【アルディスの日記】 珊瑚の月 7日目(1)

【珊瑚の月 7日目 晴れ】


 本日、なんと大魔女オルカ様と会う事ができました。

 いつか、魔剣について大魔女に色々聞こうと考えていましたが、まさかこんなに早く会えるとは!


 なにせ、城に戻ったのが昨日の昼過ぎ。そして、会えると分かったのが今日の朝食後です。

 話を聞くと、魔剣が本当にオルカ様の作品か確認してもらうために、城に呼んでいたそうです。通りで、気まぐれな方と噂される人にしては迅速だと思ったら。


 ということで、昼食を食べてから一刻後に大魔女とお会いすることが叶いました。

 場所は貴賓室。あまり大勢の人に会いたがらないオルカ様に配慮して、会うのはリエトさん、私。それから、一時的に謹慎が解けたフェナ様と侍女のカロラさんの四人だけとなりました。


「それにしても、良かったですね。こんなに早くオルカ様に会えるなんて」

「ああ、約束したとはいえ、昨日今日城に来て会えるとは思わなかったよな」

 私は、オルカ様に会うのは初めてでしたので、勇者関係の事を抜きにしても、とてもわくわくした気持ちで、大魔女が来るのを待っていました。

 リエトさんは緊張した面持ちで、落ち着か投げな様子でした。


 対して、フェナ様とカロラさんは会った事があるせいか普段通り。

 ソファに座って、優雅に紅茶を飲んでいます。二人で(あらゆる意味でカロラさん、侍女としてそれでいいのでしょうか)。


 ――大魔女オルカ。

 初代女王から使える、天才魔法使い。

 そんな人ですから、昔の吟遊詩人達が残した歌は多く、私が知る大魔女は大体歌の中の彼女です。


 歌の中の大魔女は気まぐれ、奔放、敵になると容赦なし。

 しかし、義理堅く。時には人情家で、お人好し。

 とりわけ初代女王と大魔女の関係を歌った詩は人気が高く、特にラングハイム家に忠誠を誓うシーンは定番中の定番。歌えば必ず盛り上がる歌です。

 そんなイメージな大魔女ですが、リエトさんの魔剣を見てから私の中でそのイメージが揺らいでいます。


 さて、実際会うとどんな方なのか。

 謎解きの答え合わせの様な気持ちで、私は貴賓室の扉が開くのを待っていました。


「そうか……。やっと俺の願いが叶うんだな」

 感慨深そうに呟くリエトさんに、私は合成獣キメラと戦った時の彼の言葉を思い出しました。


――本当、ただの模造剣なら俺だってこんな必死に捨てたいなんて思わなかったろうな。


 なにせ、戦闘中だったので聞き返すわけにはいかず、そのままうやむやになっていました。

 リエトさんはオルカ様と会いたい理由は城に行ってからと言ってましたが、それは魔剣を捨てる事なんでしょうか? 一体何故?


