【アルディスの日記】 珊瑚の月 3日目(4)
目的のリエトさんに出会い勇者になる契約を結ぶ。
ここまでは問題ありませんでした。
初めに着いた馬車の停留場に戻り、そのまま馬車で移動すれば5日目には城に戻れる予定でした。
――しかし、問題はこの後起こったのです。
リエトさんに出会う事に成功した私達は、早速城へ戻ろうと馬車の停留場へ向かいました。
午後を過ぎた停留場は活気がよく荷馬車から降ろす荷物や、次の共同馬車を待つ人々で溢れていました。
その停留場で、また個人経営の方に頼もうと停まる馬車を値踏みしている時。こんな声が聞こえてきました。
「――せっかく芽が出たばっかりだったのに」
「わしの畑も何か対策しなきゃなあ……」
「……ギルドに駆除の依頼を頼もうか?」
「ギルドかあ……金がかかるしなあ」
「いかがなさいましたの?」
「あ、やばい」
馬車や人で騒がしい中、偶然聞こえてきた雑談にフェナ様が足を止めて声をかけたのです。
私達が引き留める間もなく、雑談していた人達の方へフェナ様は近寄って行きました。
引き留め損ねたカロラさんが思わず漏らした声は、確実に焦りの色を含んでいたと思います。
私もフェナ様が声をかけた時点で嫌な予感を感じていました。
ちなみに、フェナ様の人となりを知らないリエトさんだけは、不思議そうに首を傾げていましたが。
「どうしたんだ?」
「いやー、悪い癖が出ちゃいそうだなあ、と」
カロラさんは頬を掻きながら曖昧に答えていましたが、悪い癖と言うのは『王道コンプレックス』の事です。王たる者、困っている人を見かけたら助けるのが正しき道!とか、そういう感じです。
突然フェナ様から声をかけられて、雑談していた方々は驚いてこちらに目を向けました。
年齢はバラバラですが、二十代から四十代位の男性が5人。見た目の印象は馬車で荷物を運ぶ御者のように見えました。
彼らは私達の姿を見て、どうやら冒険者の類と思ったらしく(魔法使いと剣士と侍女と詩人って、よく考えるとバランス悪そうです)、先程話していた雑談の内容を口々に話し始めました。
彼らはネドネアの近くにある農村の方だそうで、村で出来た農作物を馬車で周りの町へ運ぶ役なのだと説明されました。
続けて聞いてみると、彼らの村は山の麓にあるそうです。その山から野生のモンスターが沢山下りて来て、村の畑や食料庫を食い荒らされて大変困っているという事でした。
野生のモンスターというのは、一匹一匹なら村の人々でもどうにかなるレベルの小モンスターらしいのですが問題はその数らしく、あまりの多さに村人だけでは手に負えないらしいのです。
初春のこの時期は山の食べ物が増えるから、いつもは村まで下りる事は滅多に無いのに……!と、二十代くらいの村人の方が悔しそうに呟いていたのが印象的でした。
「なるほど。では、私達がそのモンスターを退治して差し上げますわ!」
話を聞き終えると予想通りフェナ様がモンスター退治を買って出ました。
村人の方々は冒険者ギルドを通して依頼するより、直接冒険者に頼んだ方が楽なので(ギルドを通す場合は依頼を受ける人以外にギルドへの仲介料の発生や色々な手続きがあるので、中々手間なんですよね)、フェナ様の発言に皆顔を綻ばせて喜びました。まだ、退治していないのにお礼の大合唱です。
「おい、なんか勝手に話進めてるんだが……」
リエトさんに困惑気味に尋ねられましたが、私は「やはり、そうなりますよねー……」と頭を抱えるのに忙しく、カロラさんはフェナ様を早く城に帰らせようと説得していた所だったので、誰も彼に答える事はありませんでした。
「フェナ様、皆お城でリエト様が来るの待ってますよ!お城に帰らないと騎士達も私達に追いついちゃいますし……」
「カロラ、
カロラさんが考えを改めさせようと、依頼料の交渉を始めていたフェナ様の服の裾を引っ張ってこちら側に連れ戻してきました。
裾を掴んだままなんとか説得しようとしますが、フェナ様はカロラさんの話を遮ると逆にこちらを説き伏せようと話し始めます。
「私達が先に帰ってしまったら、追いかけて来た騎士達が徒労に終わってしまいますわ。無駄足を踏ませるのも悪いですし……彼らが到着するまでの間こちらの方々の依頼を受ければ、こちらの方々の村も救われますし、騎士達も徒労にならずに済みます。畑を荒らすモンスターを退治するくらいでしたら1日で終わるでしょうし、
「おいおい、まさか俺も一緒に依頼受ける流れなのか、これ。……で、騎士達が何だって?」
「い、いえ。フェナ様が言っているのは騎士達がいらっしゃると先程リエトさんが言っていたので、戻る時に一緒に乗せてもらえれば丁度良いのでは。と、そういう意味でして……」
突然出てきた騎士という単語に引っ掛かりを覚えたリエトさんに対し、私は冷や汗をかきながら思いついた事を急いで説明しました。今思い返しても空言とはいえ、我ながらいい感じに言い訳できたものです。
しかし、私達はもうすぐばれるであろうフェナ様の正体をリエトさんに告げずにいていいのでしょうか?
