【アルディスの日記】 珊瑚の月 3日目(3)

 馬車で書いた日記の続きです。


 ちなみに、現在私達はネドネアから少し離れた場所にある農村の宿屋にいます。

 続きは帰りの馬車で書けると思っていたのに……!世の中とは予定通りに進まないものです。


 勇者が見つからなかった、という訳ではありません。

 勇者候補ことリエト=マレンツィオは実にあっさり見つかりました。

 カロラさんの得た情報通り、彼はネドネアに滞在していました。少し探しただけで食堂にて食事中の所をすぐに発見できたのです。


 私から見た勇者候補の第一印象。

 それは、馬車の中で聞いた『冒険者』という印象以上のものはありませんでした。


 美形というわけでも頑強な見た目というわけでも無く、中肉中背の体格に旅で培った筋肉が適度についた感じ。髪はダータリア国ではよく見る赤色の髪。もう少し細かく言うと茶色に暗い赤を混ぜた様な髪の色です。それを特に整えず簡単に後ろで一つに縛っています。瞳は髪と同じ色をしていました。

 服装は旅慣れた軽装の防具に身を包み、食事中なので外していますが、椅子に掛けてあるマントをいつもつけてるのでしょう。机の横を見ると肩に乗せれるくらいの大きさの旅装袋と何年も使い込んだと思われる、長剣が置いてありました。


 うーん、歌う時は特徴を無理に押し出すより“赤髪の冒険者”というシンプルな説明にした方がいいですかね。フェナ様も聴き手が話に入りやすい方が良いと私に提案していましたし。


 歌うときは、そうですね……――。


『炎の国の赤髪の冒険者。彼が英雄譚を紡ぐ者であるなど誰も知らない。

 道行く人々よ、今日に至るまでただ日常として通り過ぎていく赤髪の冒険者を振り返れ、その瞳を見よ。群衆の中にきっと見つけるはずだ。この国の名に相応しい、強き燃える魂を宿した瞳を!』


 とか……いえ、やはり見た目以外ほとんど分からない状況で考えてみても、しっくりしませんね。

 せっかく支給された日記です。明日からちゃんとリエトさんを観察して記そうと思います。




 とまあ、私のリエトさん評は置いておいて。リエトさんとの初対面に話を戻します。

 食堂でリエトさんを見つけると、フェナ様はそのまま真っ直ぐ彼が座る席へと向かいました。

 人が近づいてくる気配にリエトさんが食事の手を止めて顔を上げると、タイミング良くフェナ様が彼の目の前で立ち止まり、二人の視線が交差しました。


 これが、ダータリア国第一王女と勇者候補の初対面でした。

 

