【日記の外の話3】 侍女カロラは謝罪という名の報告中

 アルディスがヘルムフリート殿下に謁見していた同時刻。

 王女付き侍女のカロラは別の場所にいた。


 ちなみに、勝手に城から出たフェナ王女は自室で謹慎中。今はクラウディア女王からきつい説教を受けている。

 城から出る手伝いをしたカロラはというと、迷惑をかけた騎士団に謝罪という名目で騎士団長の執務室を訪れていた。


「もう本当大変だったんですよ~! 偶然、フェナ様が困っている人を見つけてしまい、あれよあれよという間に山奥の村へ……。私はお止めしたんですが、全くお聞きいただけず! 私としても、努力はしたのですが~……」

「カロラ、その辺でお止めなさい!」

 カロラはビクッと体を強ばらせて、恐る恐る声の主を見る。

 遮ったのは、カロラの隣に立つ一人の女性だ。


「ア、アメリー様……」

 アメリー=シャルロッテ=ブリュール。彼女はクラウディア女王付きの侍女だ。

 城に勤めている侍女達のまとめ役でもある彼女は、今回カロラの上司として同行していた。


 薄桃色の透けるような髪をきっちりまとめ、姿勢正しく、一目で生真面目さが分かる佇まい。

 穏やかで気品のある雰囲気を纏い、女王の隣に仕えるその姿は侍女のお手本の様な人だと言われている。

 ただし、今は顔に浮かんだ怒気のせいで、普段の穏やかさはうかがえない。


「貴方は自分の報告が遅れた言い訳ばかりして……! まずは、目の前の騎士団長殿に謝罪をするのが先ではないのですか!?」

「はい! すみませんその通りでございます!」

 カロラにとって、アメリーは直接指導を受ける上司なので、どうにも頭が上がらない存在だ。

 そんな相手に怒られたのだから、普段緩いノリのカロラもさすがに平謝りしてしまう。

 カロラは慌てて居住まいを正すと、目の前の執務机を挟んで座っている騎士団長へ深々と頭を下げた。


「今回は報告が遅れたせいで、大変ご迷惑おかけして申し訳ございません。コースフェルト騎士団長様!」

 カロラが頭を下げている相手――執務机の前に座る騎士団長ホルスト=コースフェルトは、カロラの謝罪に柔和な表情を浮かべた。


「まあ、こちらも連絡のやり取りに時間かかった所もあるから、お互い様だよ。それにしても今回は大変だったねカロラ君。いや、違うな。今回もか」

 紅茶の様な赤みがかった橙色の髪に、琥珀色の瞳。人当たりの良さそうな顔立ちと気安い口調ではあるが、彼はこの国の騎士達を束ねる騎士団長を任される国の重要人物の一人だ。

