第二章 アルディス魔剣を観察する

【アルディスの日記】 珊瑚の月 4日目~5日目(1)

【珊瑚の月 4日目 晴れのち夕方から曇り】


 夕食前に宿屋に戻ることが出来ました。

 色々あって疲れました……。


 それでは、おやすみなさい。









【珊瑚の月 5日目 曇り】


 おはようございます。

 現在、早朝。城へ帰る騎士団の馬車に揺られながら日記を記しています。


 フェナ様に用意された馬車に私とリエトさんも同席が許されたので、フェナ様のお付きのカロラさんを含めて馬車にはこの4人だけで座っています。

 ネドネアへ来る時に利用した個人馬車と比べ、2倍ほど広くゆったりと座れる席。風や朝の眩しい日差しを防ぐようにつけられた窓と屋根。馬車の揺れを緩和するために敷かれたクッションは柔らかく、中々に快適です。


 フェナ様とカロラさんはまだ昨日の疲れが残っているのか、二人肩を並べて眠っています。

 私の隣に座るリエトさんも先程まで居心地が悪そうにしていましたが(貴族用の馬車に慣れていなかったせいかもしれません)、その内外の景色を見るのにも飽きたのか、瞼を閉じるとそのまま眠りに落ちたようでした。

 私もまだ朝の早い時間、静かな馬車の中一緒に仮眠を取りたい所ですが、昨日は日記を数行書くとすぐ眠ってしまったので、忘れない内に昨日の詳細を記したいと思います。





+++





 ではまず、昨日の朝。山に入る所から記しましょう。


 宿屋で一泊した次の日、私達はモンスターがいる山の入口へ向かいました。

 村の方に頼んでいた靴は宿屋を出る前に借りて履き替えました。革で作られた頑丈な靴です。

 動きやすい方がいいだろうと服も一緒に渡されたので、こちらも有りがたく着替えさせていただきました。

 これで、山に入っても服を枝に引っかけたり、尖った小石を踏んずけても大丈夫です。


 着替えを終えた私を見て、カロラさんが「おお!違和感半端ないですねアルディス様!ちょっとこのまま帰って皆の反応を見ましょうよ?」などと、目を輝かせて提案してきたので絶対に城の人に話さないでくださいと厳重に釘を刺しておきました。

 モンスター退治のために山を登るのですから、見た目を気にしている場合ではありません。小さな油断が命に関わるのです。

 ……とはいえ、一応こちらにも宮廷詩人として培ったイメージがあるのです。城内の方々の私に対してのイメージを損なう訳にはいきません!


 閑話休題。

 村の裏手にある山の入り口から少し中に入っただけで、すぐに私達は目当てのモンスターを発見しました。

 まあ、発見とは言いましても、実際は山に入った途端に大量のモンスターの群れが私達に襲いかかって来たので、こちらが探す暇などありませんでしたが。

 モンスターは木の根本、幹の裏、木々の間に生い茂った背の高い雑草の中、といたる所から現れました。奥の山道からこちらへ向かってくる姿も見えます。奴らは縄張りに入ってきた敵を排除せんと次から次へと現れてはその数を増やしていきした。

 まだ山の中の餌は尽きていませんが、餌を食い尽くしたモンスターが全て村へ降りて来たら。村の畑を荒らされるだけでは済まないかもしれません。

 村の方々が困るのも納得です。


 モンスターは大人の頭くらいの球体に短い手足がついた様な外見をしており、その体は長い毛で覆われていました。色は茶色や緑がいたと思います。

 足で移動する分には遅いのですが、襲いかかってくる時はゴロゴロと自身の身体を転がしながら、凄い速度でこちらへ突撃してきます。転がってくる姿はよく飛ぶボールの様です。時には、転がる勢いを利用して大きく跳躍しながら向かって来るものもいました。

 ちなみに後で確認したところ、山の中にいたモンスターは“暴れる毛玉”というまんますぎる名前だった事を明記しておきます。


 低い唸り声を上げながら(長い毛に隠れて口がどこにあるか分かりませんでしたが)来襲する“暴れる毛玉”達。

 あちらこちらから押し寄せてくる敵を見据えながら、フェナ様は魔法使いの“杖”である扇を取り出しました。

 隣に立つカロラさんは黒光りのする石のナイフのような物を数本両手に持って構えています。

 リエトさんも“暴れる毛玉”へ向かいながら、剣を抜き放ちました。

 皆さん戦闘開始です!