 知らない女性が不敵な笑みで自分を見つめている。そんな状況に困惑気味なリエトさんはフェナ様を見上げたまま動きません。

 フェナ様は笑みを湛えたまま、閉じた扇をリエトさんに突き付けます。それから食堂に響き渡るよう朗々と声を張り上げました。

「見つけましたわよ…………勇者リエト=マレンツィオ!」




 ――その時の周りの視線の痛さったらありませんでした。


 「――勇者?」「誰が?」「あそこで飯食ってる奴じゃね?」「てか、勇者ってあの物語に出るあの勇者?」

 食堂にある席から聞こえてくる声は、戸惑いやいきなりの闖入者に興味を示すもの等様々でした。

 視線を集める原因であるフェナ様は周りを気にせず堂々としているのに対して、勇者と名指しされたリエトさんはぽかんと呆けた様に口を開けて固まっていました。

 とはいえ、固まっていたのはほんの数秒で、周りの声と視線に耐えきれずに席から立ち上がると近くの店員にお金を払って、さっさと食堂を出ていきました。


 ――フェナ様を完全に無視して。




 さすがに無反応は予想していなかったようで、フェナ様はリエトさんが食堂を後にする姿を目で追うだけですぐに反応出来ずにいました。

 はっと我に返ったのはリエトさんが食堂の扉の外へ出た後で、「カロラ、アルディス、追いかけますわよ!」と、そのまま私達を置いて先に食堂の外へと飛び出して行きます。


 戸惑う店員さんをやり過ごし、私とカロラさんは急いで食堂から出ました。そこから右の道へ向かうフェナ様へと足早に近づきます。

 フェナ様の数歩前ではリエトさんが道の先へ向かって歩いて行ました。相変わらずフェナ様の事を無視したまま、振り向きもしません。


「お待ちなさいっ!勇者リエト=マレンツィオ!」

「……何なんだお前らは」

 フェナ様が呼び止めると、やっとリエトさんがこちらを振り向いてくれました。

 とは言っても、私達へと向ける瞳は“不審”という言葉しか浮かんでいませんでしたが。


「俺が勇者とか訳解らん事を……なんかの勧誘か?」

「その通り!我がダータリア国は勇者を欲し、貴方を勧誘に来たのですわ!」

 胸を張って答えるフェナ様ですが、これリエトさんから見たら『私は意味の解らない勧誘をする者です』って肯定してるようなものなのでは……。というか、一応まだ勇者“候補”でしたよね?

 と、私はハラハラしながらリエトさんの反応を伺いました。

 リエトさんもまさか堂々と頷かれるとは思っていなかったらしく、溜息と共に頭を掻いてからくるりと回れ右。また、私達に背を向けて歩き出しました。


「そんな堂々と勧誘ですって言いきられるとなあ……まあ、いいか。関わる気無いし」

 誰ともなしに呟きながら、リエトさんは私達を置き去りにどんどん道の先へ進んで行きます。


「あー……。あんたら、国を持ち出して変な勧誘とか止めた方がいいぞ。こんな小さな町に何の用か知らないが、城から派遣された騎士がここの駐屯所に来るって噂だからな。ばれたら捕まるぞー」

 思い出した様に私達にかけられた言葉は忠告でした。

 去り際の彼なりの優しさなのかもしれません。


 リエトさんとしては、思い出しついでに伝えた言葉。しかし、リエトさんの忠告は半分当たっていました。

 その騎士団は多分こちらの王女を連れ戻しに派遣された方でしょう。リエトさんの言葉の通りここに居る事がばれれば騎士の方々に捕まってしまします。その先が駐屯所の檻の中か城の中かという違いはありますが。

 しかし、誰が来るか分かりませんでしたが騎士ですか。さて、どこの部隊が犠牲になったのでしょうかね……?


 それにしても、この時点でリエトさんの私達に対する印象は“怪しい奴ら”であった事に違いありません。

 フェナ様も言葉だけでは相手に見向きもされない事を理解されたはずです。

 懐から何かを掴んで引っ張り出すと、先ほどより遠くなったリエトさんの背中に声をかけました。


「心配無用! わたくし達は城仕えの者ですもの。こちらがその証拠ですわ、さあ括目なさい!」

 フェナ様が取り出した物は王家の紋章が刻まれた銀製のペンダントでした。女性の手の平に丁度収まる大きさのそれは、私やカロラさんも持っている城仕えの証明書の様な物です。

 これは、持っているデザインによって地位が結構変わるのですが、フェナ様の持っていたペンダントは一番低い銅製のペンダントより、一つ二つ位が高い物でした。


 今居る宿屋で夕食をとる際、何故王女のフェナ様が持っているのか聞いてみたら、身分を隠している城外で何か揉め事に巻き込まれた時のために持ち歩いてるそうです。

 これが、あるのと無いのとでは対応のし易さが段違いだとか。一定の地位を示せる物があると、話を円滑に進める時楽なんですよねえ。と、フェナ様の話を聞いた私とカロラさんはしみじみ頷き合いました。


