【アルディスの日記】 珊瑚の月 3日目(2)
カロラさんが得た情報は以下のとおりでした。
まず、私やフェナ様が城に不在な事はさすがにばれてました。
これは予想の範疇です。やはり2日も不在なら流石にばれますよね。
ただ、さほど騒ぎにはなっていないという話は意外でした。城は今どんな騒ぎになっているんだろうとやきもきしていたのでちょっと拍子抜けです。
――とまあカロラさんの話を聞いて思ったわけですが、後に続く「フェナ様が無断で城を抜け出すのはいつものことですからねー」と言う言葉に、「ですよねー……」と、遠い目になってしまいました。
――フェナ様の奇抜な行動には慣れました。
城の方々のそんな声が聞こえた気がします。
次に、フェナ様(一応私も)を連れ戻すため、城から派遣された方がこちらに向かっているそうです。
「今から馬を走らせても
カロラさんの持ってきた情報を聞きながら、追いかけられる当人であるフェナ様はというと、扇を手の平に当てて弄びつつ、余裕の表情を浮かべていられました。
「早馬でもこちらとの差は大分ありますからね。転移の術を使われていたら危なかったですが……」
「勇者が大きな町とかに居なくて助かりましたよねー。大きい所だと転移の術に使う魔法陣が設置してますから、転移の術使ってすぐ追いついちゃいますし」
「ええ、まったくですわ」
転移の術は便利なのですが、移動先に目印となる魔法陣を事前に設置しないといけないのが手間なんですよね。フェナ様が使った時は、移動先の森の木に羊皮紙いっぱいに描かれた魔法陣が貼り付けてありました。
大きい町には交通の手段として転移の術用の魔法陣が設置されているので、転移の術を使える方々からは馬車より楽に移動できると重宝されています。
ネドネアはあまり大きい町では無いので、魔法陣は設置されていません。
もし、転移の術用の魔法陣が設置されていたら、勇者候補に会う前に城から派遣された方にすぐ追いつかれてしまう所でした。危ない危ない。
カロラさんの持ってきた情報を話し終えたので、その後は追われる身とは思えないほど馬車の中の私達は和やかな会話に花を咲かせていました。
ネドネアは何が美味しいとか、お土産を城の方々に買って行こうとかなんとか。
外は快晴、春の日差しは柔らかく、静かな街道をガラガラと馬車の車輪の音だけが鳴り響く。
大変牧歌的な風景です。旅をするなら最適な日と言えましょう。
しかし、私はそんな和やかな場に居ながら、心の奥底の不安を拭えずにいました。
今、ちょとした小旅行みたいな会話してましたが、城から勝手に出て来て追われる身と言う事実は消えませんからね!
ああ、城は特に騒ぎになっていないとはいえ、戻ってから皆さんの反応がどうなるか怖いです……。
ちゃんと話したら納得してくれます。ってカロラさんは言ってましたが、本当その通りであってほしいです。
せめて、勇者候補に会うからにはちゃんと連れて帰らなければ……!
「……あ!そういえば、勇者候補とはどのような方なんでしょうか?」
勇者候補に後少しで会える。という時に今更ですが、よくよく考えてみれば私は今から会う勇者候補について何も知りませんでした。
「あら、まだ話していなかったかしら?」
「フェナ様から勇者候補が決まったってそれだけですよ」
「まあ……。それなら早く聞いてくれればいいのに」
と、フェナ様はおっしゃられましたが、そんな暇無かったじゃないですか!
フェナ様が私の部屋を訪ねてから、すぐ転移、移動、馬車の中ですよ。まったく!
まあ、今の抗議の言葉は口にはしませんでしたがね!!
「ふふふ、驚きなさいアルディス=ラ=メリスルーン!まあ、
そういえば、フェナ様会議に出ていませんでした。今までの情報源カロラさんの盗み聞きだったんですね。
カロラさんは転移の術に似た忍術といい会議の盗聴といい、侍女より諜報員の方が似合いそうです。
「勇者候補の名前はリエト=マレンツィオ。現在は冒険者として国内を放浪中ですわ」
冒険者が勇者候補。
私は昔吟遊詩人として各地を放浪した時期があり、冒険者の方と旅を共にしたり各地の冒険者の話を聞いたこともあります。
しかし、“リエト”という名は聞いた記憶がありません。
冒険者として有名であるなら勇者候補として申し分ないですが、無名の冒険者となると何か勇者として決め手になるものが彼にあるはずだと私は考えました。
「そのリエトさんって方は何か候補になった理由あるんですか?」
「――お聞きになりたくて?」
キラリとフェナ様の瞳が光りました。
急に席から立ち上がると、揺れる馬車を物ともせず真っ直ぐ私に向けて扇を突きつけてきます。今から話す事がとても楽しくて楽しくて堪らないという様子でした。
「リエト=マレンツィオは……大魔女オルカが作った魔剣を所持していますの!」
「え……大魔女オルカ様製の魔剣……!ほ、本当ですかフェナ様!?」
――大魔女オルカ。
ダータリア国初代女王エリーナ様の親友にして、我が国の魔法の研究に多大な貢献をした天才魔法使い。賢者とも呼ばれるダータリアの誇る大魔女です。
その昔、エリーナ様に命を救われたオルカ様はその恩を返すため、不老の術を用いてダータリア国女王に代々仕えてきました。
現在でもその才は衰えることは知らず、魔石を使った魔法具や杖の作成では未だに右に出る者はいません。
生ける伝説とも言われる方です。そんな方が作った魔剣となれば名実ともに勇者に相応しい物であるに違いありません。
「ええ。間違いなく本物ですわ!しかも、オルカが直々に手渡したって話ですから、これはもう最初から掴みはオッケーですわ!」
ぐっと、拳を握って力説するフェナ様が嘘をついてるとは思えません。
本当にリエト=マレンツィオはオルカ様製の魔剣を持ってるという事です。
しかも、大魔女直々に……!