 ヴェンデルが率いる騎士達も当然ホルストの部下であり、フェナ王女の追跡は彼の指示によるものだ。


「ヴェンデルからも聞いたけど、合成獣キメラの中に突っ込んでいくなんて相変わらず王女様は猪突猛進だ」

「そうなんですよ~! こうと決めたら即行動なのがフェナ様の困った所でして~」

「予想外の事はあったけど、王女も無事帰ってきたし、偶然とはいえ合成獣キメラの不法投棄の犯行現場を抑える事ができたのは良かったんだがね」

「ですよね! あの時は助かりました~。めでたしめでたしって感じですよね~」

「カロラ! 貴方はせっかくコースフェルト騎士団長様の温情にそんな軽い態度でっ!」

「すみません! 調子のり過ぎました!」

 下げた頭を戻し、調子よく答えるカロラにアメリーの一喝が鋭く響く。

 ホルストに怒られないと判断すると、すぐに緩いのりで答え始めたカロラだったが、結局隣のアメリーに怒られてしまった。

 そんな、侍女二人のやりとりに苦笑いしながらホルストは話を続ける。


「しかし、今回の件で報告のやり取りも考え直さないといけないな」

「そうですね。カロラの報告が遅くなったせいとはいえ、ヴェンデル様達に直接連絡ができない事が手間取った原因とも言えますし、今後の事を思えば考えるべきですわね……」

 ホルストの言葉にアメリーも頬に手を当て思案気な顔になる。


 カロラが王女付き侍女になって、約一年。フェナ王女が目的以外の事件に首を突っ込んだのは初めてだった。

 いつもは、その猪突猛進ぶりで目的以外は眼中に入らないのに。と、カロラはため息をつく。

 探していた勇者候補がすぐに見つかって、余裕ができたからかもしれない。


 なんにせよ、カロラも今回の件については真面目に反省していた。

 何故なら、フェナ王女の行動を報告させるために、カロラは雇われたのだから。


 +++


 カロラ=グルーヒーの生まれは山奥にある小さな集落だ。

 彼女の祖先が炎の国へ移住した時に、一緒に来た仲間達と住める場所を作ったのが始まりだった。


 集落を作った彼らは外界との関わりをあまり好まなかった。

 理由の一つは異国から持ち込んだ彼らの技術の秘匿のため。

 忍術の秘伝は一族以外に門外不出。

 その掟を守るため、カロラの祖先達はあまり人が寄り付かない山奥を住処として選んだのだ。


 カロラの代になった頃には人との交流も増え、魔法研究者の一部にはその存在は知られていたが、門外不出の掟はいまだ健在だ。

 カロラも一族の一人として忍術を学びつつ、長閑な集落の暮らしを緩く受け入れていた。


 そんな彼女が王女付きの侍女になったのは、今から一年前の事だ。

 依頼主はクラウディア女王。

 そして、依頼を持ってきたのは大魔女オルカだった。


 集落を作る時、大魔女オルカに大変世話なっていたという過去がある。 そのため、先祖の遺言で彼女の頼みは何でも聞く約束になっていた。

 先祖の遺言は絶対。忍術の秘伝は門外不出に続く一族の掟その二を守らないわけにはいかない。


 オルカの話す内容は、王女の身の回りの世話と護衛ができる者に侍女として雇いたい。というものだった。

 カロラが選ばれたのは、丁度王女と年も近くて同性だったからだ。

 そうして、依頼を受けたその日のうちに、カロラは大魔女に連れられて王女の侍女を務めることになった。


 ――なんで、うちの一族に王女の侍女なんて重要な仕事を依頼してきたんだろう?

 不思議に思っていたカロラだったが、初めて謁見した女王からもう一つの依頼を聞き、何故自分が選ばれたのかすぐに理解する。


 フェナ王女の行動を全て報告する事。

 これが、カロラに与えらたもう一つの依頼だった。


 これには、フェナ王女の行動に付き合いつつ、王女にばれないよう密かに報告する存在が必要だ。

 カロラの使う忍術は、密偵や諜報向けの技術が多い。

 しかも、恩義ある大魔女オルカからの依頼なのだから、裏切りはありえない。


 「(とはいえ、報告なんて普通の侍女でもできる気がするんだけどな~)」

 なんて思っていたカロラだったが、いざ仕事をしてみてすぐ考えを改めた。


 フェナ王女の突拍子もない暴走。通称王道コンプレックス。

 彼女の暴走は城を脱出したり、自ら事件に巻き込まれたりと様々だ。

 今までの王女付き侍女はこの暴走に振り回され、ついていけずに辞めてしまっていたのだ。


 さらに、問題は侍女の事だけではない。

 フェナ王女は事件を嗅ぎ付けるカンが異常に高いのだ。

 そして、事件に気づいたらすぐにその渦中に突撃してしまう。

 なんだかんだで解決してしまうのは、彼女の才能なのか、それとも悪運が強いのか。


 魔石の目――代々炎の国の女王にだけ受け継がれる切り札があるとはいえ、知らないところで次代の女王が危険な事に突っ込んでいくのはあまりに周りの心臓に悪い。


 母親であるクラウディア女王ですら手を焼くフェナ王女の王道コンプレックス。

 その暴走をどうにか止めようと奮闘していた城の重鎮達はある時、思いっきり方向転換をした。


 王女の行動を止めずに、全部フォローしよう。

 押してダメなら引いてみろ。

 王女の行動を止められないなら、その全てを把握し、こっそりサポートしよう。


 その結果が、王女付きの侍女プラス護衛と報告役だ。

 だから、カロラは王女の暴走を止めない。それどころか暴走する王女を手伝ったりもする。

 カロラは王女と行動を共にし、その全てを上に報告していった。

 王女の行動はカロラからアメリーやホルストに報告され、さらに上のクラウディア女王に伝わる。そして、王女の行動をフォローするように王室も動く。


 今回もカロラは城を出る前に、これから城を出てどこへ行くか置き手紙を残したり、馬車でリエトのいた街へ向かう途中、城の様子を調べに行くと嘘をついて、フェナが城を出てどうしているか報告していた。