 とはいえ、ペンダント自体を見なければ意味がありません。

 もしかして、こちらを見向きもせずそのまま去って行くのでは……。しかし、私の心配は杞憂に終わりました。

 意外な事にリエトさんはこちらを振り向いてくれたのです。

 フェナ様の手の中のペンダントを価値を見定めるように凝視しました。

「本物……か?」

「何故私が嘘をつく理由がありますの!?正真正銘本物の王家の紋章付ですわ!」

 眉間に皴を寄せ、睨むようにペンダントを見つめるリエトさんに、フェナ様はムッとした表情で答えます。


「……まあ、これが本物ってのは信じてもいい。一応確認するが盗品とかじゃあ無いよな?」

「盗品なんて事あるわけじゃないですの!勇者たるもの心眼を鍛えて正しく見定めるべきですわ!」

「だから、見定めて疑ってるんだよ!」

 リエトさんはずっと睨んでいたペンダントから顔を離すと、今度は私達の方へとその視線を向けました。細められた目はこちらを見定める様に鋭いものです。


「このペンダントが本物だってのは信じていいし、あんたらが城仕えだってのも信じようじゃねーか。……けどな、勇者に勧誘とか言われて信じろっていうのは無理だ」

 きっぱりと言い切ったリエトさんに私はそりゃあ、そうなりますよね。と、心の中で彼の言葉に賛同の声が浮かんでいました。

「大体、何で勇者が必要なんだ?まさか魔王が出ました!とか言わないよな?」

 リエトさんの言葉に私達は首を横に振ります。

「じゃあ、なんで勇者が必要なんだよ?理由が分からなきゃ、こっちとしては信じるかどうか判断もつけれないんだが」

 この問いには私達は無言でお互いを見ました。理由を伝えるのは簡単です。

『我が国の殿下が勇者作るって他国に宣言したから対面上作らなければいけなくなった』

 とはいえ、こんな事人が沢山いる往来のど真ん中で話せるものではありません。

 それ以前にこんな事関係者以外に話せないです。


「それは……。勇者として城に来てから話しますわ」

「そうか。なら、俺は行けないな」

 言葉を濁すフェナ様に興味を無くしたとばかりに、リエトさんは再度踵を返して私達の前から去ろうとしました。


「ちょ、ちょっと待ってください。実はですね、この件は極秘なんです!関係者以外に知られたら大変な内容なんです!だから本当に勇者になってくれなきゃ喋れない……って話を聞く前に歩いて行かないでください~っ!」

 慌ててカロラさんがフォローしようと口を開きましたが、リエトさんが歩みを止める気配はありません。

「さっき食堂の中で勇者って大きな声で喋ってたが、あそこにいた奴ら皆聞いてたよな」

「ええと、それは……」

 振り返らず、歩きながら問われた言葉に、今度はカロラさんが答えを返せず口ごもりました。

「関係者以外には話せないねえ……」

「あははは、そ、それはですねー…………アルディス様パス!」

 言葉に詰まったカロラさんが助けを求めてきましたが、私は全力で無理です!と首を横に振りました。

 正直、フェナ様側ですけどリエトさんの言ってる事の方に頷いていましたからね私。そんな自分が説得とかできるわけありません。


「もうここは、フェナ様が素性をばらして一緒に来てもらうしか……!」

「むう……あまり、城下で素性を明かすべきではないとはいえ、ここで勇者に来てもらわなければ わたくし達が城から出てまで迎えに来た意味が無くなりますものね……」

「うう~、侍女としてはあんまりばらして欲しくないですが、ここで勇者逃がしちゃったらフェナ様も私達も大目玉喰らっちゃいますし、もうしょうがないですよね……」


 ひそひそ、と周りに聞こえない様に私達は小声で緊急作戦会議を始めました。もちろん、リエトさんが歩くことを止めないので私達も一緒に歩きながら話しています。

 こちらの声はリエトさんに聞こえていないはずですが、後ろに離れずついてきているのは分かっているようで、背中越しに大きなため息が聞こえてきました。こちらは、私達に聞こえるように大きなため息です。


