【アルディスの日記】 珊瑚の月 7日目(2)

「あの~。少々質問があるんですが」

 それまで話を聞いていたカロラさんが、緩い調子で手を挙げました。


「なんか、今の話だけ聞くと、いい話に聞こるんですけど……」

「そうそう。夢持つ少年にお姉さんが手助けをした、感動的な話ってやつね!」

「う~ん、ただ……。私の見た魔剣と今のお話の魔剣。見た目が全然違うんですが、何故でしょう?」

 カロラさんの疑問にフェナ様も頷きます。


「そうですわ。私達が見た魔剣と似ても似つきませんもの。おかしいですわ」

 そう、私達は先日リエトさんが持つ魔剣の姿を見ています。

 フェナ様もカロラさんも、そしてもちろん私だって。あの時見た魔剣と今語られた過去の魔剣を頭の中で並べて思ったはずです。

 同じ魔剣とは思えない、と。


 リエトさんが語った、オウカ様が差し出した魔剣は炎の細工が施された白銀の両刃。

 対して、私が日記に記録した魔剣はリボンと花が散りばめられた木製の剣です。


「そうだ――。俺があの時見た魔剣と今の魔剣は全く違う」

 私達の疑問に答えるように、リエトさんが口を開きました。

 それから、再度オルカ様を睨み、指を突き付けて言い放ちます。


「大魔女オウカ……お前は俺を騙した!」

「ちょっと、人聞きが悪いわね。本物の魔剣貰っといて騙したはないでしょう。騙したは!」

 突然の物言いに、オルカ様の不機嫌オーラが先ほどより増した様に見えます。


 ――大魔女相手にリエトさんはなんて怖い物知らずな。

 と、横で聞いてる私の方が怒らせたリエトさんより怯えつつ、話の成り行きを見守っていました。


「あの時、俺は急いで村に帰った。一刻も早く村のみんなに魔剣を見せたくて。……嬉しかったんだ。あんな綺麗でかっこいい魔剣を自分が貰った事が」

 懐かしさと自嘲が混じる声で語るリエトさんの話に、在りし日の少年の駆ける姿が私の頭に思い浮かびます。


 きっと、子供の頃のリエトさんは途轍もない幸運を感じた事でしょう。

 それこそ、本当に自分は夢が叶えてしまうのではないかと思ってしまうくらい。魔剣を貰うなんて一般の方からすれば、それこそ奇跡でしょうから。


「そして、俺は村のみんなを集めて、魔剣を発動した。だが……現れた魔剣は全くの別物になっていた!」

「なるほど! その時出た魔剣がこの前見たファンシー魔剣ちゃんですね~」

「いや、この前見せた魔剣と貰って後で発動した魔剣の見た目も違うんだ」

 なんだか凄い呼び方をするカロラさんは置いておくとして。

 リエトさんは、カロラさんの言葉に首を振って否定しました。


「あの時発動した魔剣は今の木製じゃなくて布と綿だった」

「え。布と綿!?」

「なんていうかな、剣のぬいぐるみ。……みたいな感じだ」

「ぬいぐるみ」

 その時、私の頭の中にフカフカと触り心地が良さそうな、魔剣が現れました。

 布地の全面には大きな剣の柄の刺繍。デザインはカロラさん命名ファンシーな魔剣ちゃんバージョン。

 刺繍に縫い付けてあるのは宝石ではなく木の実のボタン。召喚獣はもはやぬいぐるみの様な小動物ではなくぬいぐるみそのものでした。


「しかも――何故か振るとピコピコ鳴る」

 リエトさんがフカフカな魔剣を振るう度、その動きに合わせてピコピコと音が鳴る様を想像し、私はあまりの姿に自分の想像で頭が痛くなってきました。


 まさか、より上があったとは……!!

 私が見た魔剣は木製とはいえ、まだ武器の体裁は保っていたと思います。木の棒だって殴れば立派な武器です。


 ですが、今リエトさんが語った魔剣は武器にすらできません。

 叩いても痛くないでしょう。おまけで、ピコピコと音が鳴る謎使用。


 まさか、まさかですよ。

 私が見た魔剣がまだましだったなんて思う時がくるとは誰が思うものかと!