 ――で、私はどうしていたかと言いますと。

 まず、私は詩人ですので体術や武器を使った攻撃は得意ではありません。

 しかも、私の“杖”は城の私室に置き去りなので、まともに魔法も使えない状態です。

 一応、カロラさんが詩人だから必須だろうと愛用のハープを私の部屋から持ってきてたり、日記用にと携帯用のペンとインク壺を頂いてましたが、どれも戦闘の役には立つものではありません。

 ということで、私は皆様の邪魔にならないよう少し離れた所で荷物番です。


 私は皆さんの攻撃範囲から外れた木々の後ろに隠れて、リエトさん達の戦う様子を観察していました。

 フェナ様も依頼を受ける前に言っていましたが、私も勇者候補であるリエトさんの実力が気になっていました。せっかくの機会なのでしっかり強さの程を拝見させてもらいましょう!

 モンスターの真っ只中へ走り行くリエトさんの背中を、私は期待と不安が入り混じって目で追って行きました。


 膝より低い背の“暴れる毛玉”に剣を当てるのは難しそうに見えましたが、リエトさんは群れで襲ってくるモンスターをまとめて相手をせずに、一匹一匹と的確に倒していきました。

 転がりながら体当たりをしてくる“暴れる毛玉”を交わしつつ、回転が止まった一匹に狙いを定めて一気一刀両断!

 相手は小さなモンスターとはいえ、大量の敵を一匹ずつ倒して息一つ切れない辺り、さすが何年も冒険者をやっているだけの事あります。


 ――もし、リエトさんが弱かったら歌う時どうしよう。

 勇者になるリエトさんがもし弱かったら。大魔女オルカ様が魔剣を授けた方に限ってそのような事は無いと思いますが、その場合私はどう英雄譚を歌えばいいのでしょうか……?と、少々不安に思っていましたが、今回の戦いを見る限り格別弱いということは無さそうなので一安心です。

 ただ……リエトさんの戦闘スタイルと言いますか、堅実な戦い方なせいか地味と言いますか。

 もうちょっとこう派手に!勢いよく戦った方が英雄っぽいのでは?なんて思わなくもなく……。




 ――などと思っていたのですが、今思えばリエトさんは絶対に攻撃が当たらないよう――特に右手首に巻かれた布の辺りを攻撃されないように注意して戦っていたのだと解ります。

 そのため、堅実な戦い方になっていたのでしょう。




「さすが、勇者として選ばれた事はありますわね。これくらいなら余裕といった所かしら?」

「そういうあんたも、城仕えの魔法使いだけあって強いな。そっちのお嬢さんも強いのは意外だったが……――」

 態勢を立て直すため一旦後退したリエトさんに対し、フェナ様が賞賛の声をかけました。

 フェナ様のお褒めの言葉に、リエトさんはモンスターから視線を外さないまま軽く返すだけで、剣を構え直すとすぐモンスター達に向かっていきます。


「えへへー。勇者様に褒めてもらえて光栄ですねーってことで、もうちょっと頑張りますかフェナ様?」

「そうですわね!これだけの数ですもの。勇者だけに任せるわけにはいきませんわね!」

 大量のモンスターを前に鼻歌でも歌いそうな雰囲気で軽口をたたくカロラさんに、フェナ様は軽く微笑みを返すと畳んでいた扇を広げて水平に持ちました。扇の先に“暴れる毛玉”達を見据えながら、短い呪文を唱えます。

 フェナ様が唱え終えると、扇から赤い炎がゆらりと出現し、広げた“杖”と同じ扇状の炎の波が起きました。転がりながらフェナ様達に向かって突撃してきた“暴れる毛玉”達は、転がる勢いを止めることがでずに、自ら炎の波へ飛び込むとその身を灰に変えていきました。

