【日記の外の話4】 リエトと大魔女と出会いの話

 リエトが大魔女オルカと出会ったのは、彼が五歳の時。

 その日、リエトは家の近くの森の中で遊んでいた。


「こんにちは坊や。枝を振り回して何してんの?」

 突然声をかけられて、リエトはきょろきょろと辺りを見まわす。

 最後に顔を空へ向けると、声の主は空中で優雅に漂っていた。


 三角帽子に、黒いローブ。箒に乗りながら笑う女性。

 大魔女オルカは森のどの高い木より高い場所でリエトを見下ろしていた。


「うん! 俺将来勇者になるんだ! だからこうやって剣の修行してるんだ!」

 リエトは手に持った枝を両手で掴むと、勢いよく振って見せる。

 屈託なく自分の夢を語る少年に、魔女も優しく微笑み返す。


 オルカは箒を操りゆっくり高度を下げていく。リエトの前まで下がると、すとん。と、箒から体を離して大地に足をつけた。


「ふーん、勇者ね。かっこいいじゃん」

「だろー!」

 オルカにかっこいいと言われて嬉しかったのか、突然現れた彼女にリエトは警戒心は抱かない。

 自信たっぷりに頷くリエトだったが、その自信に満ち溢れた笑顔はすぐに悔しそうな表情へ変わってしまった。


「でもさ、俺が勇者になる! って言っても誰も信じてくれないんだ。勇者になるのは難しいって」

「うーん。世の中何があるか分からないとはいえ……まあ、難しいことは確かかな」

「うん。俺も分かってる。勇者なんて超かっこいい人になるのは難しいって」

 少年は自分の持つ枝をじっと見つめた。


「だから俺はこうやって修行して、凄い強くなって、いつか勇者になるんだ! そしたら、無理だって笑ったケイン達のこと見返してやるんだ!」

 自分の夢を笑った友達を思い出しながら、拳を握って少年は言い切る。


 本気で勇者を目指す少年を見つめながら、オルカは会った事のない彼を笑った友達について考える。

 人の夢を笑うのは良くないが、リエトの夢が叶わないと思うのはその友達だけではないだろう。


 リエトの修行は、落ちていた木の枝をただひたするに振り回すだけだ。

 剣術を教えてくれる人は彼の村にはいない。

 勇者を目指すなんて、五歳の彼には途方もない遠い目標だ。

 リエトの夢は今まで幾多の子供が思い描き、いつかあきらめてしまうものだった。


 勇者が必要なほど世界は危機に陥っていない。

 現代でなれるのは、精々凶悪なモンスターを倒して名を上げるくらい。

 英雄にはなれても勇者とまでは言えないだろう。

 平和な世界で勇者を目指すのは困難と言える。


「(勇者か……。このご時世で勇者になるっていってもね。さて、迷える少年に大魔女として何か助言できることと言えば何かな……)」

 と、オルカは少年の笑顔を見つめながら考える。

 そこで、あるアイディアがオルカの頭にひらめいた。 


「そうだ! だったらいいものがあるんだけど」

「何?」

 魔女の言葉に、少年は不思議そうに首を傾げた。

 それを楽しそうに見ながら、大魔女は両手を腰のあたりで広げてみせる。


 すると、オルカの手のひらへ光が急速に集まり始めた。

 リエトは驚きで目を見開くと、光が収束する手のひらを凝視する。

 通常、魔法は“杖”が必要だがオルカはそれらしき物を持っていなかった。

 しかも、無詠唱。本来ならありえない魔法の発動だ。


 目の前の魔女が大魔女オルカである事を、この時のリエトは知らない。

 それでも、彼女が高レベルの魔女である事は、子供のリエトでも分かる。


 実はリエトには知る由のない事だが、彼女はちゃんと“杖”を使っていた。

 彼女の十本の指についた爪は全て魔石を移植している。

 故に、彼女の爪は全て彼女の“杖”でもある。


 炎の国の女王に受け継がれる魔石の目。大魔女オルカの最高傑作である人体に魔石を移植して作られた“杖”。

 その技術を使い、彼女は自分の爪を“杖”に作り替えていた。


 魔石の爪を経由し、オルカの魔力は両手を巡り流れていく。

 指向性を持った魔力は、踊るようにオルカの手のひらを行き来した。


 びっくりした顔で固まるリエトに向け、魔女は差し伸べるように手のひらを上に向けた。

 すると、光は徐々に縮小をはじめる。

 それから、だんだんオルカの両手に収まっていき……――。


 光の中から現れたのは、だった。


「剣だ……!」

 リエトの顔が、歓声と一緒にわくわくと楽しそうな表情へ変化していく。


 その、剣は七色に淡く輝いていた。

 大魔女の魔力が巡っているのかその光は流れる水のようにきらきらと煌めいて、虹の様だ。


 刀身に小さな宝石が七つ埋まっているので、もしかして“杖”として使える剣かもしれない。と、リエトは知っている知識を総動員させて考える。


 白金の両刃は七色の光に照らされ、幾重にもその鋼の色合いを変えていく。

 真っすぐ伸びた剣先は鋭く尖って、なんでも切れそうだ。

 束の部分には炎を模した細工が飾り付けてあり、束も飾りの炎も白を基調としている。

 白い光そのものを一振りの剣に閉じ込めた様な。それは、美しい長剣だった。