「へ~。あの魔剣前の方が武器っぽくなかったなんて予想外です! ――で、村の方々の反応はどうだったんです?」

 相槌をうちながら、カロラさんは一番聞きづらい事を真っ先に質問していました。

 聞かれたリエトさんは少し遠い目をして答えます。


「散々だったよ……」

 そう呟くと、リエトさんは魔剣を見せた時の村人の反応を教えてくれました。


 まず、リエトさんと年の近い男子。ほぼ、大不評だったそうです。

 なんだおもちゃじゃん! とか、かっこよくない! が、大半を占めていたそうで、やはりそのくらいの男の子にとってかっこいいかどうかは大事な問題なのでしょう。


 対して、女子達にはおおむね好評だったそうです。

 ただ、それ以来可愛い物好きという誤解が解けず苦労した。と、リエトさんが沈痛な面持ちで語ってくれました。

 刺繍とかぬいぐるみを使っておままごとに誘われるようになったとかなんとか。


 そして、大人達からは何かよく分からないがいい物を貰って良かったね。という感じだったそうです。

 多分、通りがかりの太っ腹な魔女が、子供用にぬいぐるみの剣をプレゼントしてくれたんだろう。なんて、考えていたんじゃないか?

 というのは、リエトさんの談です。


 三者三葉の反応ではありましたが、リエトさんがショックを受けたのは、その誰も彼も魔剣を貰ったと言っても信じてくれなかった事でした。

 まあ、想像はできます。私の想像した魔剣がどれだけ近いか分かりませんが、魔法の専門家でもなければおもちゃにしか見えなかったでしょう。


「何回発動しても俺が最初に見た魔剣は一度も現れなかった……。俺は騙された! と思ったよ。本物を見せてから、俺に渡した時に偽物とすり替えたって」

「でも、私達が見たあの魔剣。性能は間違いなく本物でしたわ。偽物なら魔法を断ち切れませんもの」

 確かに、私たちの見た魔剣はおもちゃの様な外見とは裏腹に、その性能は魔剣という名に相応しいものでした。

 フェナ様の言葉に、リエトさんも頷いて同意します。


「はい。俺も最初偽物だと思ったんですが、後で偶然使った時に魔剣である事だけは本当だって知りました」

 リエトさんの話によると、魔剣が本物だと知ってから、色々使い方を模索したそうです。

 色々試している内にリエトさんも使い方を憶えていき、最初の騙された気持ちも癒えてきた頃。

 村の外へ魔剣の情報が流れようになってから、問題が起き始めました。


 魔剣を見に来た魔法使い達は、腕輪になった魔剣が外れないとしると、まだ少年であるリエトさんの腕を切り落とそうとし(撃退済み)。

 噂を聞いた盗賊が村を襲い、人質と魔剣の交換を要求され(撃退済み)。

 冒険者に見せたら、なんだ眉唾か。と、嘘つき呼ばわりされた事もあったそうです(三日くらい落ち込んだ)。


 魔剣の噂を聞きつけた、色んな人が村を訪れては騒動を起こすようになりました。

 そして、リエトさんはこれ以上村に迷惑がかかるを避けるため、村を飛び出し冒険者になったそうです。


「それは随分苦労しましたのね」

 リエトさんの話を聞いてフェナ様も同情気味です。

 魔剣ともなれば、その情報だけで善悪入り混じった人々が近づいてくる事は想像に難くはありません。

 しかも、そのせいで村を出ることになったのです。

 私もフェナ様のように彼に同情の気持ちを寄せたくなりました。


「村には魔剣を返すまで帰れない。だから、大魔女オルカ。……頼む、あんたに魔剣を返却させてくれ!」

 頭を下げてリエトさんが頼み込みます。

 そんなリエトさんの姿に、元凶たる魔剣の制作者のオルカ様はと見てみると。

 リエトさんの話を聞き終えると、訝し気な表情のまま何か考え中のようでした。


「ちょっと聞くけどさあ……。今魔剣ってどんな見た目?」