「しかし、勇者が必要だからって何で俺かね。それっぽいのいるだろもっと」

「何言ってますの!大魔女オルカが作成した魔剣の所有者なんて、勇者として十分いい設定じゃありませんの!」

 ――ピタリ。

 フェナ様声を聞いて、リエトさんの動きが止まりました。


「…………魔剣だと?」

「ええ、貴方の持っている魔剣があれば、きっと素晴らしい勇者になりますわ!いいえ、絶対素晴らしい勇者にしてみせます!」

「――おい、あんた今言った事もう一回言ってみろ!」

 動きを止めていたリエトさんは凄い勢いで方向転換すると、フェナ様のとの距離を一気に詰めてきました。

「ですから、絶対素晴らしい勇者に……」

「もっと前だ!誰が……誰が魔剣作ったって言った!?」

 先ほど鋭い視線で睨まれた時の数倍目つきが剣呑になっていました。答えないと斬る!と言わんばかりの形相にさすがのフェナ様も戸惑い気味にリエトさんを見つめます。


「誰がって、大魔女オルカですわよ。……もしや、貴方自分の持っている魔剣を作った者を知らなかったとでも言いますの?」

 確か、カロラさんの盗み聞きした内容ではオルカ様は直接リエトさんに渡したはずなのですが、何か情報に間違いがあったのでしょうか……?

 私達はリエトさんの話を待ちましたが、彼はぶつぶつと独り言を呟くだけで話を始める様子はありませんでした。


「……くそっ!大魔女オルカとか伝説レベルの奴だったのかよ!どうりで探しても見つからない訳だ……」

「あの、魔剣の製作者に何か用があるんでしょうか?」

 悔しそうに顔を歪めるリエトさんに私は遠慮がちに声をかけてみました。

 魔剣の作成者を聞いてから、この反応の変わりよう。気にならないわけがありません。


「ああ、大有りだ!」

「何故ですか?」

「……それは」

 リエトさんは先ほどのフェナ様やカロラさんのように言葉を濁らせると、目を反らして口を閉ざしてしまいました。それから右手首に何重にも巻かれた布を左手で押さえて、何かを我慢するように布の部分を睨んでいます。

 数秒、そのまま動かずにいたリエトさんでしたが、ゆっくりとこちらへ顔を向けました。

 その表情には強い覚悟の色が見て取れます。


「おい、取引しないか?」

「取引?」

 突然の提案にフェナ様は眉をひそめます。リエトさんは腰に手を当てて私達に話を続けました。

「あんた達の言う勇者になってやってもいい」

「あら、やっと私達の話を理解してくれましたの?」

「いや、正直まだ怪しいと思ってる。ただし、条件を飲んでくれたらなってもいい」

「条件……何かしら?」

 首を傾げるフェナ様にリエトさんは手首の布へ一瞬視線を向けると、意を決したように条件について話ました。

「俺を魔剣の製作者に……大魔女オルカに会わせろ!」

「……それだけですの?」

 目をぱちぱちと瞬いて、フェナ様はリエトさんに条件をもう一度確認しました。

 それに同意するようにリエトさんは大きく頷きます。

「ああ、勇者になる前に大魔女オルカに絶対会わせてくれるならな」


 フェナ様はオルカ様の弟子ですし、王家にオルカ様が仕えている限りフェナ様が頼めばリエトさんが会うのは容易です。

 フェナ様から見れば、勇者になる事とつり合いが取れないと思ったのでしょう

 しかし、今まで勇者になる気などスプーン一匙すら無かったリエトさんが、会わせてくれるだけでなる。と、言っているのです。断る理由はありませんでした。


「分かりましたわ。ですが、何故それほどまで大魔女オルカに会いたいんですの?」

「それは……大魔女オルカに会ってからなら言ってもいい」

「あら、でしたら城に戻ったらすぐオルカに会えるよう手配しますわ。ふふふ、理由を聞くの楽しみにしてますわ」

「ああ、俺も勇者になったらどうして勇者が必要か聞かせてもらえるのを道中楽しみにさせてもらうぜ」


 互いに口の端を釣り上げて笑うと、フェナ様が差し出した右手をリエトさんの右手で握り返しました。

「それでは、契約成立ですわね!」




 ここに、当初の目的である『まだ見ぬ勇者に興味を持ち、王女は城を抜け出し会いに行く』というフェナ様の理想の物語の導入部を果たすことが出来たのでした。

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