掴みはオッケー!とは王女の言葉使いとしてどうかと思いますが、その言葉の意味には私も激しく同意させていただきます。
私はこの時だけ、命令されて英雄譚を作る事、フェナ様と一緒に城から勝手に出てきた事を忘れて、心が躍るのを感じました。
魔剣。しかも生ける伝説大魔女オルカが作った魔剣。
それを授けられた方が後にその魔女が使える城に勇者として迎えられる(今この時において殿下が他国で酒飲んで失敗した尻拭いのためという話は忘れさります)なんて……。
運命的というかそれこそ物語のようです!
しかも、自ら手渡したとなればオルカ様が選んで彼に渡したということになります。
ちなみに、渡したのはどのような場面だったのでしょう?直接手で渡したんでしょうか?
私の頭の中ではオルカ様が魔剣を勇者に授けるシーンがいろんなパターンで展開されました。
詩人としてはこういう話を聞くと創作意欲が湧くというか……。これは、本人に会ったら詳しく聞くことにしたいと思います!
「あのー……。魔剣ってそんなに凄いんですか?」
フェナ様と私が魔剣で盛り上がっていると、黙っていたカロラさんがこんな事を聞いてきたので私達はきょとん、として彼女を見返してしまいました。
「え……だって魔剣ですよ?」
戸惑う私にカロラさんはいまいちピンとこないようで、彼女も戸惑うように首を傾げています。
「魔剣って魔法剣士が持ってるのじゃないんですか?普通にたくさん見かけるじゃないですか」
「……何言ってますのカロラ?魔剣と魔法剣士が持ってる剣なんてまったく違う物じゃないですの」
カロラさんの言葉に今度はフェナ様が理解できないという感じで眉根を寄せました。
「でも、魔剣って魔法の剣って意味ですよね?魔法剣士の使ってる剣って炎がぶわーって出たり、結界張ったりするじゃないですか」
両手を上げてぶわーっと表現するカロラさんにフェナ様の眉間の皴はますます深くなりました。
「……カロラ、貴方この魔法国家ダータリアに住んでいて、魔剣と魔法剣士の剣の違いが判りませんの?」
「え、そうは言いましても……。あ、私忍術が使えますので、他の魔法とかは別に知らなくても問題無いかなあ、と……ニンニン!」
手を組んで、呪文らしき言葉を唱えるカロラさん。ニンニン!とはどういう意味でしょうか?