 フェナ王女は連れ戻しに来る騎士団は追いつけない。と、思っていたようだが、実際はもっと近くに騎士達は追いついていた。

 あまり近づきすぎるとフェナ王女にばれるので、一定の距離を保っていたのだ。


 しかし、その後途中で村の人と会ってしまったのがまずかった。

 止めても聞いてくれないフェナ王女についていくと辺鄙な村の中。村に着いたのが夜中なのもあって、カロラは報告が遅れてしまった。


 +++


「正直、ヴェンデル様に直接連絡取れないのはもどかしかったです」

「そこは、俺もそう思う。ただ、君の立場がばれるのは好ましくない」

「本来なら、侍女が自分の主のプライベートを口外する行為なんてありえない話ですもの。私だってフェナ様でなければ、そんな理由で侍女を雇うなんて断固拒否してましたわ」

 カロラの隠された仕事を知るのはごく一部――今この部屋にいる騎士団長とアメリーもそのカロラの裏の任務を知る数少ない人物でもある。


 今回指示したのはホルストだが、直接動いたヴェンデル達はカロラの隠れた仕事を誰も知らない。

 報告の仕方も、大体別の人に伝言として伝えてもらうか、こっそり矢文を投げ入れたりと、誰からの情報かばれないようにしていた。


 今回、予定外の場所へ移動する事になり、ヴェンデル達に行き先を伝える余裕がカロラには無かった。

 仕方が無いので、カロラは近くにいた御者に、騎士団が来たら言伝を。と、少し包んだお金と一緒に行き先のメモを渡しておいた。


 ちゃんと、ヴェンデルがその言伝を聞いてくれたおかげで、合成獣キメラの不法投棄をしてる悪党は捕まった。

 フェナ王女も怪我もなく無事だし、最悪な展開は免れたとカロラは思っている。


 そんな感じで裏で色々動いているカロラだったが、周りから見れば王女と一緒に勝手に城を出て迷惑かけた存在である。

 普通ならクビになってもおかしくないが、王女付きの侍女はすぐ辞めてしまうから、続けてくれるだけでもまし。という扱いになっている。


 そんなわけで、カロラは王女の脱出に手を貸した件で騎士団長に謝罪中。と見せかけて(実際謝っているので嘘ではない)、フェナ王女について報告をするため、騎士団長の執務室を訪れたのだ。


 現在、執務室にはカロラ、ホルスト、アメリーの三人以外誰もいない。

 彼女達の話は、外に漏れないよう魔法で防音も施してある。


「今回の件は、カロラ君は最善をつくしてくれたと思うよ」

「え、本当ですか。いや~褒められると調子乗りそうです~」

「本当に調子に乗る子なんで、褒めるのはほどほどにしてくださいね。ホルスト様」

「え、ここは冗談の流れなんですが」

「貴方が言うと、冗談に聞こえないんです!」

 ぴしゃりと言い切るアメリーだが、カロラの態度以外はなんだかんだで信用している。

 なので、ホルストの言葉も特に否定する気はない。

 ただ、この誰にでも軽い態度でいるのは、城仕えの者として一言言いたくなるアメリーだった。


「まあ、今回の処分はアメリー殿の説教と俺のお小言だけって事でいいかな?」

「そうですね。今回はそのように……」

「はい、ありがとうございます! ということはこれで終わりですよね?」

 妙にそわそわしているカロラが、期待を込めた表情でホルストとアメリーを交互に見る。

 それもそのはず、これが終わればカロラには謹慎という名の休暇が与えられるのだ。


「――――あ、そうだカロラ君」

 たった今思い出したかのように、ホルストがにこりと笑いながらカロラに話しかける。


「はい。何でしょう?」

「クラウディア様から君へのお言葉を預かっているんだ」

「女王様からですか?」

 カロラが直接女王と話したのは、城に連れられてきた最初の一回きりだ。

 カロラは何の話だろう? と、緊張に身を固くする。

 対して、ホルストは気楽そうに伝言を口にした。


。以上」

「え」

 女王からの予想外の命令にカロラは思わず声を漏らす。


「知らなかったよ。君魔法の事さっぱりなんだってね。まあ、学校に通ってなかったなら知らなくてもしょうがないけど」

 カロラは勇者候補を探しに行く時、馬車でフェナと交わした会話を思い出していた。

 どうやら、女王から説教を受けた際にフェナがカロラが魔法について無学であるとばらしてしまったようだった。


「(確かに、勉強させなきゃ的な事フェナ様話してたけど、急すぎない!? 私、お休みもらってないんですけど!)」

 フェナの謹慎中はカロラは完全なフリーだ。報告を終えれば一か月の休暇が待っていると楽しみにしていたカロラは酷くショックを受ける。


「まあ、カロラ……。オルカ様からの推薦なのに魔法に疎いとは考えもしませんでしたわ。この城には魔法を教えるのに長けた方もたくさんいますから、これを機にちゃんと教えてもらうのですよ」

「…………はい。承知しました」

 微笑むアメリーに対してカロラは引きつった笑顔で頷くしかない。

 女王自らのご命令である。断れるわけがないのだ。


「(休暇中にちょっと実家帰ろうかな~。とか、考えてたんだけどな~……)」

 心の中で、そんな事を思いつつ。

 カロラはがっくり肩を落としながら騎士団長の執務室を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る