 炎の波はフェナ様の扇の先にいた“暴れる毛玉”を一掃しました。しかし、炎の範囲から転がる軌道をなんとかずらす事に成功したり、元々範囲から外れた場所にいた“暴れる毛玉”はそのままフェナ様へ向かって行きます。

 ここで、カロラさんのナイフの出番です。

 炎の波が“暴れる毛玉”を巻き込んだ直後、時間差で投げつけたカロラさんの石のナイフが、炎から逃れた“暴れる毛玉”達に撃ちこまれて行きました。

 狙いたがわず、撃ったナイフは全て“暴れる毛玉”に当たり、その動きを止めて行きます。

 良き連携プレイに、私は思わず拍手をしてしまいました。それ程までにお二方の息はぴったりと合っていたのです。


 こうして、次から次へと襲ってくる“暴れる毛玉”を倒しつつ、私達は森の奥へと進みました。

 あれほど倒しても倒しても出てきた“暴れる毛玉”は先へ進むほどにその数を減らし、いつの間にかどこを探しても、モンスターの姿は見つける事が出来なくなっていました。


「おかしい……」

「どうしましたの?」

 ポツリ、と呟いた言葉に私達の視線がリエトさんに集まりました。リエトさんは近くにある木の枝を引っ張ると、そこにたわわに実った木の実を睨みながら説明しました。


「奥に進むほど餌が沢山残っているのに、モンスターがいない」

「確かに……。それに、モンスターどころか野生の動物すらいませんね」

「ああっ!本当だ!!鳥もうさぎも蝶も、山に居そうな生き物って全っ然見てませんね!」

 鬱蒼と茂った木々や草花に特にこれといった違和感はありません。

 しかし、ここには本来住処とするはずの動物や虫が見当たらないのです。普通ならいるはずの生物の気配が無い。私達は何か不気味なものを感じていました。


「動物やモンスターがいない理由……。例えば、凶悪なモンスターが山奥に住み着いて、先ほどのモンスターや動物達が逃げた……なんて、どうかしら?ありがちな展開ですけれど」

「まあ、それが一番可能性が高いな」

「では、奥に本当に凶悪なモンスターがいるか、確認しなければいけませんわね。行きますわよ!」

 フェナ様はビシッと、扇で山道の奥を指しました。山道の先は木々に隠れて見えず、静寂に満ちた山奥から聞こえるのは風の音だけ。私はこの奥にいるかもしれない何かに思いを巡らせて、背筋が少し寒くなりました。


「まあ、他に強いモンスターがいたら大事だしな。確認しに行くしかないか」

「あら、意外とやる気ですのね」

 依頼を受ける時は渋ってましたのに。と、フェナ様がリエトさんの反応に意外そうにしています。

「あれだけ依頼料貰ったしな、多めに貰った分くらいは働いてやるよ。このまま確認しないで帰るものなんか気持ち悪いし」

「先に凶悪なモンスターがいようとも、恐れず立ち向かう……。その勇気、さすが勇者ですわね!」

 リエトさんの返答に、フェナ様は実に嬉しそうに頷いていました。

 対して、それを見たリエトさんは顔をしかめました。


「だから、勇者って言うのを……いや、まあ今は他人がいないからいいか。おい、今の内に言っておくが、俺らの間だけなら勇者でも何でも呼んでくれて構わないが、関係ない奴らがいる場所では勇者って呼ぶのは次から止めてくれよ」

「何故ですの?嘘を吐いている訳ではありませんのに」

「俺が恥ずかしいんだよ!」

「まあ!勇者なんて名誉ある名前、恥ずかしいなんて言ったら全国の勇者志望者から怒られますわよ!」


 こうして、突如始まったリエトさんとフェナ様の言い合いを聞きながら、私達は山の奥へ奥へと進んで行きました。

 周りに立ち込める不気味な空気を肌に感じながら――――。

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