委細調べてはならずという契約がこういう時もどかしいですね。
「忍術が凄いのは分かりますけど、一応貴方は魔法国家第一王女付の侍女でしょう?魔法国家の城で務めているんですから全く知らないというのは問題ですわ」
フェナ様の言葉にカロラさんが声を詰まらせて顔を伏せました。
確かに、魔法国家の王女に侍女として仕えていて、魔法の知識がほとんどないのはちょっと恰好がつきません。
「それこそ、オルカに教えてもらうとかどうですの?私から頼んでみましょうか?」
代々ダータリア国に使えているオルカ様は女王の魔法の指南役も担っています。
フェナ様から頼めばオルカ様から直々に魔法を教えてもらえるかもしれません。
大魔女に教えてもらうなんて彼女を信奉している多くの魔法使いが聞いたら、羨ましくて卒倒しそうな話です。
カロラさんも生ける伝説とも呼ばれる方からいきなり直接指導されるのは恐れ多いのか、フェナ様の話に顔をしかめました。
「え、さすがにそれはー……。いえ、私だって全然魔法の知識が無いって訳じゃないんですよ!基礎魔法を使うには、杖と魔石と魔力がいるっていうのとか」
「……さすがに基礎中の基礎は覚えているようですわね」
溜息をつくフェナ様。ダータリアで基礎魔法を習う際に一番最初に教えられる事です。
多分国内だったらほとんどの人が知っている本当に基礎中の基礎ですね。
しかし、それがここで出るってことはカロラさん、基礎以外は全然ダメって言っているようなものです。フェナ様明らかに、「あ、これは後でちゃんと勉強してもらいましょう」って溜息ですよ、あれ。
「まあ、何が必要か。という事が分かっているなら説明しやすいですわ」
フェナ様は席に座り直すと、扇を取り出して私とカロラさんに見えるように持ち直しました。
「魔剣と魔法剣士の使う剣の違いは、剣のみで魔法が使えるかどうか。という所ですわ」
フェナ様は扇で自分の胸の辺りを指し示しましす。
「まず、魔力。魔法は使用者の魔力をエネルギーとして発動しますわ」
次に、フェナ様は扇の先についた紐を持ち上げて、先に括り付けてある赤い宝石を見えるよう顔の位置まで持っていきました。
「次いで、魔石。これは魔力を別の現象に変えるための補助具となります。魔力は魔石を通す事によって、炎を発生させたり、結界を張ったりしますわ」
紐から手を放すと、今度は扇を開いて、その煌びやかな文様を見えるようにこちら側に掲げます。
「そして、“杖”。魔力の指向補助に必要なものですわ。杖の向きや形状によって発動の向きや範囲を設定できますの。この、魔力、魔石、杖の3つがあって初めて基礎魔法が使えますわ。
フェナ様は開いていた扇をパン、と音を立てて閉じると腕を下ろしました。
「魔力が無ければ、杖と魔石があっても発動するエネルギーが無い。
魔石が無ければ、魔力が杖を通して放出されるだけで何も起こらない。
杖が無ければ、魔石を通して魔力を別の現象に変えても上手く方向や範囲を定められず暴発する可能性がありますわ。この3つがどれか一つ欠けても、安定した魔法の発現は期待できませんの」
フェナ様の話を聞いて、ほうほうとカロラさんが口を開けて頷いています。
……この時、カロラさんはちゃんと理解できてるでしょうか?と少し心配になりましたが、多分私の気のせいでしょう。
ちゃんと頷いてましたし。
いや、表情が心ここにあらずでしたけど……話に聞き入り過ぎていたんでしょう。うんうん。
「魔法剣士の使っている剣はこの“杖”にあたりますわ。魔法側から見れば魔法剣士の使う剣は、剣としても使える“杖”と言えますの」
これは他の武器を“杖”として使っている物も同じですね。魔法槍士とか魔法斧士とかも魔法側から見ると槍として使える“杖”、斧として使える“杖”です。
「この、魔力、魔石、杖が全て剣に備わっているのが魔剣。持ち主の魔力に頼らず、剣のみで魔法が発動できますわ」
「ええと……つまり、素人な私でも魔法が使えちゃうのが魔剣って事でいいですか?」
「まあ、そういう認識でよろしいですわ。ただ、作り手によって魔剣の性能はそれぞれだから、契約した持ち主しか扱えないものもありますし、物によりますわね」
フェナ様の説明で、やっと魔剣の凄さが分かったようでカロラさんはなるほど!としきりに頷いています。
どちらかというと、なんとか理解できた!という安堵の感情の方が上回っているような……。と、思いながらフェナ様へ視線を移すと、私と同じように感じた様でカロラさんをジト目で睨んでいました。
開いた扇をひらひらと口元で揺らしながら、低い声でカロラさんに話しを続けます。
「魔剣の利点は他にもありますが……今は置いておきましょう。それより、カロラ。
「ま、まあ。特に聞かれませんでしたし……えへへ」
「どうやら、貴方には魔法の勉強が必要のようですわね」
「ええっ!?勉強ですかー!?」
心底嫌そうにカロラさんが顔を歪めます。もしかして、カロラさん勉強嫌いですか?
「そうですわ。馬車が目的地に着くまでもう少し時間がありますから、その間貴方がどれだけ魔法についての知識があるか調べさせていただきますわ。今から質問するから答えなさい!」
「えええええっ!!」
カロラさんの悲壮な声が馬車の中に響き渡りました。
ということで今、フェナ様に魔法の基礎知識の問題を次々と出されてカロラさんが涙目になっています。
私はヒント出すの禁止!と言われて暇なので、持ってきた日記帳に書いて暇をつぶしているところです。
ちょっと涙目になってるカロラさんが可哀想ですが、王女の命令に逆らうわけにもいきませんので、せめて心の中で応援したいと思います。
――カロラさん頑張って!もう少しでネドネアですよ!
馬車から見える景色は街道だけのものから、民家が点々と見えるようになってきています。
そろそろ、ネドネアの町が見えてくるでしょう。
ということで、ここで一旦日記を止めて降りる準備をしたいと思います。
続きは帰りの馬車の中で……。
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