「何それ!? かっこいい! なんかピカーとして凄い!!」

「はいはい。テンション上がるのはいいけど、ちょっと落ち着きなさい坊や」

 興奮する少年をなだめながら、オルカは少し屈んでみせる。


「はい、手出して、手!」

「手? こ、こう?」

「そう。じゃあこれどうぞ」

 どきどきしながら手を広げる少年に、大魔女は光の剣を手渡した。

 すると光は少年に触れた瞬間粒子になって弾け飛ぶ。

 そして、粒子はリエトの右腕に収束すると金の腕輪になった。


「腕輪はさっきの剣の通常の姿。呪文を唱えるとまた剣の姿に戻るから」

 腕輪を不思議そうに触っていたリエトは、オルカに尊敬の眼差しを向ける。


「すごいすごいすごい! お姉さんもしかてスーパー魔女?」

「そんな呼ばれ方は生まれて初めてだけど。まあ、悪くないわね。スーパー魔女様特製の魔剣よ。ありがたく頂戴しなさい」

 満更でもないオルカの言葉に少年は動きを止めて一瞬固まる。

 それから彼女と魔剣を交互に見た。


「魔剣!? これ、魔剣なの?」

「勇者になるのは大変でしょう? 少しでも役に立てるんじゃないかしら?」

 おろおろと、少年の不安そうな目がオルカを見上げる。


「え、俺なんかが魔剣貰っていいの??」

「いいのいいの~。ちょうど、いらなくなってどうしようか困っていた所だから」

 世の魔法使いが聞いたら、あまりに軽い魔剣譲渡に泡を吹いて倒れるだろう。

 魔剣なんて代物をいらなくなったなんて言えるのは、世界広しといえども大魔女くらいの物だ。

 あっけらかんと笑うオルカを前にリエトは目を数回瞬かせた。

 数秒間を置いて、みるみる少年の顔が輝きに満ち溢れる。


「ありがとう! 大切にするね……」

 少年は顔を紅潮させ、腕輪をぎゅっと握りしめる。

 その姿に、魔女は満足そうに笑う。


「(まあ、本当はあげる予定だった子にあげれなくなっちゃったからなんだけど。これだけ喜んでもらえるなら、作ってよかったわ~。うんうん)」

 本音は心の中にしまって、オルカはにこにこ笑う。


「さあさあ、それじゃあ腕輪を剣に戻す呪文を教えるけど、準備はいい?」

「えーと、えーと……うん、いいよ!」

 オルカの問いに、準備万端! と、リエトは頷く。

 リエトの合図を確認すると、オルカはなるべくゆっくり呪文を口にした。


「――“我、所有者として魔剣解放を命ず”」

「それが呪文?」

「そう」

「えーと、われしょゆうしゃとしてまけんかいほうをめいず。我、所有者として魔剣開放を命ず……」

 何度か繰り返すと少年はにかっと笑って、魔女を見上げた。


「覚えた!」

「おー。上出来上出来」

「我、所有者として魔剣開放を命ず。我……」

 リエトは忘れないように、何回も声に出して呪文を唱える。


 リエトが剣に戻す呪文を何度も唱えているのに腕輪の反応はない。

 なぜなら、使用者が本当に呼び出したい時以外は、呪文を唱えても発動しないセーフティ機能が魔剣にはついているのだ。


 オルカは魔剣の持ち主に対してあらゆる便利機能を付けた自負がある。

 とはいえ、説明書等は無い。

 オルカはこれから魔剣の使い方をどう説明するか、少し悩んでいた。


「一応魔法の素人から使える物を作ったつもりだけど……。坊やがどれくらい魔法の知識があるかが問題かな。やっぱり」

 その知識の量によっては、丸一日あっても足りないかもしれない。と、オルカはそこまで考えて、少年の方を振り向く。


「じゃあ坊や。使い方の説明なんだけど……あれ?」

「お姉さんありがとう~~! 絶対大事にするからね~」


 気が付いたら少年はオルカから離れて手を振っていた。

 そのまま、森の外――彼が住む村の方へと走っていく。

 早く、友達に見せて自慢したい。びっくりさせたい。

 そんなはやる気持ちを胸にリエトは村までまっしぐらに駆けていった。


 リエトに手を振りながら、オルカは呟く。

「……ま、使う分には問題ないからいいか」


「(説明が必要な事は色々あるけど、初心者でも使える機能もちゃんとつけてあるし。大丈夫。私のカンは外れないしね)」

 と、オルカは遠ざかっていく少年の背を見ながらそう結論を出す。


 これでも齢数百年。オルカは人を見る目に自信を持っていた。

 あの少年なら、きっと魔剣を使いこなしてくれるだろう。

 勇者になれるかは分からないが、夢を目指す手助けにはなってくれるはずだ。そう、思ってリエトに魔剣を託した。


 だから、女王から急に勇者が必要になったのだけれど、誰かいい人材はいないかしら?

 と、相談された時、オルカは真っ先にリエトを思い出した。


「なるほど。私のカンはこの時のために働いたのか! さすが私」

 等と、自画自賛しながら、オルカは勇者候補としてリエトを進言した。魔剣を彼に託した事も添えて。


 ――だからこそ。

 数年後に会ったその少年が剣の返品を申し出た時、彼女はここ数十年で一番驚いたのだった。

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