第一章 アルディス勇者に会いに行く
【アルディスの日記】 珊瑚の月 3日目(1)
【アルディスの日記:珊瑚の月 三日目 快晴】
本日の日記から、日付と一緒に天気もつけていこうと思います。
やはり、天気があった方が日記らしいですよね。
本日は雲一つ無い快晴です。
馬車の窓越しに見える空は鮮やかな青一色。街道を照らす太陽の光は暖かく、春らしい天候だと言えます。
現在私とフェナ様は4人乗りの馬車に乗って、一路勇者候補のいるネドネアという町に向かっています。
何故、王女と一緒に馬車で相席をしているか?
それは二日前の夜、ダータリア第一王女フェナ様とその侍女カロラさんが私の部屋を訪れた所から始まります。
来襲したフェナ様とカロラさんに不意をつかれ、転移の魔法で城の外――裏門から少し離れた森の中へと私は一瞬にして移動していました。
事態について行けない私をよそに、フェナ様とカロラさんの動きは実に手慣れたものでした。
カロラさんはいつの間にかフェナ様と同じマントを羽織り、いつの間に用意したのか麻袋を両手で抱えていました。中は多分遠出に必要なお金や緊急用の食料等が入っていると思われます。
森を抜ける間に私の分のマントを手渡されたので羽織りました。春とはいえ、夜はまだ冬の寒さが残っていたのでマントの暖かさが身に沁みます。
フェナ様は纏めていた髪を下ろし、眼鏡をかけてマントについていたフードを深く被りました。三人の中で一番目立つ存在である王女が少しでも自分の存在を隠すために。
そうして、三つの黒いマントの群れはそのまま森を駆け抜けて行きました。
森を抜けると、私達は城下町に入りました。
夜中とはいえ、酒場の光はまだ消えず起きている人もそれなりにいます。
町の所々にある灯りを頼りに向かった先は馬車の停留場でした。
ちょうど停留場に着いた所で、隣町へ行く共同馬車が出発する時間だったようで私達はぎりぎり滑り込みで乗車することに成功しました。
城下町を抜け、街道を過ぎ、隣町に着く頃には、太陽が少しずつ昇り始め夜が明けつつありました。
共同馬車から降りて隣町の停留所を出ると、カロラさんが客待ちをしている個人経営の馬車を探し始めます。すぐに、目的の馬車を見定めると早速交渉に向かいました。
交渉の末、少し多めに移動料を渡す事で馬車の主は快くネドネアへ乗せてくださいました。
休憩を挟みつつ、一日移動に費やし、このまま順調に行けば今日のお昼にはネドネアに着く予定です。
前の日記で私は何かあってから悩めばいいと結論付けました。
しかし、運命は悩む暇など与えないとばかりに私を混迷の渦へと落としました。ようやく思考がまともに働く頃には、馬車に揺られて私はもうすぐ勇者と初対面です。
大役の無事を祈った直後にこの斜め上の展開。
どうやら祈りの声は初代ダータリア国女王にして、その魂は炎の国の守護者となった『世界に最も近き乙女』エリーナ様には届かなかったようです。
あれですか。やっぱり、身内のフェナ様と私だと身内を贔屓しちゃったんですかね……。
いやいや、決してエリーナ様に不信を抱いてるわけじゃなくてですね。身内贔屓くらいよくありますよね。くらいの軽い気持ちでしてね。
って、日記で言い訳書いてどうするんでしょうか私は。現状書きましょう、現状。
まず、馬車は片方が2席で向かい合う形で反対にもう2席。合計4席の席があります。
現在フェナ様と私だけが向かい合って座っており、カロラさんは城の状況を確認するため、一旦馬車を離れて何処かへ行ってしまいました。
しかし、帰ってくる様子はありません。
後で合流する予定でしたが、もうすぐネドネアに着いてしまいます。
「フェナ様、カロラさん戻って来ませんね」
「そうですわね。そろそろ戻ると思うのだけど……カロラ!」
フェナ様は首を軽く傾げると、手を2回叩いてカロラさんを呼びます。
「はいはーい」
緩い声と同時に先ほどまでいなかったカロラさんが音も無く馬車の中に現れました。
この時の私は、突然出現したカロラさんに思わず「うわぁ!」と、驚きの声を上げてしまいました。
現在、馬車は移動中です。急いではいないとはいえ、走る馬車に突然湧く様に出現したカロラさんに驚かないはずありません。
私が反射的に席の端に逃げたのも仕方のない事なのです!
……少々情けないと自分で思った事は認めましょう。
「転移の術で移動してきたのですか?」
びっくりした心を落ち着けると、いたって普通にフェナ様と会話を始めたカロラさんに聞いてみました。
しかし、一応転移の術と口にはしましたが、先日フェナ様が使った転移の術と何か違う気がします。
フェナ様が使った魔法は一瞬の内に光の塊が周囲に膨張し、それに巻き込まれる形で移動しました。
対してカロラさんが先ほど出現した際は光の塊も何も無く、突然湧く様に馬車の中に現れました。
この二つは全く違う魔法に見えます。
カロラさんは首を横に振りました。やはり、私の予想通り転移の術では無いようです。
「いいえ、これは忍術です!」
カロラさんが胸を張って答えます。どこか答えを返すのが嬉しそうに見えました。
しかし……忍術?初めて聞く名前です。
ダータリアは魔法国家というだけあって、世界共通で使用されている基礎魔法を中心として、多種多様な魔法の研究や情報が集まります。
きっと、忍術とやらもそういった珍しい魔法の一つなのでしょう。
――実は、錬金術とか占星術とか“術”繋がりで関係があったりしませんかね?
「凄いでしょう?光も音も無く出現できますのよ。術者のみ移動が可能で、転移の術ほど遠距離移動はできませんが、他者に気付かれず静かに移動できるのはとても便利だと思いますわ!」
私が“忍術”について考えを巡らせていると、反対側に座っているフェナ様も嬉しそうに会話に混ざってきます。
魔法国家の王女だけあって魔法について語るのが好きなんですよね、フェナ様。
「確かに便利ですね。遠距離移動ができない件は、城の研究者に詳しく調査してもらって改良すれば、もっと遠くまで移動できるんじゃないですか?」
私の言葉にフェナ様は残念そうな表情になり、隣に座るカロラさんはフェナ様の表情を見てから何か言いたそうな複雑な顔をこちらに向けてきました。
「それはできませんわ。『忍術の委細調べず』がカロラを雇う時の条件でしたの」
これには少々驚きました。王族相手に契約内容の希望を出せるなどかなり破格な待遇といえます。
「いやあ、こちらも守秘義務ってものがありまして。忍術に関する物は門外不出って決まりなんですよねー。申し訳ないですが……」
カロラさんは本当に申し訳なさそうに肩を縮こまらせています。
まあ、魔法使いが自分の魔法の研究とか隠したがるのはよくある事です。
カロラさんの使う忍術は、守秘義務や門外不出という言葉を聞く限り個人の研究でできたものでは無く、それなりの人数で共有している魔法ではないかと予想できます。もしかして一族で受け継いでいる可能性もありますね。
そうなると、私やフェナ様が勝手に忍術について聞き出すと、カロラさんは決まりを破る事になる。他の共有している人達に迷惑がかかるかもしれません。
「まあ、
だから、気にしなくてもよろしい。と、フェナ様は苦笑交じりに最後にそう付け加えました。
フェナ様もカロラさんの立場は聞ける範囲で察しているのでしょう。
先ほどの契約内容の通り、それ以上忍術の内容には触れることは無く、話はカロラさんが情報収集してきた内容へと移りました。
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