身分を隠して会いに行く!という、フェナ様の希望を尊重して今にいたりますが、なんだか少々罪悪感が湧いてきます。
「ふーん……。まあ、それはいいとして、俺としては早く大魔女に会いたいんだが」
「そ、そうですよね。そういう約束ですものね!」
私はぶんぶん首を縦に振ってリエトさんの言葉に同調しました。
この時、リエトさんがさほど興味を持たなくて助かりました。多分、早く大魔女オルカ様に会いたくてそちらに意識があったお陰でしょう。
そんな私の努力を無に帰さんとばかりに、フェナ様の含み笑いが聞こえてきました。
「ふふふ……勇者リエト!これは、ただの人助けという事だけではありませんわよ!」
「理由があるなら聞こう。が、まず勇者とか大きな声で言うのを止めろ!」
フェナ様の大声に、こちらの様子を伺っていた村人の方々が勇者?という目でリエトさんを見つめます。
その視線が嫌だったのか、「いやー、勇者ってのはあだ名みたいなもんですから!本気な訳じゃ無いんで!」と、村人の方々に向けて猛然と手を振って否定しました。
「せっかく知名度を上げるチャンスですのに……」
横で聞いていたフェナ様は不服そうでしたが、本人が嫌がっているのはさすがに分かるのか、あえて反論はせず、不満を小声で呟く程に留めていました。
「フェナ様ー……もしかしてですけど、勇者の知名度アップって理由もあって依頼受けたいんですか?」
「いえ、ついでに勇者の名前が知られれば幸い位程度ですわ」
フェナ様は首を振ってカロラさんの言葉を否定しました。
「
「それが、理由か」
「そうですわね。後は……貴方の実力を知りたいとか」
「しかしなあ、畑荒らしのモンスター退治だろ?俺たちがやらなくても、そのレベルの依頼ならそこら辺の冒険者捕まえれば受けてくれんじゃないか?」
リエトさんが言う通り、聞いた限りの内容でしたら例えばギルドに依頼した場合、あまり難しい案件として扱われないでしょう。昔、放浪中に仕事を探しにギルドへ通った時、成り立ての冒険者が似た内容の依頼を受ける姿を何度か見たと記憶しています。
別に私達では無くても大丈夫だろうとリエトさんが思うのも、長年冒険者として生きてきた彼だからこそ思うのでしょう。
「何言ってますの!依頼内容の大小が問題ではありませんわ!ここで
リエトさんの言葉にフェナ様は即首を横に振り、断固として依頼を受ける事を諦めませんでした。
こういう所フェナ様は頑固というか、頑なというか、自分の考えに一直線な方です。
「とはいえ、これは
そう言いながら提示されたフェナ様の金額は、畑荒らしのモンスター退治としては破格な報酬額でした。さすが王族です。
その、値段に先程まで難色を示していたリエトさんの目の色が明らかに変わりました。
「ま、まあ……別に会える事が確定してるし、急がなくてもいいか」
「わあ……勇者様がお金に釣られたー……」
「おい、人を金にがめついみたいに言うな!後、勇者言うの止めろ!リエトでいい、リエトで」
カロラさんの呟きに、すかさずリエトさんが反論します。ついでに、勇者の部分にも訂正入れてました。そんなに人前で呼ばれるの嫌なんですね、リエトさん……。
しかし、勇者候補といえど、リエトさんも人の子ですね。というか、根なし草の冒険者ともなれば不定期収入ですからね。お得な依頼に飛びつくのはしょうがないのかもしれません。
――と、なんだかんだ話し合いの結果、依頼を受ける事になりました。
ええまあ、リエトさんがフェナ様の方に傾いた時点で勝敗決まってた気がします。
…………いえ、いなくても結果変わらなかったかもしれません。フェナ様は自分の希望を通す力が人一倍強い方ですから、結局押し切られて依頼を受ける事になりそうです。
という事で、その後私達は村人の方々の馬車に乗り、彼らの村へ向かうためネドネアからさらに東へ移動しました。
着いた頃には夕日が沈む直前でしたので、今日のところは村の宿屋で一泊。明日の朝から依頼のモンスター退治という予定になりました。
こんな事になるなら、放浪生活の時使ってた靴とか服とか持って来たかったです。
現在私の恰好は城仕え用の裾が広がった風通しのいい服と、整地された場所向けの底の薄い飾りが付いた靴なんです。そのまま、何も用意せずに城を出たせいで!
村の方にお話したら、山登りできるように靴等を用意してくださるそうで、助かりました。ありがたい事です。
とはいえ、ここ数年は城仕えでまともに運動をしていない状態での山登り……。間違いなくきついです。
現在、深夜。せめて体調を万全にして挑みたいので、今日はこの辺で寝ようと思います。
それでは、おやすみなさい。
+++
・追記
宿屋の夕食はこの地方特産のポテトの煮込みスープでした。
久しぶりに城下での食事をまともに取りましたが、ポテトはよく火が通っていて口に入れるとすぐ崩れるくらい柔らかく、噛めば染み込んだスープの味が口の中に広がりとても美味しかったです。
やはり、原産地採れたての食べ物は美味しいですね。御馳走様でした。
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