「木の剣プラス少女趣味なデザインですね~」

 カロラさんの答えを聞くや否や、はああああ。と、オルカ様は大きなため息をつきました。

 それから、半眼でリエトさんを睨みます。


「私、自分のカンに自信あったんだけどなー。まさかこんな魔法が使えない子とは……」

「どういう意味だ?」

 オルカ様のあきらかな落胆ぶりに、リエトさんは理由も分からず眉をひそめます。

 しかし、リエトさんの疑問にオルカ様は答えずに、今度はオルカ様がリエトさんに怒り始めました。


「そもそも、坊やが使い方説明する前に帰ったのが悪い! 魔法の知識が無いなら言ってよ!」

「な、なんだと!?」

「オルカ、今回はいくらなんでも貴方の分が悪いです。魔剣は基礎魔法を学んでいない市民に説明も無しで渡す代物ではありませんわ」

 フェナ様に諭されたオルカ様は、痛い所つかれたのか言い返しはしませんでした。


 基礎魔法は国民全員に無料で教える事が義務付けられていますが、一般市民が習うのは早くて十歳。共同学校で習います。

 ちなみに、フェナ様や貴族の子息等は家庭教師を付けるためそれより早く学ぶことができます。フェナ様は確か三歳から魔法を習っているはず。

 王家と関わる事が多いオルカ様にはそこら辺の事情を理解していなかった可能性もありますね。


「大魔女である貴方からすれば当たり前でも、他人には理解できない事もある。そして彼が魔法の勉強前ならなおさらですわ。貴方は引き留めて説明するべきだった」

「ううっ……。フェナに説教されるとはね。ちょっとへこむかも」

 フェナ様の指摘に納得したのか、オルカ様は先ほどまでの剣呑な気配を収めて、くるりとリエトさんに向き直ります。


「まあ、私が悪い部分もあったのは認めるわ。そこは悪かったわね、坊や」

「いや、まあ……俺も人の話聞かないで帰ったし」

 あっさり謝られて、少々戸惑いつつもリエトさんはオルカ様の謝罪を受け入れます。


「じゃあ、この魔剣を……」

「それは、駄目」

「なんで!?」

 このまま返せる流れだと思ったリエトさんはテンポを崩され、思わず叫び返しました。


「まあ、待ちなさいよ。魔剣について話してあげるから。……実はね、あれフェナにあげようと思って作った魔剣なのよね」

わたくしに……? そんな話初めて聞きましたわ」

 フェナ様ですら知らない情報に、私達の視線がオルカ様に集まります。


「坊やにあげた魔剣はね、魔法を習い始めるフェナに最高の魔剣を作ってあげようと思って出来た物でさ。でも、後でフェナの剣の才能が無い事が分かってさー……」

「確かに、あの時色々習い事を試して、剣は才能が無い。って担当の先生に言われましたわ」

「でしょ。で、剣を習うの辞めたって言われたら、今更魔剣あげるわけにもいかないし。どうしようかな~。って、空を散歩してたら坊やがいるのが目に入ったってわけ」

「あ、だからあんなに可愛いデザインなんですね~」

 ぽん。と、手を叩き、謎が解けた時のすっきりした表情でカロラさんが、話を続けます。


「えーと、魔剣をリエトさんに上げたのが五歳ってことは、大体フェナ様が三歳くらい? それだと、フェナ様に似合いそう~」

「そうそう。前回クラウディアに上げた魔剣は、自分の趣味で作ったらデザインが怖いって不評だったから、今回はっ! って色々デザインも研究してね。」

「まあ、そんな色々考えて作ってくれた物でしたのね」

「剣とはいえ、女の子が血とか見たら怖いかな~。とか、グロいの見たらトラウマになるからどうするか? とか試行錯誤したわよ。懐かしいわー。結局渡せなかったけど」

 オルカ様が嬉しそうに語る内容で、私はあの魔剣のデザインについてやっと納得ができました。


 少女趣味というより、女児向け。

 子供を怖がらせないため、剣で切っても血の代わりに花びらが散り、リボンで包まれて消えることによって無残な死骸を見せない。というコンセプトだったわけです。