「あの、願いとはあの時言っていた――」


 リエトさんに質問しようとしたその時。

 大魔女オルカ様が、音も無く現れました。


 扉も開けず、はっと気付いたらオルカ様は貴賓室の中に居ました。

 空間転移でしょうが、なんの気配もなく現れたオルカ様にリエトさんと私は息を飲みました。


「久しぶりですわね、オルカ。来てくれて感謝しますわ」

「フェナ、久しぶり。また、クラウディアに迷惑かけたって? あんたいいかげんにしなさいよ」


 王女相手にこの言い方。大魔女だからこそ許される物言いです。書いていて、私もちょっと恐れ多い気持ちになります。

 まあ、誰にも見せないんで大丈夫なんですけど。


 女王への挨拶を終わらせると、オルカ様はくるりとこちら――私の隣のリエトさんへ向き直りました。 


 黒い三角帽子に黒いローブ。左手には大きな箒。

 おとぎ話に出てくる魔女がそのまま現れた様な姿。それが、大魔女オルカの印象でした。


 魔女という存在が珍しくないこの国において、それでも彼女は魔女らしい。

 長く伸びた赤い爪も、赤みがかった黒髪も、髪の色よりさらに深い黒曜石の様な目も。

 その全てが、魔女であると告げています。


「ずいぶんと懐かしい顔じゃない、坊や」

「間違いない……! あんたは、あの時魔剣をくれたの魔女だ!」

 リエトさんを見るオルカ様は懐かしそうに目を細めて笑います。

 それに対して、リエトさんは笑いもせず、真剣な表情でオルカ様を見つめていました。


「魔剣、使えてる? あの時、坊やったら……」

「その魔剣だが返したい!」


 きょとん。と、大魔女にしてはずいぶん気の抜けた表情でリエトさんを見返していました。

 フェナ様もカロラさんも、びっくりしてリエトさんを見ます。


 やはり、リエトさんの願いは魔剣の返却でした。

 魔剣の返却を申し出たリエトさんの顔は真剣そのもの。冗談で言っている表情ではありませんでした。


「なっ……。返す? 返すって言いましたの貴方!?」

 フェナ様は愕然とした表情でリエトさんに詰め寄りました。


「何言っていますの貴方。世界に何本とない魔剣ですのよ!? 魔法使いが欲しくても手が入らない物を捨てるって貴方はおっしゃいますの???」

 魔法の国の王女であり、魔法研究の最前線にいるフェナ様にとって、魔剣を手放すなんてまったくもってありえない話なのでしょう。

 それくらい、魔剣とは貴重で価値ある存在なのです。


 そんなフェナ様の反応に応えず、リエトさんは腕輪のついた右腕をオルカ様に突き出して、もう一度言い放ちました。


「大魔女オルカ。俺は貴方に魔剣を返したい!」

「はあ? あんたさぁ、あげた時凄い喜んでたじゃない。これで勇者になれるって。それなのに返したいって何?」

 リエトさんの言葉を聞いて、オルカ様があからさまに不機嫌なオーラを出し始めました。

 大魔女の怒りはたとえ自分に向けられていなくても、恐ろしいものです。

 それはさておき、オルカ様の言葉に意外な話があって、私はついリエトさんを見てしまいまいた。


「リエトさん勇者になりたかったのですか!?」

「え、じゃあ夢叶う一歩手前じゃないですか~! ……あれ、でもリエトさん勇者になるの渋ってましたよね?」

「それは、子供の頃の夢だから! 今はそんな無謀な夢なんか忘れたんだ!」

 言い返すリエトさんの頬には、少し赤みがさしていました。

 突然、オルカ様から過去の夢を暴露されて動揺した様でした。

 その様子から、オルカ様の言った話は本当なのだと分かります。


 子供の頃に残していった夢が大人になった今、叶ってしまうかもしれないなんて、なかなか浪漫のある話です。

 しかし、勇者になる理由がその全てを霧散させるんですよねえ……。おのれ、殿下。


「とにかく! 色々この魔剣のせいで迷惑な目にあっているんだ! 腕輪外れないから手放せないし。作った本人なら外せるだろう? だから、返品願う」

「何故ですの? あんなに強い召喚獣を出したり、魔法を切ったり、素晴らしい性能なのに……」

 フェナ様は信じられないという風に首を振りました。

 実際、私も見た目は置いておいて、魔剣の性能は凄い物にみえました。

 困る要素と言えば、私が歌にする時大変というくらいでしょうか。


「ふ……。まあ、俺の過去を知らなければそう思っても仕方ないな」

 どこか遠くを見るような目つきで、リエトさんは天井へ視線を向けます。

 その視線の先で、彼は自分の過去を回想していたのかもしれません。

 これから、私達に何があったのか正確に語るために。


「確かに俺は魔剣に救われたこともある。だが、これのせいで俺がどれだけ苦労したか!」

「そう……。あれは、俺が五歳の時。この魔剣を貰った時の事だ……――」


 そうしてリエトさんは、話し始めました。

 大魔女との出会い。魔剣との出会いを。

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