは牛と同じくらい。通常の蜘蛛ではありえない大きさです。さらに、とさかのついた鳥の様な頭がついていて異形の雰囲気をかもしだしていました。


 初め、檻から解放された合成獣キメラは、狭い場所に居てストレスが溜まっていたのか大変機嫌が悪く、暴れる先を探して視線を彷徨わせていました。

 そして直線上の先にいるフェナ様に狙いを定めると、低い声で威嚇してきました。膝を低く屈めて今にもフェナ様に飛びかかりそうです。


「お待ちなさい!!」

「待て、あいつらより合成獣キメラの方が先だ!」

 リエトさんが静止の声をかけた次の瞬間。フェナ様に狙いを定めていた合成獣キメラが一気に間合いを詰めて襲い掛かりました。これでは、フェナ様は不法投棄者を追えません。

 その間に、不法投棄者達は森の奥へ逃れていきます。真っ先に逃げた者は生い茂る木々に阻まれて、既に背も見えなくなっていました。


 不法投棄者達が逃げた森の奥を一瞬だけ悔しそうに睨むと、フェナ様は目の前に迫る合成獣キメラに向けて、先程唱え終えた魔法を発動させました。

 魔力が魔石を通して、燃え盛る炎の風を生み出します。しかし、不法投棄者を捕まえるために唱えた威嚇用の攻撃だったため、合成獣キメラへの攻撃としてはいささか弱いものでした。

 炎の風が直撃したのに、合成獣キメラはフェナ様へ向かう速度を緩めず、奇声を上げながら炎に燃える身体ごと突撃してきました。


「フェナ様!」

 カロラさんの声と同時にフェナ様が大きく横に飛びました。そのまま、上体を屈めて転がるように合成獣キメラの突撃を回避します。


 獲物を失った蜘蛛似の合成獣キメラは数歩足踏みをして、その場に急停止しました。

 次の瞬間、動きが止まった合成獣キメラへ、数本の黒い軌跡が吸い込まれるように飛んでいきます。

 いきなり止まったことにより、反応の遅くなった合成獣キメラはそれをかわすことができずに、全て体で受け止めてしまいました。苦痛に歪んだ合成獣キメラの咆哮が辺りに響きました。


 黒い軌跡はカロラさんの黒いナイフでした。

 刺さったナイフは遠くてよく見えませんが、ナイフの周りに何か黒い霧のようなものがまとわりついている気がします。さすがに、命の危険を冒してまで近づいて確認などはしませんでしたが、あの不思議な黒い霧も忍術の類だったのかもしれません。


 ナイフを投げ終えたカロラさんは、すぐに合成獣キメラの攻撃から逃れたフェナ様の方へと向かいます。フェナ様は屈めていた上体起こすと、体制を立て直して‟杖”を敵に向けて構え直した所でした。

「フェナ様大丈夫ですか!?」

「くっ……!早く倒して彼らを追いますわよ!」


 フェナ様は扇を広げて、炎の風を発動した時より長い呪文を唱え始めました。

 蜘蛛似の合成獣キメラは刺さったナイフが取れず、フェナ様が呪文を唱えているのにも気づかずに、ただその場で身をよじり暴れていました。しかし、簡単にナイフが抜けるわけも無く、結局フェナ様が呪文を唱え終え、魔法を発動させるまで一本も抜けることはありませんでした。


 発動した炎の風は先程の炎の何倍も燃え盛り、強烈な熱風は竜巻のように螺旋を描き暴れ狂いました。その暴力的な風圧に巻き込まれた蜘蛛似の合成獣キメラは、そのまま耐えきれずに消し炭となり崩れ落ちます。刺さっていた黒いナイフが形を崩す合成獣キメラから地面へと次々と落下していきました。


 まず、一体。

 とはいえ、一体の力はさほど脅威ではない“暴れる毛玉”達と違い、合成獣キメラ達は、気を抜くと致命傷になりかねない手強いモンスターです。そして、そのモンスターはまだ何体も残っていました。


 蜘蛛似の合成獣キメラを倒したフェナ様とカロラさんは、少し離れた場所で戦っているリエトさんの方へ手伝いに行こうとしましたが、また別の合成獣キメラ達が襲ってきたので辿り着けずにいます。方々からくる合成獣キメラ達に応戦する姿は乱戦に近く、そんな中私は紙一重で合成獣キメラ達をかわしつつ、安全圏を確保しようと元来た山道の方へと後退していました。


 ――早く戦線から離脱せねば……!