「ま、フェナに怒られちゃった通り、作った物に少し責任なさすぎたかな。とはいえ、あまり初期外殻に変化が無いのは予想外過ぎたわー」

「?」

 初期外殻なんて聞きなれない単語にオルカ様以外全員理解できないでいると、オルカ様がカロラさんに笑顔を向けて話しかけました。


「あ、そうだ。カロラ、あんた魔法の勉強してるんだって? だったらこの坊やも一緒に勉強させてくれない?」

「なんで、唐突に!?」

 突然、勉強を命じられたリエトさんは意味が分からず。

 そんな、リエトさんの手をがしっと掴んでカロラさんがにっこり微笑みました。


「リエトさん! 一緒に勉強しましょう! 大丈夫ですよ厳しい先生でも二人でやれば二分の一になる可能性もなきにしもあらず!」

 勉強仲間ができるのがよっぽど嬉しいのか、カロラさんが期待の目でリエトさんを見つめていました。


 カロラさんは最近魔法の勉強を一からしてるそうですが、一体どんな授業を受けているのでしょうか?

 基礎くらいならそんなにつらくないと思うのですが……。


「今更魔法の勉強とか……」

「あのね、坊や。あたしが最初に見せた魔剣もあんたが今使ってる魔剣も間違いなく同じ物。じゃあ、なんで見た目が違うか何年も持っていて気づかなかったわね?」

「……そんな難しい事、魔法の専門家でもないのに分かるかよ」

「カロラと一緒に魔法を習いなおしなさい。そしたら、そんな謎すぐに分かるから。答えが分かったら、魔剣の腕輪を外してあげてもいいわよ」

「本当か!」

 オルカ様の言葉に、突然勉強しろと言われて戸惑い気味だったリエトさんの目の色が変わります。

 とはいえ――。


「あの、見た目が違う理由オルカ様から教えてはもらえないんですか?」

 私の質問に、オルカ様は鼻を鳴らして顔を背けます。

 その姿は少し拗ねている様にも見えました。


「正直言って、魔剣の制作者としてはそんな事も分からずにいらないって返品されるのは気にくわない。魔法をちゃんと勉強していれば絶対分かる事なのよ」

 オルカ様は、そう言うとリエトさんを真っすぐ見ました。


「答えが見つかったら、すぐにあたしを呼びなさいリエト。これだけは譲れないから」

「……わかったよ。勉強すりゃあいいんだろ! そしたらこの魔剣の受け取ってくれるんだろうな!?」

「それは、あんたの努力次第ね」

「こほん。……忘れていないと思いますけど、勇者になる間は魔剣手放すのは無しですのよ。腕輪を外せるようにするくらいなら有りですが」

 横から釘をさすフェナ様にリエトさんは、「わ、分かっていますとも!」と激しく首を縦に振ります。

 あの焦り様だとフェナ様の予想通り、リエトさんは魔剣込みで勇者候補に抜擢された事をすっかり忘れていたのでしょう。


 とまあ、オルカ様との面会の内容は大体こんな感じでした。

 さて、リエトさんが今後勇者候補として何をするのかは、まだ会議中で決まっていませんが。決まるまでの間、何をするかは決まりました。

 まずは、カロラさんと一緒に魔法の勉強です。


 私も魔剣について知見を深めることができましたし、大魔女との面会に参加させてもらえて良かったです。


 ただ、残念だったのが召喚獣の名前です。

 オルカ様に召喚獣の正式名称がないか聞いてみたのですが……――。


「え、何それ? 私が名前知るわけないし。坊やに聞きなさい」

 召喚獣の名前は元々ありませんでした。

 なので、今後も日記ではシロとクロでいこうと思います。


 ――いつか、リエトさんにさりげなく名前の変更を提案してみよう。


 それでは、おやすみなさい。

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