 私は焦っていました。一応護りの護符を用意していましたが、それも合成獣キメラの攻撃を防ぐために消費され、後数枚しか残っていない状況だったのです。戦う術も無く、このような状況で広場にいることは大変危険でした。


 どうにか合成獣キメラがいない方、攻撃の範囲外の方へと右往左往しながら移動してると、斜め後ろから狼を基本とした合成獣キメラが私の首元に噛みつこうと牙をむき出しにして襲いかかってきました。


 私は慌てて前方へ駆け出しました。後ろを振り向くと、一瞬後に私が立っていた場所でモンスターの鋭い牙が空を切る光景が見えます。もし動かずにあの場に立っていたら……想像した私は心臓が凍る思いでした。

 そのまま前へ走って逃げると、ちょうど合成獣キメラを倒した所のリエトさんと目が合いました。

 このままでは、いつか攻撃を避けれなくなる。戦う術が無い状態なのもあって、焦っていた私はそのままリエトさんの方へ移動しようと足を向けました。戦える人の近くに行けば安全だろうと、この時の私は周りへの警戒を一瞬緩めてしまいました。


 ――その一瞬が仇となりました。


 自分に向かって走ってくる私を見たリエトさんは、顔を強ばらせると「よけろ‼」と大きな声で叫びました。

 驚いた私は、愚かなことに思わず足を止めて後ろを振り返ってしまいました。


「え――――?」

 振り向くと、私を目指して白い光の球が数個迫ってくるのが私の瞳に映りました。

 それは、私が走って逃げた合成獣キメラが放ったものでした。

 私を噛みつき損ねた合成獣キメラは、すぐに逃げて行く私に向けて口から大きな光球を吐き出していたのです。

 見た目は普通の狼に近いとはいえ、相手は合成獣キメラ。何のモンスターと合成したのか、今となっては分かりませんが、遠距離攻撃ができるモンスターと合成される可能性を私は考えるべきでした。


 私は予想外の攻撃に身体がうまく対応できませんでした。それでもなんとか防御しようと残りの護符を掴みますが、発動させる前に光球は私の予想超える速度で眼前まで迫ってきました。


 ――間に合わない!

 そう結論付けた、次の瞬間。私の目の前で光球が弾け飛びました。

 飛散した光球は小さな白い光の粒なって、私の元へ辿り着く前に風に流されゆっくりと地面に落ちていきます。


 呆然とした私は目の前の光景を理解するのに数秒かかってしまいました。

 なんと、白い光の粒だと思ったものは花だったのです!

 小さく白い可憐な花。おおよそこの状況に似つかわしくない白い花が、弾け飛んだ光球から生まれてきたように、ひらひらとその身を風に任せて踊らせていました。




「おい、大丈夫か!? 動けるならとっとと逃げろよ! またあの狼合成獣キメラが飛び道具使ってくるぞ!」

 リエトさんの声に、呆然としていた私は我に返りました。視線を大地に落ちていく白い花から周りへ向けると、そこで目の前にリエトさんが私に背を向けて立っていることにやっと気が付きました。

 リエトさんは「よけろ!」と、叫んだと同時にこちらに駆け寄り、私と合成獣キメラの間に入って光の球から庇ってくれたのです。


「すみません!後ほど改めてお礼を……――!」

 私はリエトさんに感謝しつつ、急いで合成獣キメラから間合いを取るため踵を返そうとしました。

 そこで、ふと目に映ったものに私は思わず声を上げて動くのを止めてしまいました。


「リ、リエトさん……その右手は……!?」

 偶然目に入ったリエトさんの右腕は淡い光に包まれていました。厳重に布が巻いてある、右手首の辺りを中心に布の隙間から零れる様に光り輝いています。しかも、その零れ落ちる光と共に、先ほどの小さな白い花がぽろぽろと舞い落ちるのが見えました。

 驚いた私に答えずに、リエトさんはぶつぶつ呟きながら、右腕に巻かれた布を丁寧に反対の手で巻き取って行きます。


「くそっ、使いたくなかったってーのに……! 最初依頼受けた時は使わなくて済みそうとか思ったら、合成獣キメラとか……俺はどっかに運を落っことしてないか……!?」

 僅かに聞き取れた声は苛立ち交じりの愚痴か悪態のように聞こえました。そうこうしている内に、リエトさんは右手に巻いた布を完全に外していました。


 布が外されたリエトさんの右腕には、金の腕輪がはめられていました。腕輪には先ほどの白い小さな花に似た飾りがぐるりと一周分飾り付けてあり、さらにツタのような物が絡まっています。

 ツタの先を辿ると握りこぶし程の七色に輝く光の塊に繋がっており、その光が右腕で光り輝いていたものと推測できました。頑丈に布に巻かれていた事から、光の塊に決まった形や型は無いように見えました。


 リエトさんは光の塊をツタを引っ張って掴むと、両手で包んで先程の狼合成獣キメラに向かい合いました。

「くそっ!俺に魔剣・・を使わせやがって……」

 リエトさんは掴んだ七色の光は見る間に形を変え、やがて一本の抜身の剣の形をとりました。

 ちょうど両手で包んでいた部分は柄になり、伸びていく刃はリエトさんが使っている長剣と同じくらいの長さまで伸びるとその成長を止めました。

 リエトさんは剣に変形した七色の光の塊だった物を剣の構えに持ち直すと、良く通る大きな声で呪文を唱えます!




「我、所有者として魔剣解放を命ず――――!」




 リエトさんの声と共に、七色の光が周囲に飛び散った後――。

 彼の手の中には一本の剣がしっかりと物質として存在していました。


 これが、私が初めて見たリエトさんの魔剣の姿でした。

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